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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

よいグループに恵まれた集団創作 ・・・コロンビア演劇ワーク後半(10/31~11/1)

ケータイは6日に無事に東京から帰ってきました。

自分で書く本の構想を練ったりしつつ、東京の思い出し日記など書いてみましょう。

コロンビアのカンデラリア劇団の演劇/集団創作ワークショップが前半しか書いてなかったので、後半のことも書いてみましょう。
後半は、テキストを読んで、それを元に即興的に創作しよう!というもの。

テキストはガルシア=マルケスの「予告された殺人の記録 」
ラテンアメリカを代表する作家だとは知ってたけど、コロンビアの人とは知らなかった。

そんなに長い本ではないので、東京行きのバスの中で読む。

最初のうちは独自の翻訳文に今ひとつのれない感じ。人物はたくさん出てきて、スペイン語の名前がこんがらがる。

でも読み進めていくと、なかなか興味深い物語でした。

これを元にどんな風に創作するのかな?と思っていたら・・・

テキストの一場面をそのまま再現したりする必要はないとのこと。
それ以外は、前半同様、特にどうするという指示はなし。

・・・これが自由でよかったですねぇ~。

「共通の素材を元に劇を作る」というのは、共通の体験に基づいて創作するフィリピン教育演劇協会(PETA)の「取材劇」や、新聞記事を素に創作するボアールの「新聞劇」(10年前の記録がこちら)などもあります。

が、小説を基にする・・・というのが、新聞記事より深みがあって、なかなかよかったと思います。

コロンビアの話なのに、村社会のなんとも言えない閉塞感のようなものがよく伝わってくる小説でした。
6人もグループにメンバーがいると、僕が読み落としたり、忘れたりしているような部分も、他の誰かはちゃんと覚えていて、内容について語り合う時間もとっても豊かだと感じました。

フィリピンで取材劇を体験したときは、意見がうまく噛み合わず相当苦労したこともありましたが、今回はスムーズにできました。

即興で演じることに躊躇しないメンバーがたまたま集まってましたし、なんかいいグループでした。

1人1人が自分なりに印象に残った部分をモチーフに演じただけで、誰がどの役を演じるとかまったく決めてなかったのに、カンデラリア劇団のパトリシアさんからは「この人はこの役に見えた」というようなコメントをもらった。
こういう伝えるつもりがなかったことが伝わったのはホントに面白い。
前半の発表とは違って、今回は無言で演じたので、見る側にはホントにたような解釈をしてくれてたようです。

劇団のサンティアゴさんとパトリシアさんの分析的なコメントは面白かったです。

ただ、参加者まかせの創作だったので、何が「カンデラリア劇団らしい集団創作のあり方なのか」ということはよく分かりませんでした。
PETAとかは、ウォーミングアップがしっかりしてるし、チームで活動する中でどういう役割が出てくるか(リーダーとか、それをサポートする人とか、反対意見を出す人とか)とかのレクチャーもあって、より教育的でした。

カンデラリアは良くも悪くもほったらかし。
「参加者同士が衝突したらどうするか?」と言う質問が参加者から出たけど、「衝突するのは避けられない。それでやめていく人もいる。やめずに残るのは忍耐力がある人だ」とのこと。
衝突するデメリットはあれども、集団創作にはそれを上回るメリットがあるからやってるんでしょうけど、あくまで忍耐力のある人向けのようです。

PETAツアーでフィリピンに行ってるときも同様に集団創作で作品を作る機会があって、グループ内の意見がまとまらなかったことをふと思い出します。
グループ内の一部(僕も含めて)が盛り上がり、他の人たちがついていけてない状況になり、溝が埋まらぬまままとまりを欠いた・・・といいようなことでした。

今回はたまたまそういうことはなかったので気持ちよく楽しめましたが、ああいう衝突のリスクは常にありますわな。

なんだか書いててまとまりがなくなってきましたが、とにかく楽しかったです。

夜のレクチャーも、どうしても「麻薬」「内戦」のイメージの強いコロンビアの中で、劇団がどういう立ち位置でサバイバルしてるのかが非常に興味深かったです。
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by matsuzoh2002 | 2008-11-06 00:55 | その他ワークの参加体験