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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

交通整理とファシリテーションをめぐる考察

測量のバイト、昨日の朝は3時間以上、昼食をはさんでさらに1時間以上、ずっと同じところで立っていた。
たまに来る車を誘導する以外、ひたすらぼーっとしてた。立ったまま寝そうになって、カクンとなって目覚めることを繰り返す。きついっす。

その後は、交通量がもう少し多い、隣の交差点に移った。交差点のど真ん中に機器を据え付けて、そこで待機しているので、交通量が多いところなら、交通整理という仕事が発生する。
大通りのど真ん中に当たったことはないが、広くはなくても結構交通量のある通りだと、絶えず周囲に気を配りながらの仕事になる。
でも、じっと立ってるより、車が来てくれて、誘導してる時の方が、断然、楽っす。腕を振ったり回したりして、誘導するのは、ちょっと気持ちよかったりする(^O^)。道のど真ん中で踊ってるかのような、不思議な感じ。測量でもないのに、道のど真ん中でこんなことしてたらアホやなぁ…とちょっと思いつつ…

ファシリテーションを交通整理に例えることがある。確かに似てるところはあるなぁと実感する。

満遍なく気を配る必要がある。一方に気を取られてると、反対側にも車が来てて慌てたりする。
もっとも、慌ててるのは僕だけで、運転手さん同士は普通に気付いてたりするのだが…

…というような話は、ファシリテーションの現場でも、ありそうな風景ですよね。

あるいは、こちらが調子よく腕を回してると、それにつられるかのように、スピードを上げて行く車。こんな風に影響を与えてしまうのは、怖いなぁ…。こちとら、ペーパードライバーで、交差点ではどちらが優先か…なんていうドライバーの常識は欠落しているのに…。にも関わらず、影響力を持ってしまう。場合によっては、ある意味、頼りにさえされてしまう。僕なんかに頼られても困るんです…とも思いつつ…

ファシリテーターも、参加者の力を引き出すのが仕事だとは思いつつ、頼りにされたりする。自分達でやってよ、そこは…と言いたくもなる。まぁ、僕が長年やってきた、「被抑圧者の演劇」でのファシリテーションは、参加者の話し合いを直接交通整理することは、まずなかったので、それは僕にとっては、新しい領域だったりは、するんですが…

英語では、交通整理って何て言うんだろう?と、ふと気になる。ひょっとしてtraffic facilitation?などと思いつつ調べてみるとtraffic controlだそうだ。
なるほどね。
「より簡単にする」「より気楽なものにする」「一人一人を活かす」というイメージのファシリテーションは、交通整理とはそぐわないかも知れませんね。

安全第一で考えれば、交通整理は、きっちり一人一人をコントロールするのが確かに必要だろう。その方が結果的に、一人一人を気楽にするだろう。
そういう意味では、ファシリテーションを進める際には、コントロールも部分的には必要なんだろうなぁ…と思う。

しかし、コントロールをゴリゴリと推し進めるだけでは、その場に居合わせる人々には、不満が蓄積していくことだろう。
それを避けるために、基本的にはコントロールしたい支配的な人が、部分的にファシリテーションを取り入れて、ガス抜きしながら、コントロールしていこう…というパターンもあると思う。

しかし、僕としては、コントロールは極力控えて、ファシリテーションを推し進めていきたいなぁと思う。さりげないのがいい。

以上、交通整理をきっかけに、ファシリテーションについて考察してみました(^O^)/
by matsuzoh2002 | 2006-10-18 12:46

by matsuzoh2002