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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

2008年 07月 29日 ( 1 )

Theatre for Livingのプロローグが、自分が言いたいこととぴたっとハマるので、長いけど、そのまま載せてみる。

演劇は、他の文化的な表現と同様に、普通の人々が歌い、踊り、物語を語るものだった。そうすることによって、生きているコミュニティは、勝利や敗北を、喜びや恐怖を、記録し、祝福してきた。デカルト的な、社会を機械として見るような世界観がモデルとして根づき、遅れて植民地主義が世界に広がり、資本主義が機械化されるにつれ、物語を語るという原始的な活動も、機械的な進化をした。私たちが考えうる他の多くのもの同様、文化的な活動は商品として扱われるようになった。それは、人々が「コミュニティの中」で自然に行うものから、商品として製造されるものに変わってしまった。今日では、圧倒的多数の人々が、演劇を買い、ダンスを買い、絵を買い、本を買い、映画を買う。この一覧表はどんどん続く。私たちは今、見知らぬ人が語る、見知らぬ人についての物語に金を払う。しかし、私たちはいつ、演劇やダンスなどの象徴的な表現手段を使って、私たち自身の物語を語るのだろうか?

生きているコミュニティに自分たちの物語を語る原始的な表現手段を使う能力がないことで、どういう結果になるだろう?疎外感を感じ、暴力的になり、自滅的な行動を起こすことが、地球規模で起こっている。生きているコミュニティは、生産ラインに乗せられた文化を定期的に与えられることで、意識がもうろうとした催眠状態に陥っている。
以上、p.19-20私訳

疎外感を感じ、暴力的になり、自滅的な行動・・・たびたびニュースになる、こういう事件。
日本のみならず、世界の共通課題ですわな。

下手でもいいから、自分たちのことを表現して、受け止めてもらう場、大いに必要だと思う。
歌や踊りや演技の上手い人は世界中にいて、それを受身で消費するだけだと、自分は下手で無力で・・・ってなってしまうけど、下手でもいいから、お互いを表現することで、病まずに済むはず。

それが、この世を、安全で健全なものにする。

学校教育なんかも競争にさらして、自己評価の低い人たちを作り出す前に、まずはお互いを表現して、それ受け止めあえる環境をつくったうえで、健全な競争をしないとなぁ・・・と思う。

お互いを表現して受け止める合う場を、あちこちに作っていく。
それを仕事にしていきたいのであります。

きっとニーズはあるはずだから、それを掘り起こすべし。
訳してるこの本はそれに役立つはずだから、今はそれを世に出していくべし。
by matsuzoh2002 | 2008-07-29 17:28 | ファシリテーターとして