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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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近鉄で名古屋に向かう途中ですが、いつも通り予約せずに来たら、すぐの特急は満席。
前にもこういうことはあったけど、特急券を買う人の列はいつになく長くって、何となく不況で新幹線から客が流れてる気が…
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by matsuzoh2002 | 2008-12-30 15:43
これから実家の名古屋に帰ります。

することないので実家でも更新するかも・・・ですが、1年を振り返ると、生きててよかったなと思える瞬間もいくつかあったので、まぁよい年だったと思います。

本の執筆、停滞してるときも多いですが、最近はボアールのことを書き出したら筆の進みは速いです。紹介したい面白いエピソードがいくつかあるしなぁ~。

自分にはまだまだそんなエピソードもないので、自分のことを書こうとすると筆が進みにくいのかも。コンプレックス?
でもそんなエピソードと出会うために、活動を広げるために本を書くんだもんな~ということを再確認しつつ、2009年も進んでいきたいですね~

皆さんよいお年を!
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by matsuzoh2002 | 2008-12-30 13:53 | つぶやき
今日は派遣の登録に行ってきました。

が、エクセル初級が求められているお仕事だったのに、スキルチェックの結果、初級以下だという判定が・・・。

派遣会社との面談は好感触だったので、いけたかと思ったが、派遣先からのお返事は今回は見送り・・・ということで。

あいたたたたたた~。

週2というのはかなり望ましかったのに。

実際自分のエクセルの技量がいかほどか、自分でもわかっていないし。
驚くべき結果ではないんだけど。

お役所時代はデータ入力以上使ってなかったし。
今は名簿で使うくらいだから、表計算とかしてないし。

なめてました。初級以下というのは極めて妥当。

けど2年前もコンピュータ関係の派遣のお仕事で、何の準備もないのにスキルチェッククリアしたからね~。

あの成功体験で自分ができる子だと勘違いしてました。

今回ので身の程を知ったということで。

今後こういう機会があれば、エントリーした後、登録までの間に猛特訓するかな。

やればできるとは思う。ただまぁ。今すぐエクセルのスキルをあげとこう・・・という気分にはならないので、とりあえず放置。

もともと年明けから職探しのつもりだったので、少し残念ではあるけれど、気を取り直していきまっしょい。
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by matsuzoh2002 | 2008-12-27 01:38 | つぶやき
昨日書いた部分がうまく人に伝わるように書けているのやら、さっぱり自信がありません。

文章で伝えづらいよなぁ・・・。「人間彫刻を動かす」面白いんですけど・・・。

昨日の続きです。

STEP4.それぞれの立場でどう感じたのか聞く

彫刻たちの動きをひと段落させたところで、それがどう見えたのか・どう感じていたのか聞きます。

彫刻を作った本人の感想は一番最後に聞きます。
本人の感想を聞いてしまうと、それが「正解」のようになってしまい、他の人が感想を出しにくくなりかねません。
それぞれの彫刻が何を表していたのかは、作った本人しか知らないんですが、まずはそれを知らない人たちが先に感想を述べ合うわけです。

まず最初は観客としてみていた人に聞きます。

何が表現されているから知らないから、自分なりにどう見えたのか、どう感じたのか、どんな物語を読み取ったのか、自由に語ってもらいます。

彫刻として動いていた人たちにとっては、全体像が分かりにくい場合もあるので、新鮮な見方が聞けるかもしれません。

彫刻を作った本人にとっても、観客の解釈は、当たっている部分もあれば、外れている部分もあるでしょう。外れていても、ある意味当たっているように感じたり、そういう可能性もあると思えたり、いろいろと面白く聞けることでしょう。

続いて彫刻として動いていた人たちの感想。

自分が何を表現しているのか、言葉による説明がないままに動いた人たちが、自分を何者だと感じていたのか・・・。

これも、あたっている場合も外れている場合も興味深いものです。

最後に彫刻を作った本人が、自分が何を表現しようとしていたのかを紹介しつつ、彫刻の動きを見てどう感じたのか、感想を述べます。

僕の2008年を振り返る彫刻に動いてもらった結果は・・・

Dを僕は「自分の中のやる気」として表現したわけですが、Dの役をやってくれた人はそれを「僕の中の存在」としてはとらえていませんでした。それは当然ですよね。

なのでBとDが2人がかりでAを無理矢理引っ張るような形になった。

編集者さんであるBは、現実的にはそんなに引っ張ってくれる存在ではないよなぁ・・・と思いました。

引っ張ってくれるというよりは、下支えしてくれる感じが近いような気がする。

けれども引っ張るように表現してしまったので、引っ張るのは当然なわけです。

現実と違う表現をしたことで、動いてもらうことによってより鮮明になりました。

ただ貯金の現象に対する不安=Cを置き去りにして進む・・・ということが表現されたことに関しては、よかったとなと思います。
それを忘れることは出来ないにしても、そこにとらわれるのはよくない。

しかしながら、BとDに無理矢理引っ張られる姿を見るのは、あまりいい気分ではなかった。

Aが自分の足で着実に進む形がやっぱり望ましいなと思います。

やる気=Dは当然大事だし、支えてくれる人=Bも大事だけど、引っ張られることを期待してはいけない。

文章では伝えにくいことをうまく表現できないときはついついAのようにへたりがち・・・ですが、やる気を無理矢理ではなく、自然に出しながら、着実に歩んでいく・・・そういう2009年にしていきたいですね。

・・・というようなことを思っているところへ、週2回勤務の派遣のお仕事の登録にいってみることになりました。

この仕事が決まれば、貯金がそこを尽きてきたことによる生活の不安=Cは軽減されるから、何とか決まってほしいです。

週2回勤務は収入的には不十分ですが、今まで週0回勤務をしばらく続けてきましたからね、急に週5回勤務とかすると、本の執筆どころじゃなくなりそうで、不安だったのです。

週2・・・今のところはちょうどいい気がする。ほしいっす!
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by matsuzoh2002 | 2008-12-24 23:35 | ファシリテーターとして
昨日紹介した「人間彫刻を動かす」。自分の実例とともに、さらに詳しく紹介したいと思います。

先日は、初参加の方もいたので、かなり丁寧に身体でコミュニケーションを深めるゲームを積み重ねた上で「人間彫刻を動かす」に至りました。

「人間彫刻で今年を振り返る」という趣旨でやりました。
自分と、自分の周りの人物や、自分の内面にある様々な部分を、他の参加者の皆さんの身体を借りてポーズで表現する=彫刻することを通して、「今年の自分はこんな感じでした」ということを表現してもらいました。

口だけで説明してもわかりにくいので、僕がまず実例を示すことになりました。


STEP1.
まずは「今年の自分」を「人間彫刻」で表現する。


この日の参加者の中から、直感的に自分の彫刻になってもらう人を選び、ふさわしいポーズを考えていく

僕の思い浮かべたポーズは・・・

A.床に座りこんで、イスの上でうつ伏せに寝るかのように頭を落としてへたり込む。
右手はもう1つ並べたイスのほうへ伸ばしている。

僕のイメージでは「本を書く」というとても魅力的な話をいただいたにもかかわらず、思うように執筆が進まずへたり込んでいる・・・というところ。

「本を書くといういい話をいただいた」というところを、伸ばした右手で表している。
いい話がある・・・にもかかわらず、真っ直ぐそのいい話に乗っかれず、へたり込んでいる。

やや複雑な彫刻です。

そして、自分ではその複雑さを分かっていますが、それを演じてもらっている方にはそこまでの複雑さは伝わっていないと思います。

ただ、このポーズと、周りの彫刻との位置関係の中から自然に湧いてくる気持ちを基に、この後動いてもらいます。
            B 
┌──┐    ┌──┐
│イス │     │イス│
├──┤    ├──┤
│\A頭 \ A 右手 /│
│ ┌──┐┌──┐
   │ A  ││   │D
     足 
  C

Aのポーズが決まった後Bのポーズを思い浮かべて作る。

Bは上の図の「B」の位置(イスの後ろ)立ち、Aの右手に片手を差し伸べる。

そして後ろを振り返り、「こっちだ」というようにもう片手を上げ指差す。そんなポーズ。

僕の中での「B」のイメージは、本を書く話をくれた編集者さん。

より広くとらえれば、その編集者さんに象徴される、僕の活動を支えてくれる自分以外の人たち。

B役をやってくれる人は、僕が直感で選ぶ。
僕が何をイメージしているか、何の説明もなくこのポーズをとってもらう。

続いてCのポーズ。

図のCの位置で土下座状態。Aの左足のズボンの裾をつかんでいる。

A・B同様、直感でC役をやってくれる人を選び、説明なしにポーズを取ってもらう。

Cは、僕のイメージでは減りゆく貯金。
そしてそれに象徴される、ファシリテーターとしての収入はほとんどないのに、それ以外の仕事をほとんどせず、貯金に頼って生きていくのはもう不可能だという危機感。不安感。

続いてDのポーズ。

図のDの位置で、Bと向かい合うように立つ。

B同様、Aの右手に片手を差し伸べ
Bと向き合うように片手を挙げ、「こっちへ進め」といざなう。

僕のイメージでは、これは自分の中のやる気。
本を書くという話をもらって、このチャンスを何としても活かさねば!と息巻いている。

A~Dまでのポーズが決まる。
この日の参加者は5人。

あと1人には観客として見てもらうことにする。

STEP2.彫刻たちが、役としての自分の気持ちを味わい、ひとこと言う

何の説明も聞かないまま、それぞれの彫刻になっている方々に、役として、どんな気持ちが湧いてくるのか、味わってもらう。

手がかりは、自分のポーズと、周りとの位置関係。

それだけで気持ちは自然と湧いてくる。

今までの経験上、何の説明もせずにポーズを与えても、どんな感情でいるのかは大体伝わる。
「どんな状況か」まではなかなか伝わらないけれど。

湧いてきた気持ちを「言葉」もしくは言葉にならない「声」を、それぞれ出してもらう。

どんなことを言ってくれたのかは具体的には覚えていない。

けれども、AもCもへたり込んでいるようなことを言い、BとDはAに対して発破をかけるようなことを言っていたと思う。

STEP3.
それぞれの彫刻が「どう動きたい」のかイメージしたうえで、動く


今のそのポーズから、次はどう動きたいのか、それぞれイメージする。

人に対して何か働きかけてもいいし、1人で行動してもいい。
働きかけられたのに乗っかってもいいし、はねのけてもいい。
この場から離れようとしてもいいし、まったく動かずその場にとどまってもいい。

自由に動いていいのがが、あまり自由すぎても難しいので、ファシリテーターが1回手をたたくごとに、1歩進む・・・という形にする。

刻一刻と状況が変化するので、最初は「こうしたい」と思っていたとしても、次の瞬間には「別のことがしたい」というように気持ちが変わることはよくあるので、その場の気分で動きを変えていってもかまわない。

そういうことを事前に伝えておいたうえで、1回ずつ手をたたき、1歩ずつ動いて(動かないのも可)もらう。

僕の彫刻がどう動いたかというと・・・

BとDが束になって、Aを引っ張っていくような形になりました。Cは置いてけぼりを食うような形で、引っ張られていくAを追いはするものの、影が薄い存在になってしまった。

Aはやる気を起こして自分から進んでいくというよりも、無理矢理引っ張られているような感じ。

STEP4.(続く) いったん寝ます
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by matsuzoh2002 | 2008-12-24 00:45 | ファシリテーターとして
先週金曜で今年の宝塚フォーラムシアタークラブ(FTC)のワークショップも終わりました。

月1で5年以上続いている貴重な場で、自分のやりたいことをお試し的にさせてもらったりして、自分の方向性を確認する場でもあります。

今年前半はプロセスワーク研究所の紛争緩和の修士課程に通っていた頃の名残で、「しゃべり」が中心になるワークの影響が強く残ってましたが、最近は「演劇」的なワークの方へと回帰している感じです。

ここ何回かは「人間彫刻を動かす」ワークをおこなって、大変好評で、大きな手応えを感じてます。
来年からはこれをプッシュしていきたい。

「人間彫刻」は人の感情をポーズで表し、人と人との関係性を、複数の人のポーズと位置関係で表す・・・というものです。

人と人の関係だけでなく、自分の中の気持ちの葛藤なんかも表せます。
「怒っている自分」と「それを何とか抑えようとしている自分」とか。その2つを表現したポーズの前に、「怒りを感じている相手」を配置したりすることもできます。
つまり自分の内面の思いや感情と、自分の周りの人物(人物に限らない物なども可)を同時並列的に表現できるわけです。

「人間彫刻」は静止しているわけですが、人間にやってもらっているので、当然動いてもらうこともできます。

「こういう風に動いてください」と指示を出さなくても、「周りにいろいろなポーズの人がいる中で、そのポーズをしていると、どんな気持ちがしてくるでしょう?そして、次にどんな動きをしたいでしょう」とそれぞれの彫刻に問いかければ、彫刻は自分なりのイメージで動き出します。

ファシリテーターが1回ずつ手をたたくたびに、彫刻は1歩ずつ動きます。
ビデオのコマ送りのように。

誰か別の彫刻に近づきたいのか?
それとも誰からも遠ざかって、その場を立ち去りりたいのか?
誰に近づくわけでも遠ざかるわけでもなく、そのままそこにいたいのか?

それぞれの「彫刻」が、「役」として自分の感じるままに動きます。
最初に「こう動こう」と思っていたことが、周りの動きによって「いや、やっぱりこう動こう」と変わるかもしれない。

彫刻たちの動きがからみあい、無言のドラマが展開します。

これが面白い。

書いて伝わる面白さではないと思うので、是非いろいろな人に体験してほしいですね。

「これは、こういう場面を現した彫刻です」と説明してから動いてもらうよりも、説明なしに彫刻を作って、それぞれの彫刻の役にはまった人の想像力で動いてもらう方が断然面白いです。

何の説明もしなかったのに、自分が想像するのと同じような動きを彫刻がするときがあります。

これは面白いです。言葉では伝えていないのに、確実に伝わる何かがあるんです。

でも、彫刻たちがまったく予想外の動きを見せることもあります。

これも面白いです。

そして予想外の動きに対して自分が何を感じるのか、これも興味深いところです。

自分を振り返るために、とても面白くて刺激的なツールです。

僕が作った彫刻を基に説明したいと思います。
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by matsuzoh2002 | 2008-12-23 03:13 | ファシリテーターとして
1年以上にわたって大阪で開催してきたJのクラスは今月で終わってしまいましたが、奈良出身のファシリテーター久保隆司さんによるクラスを、新年早々開催することになりました。

今回は私まつぞうがオーガナイズを務めます。

正月太り解消のために、是非どうぞ。

☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ

新春ビオダンサクラスby久保隆司さんのお知らせ

☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ☆彡★ミ

正月休みはいろいろ食べてついつい体重も増えがちですね。
休み明けのタイミングでビオダンサで楽しく身体を動かして、正月太りと正月ボケを解消!?してみてはいかがでしょうか?

東京在住のビオダンサファシリテーター久保隆司さんに、正月休みに奈良へ帰省中の機会に、クラスを開催してもらうことになりました。
久保さんはサンフランシスコのビオダンサのスクールで学んで来られた方です。
関西でクラスをされるのは初めてですので、どんな場になるか楽しみです。

★ビオダンサとは?★

チリで生まれたダンスのワークショップです。
振り付け等が決まっているダンスではなく、音楽に合わせて、心のままに身体を動かし、人とふれあい、コミュニケーションを深め、自分を知り、人と知り合い、様々なことに気づいていく・・・そんな場です。
ダンスの経験がない方や、苦手意識がある方にも気軽に参加して楽しんでいただける内容です。
詳しくはhttp://www.biodanza.jp/をご覧ください。


日時:2009年1月5日(月)午後7時15分~9時15分

会場:大阪市立弁天町市民学習センター スタジオ
    (JR/地下鉄 弁天町駅徒歩3分)
   http://www.osakademanabu.com/bentencho/

参加費:3000円

申込み・問合せ:
matsuzoh*k.vodafone.ne.jp(*は@に代えてください)
または090-4299-1313 松田まで事前に申し込みをお願いします。

お名前、連絡先(できれば携帯メールアドレスと携帯番号)をお知らせください。
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by matsuzoh2002 | 2008-12-23 00:22 | ワークショップ開催のお知らせ
「かもめ食堂」に出ていたフィンランド人俳優、マルック・ペルトラさん主演映画。

マルックさんは昨年末に亡くなってるということで、追悼の意味も込めてみました。

フィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキ監督作。

学生時代に「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」は見たと思う。
確か留学中のカナダで。何かとぼけた感じのコメディだった。
「ラヴィ・ド・ボエーム」も観たような気がするけど、観てないかも知れない。
どちらもそんなには覚えてないです。

そんなには覚えてないけど淡々とした映画だった印象。

そして「過去のない男」。

やっぱり淡々とした映画でした。

記憶を失った男が主人公。

冒頭、暴漢達に襲われて、病院にかつぎ込まれた後の展開が、ウソみたいだったので、ウソみたいな話としてみたらいいのかどう見ていいのか戸惑ったけど、結局それ以降は、記憶を失った男のリアルな話でした。

フィンランドの貧困層の暮らしぶりとかリアルそう。

ヒロインが「初恋」だというのはホンマかいなと思うのですが、そうなんですね。

記憶がなくてもお金がなくてもポジティブな主人公。

しかし厳しい現実が。「それでも僕はやってない」を思い起こすようないかんともしがたい追い込まれた状況。
結果的に追い込まれたおかげで次の展開につながるんですけどね。

その次の展開、修羅場になってもおかしくないところが、なんだか丸く収まりすぎのような気も・・・。

コメディって訳ではないんですが、とぼけた感じのユーモアは健在。

全体的な空気感は好きでした。

だから悪くはなかったですが、ストーリー展開は若干物足りない気も・・・。

★7ってとこで。
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by matsuzoh2002 | 2008-12-23 00:11 | 見た映画
お笑い番組好きですが、ブログの記事に書こうという気分になるのはM-1くらいですね。

やはりそれだけ独特の何かを感じます。

オリンピックとかと近い、真剣な競技として観てる感じです。

優勝のノンスタイルよりも、僕的にはオードリーの方が好きでした。

1本目は今までにもテレビで見たパターンでしたが、2本目は別のパターンを持ってきたのが、何かツボにはまりました。

敗者復活でも本命視されてたのに、堂々と勝ち上がってくる所がすごい。
復活が決まった瞬間に、ちょっとうるって来てしまった僕。

この1年で急激な成長を遂げた感じでしたからね、オードリー。
ナイツもこの1年で急に来た感じでしたけど。この2組は今年の成長株でしたね。

どちらもすごい堂々とした戦いっぷりで。
ナイツは同じパターンで2本だとやや盛り上がりにかける感じでした。
十分面白かったんですけど、他の2組に比べると。

ノンスタイルでは、あまり爆笑したことないんですよね。
うまいとは思うんで、優勝は納得です。好みの問題です。

ホントかどうか知りませんが、準決勝までの審査員にノンスタイルは嫌う人がいた・・・みたいな話をネット上で読んでたりしたので、あの涙もより感慨深く見ました。

それにしても、敗者復活してくると勢いがありますよね。

去年のサンドイッチマンに続いて、今年もあわや・・・でしたが、それまでも、アンタッチャブルと麒麟が敗者復活から最終決戦進出を成し遂げている。

今年8年目のM-1で、敗者復活形式は2年目からだから、7回のうち4回は最終決戦進出。
半分以上ではないか。

60数組で準決勝をして8組を選ぶ中で、紙一重で落ちた組も何組かいるだろう。

落ちた約60組で、1組だけが復活する。
もともとが紙一重だったところで、その日調子がよかったところが勝ち上がってくれば、それは強い。60分の1だから。

ストレートに決勝進出したところのうちずば抜けて強いところが何組かいるだろうけど、あとは紙一重で拾われた組。緊張して調子が落ちたりする。
もともと紙一重なうえに、直前に敗者復活会場から勢いよく送り込まれてくる方が、もともと紙一重だったストレート進出組に勝っちゃうことが多いのも、当然な気がする。

去年も似たようなこと書いたけど、準決勝を決勝当日にして、9組の決勝進出者を決めて、そのまま決勝を行ったらどうだろう?

ただ準決勝60数組が多すぎる気がする。
会場や生中継で観たことはないけど、終了後にYouTubeとかで見た敗者復活の漫才を見ると、相当レベルにバラつきがある。

20~30に絞ってよいのでは?

それくらいに絞った上で、当時の午後準決勝、夜決勝。

デメリットとしては、事前に決勝の出演者がわかってないと、番組の宣伝がしにくい・・・なんていうことがあるだろうけど、これだけM-1がメジャーになってるんだから、大丈夫な今日な気がするけど。

誰が飛び出すかわからないドキドキの感覚が夜だけでなく、昼から1日楽しめる。

いいと思うけどな。

R-1は敗者復活を生中継するらしいですね。
敗者復活日曜⇒決勝火曜みたいですが。

これがうまくいけばM-1も変るかも?

さて、来年は誰が出てくるか・・・。

ナイツやオードリーは今あるスタイルそのままだと進歩がないと見られそうだし、どう進歩させていくのか?
去年よりは評価を上げたダイアンあたりがさらに新しいスタイルを生み出すのか?
さらに新しい人たちもきっと出てくるでしょう。

楽しみです。
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by matsuzoh2002 | 2008-12-22 23:39 | つぶやき
去年の6~7月にかけて某NPO的団体でバイトとして関わった当時59歳のNさんの自立支援でしたが、先月そのNさん病死されたそうです。

当時から糖尿病に加えて動脈硬化もひどくて、なのに過去の脳梗塞から来ているであろう脳・記憶の障害で、金銭の管理も、食事の管理も、感情のコントロールも、何もかも自己管理できずという還暦前後のおっさん。
自立を本人がしたがっているわけでなく、80代の親御さんが、おっさんが多額の借金を作ってしまったのを肩代わりせざるを得なくなり、面倒見切れなくなり、当該団体の出番となった・・・という経緯でした。
僕も関わることになり、いろいろ振り回され、このブログでもたびたび愚痴り、「こんなもん、本人にその気がないのに、自立なんか無理やん!」と僕2ヶ月でさじを投げました。

その頃のブログを読み返すと、僕の奮闘と葛藤は懐かしくもあり、しかし、なんとも難儀な体験でした。
親御さんのことを考えると自立してほしいのは山々ですが、本人と関われば関わるほど、本人はそれを望んでないのが明らかだと言うジレンマ・・・。

しかし結局昨年中に親御さんのもとへと逃げ帰ったそうです。
その団体の管理が厳しすぎると・・・。お金渡すと使っちゃうから制限してた、など、必要な管理だったんですけどね。本人は不平不満たらたらでした。

でも結局、それから1年かそこらで病死。

ま、当時の病状からして驚きませんでした。

幸せだったんでしょうか?

当時から親御さんに会いたがっていたので、戻れて幸せだったのかもしれません。

でも追い出されるまでは親御さんに対する態度はひどかったらしいので、どうだったんでしょ?

とりあえず解放されて親御さんはほっとしてはるらしいです。

それも納得です。

そうなるとますます、このおっさんの人生ってなんだったんでしょう?

自分の人生は自分で納得できるものにしていくしかないですね。

いつ病気で今は当たり前のように使えている能力や機能が使えなくなるかもしれない。

結局このおっさんの脳の小さな梗塞はいつなったかわからないものだったということで、本人の自覚もないままいつの間にか機能が失われてたりするんだよなぁ。
怖い怖い。

やはり当たり前のことに感謝して、日々を充実させていくしかないですよね。
おっさんの死は、他山の石とすべきですわなぁ。

おっさんに合掌emoticon-0131-angel.gif
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by matsuzoh2002 | 2008-12-17 00:47 | つぶやき