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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

2008年 11月 15日 ( 1 )

前の記事に引き続き、Q&A形式で本の原稿を書いてます。

ブログに全部書いちゃったら、ネタばらしし過ぎで、本が売れなくなるかな?

いや、ブログをまとめた本って最近は多いし、別に全部書いてもいいのかもしれない。

とりあえず、まだ全部というほど書いてないので、まだ載せてみましょう。



Q.ファシリテーターって?

A.ああ、ワークショップでは講師と呼ばずに「ファシリテーター」って呼ぶときが多いね。英語で「facilitate」って動詞は、「簡単にする」とか「促進する」とかいう意味で、学習を進みやすくしたり、深めたり、そういう役割だね。

Q.具体的には何をする役割なの?

A.次に何をするか説明したり、指示を出したりとか、作業(アクティビティと呼んだりする)が1つ終わったら参加者から感想を聞いたりするとかが主かな。講義のように、一方的に自分の主張を話すことは、原則としてない・・・かな。

Q.なんか微妙な語尾だね。自分の主張を話さないという原則には例外もあり?

A.う~ん、ワークショップの最初は趣旨説明から入ることが多いし、最後はまとめのコメントを言うことが多いから、そこに自分の主張が入らないわけではないね。
それに、そもそも自分の主張を理解してもらいたいがために、ワークショップを展開している場合も中にはあるね。僕も今までワークショップに参加していて、ファシリテーターの主張が僕の意見と相容れなくて、主張を押し付けられてるような気持ちになったことは何度かある。

Q.なんか、そういう「主張押しつけ型」のファシリテーターに対する不満をありありと感じるけど。

A.そうだね。僕がワークショップに惹かれた理由の1つに、「一方的に語る講師と違って、ファシリテーターは、参加者の知識や体験やスキルを尊重して、『ともに学ぶ』姿勢を持っている」っていう、ファシリテーターの心得みたいなことがあったんだ。
講師と受講者は上下の関係だけど、ワークショップのファシリテーターと参加者はより水平な関係に近いっていうのも聞いたしね。

Q.なんか、ワークショップやファシリテーターに関する「こだわり」を感じるね。

A.そうだね。僕が某自治体の社会教育主事補として働き出した1995年に、「ワークショップ」についての職員の内輪の学習会があってね。一方通行の講義形式とは違う、双方向型のワークショップは、「これだ!」と思ったもの。
そのときは全然聞いたことなかった「ワークショップ」って言葉も、今では結構広まってきてる感じがするけど、「ともに学ぶ姿勢」みたいなものまでは広まってないような気がするな。

Q.「これだ!」と思ったワークショップの中でも、特に「これだ!」とハマったのが「もう1つの演劇」のワークショップってことなのかな?

そう!参加者の力を最高に引き出すのが「もう1つの演劇」のワークショップだと思う。

Q.どういうところが?

A.いろいろあるけど、まずは、参加者たちが自分で表現していくところかな。
ファシリテーターは自分の主張をするのではなく、参加者たちが自己表現・自己主張できるようにサポートしていく。個人的にはそれがワークショップ本来の形だと思っていて、しかも、とても楽しいというところが最高だね。

Q.ふ~ん。楽しいのはいいね。でもやっぱり、自分が楽しめるかどうか、やってみないとわからないな。

A.興味を持ってもらえたらうれしいし、ぜひやってみてほしいけど、確かに誰もが楽しめるものではないかもしれない。
僕はたまたまハマったけど、合わない人もいると思う。
でも、僕自身が最初は不安な中を参加してこんなにハマってしまったから、誰でもハマる可能性はあると思うけどね。
「演劇はのワークショップは楽しい」って主張を押し付けちゃったら、僕も同じ過ちを犯してしまうことになるからね。

Q.なるほどね。ワークショップに合う、合わないは当然あるんだろうね。

A.そうだね。合わないワークショップに無理やり参加させられてしまったりすると、ワークショップと「不幸な出会い」をしてしまうだろうね。

Q.ワークショップと「不幸な出会い」?

A.そういうこともあると思うね。
自分から参加するものなら、最初僕がそうだったように「イヤなら途中で帰る」っていうこともできるだろうけど、例えば職場の研修なんかでワークショップをやられると、途中で帰るわけにもいかないしね。
強制的に「参加させられる型」のワークショップになってしまう。そんなワークショップとの不幸な出会いはしてほしくないな~。
もちろん強制的な出会いでも、内容にハマってしまうこともあるだろうけど、できれば自発的に参加する場であってほしいね。

Q.強制的に参加させられるのはつらいね。

A.そうでしょ?
講義なら寝てる選択肢もあるのに、ワークショップではそれもしにくい雰囲気になってしまう。
いや、でも、ホントはワークショップ中でも隅の方で寝ててもらってもいいんだけどね。
見学しててもいいし、途中で帰ってもいいということを最初のうちに言ってから、僕はワークショップを始めるようにしてる。
企業の研修で、途中で帰るという選択肢は企業としては「なし」かもしれないけど、ファシリテーターとしての僕としては「あり」だね。

Q.なるほど。参加者に選択権をとことん与えていこうということかな?
それがまっちゃんのファシリテーターとしてのこだわり?

A.そうだね。無理矢理身体動かして、ゲームしたり、演技したりなんて、するもんじゃないからね。
ワークショップと出会った頃に、ファシリテーターは「受動的な能動性」を発揮する役割だって書いてあって、それが妙に気に入ったんだよね。

Q.「受動的な能動性」ってどういうこと?

A.参加者たちのニーズや意向や場の雰囲気を読み取って、それを受けて、自分の次の行動を決めていく・・・ってことだね。

受け身なだけではいけないけれど、参加者の意向を無視して自分の判断だけで突っ走ってもダメ。場を受け止めながら、自分の持ち味を場に返していく。そういうのが大事だと思う。

Q.そこが気に入ったってことは、それが自分に合ってるってこと?

そうだと思う。一方的に話す講師みたいな立場って、どうも苦手でね~。
場の反応を受け止めながら関わっていく感じが、自分にはちょうどいいと思う。

Q.この本が一方的に書く形じゃなくて、質問に答える感じなのも、それが合ってるからってこと?

A.そう。そういうこと。心地よい形で進めていくのが何事もいいよね。

Q.なるほどね。そんなまっちゃんがぴったりハマった、フィリピンの「もう1つの演劇」の話を次の章で詳しく聞きましょうか。

A.はい、よろしくです。



こんな流れで第1章終了かな。

この前考えた概要(案)の第2章と第3章が入れ替わって、次にPETAの説明が来る方が自然な流れになってきた。

こんな風に、書いてみないと分からないことって多いよね。

でも抽象的なことばっかり書き続けるよりも、ここらで具体的なことを書いたほうがいい気がしてきたので予定変更といきましょう。
by matsuzoh2002 | 2008-11-15 04:10 | ファシリテーターとして