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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

「言い当て」系と「体験・気づき」系は別! ・・・「スピリチュアルにハマる人、ハマらない人」感想その4

昨日書いた「言い当てようとするようなワーク(セラピー)の進め方は好きじゃない」というお話、

「スピリチュアルにハマる人、ハマらない人」感想その3
スピリチュアルにも「言い当て」系と、「体験・気づき」系があると思ってます。

これについては記事をあらためて書きたいと思います。
と書いておいて、忘れてたこととつながってきますね

僕は「言い当て」系のワークショップであったり、スピリチュアルな実践はどうも好きになれませんね。

「あなたは、こうですね!」とか、決め付けられるよりも、自分の中から湧き出てくる答えを探って生きたい。
答えは自分で見つけたい。

前世とか、あんまり信じてないけど、自分の生まれる前にさかのぼって、「自分は何者なのか」を探っていくことは、自分の人生の物語を豊かにしてくれる面白いものだとと思う。

でも、江原さんみたいに「あなたの前世はこうなんですよ」とか言ってほしくない。

前世のワークはしたことないが、瞑想でもして、自分の中から、「前世はこうだったのかな」とお思えるものが浮かんできたら、それは面白いと思う。
そんな風に、自分の中から浮かんでくることを、体験の中から気づいていくこと・・・そういうワークショップが好きだね、僕は。

そんな風に「言い当て」系と「体験・気づき」系(自己探求系といってもいいかも)がスピリチュアルな実践にはあると思う。

香山さんがこの本で批判してるのは「言い当て」系だわね。

江原さんも「言い当て」系。
そしてその延長線上に「オウム」を警戒する。

でもまぁ、スピリチュアルに興味はあっても「言い当て」系がきらいな僕からすると、「スピリチュアル」で一くくりにされてることに、大いに違和感。

「言い当て」系は教祖様的な人が間違った方向へ行ってしまうと、信者的な追従者を引き連れて、とんでもないことが起きるという危険は確かにあるけど、「体験・気づき」系ならそんな危険性ほとんどないと思うし。

確かに今のスピリチュアル・ブームは「言い当て」系の方々に人気が集まってるから・・・という面は強いと思うけど、一緒くたにしてほしくはないわねぇ。

また、香山さんの本では、今のスピリチュアル・ブームが「自分さえ幸せならいい、という利己主義」的だという批判も繰り返されてる。
もっと、自分だけじゃなく、社会にも目を向けろ、っていう主張が強くにじむ。

これも、まぁ、今のスピリチュアル・ブームに関しては、僕も同じように感じてる面はある。

でも「個人的な問題は社会的な問題につながってる」というスタンスの「被抑圧者の演劇」や「プロセスワーク/ワールドワーク」に関わってる僕からすると、個人的な幸せの追求は悪い事ではないと思っている。
個人的な幸せを追求する中で、幸せを実現するためにはいろんな障害があるのに気づき、その障害で苦しんでるのは自分だけじゃない、他にもいる・・・っていうのが社会的なことにつながっていくきっかけだったりするのはよくある話。

今のスピリチュアル・ブームはあんまりそういう社会的な方向性は確かになさそう。
けれども、そういう社会的な方向性を持つスピリチュアルな実践に関わるものとしては、やっぱり一緒くたにするな!と言いたい。

と言うわけで、結論:

 スピリチュアル・ブーム=「言い当て(られたい)」系=利己主義的

 でもそうじゃないスピリチュアルもある!=「体験・気づき」系=社会的な方向性もあり

 香山さんが前者を批判したい気持ちもわかるが、後者を一緒にするな!

 スピリチュアルにもいろいろあるってこと。

・・・っていうことです。
by matsuzoh2002 | 2007-02-01 16:22 | 最近読んだ本