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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

2007年 10月 10日 ( 2 )

何となく最後に個人的まとめを書いてみたくなりました。

イスラエルに行く前は、「イスラエル=抑圧者=悪/パレスチナ=犠牲者」という構図以外の見方をほとんどできていませんでした。

イスラエル=紛争地帯という見方で、そこで「観光をする」ということに対しては「そんなことしてていいの?」という感覚がありました。
これもパレスチナ寄りに偏った見方かもしれませんね。

行く前は相当ビビッてました。気の抜けない毎日が続くのではないか?なんて思ってました。

しかしながら、たどり着いてみれば、最大の都市テルアビブは平和な空気。

川沿いから地中海まで散歩ができる・・・といういい場所にホームステイをさせてもらったこともありましたが、日本とほぼ変わらないくらいのでは?という安全さでの生活がそこにはありました。食費は日本より高めでしたし、ほぼ先進国・・・という生活レベルだったと思います。

この平和な空気を維持するために、イスラエルには兵役があり、街角でも銃を持った兵士を見かける機会は確かにありますが、物々しい雰囲気が漂っていることはありません。
あくまで基本は平和な感じです。
ただ、その平和の影にはパレスチナを支配下に置いていることは頭では分かってました。けれども、テルアビブの街の中でそれを実感することはありませんでした。
テルアビブの街の中にもアラブ人街はあり、コーランが流れているのを聴いたことはありました。けれどもそれが緊張を生んでいたという印象もありませんでした。

ワールドワークの前週にテルアビブでプロセスワークのセミナーに参加する中で、イスラエルの人たちと多少なりとも知り合えたり、いろいろ親切にしてもらったこともあり、徐々に、イスラエルの方に親近感が沸いてきました。

エルサレムに移動して、「パレスチナ人だけどイスラエル国籍」のタクシードライバーに連れられて、パレスチナ占領地のベツレヘムを訪れました。ここで「パレスチナ人だけどイスラエル国籍」という人に出会えたのは興味深い体験でしたが、彼も商売人。ベツレヘムも観光地だし、出会ったのは観光ガイドとお土産物屋の人たちだけ。パレスチナに親近感を感じるには、なかなか至りませんでした。観光ってそういうもんですけどね。

ワールドワークが始まり、パレスチナからの参加者とも数多く出会いましたが、仲を深める・・・というところにはなかなか至りませんでした。
パレスチナからの参加者はイスラエル領内に入るには検問を通過する許可証が必要で、しかも一部の例外的な人を除いて、毎日検問を抜けてパレスチナ占領地へと戻らないといけない。そんな事情もあってか、3日間通しで参加する人も少なく、交流が深めにくかった。

そんなイスラエル当局のルールによって、パレスチナ人は夕食以降会場に残れない。ある意味ワークの時間以上に交流が深められる時間なのに。

僕がファシリテートしたワークショップも、早朝だったので、パレスチナ人はほとんど参加できなかった。とても残念。
ワークショップはとても好評で、参加してくれたイスラエルの人からより一層声をかけられるようになり、交流が深まった。
来年はぜひパレスチナの人にも参加できるように、なんとかしたいなぁ・・・。ワーク本編に組み込んでもらうのが無理でも、朝でも夜でもいいから事前に日程に組み込んでもらって、そこまで含めて許可証を取れるようにしてもらおう。そうしよう。

そしてワーク最終日にはパレスチナ/イスラムの文化・社会・宗教的伝統はどうも好きになれないなぁ・・・というところも多々実感されて(元々知らなかった訳ではないけど)、パレスチナに肩入れする気分はさらにそがれた感じ。
「宗教にとらわれずに自由に生きられる」という雰囲気は、パレスチナよりもイスラエル

ワークを終えてみて、イスラエルの人たちの顔の方が、パレスチナの人たちより、いっぱい思い出せるんですよね。

だからといって、「イスラエル=抑圧者/パレスチナ=犠牲者」という構図は消えたわけではないのですが、イスラエル=ユダヤ人の持つ「ホロコーストという悲惨な歴史」と「その後にやっと手に入れた祖国を、手放してなるものか!」という思いについて、僕も相当、共感的な理解が深まりました。

どちら側の声に偏ることなく、より多角的な見方ができるようになってきた・・・と言えるのかも知れません。
しかしまぁ、イスラエルの抑圧的・支配的な部分や、パレスチナの伝統に対する反発心は消えたた訳ではありません。そういう意味ではまだ偏ってるところもあります。

来年(5月9日~12日の予定)も参加するつもりなので、これは思い出にとどまらず、続いていくお話です。

どんな風に続いていくのか、楽しみです。
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by matsuzoh2002 | 2007-10-10 15:33 | ワールドワーク@エルサレム07
その10の続きです。

2007年5月19日(土)、3日間のワールドワークも大詰めが迫る。
午後のグループ全体でのワーク終了後の小グループのワーク。

グループ全体は4,50人参加者がいるので、まったく発言できない人が多いこともあり、そこで発言できなかったことも含めてフォローする場として、もう少し小さなグループでワークする場が用意されている。

けれども、2日目はスモールグループの時間はカットされてたので、小グループの時間が取られたのは1日目と3日目だけ。

僕ともう1人日本人Mちゃんでファシリテーターチームを組んだ小グループは、1日目はパレスチナ3、イスラエル2、アメリカ1、とわれわれ日本2というグループでした。

でも3日目、パレスチナの参加者は1日ごとの入れ替わりが激しいこともあり、その3人中1人しかいなかったようだ。

そして、イスラエルの参加者2人は、他のイスラエルの参加者達と「水タバコを吸ってくる」と言って、小グループには不参加・・・っていうか独自の小グループを勝手に作ってしまいました。
ちょっと「え~」と思ったけど、よう止めませんでした。気の合う仲間とリラックスしたいのも分かるけど、パレスチナとイスラエルの交流が主旨なのに・・・と思うと少し残念。
こういう時間割でやるよ~と事前にきっちり決まっていたわけでなく、アバウトな進行なので致し方ないのですが・・・(これは今年の運営チーム会議に話しておくか)。

そんなわけで、3日目の小グループは、1日目いたメンバーはパレスチナ1、アメリカ1+日本2が残り、新たに加わった人が思い出せない・・・。イスラエルの人が1人か2人?だったかな?
という5,6人のグループでした(あいまい(^^ゞ・・・なんせ5ヶ月前だし)

1人残ったパレスチナの参加者は1日目に英語→アラビア語の通訳をしてくれた女性。
とてもしっかりしている人だな・・・と思ってたのですが、なんとまだ高校生だということでした。
そしてこの日は他にパレスチナの参加者もいないので、通訳の重荷からは彼女は解放されていました。
1日目は通訳に追われて、さらには男性優位のパレスチナ文化のせいもあってか、彼女自身の意見はあまり聞けなかった・・・という印象がありましたが、この日はゆっくり話してもらえました。

そんな彼女の口から、さっきまでグループ全体でも話題になっていた「伝統」が重くのしかかるお話・・・。

彼女の両親は離婚しているのだそうですが、離婚すると、パレスチナでは親権は原則として父親の方に行くそうなのです。
しかし、父親が暴力をふるったため、例外的に今は母親との同居が認められている・・・という状況なんだそうです。

それはひどい!とその場に居合わせた人たちはみんな彼女の手を取って励ました。

そんな辛い状況について語るときでも、彼女はとてもしっかりしていた。

しかし、ちょっと許せん!と思いましたね。

イスラム=男尊女卑という見方は、検索してみると否定/肯定いろいろあるのですが、親権が原則として父親にいく・・・というのは、女性の立場からすれば納得いかん話だろうなと思います。

そして父親が暴力を振るったから母親との同居OKというのが、あくまで「例外的に」・・・というのも、なんとも納得いかない話です。
女性やこどもに選択権がないのはなんとも不可解です。

個人の自由、という観点からみると、やはりパレスチナ社会/イスラム社会には首を傾げてしまうなぁ・・・という話でした。
彼女が前向きなのが救いだと感じました。
抑圧的な伝統に立ち向かってほしいなと思います。(他人事ではなく、自分にも返ってくる言葉です)
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by matsuzoh2002 | 2007-10-10 00:56 | ワールドワーク@エルサレム07