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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

言葉で伝えられないなら、自分でやってみせる ・・・フォーラムシアター(観客参加劇)誕生のエピソード

昨日はプレイバックシアターのパフォーマンスを見に行って来ました。

場を仕切るコンダクターの方からの、一年を振り返ってみるのもいいかも知れませんね…という声に導かれるままに、頭ん中は振り返りモードに。

あれってまだ今年のことやったっけ…というような事を思い出して、結構整理はついてるよなあ…でも語ってみると新しい発見もあるかもなあ…などと思ってるうちに、語らないまま終了。

振り返ること自体に意味があったし、より語る必要性があった人が語るために、僕は道を空けた…という感じ。

今日は観客として見ていた訳ですが、自分の体験を語った人(テラー)が、その語りに基づいて即興で演じられたものに、若干違和感があって、「修正」するという過程が興味深かった。

テラーは全てを語り尽くすわけではないので、役者さんたちは想像力と直感で補いながら演じていくわけです。
テラーが語らなかったことまでピタリと演じられれば、「そうそう、なんでわかるの!」ということになり、感慨もひとしおという感じになることも多いです。
人間は、語らなくても通じているものがある、共有している何かがある、そう思える瞬間です。

しかし、すべてが当たるわけではない。
ここはもう少しこうしてほしい、何か足りない、もっとこういう感じがあるといい・・・そんな思いが残る事もある。

そこで修正ということになった。昨日はたまたま2回修正になり、3回目、少し形を変えてOKということになった。

今勉強中のプロセスワーク/ワールドワークが、語っている人やその場全体のフィードバックを見ながら進めるということを重視していることもあり、パフォーマンスを見ながら、テラーさんのフィードバック・反応を気にしながら、僕は観ていた。
テラーさんはどこかしっくり来ないように感じているように見えて、「修正」の要望が出たのも納得だった。

修正が繰り返されているのを見ると、「もっとこうしてほしい」という部分は、テラーさん自らやってしまえばいいのに!と僕には思えた。
言葉で言い表せない何かが足りない・・・という気がしたし、テラーさん自ら表現する力があるように、僕には思えた。

プレイバックシアターは、あくまでテラーは語り、役者が演じる・・・という分担の元でなりたっているのかもしれないけど、「自分(たち)のことを自分(たち)で演じる」というワークショップをしているせいか、役者とそうでない人の垣根を飛び越しちゃえ!という願望が僕の中で強い事にあらためて気づかされた。

思い出すのは、フォーラムシアターが生まれてきたエピソード。

フォーラムシアターの生みの親、ブラジルの演劇人、アウグスト・ボアールは、フォーラムシアターが生まれる前「同時進行劇」という形の演劇をやっていました。

「こんな事で困っている!」という話を客席から募り、役者達がそれを再現する。

・・・ここは、プレイバック・シアターと同じ発想です。

そして、困っている状態を変えるためにどうしたらいいか、客席からアイデアを募り、役者達がそのアイデアにそって即興で演じなおし、状況が変えられるかどうかみてみる・・・というものでした。

ある日夫の浮気に対して、妻はどうするか・・・という話が出たとき。

ある女性が、「ガツンと言ってやる。それで許す」というアイデアを出した。

妻役の役者は何度も何度も、いろんなパターンで「ガツンと」言ってみたが、アイデアを出した女性は、いつまでも納得しない。

場の進行役、ボアールは前例にないことを試みようと思った。「申し訳ないんですが、あなたがおっしゃる『ガツンと』いうのが、私たちにはよくわからないんです。もしよかったら、舞台に上がって、それをやって見せてくれませんか?」

女性は舞台に上がり、言いたいことを言いながら、夫役の役者をガツンと殴り飛ばした・・・。

これをきっかけに、ボアールは、観客のアイデアを役者が代わりに演じるのではなく、実際に演じて観せるという、フォーラムシアターをスタートさせた・・・ということです。

演じた事がない人に、いきなり演じてもらう・・・というのは確かに敷居が高い。

その点、プレイバックシアターは、演劇なんて縁遠いものだと思っている人にも、自分達の日常感じている事・体験している事が、演劇になるんだ・・・という形で、演劇の持つ力を実感させてくれる大きな力をもっていると思う。

しかし、究極の所、人に演じてもらうだけでは限界があるのも確かで、自分の事を自分で演じていく・表現していくという、プレイバックシアターには拾いきれない部分もあり、僕としては、やはりそちらの方に心惹かれるなぁ・・・というのを再認識しました。

昨日も、僕が自ら演じたいなぁ・・・という気持ちが実はあったことに、振り返ってみて気がついた。
そういう場もあったいいのかもね。まぁ、ファシリテーターやってるときに、そういう演じたい気持ちを活かしながらやってるんだけど。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-22 14:46 | その他ワークの参加体験