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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

「対立がコミュニティを生み出す」ってホントかも、と思えた瞬間

プロセスワークを応用して、グループ内やグループ間の対立に関して理解を深めていくのが「ワールドワーク」。
ワールドワークについてのアーノルド・ミンデルの本を読むと「対立を活かして、コミュニティを創っていく」というようなことが書いてある。
「それってすごい!」と思いつつも、「ホンマかいな?」と思わず疑ってしまうような部分もあり、「疑うことなく、そう信じられるような体験をすることがそのうちあるのかな・・・」と思いながらワールドワークに参加してきたのですが、今日、「それって、ホンマやなぁ」と思える瞬間に出会いました。

それは、ワールドワークの場ではなくて、前のクラスで時間が足りなくって途中で終わってしまったワークの続きを、休み時間に1対1でやっている時のことでした。

相手の方がセラピスト、僕がクライアントという設定だったのですが、僕が「『あるもの』(仮にXとしましょう)は必要ないと感じる」と言ったら、その人は「Xは私の命を救ってくれたものなのよ」と突然言い始めました。

ワークは進まなくなってしまいました。
「あなた怒ってるわね」とその人が言うので、僕は自分が怒っているのを認めました。でもその人は、自分が怒っているのを認めません。
「僕についてのワークをしているのに、あなたは自分のことを持ち出してきた」と指摘しても、その人はそれを認めようとしません。
さらに「あなたにとってXが大事なことは、とてもよくわかった。その思いは尊重します」と言っても、あまり聴いてもらえません。まして、僕には僕の事情があって、その人とは全然事情が違うから、Xを大事だと思えないことなど、尊重してくれそうな気配もない。

もう僕からは打つ手なし。その人は「あなたは、自分の『怒り』と取り組む必要があるようね。Xなしでがんばってね」と捨てゼリフ。

決裂です。
休み時間だからその場で仲裁に入ってくれる講師=セラピストもいない。
「めんどくさいことになったなぁ」と思いましたね。
今後も3週間ちょっとコースは続くわけで、ほっとく訳にはいかないだろうけど、誰にどう相談したらいいものやら・・・と、しばし途方に暮れてました。

「次の午後の授業はすっ飛ばしてもいいから、整理する時間が必要だ。下宿に戻ろう」と思って、センターを出て歩き出すと、やや遠くに当の対立相手が・・・

「うわっ、今は会いたくない!」と思って、気づいてないふりをして、道の反対側に渡ると、相手も渡ってきました。

「なんだよ!?」と一瞬思ったのですが、相手は・・・
「ごめんなさい。あなたが全部正しかったわ」

「あぁ、よかった」と、こちらは道端で泣きじゃくりですよ。

あれだけ取り付く島もない態度だったのが、ものの15分かそこらで、非を認めてくれる・・・「これが西洋人のコミュニケーションスタイルなのかもしれない」と思いましたね。
日本人だと何かと後を引きそうな気がしてしまいます。どうなんだろう?

それにしても、率直であることが大事だと思いました。
そしてプロセスワークでは強調される「自覚」の大事さ。

自分の怒りを自覚しながら、主張すべきことはしっかり主張し、かつ相手の主張も尊重する・・・それが実践できたからこそ、相手が非を認めてくれるという変化がもたらされたかな・・・と、また少し自分に自信が持てました。

握手とハグを繰り返し、相手に対して全く違った感情が生まれた上で、下宿に戻り、気持ちを整理しながら、次のクラスに大遅刻をしつつ(3時からなのだが、もう4時だ。あんまり好きじゃない先生だから全然OKなんだけど)、これを書いてます。

1対1だから「コミュニティを生みだす」というのとはちょっと違うけれども、「対立」から逃げないで、きっちり向き合うことで、次の展開が生まれるんだなぁ、ということが実感できたできごとでした。
by matsuzoh2002 | 2005-02-04 09:06 | プロセスワークの参加体験