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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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約1年にわたり月1で大阪でビオダンサを開催してきたJ(ジェイ)は来年から海外へ勉強しに行きます。
ビオダンサの勉強のために行くのがメインなわけではないようですが、ビオダンサもべんきょうしてくるそうなので、今度戻ってくるときはより一層パワーアップしたビオダンサが体験できそうです。

そのときを楽しみにしつつ、残り2回のJのクラスを楽しみたいと思います。

以下、ファシリテーターのJからの案内です。

会場はJR環状線沿線すぐの所です。詳しくは申しこみされた方には連絡がいきます



11月と12月の大阪ビオダンサ日程です。

日時:11月22日土曜18:30- 12月13日土曜18:30- 

申込先:いったんまつぞうまでメールください
(matsuzoh2002☆yahoo.co.jp ☆を@に代えてください)

料金:参加者7人までは3000円~、8人から2000円です。

また、皆さんのご参加でクラスを続けてきましたが、ジェイは来年から海外へ移住す
る事になりました。残念ですが、12月で大阪ビオダンサは一旦中締めとさせて頂きま
す。長い間のご支援、心から感謝申し上げます。今後の大阪クラスについては、クラ
ス中にみなさんにお話しますね。11月と12月に皆さんとご一緒できますよう、心より
お待ちしています!!

関東に行くチャンスのある方へ

東京では、Weekly Classを11月25日(火)12月1日(月)8日(月)16日(火)23日
(火)それぞれ19:30-より早稲田にて、女性クラスを11月23日日曜15:00
-より世田谷にてクラスを行います。詳細は www.biodanza.jp でご確認の上、お申
し込み下さいね。

感謝をこめて J
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by matsuzoh2002 | 2008-11-19 20:38 | ワークショップ開催のお知らせ
前の記事を受けて、マルック・オブ・ザ・イヤーのことが気になって検索していたらこんな記事(Visit Finland)が。

フィンランドの"マルックさん"世界記録更新です

2008年8月31日

フィンランド在住の"マルック(Markku)"が、8月30日世界記録を更新しました。
マルック同盟(Markku-liitto)の呼びかけで、ファーストネームが"マルック"の男性がヘルシンキの元老院広場に集結しました。午後3時には1281人を数え、世界記録を達成しました。
マルックさん達の大部分は、50代から60代です。1950年頃の小学校では、同じクラスにマルックが4人いることもあったそうです。現在、若い世代にはマルックという名前はあまりいませんが、参加していた29歳のマルック・ヒューリュンマキ(Markku Hyyrynmäki)さんは、彼が生まれた時に亡くなった叔父さんの名前がたまたまマルックだったので、その名前を受け継いだという名前の由来を話してくれました。
 同じ名前の人が同じ場所に集まるという世界記録は、2005年にドバイで1096人のモハメッドが集まった時に作ったものでした。


マルック同盟emoticon-0102-bigsmile.gif

マルック・オブ・ザ・イヤーを決めているのも間違いなくここでしょうね。

石を投げればマルックにあたる状況、楽しそうだなぁ。
リンク先には全員で人文字を作ってるっぽい写真も。
多分「マルック」って書いたんでしょうけど、角度が悪い写真でよく分からず・・・。

それにしても、最近の人たちは昔からある名前を毛嫌いするというのは、宗教的な伝統が薄れたりしてる所では世界中に起こっていることなんでしょうね。

マルック同盟も世代交代は起きようがない状況のようで。

ミクシイで何年生まれのコミュはあったけど、同じ名前の人コミュってあるんかいな?と思って見てみたら、「ひろき」コミュありましたね。

しかしメンバー751人。

ダメだweb上なのに、オフで集まったマルック同盟より少ない・・・

日本中にはもちろんもっといるだろうけど、なかなか集まんないでしょうね。
集まったら面白い気もするけど、集めようというエネルギー、実際問題湧いてこない。

その点マルック同盟はどう集まっていったんでしょうね。
面白いなぁ。
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by matsuzoh2002 | 2008-11-19 14:53 | つぶやき
前から気にはなってたのですが、友達が高評価なので借りてみて・・・

いやぁよかった。
笑えたし、なんともほっこりした気分で眺めた映画でした。

リアリティにこだわるような人は楽しめないかも。実際ネット上でそんな感想も見かけた。

いや、僕も頭の片隅で、「この人たちのビザはどうなってるんだ?」とか「日本食の食材は満足に調達できるの?」とか現実的な疑問が湧いてこなかったわけではないのですが、そういう疑問は脇に置くのが吉。

この映画はファンタジーなんだよね。

リアリティにこだわれば、「異国で食堂を開店するまでの苦労」とかそういうところにドラマがあるのかもしれないが、そういうところは置いといて、なんともいえない空気感を楽しむ。

ムーミンみたいに明らかなファンタジーではない中で、繰り広げられるファンタジー。
それが成立するのはフィンランドという異国を舞台にしたからかな。

観客としての僕のスタンスはずっと「眺める」感じの映画でしたが、途中1箇所、もたいまさこに、「あるんかい!」とツッコミました。
その直後「やるんかい!」ともう1ツッコミ。個人的にはそこが一番ツボでした。

終わってから公式サイトを見ていたら、キャストの中でフィンランド人俳優の中では唯一「マルック・ペルトラ」さんが紹介されていて(美味しいコーヒーをいれるおっちゃん)・・・

2003年にはその年にもっとも活躍したマルックに送られる「マルック・オブ・ザ・イヤー」を受賞

・・・ってサラッと書いてあるのに爆笑emoticon-0140-rofl.gif

「最も活躍したマルック」・・・って。
フィランドの人口は500万人くらいしかいないようなので、マルックがありふれた名前だとしても、一般人のマルックさんでも結構些細な理由で受賞しちゃったりするのかもね。

フィンランドはおもろいな~。
他の名前の賞もあるんやろか?僕も「ひろき・オブ・ザ・イヤー」でも設立しようかな?

そういう賞が成立したり、エアギター選手権をはじめ幾多の面白選手権を擁するフィンランドのゆるさが素敵。

でもマルック・ペルトラさん2007年末にお亡くなりになられたようです。合掌。

フィンランド映画といえば、アキ・カウリスマキですね。すっかり忘れかけてたけど。
大学の頃に何作品かみたけど、あんまり覚えてないや。「過去のない男」というマルック・ペルトラさん主演作もあるようなので、見てみたいな。

公式サイトにはフィンランド映画界との共同作業のエピソードもあって、「その日の撮影終了から次の日の開始まで最低10時間確保が必要」とか「6時間以上撮影するときは長い休憩時間が必要」とかゆとりある仕事っぷりが素敵。

こんな風にのんびりいきたいよね~。

でもこの映画は夏からせいぜい秋までなんだよねぇ。

白夜の反対、冬のフィンランドでかもめ食堂はどうなるのかなぁ・・・とちょっと気になるのでした。

そういうリアルなことは気にするなんて野暮だぜ・・・と分かっちゃいるけど気になるぜ。

映画は☆8.5.ホントいい空気感でした
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by matsuzoh2002 | 2008-11-19 00:25 | 見た映画
今日も対話型の文章で本を書く。

この形式で書く前は、どうも普通に書いていると「正しく書かねばならぬ」という自分が出てきてしまっていたと思う。

「正しくあらねばならぬ」というのは自分の中でも厄介な部分である。

本を書くのに、間違ったことを書いてもまずいので、正しさにこだわる部分も必要なんだけど、あんまりその部分が前面に出ても困る。別に論文を書くわけじゃないんだから。

読みやすく、面白く、軽やかに書きたいわけでして。

その点、自分の中で聞き手と語り手の役割分担をした結果。読みやすく軽やかに書けるようになって、実に心地よいことです。

今日はPETA(フィリピン教育演劇協会)のワークショップを初めて受けた時の体験を書き進めた。

正しさにこだわる書き方をしてしまうと、PETAはいつ設立でどんな部門があってみたいなデータなどを事細かに書き記してしまいそうになる。
調べ物は嫌いではないし。
ただ思うようなデータが見つからないと、行き詰ったりするし、逆にデータを集めすぎて何を書きたいのか見失ってしまったりする。
必ずしも読み手はそんなデータを望んでるとは限らないのにね。

聞き手の質問に答える形で書いていくと、そういう細かいデータは華麗にスルーして、軽やかに書き進んでいける。

データが載せたくなったら、注をつけて、本の端のほうに書いてもいいし。

まずはファシリテーターをしてるときの自分のように、まったりと、そして時に軽快な自分を前面に出して、正しいことにこだわる自分には、1歩引いたところから見守ってもらうとしましょう。

うん、いいバランスだ。
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by matsuzoh2002 | 2008-11-16 02:06 | ファシリテーターとして
前の記事に引き続き、Q&A形式で本の原稿を書いてます。

ブログに全部書いちゃったら、ネタばらしし過ぎで、本が売れなくなるかな?

いや、ブログをまとめた本って最近は多いし、別に全部書いてもいいのかもしれない。

とりあえず、まだ全部というほど書いてないので、まだ載せてみましょう。



Q.ファシリテーターって?

A.ああ、ワークショップでは講師と呼ばずに「ファシリテーター」って呼ぶときが多いね。英語で「facilitate」って動詞は、「簡単にする」とか「促進する」とかいう意味で、学習を進みやすくしたり、深めたり、そういう役割だね。

Q.具体的には何をする役割なの?

A.次に何をするか説明したり、指示を出したりとか、作業(アクティビティと呼んだりする)が1つ終わったら参加者から感想を聞いたりするとかが主かな。講義のように、一方的に自分の主張を話すことは、原則としてない・・・かな。

Q.なんか微妙な語尾だね。自分の主張を話さないという原則には例外もあり?

A.う~ん、ワークショップの最初は趣旨説明から入ることが多いし、最後はまとめのコメントを言うことが多いから、そこに自分の主張が入らないわけではないね。
それに、そもそも自分の主張を理解してもらいたいがために、ワークショップを展開している場合も中にはあるね。僕も今までワークショップに参加していて、ファシリテーターの主張が僕の意見と相容れなくて、主張を押し付けられてるような気持ちになったことは何度かある。

Q.なんか、そういう「主張押しつけ型」のファシリテーターに対する不満をありありと感じるけど。

A.そうだね。僕がワークショップに惹かれた理由の1つに、「一方的に語る講師と違って、ファシリテーターは、参加者の知識や体験やスキルを尊重して、『ともに学ぶ』姿勢を持っている」っていう、ファシリテーターの心得みたいなことがあったんだ。
講師と受講者は上下の関係だけど、ワークショップのファシリテーターと参加者はより水平な関係に近いっていうのも聞いたしね。

Q.なんか、ワークショップやファシリテーターに関する「こだわり」を感じるね。

A.そうだね。僕が某自治体の社会教育主事補として働き出した1995年に、「ワークショップ」についての職員の内輪の学習会があってね。一方通行の講義形式とは違う、双方向型のワークショップは、「これだ!」と思ったもの。
そのときは全然聞いたことなかった「ワークショップ」って言葉も、今では結構広まってきてる感じがするけど、「ともに学ぶ姿勢」みたいなものまでは広まってないような気がするな。

Q.「これだ!」と思ったワークショップの中でも、特に「これだ!」とハマったのが「もう1つの演劇」のワークショップってことなのかな?

そう!参加者の力を最高に引き出すのが「もう1つの演劇」のワークショップだと思う。

Q.どういうところが?

A.いろいろあるけど、まずは、参加者たちが自分で表現していくところかな。
ファシリテーターは自分の主張をするのではなく、参加者たちが自己表現・自己主張できるようにサポートしていく。個人的にはそれがワークショップ本来の形だと思っていて、しかも、とても楽しいというところが最高だね。

Q.ふ~ん。楽しいのはいいね。でもやっぱり、自分が楽しめるかどうか、やってみないとわからないな。

A.興味を持ってもらえたらうれしいし、ぜひやってみてほしいけど、確かに誰もが楽しめるものではないかもしれない。
僕はたまたまハマったけど、合わない人もいると思う。
でも、僕自身が最初は不安な中を参加してこんなにハマってしまったから、誰でもハマる可能性はあると思うけどね。
「演劇はのワークショップは楽しい」って主張を押し付けちゃったら、僕も同じ過ちを犯してしまうことになるからね。

Q.なるほどね。ワークショップに合う、合わないは当然あるんだろうね。

A.そうだね。合わないワークショップに無理やり参加させられてしまったりすると、ワークショップと「不幸な出会い」をしてしまうだろうね。

Q.ワークショップと「不幸な出会い」?

A.そういうこともあると思うね。
自分から参加するものなら、最初僕がそうだったように「イヤなら途中で帰る」っていうこともできるだろうけど、例えば職場の研修なんかでワークショップをやられると、途中で帰るわけにもいかないしね。
強制的に「参加させられる型」のワークショップになってしまう。そんなワークショップとの不幸な出会いはしてほしくないな~。
もちろん強制的な出会いでも、内容にハマってしまうこともあるだろうけど、できれば自発的に参加する場であってほしいね。

Q.強制的に参加させられるのはつらいね。

A.そうでしょ?
講義なら寝てる選択肢もあるのに、ワークショップではそれもしにくい雰囲気になってしまう。
いや、でも、ホントはワークショップ中でも隅の方で寝ててもらってもいいんだけどね。
見学しててもいいし、途中で帰ってもいいということを最初のうちに言ってから、僕はワークショップを始めるようにしてる。
企業の研修で、途中で帰るという選択肢は企業としては「なし」かもしれないけど、ファシリテーターとしての僕としては「あり」だね。

Q.なるほど。参加者に選択権をとことん与えていこうということかな?
それがまっちゃんのファシリテーターとしてのこだわり?

A.そうだね。無理矢理身体動かして、ゲームしたり、演技したりなんて、するもんじゃないからね。
ワークショップと出会った頃に、ファシリテーターは「受動的な能動性」を発揮する役割だって書いてあって、それが妙に気に入ったんだよね。

Q.「受動的な能動性」ってどういうこと?

A.参加者たちのニーズや意向や場の雰囲気を読み取って、それを受けて、自分の次の行動を決めていく・・・ってことだね。

受け身なだけではいけないけれど、参加者の意向を無視して自分の判断だけで突っ走ってもダメ。場を受け止めながら、自分の持ち味を場に返していく。そういうのが大事だと思う。

Q.そこが気に入ったってことは、それが自分に合ってるってこと?

そうだと思う。一方的に話す講師みたいな立場って、どうも苦手でね~。
場の反応を受け止めながら関わっていく感じが、自分にはちょうどいいと思う。

Q.この本が一方的に書く形じゃなくて、質問に答える感じなのも、それが合ってるからってこと?

A.そう。そういうこと。心地よい形で進めていくのが何事もいいよね。

Q.なるほどね。そんなまっちゃんがぴったりハマった、フィリピンの「もう1つの演劇」の話を次の章で詳しく聞きましょうか。

A.はい、よろしくです。



こんな流れで第1章終了かな。

この前考えた概要(案)の第2章と第3章が入れ替わって、次にPETAの説明が来る方が自然な流れになってきた。

こんな風に、書いてみないと分からないことって多いよね。

でも抽象的なことばっかり書き続けるよりも、ここらで具体的なことを書いたほうがいい気がしてきたので予定変更といきましょう。
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by matsuzoh2002 | 2008-11-15 04:10 | ファシリテーターとして
自分の中で聞き手と語り手を分担して書き進めてみると、筆の(ってPCで打ってるけど)の進みが軽い。

このまま世に出すかどうかは別として、当分これで書いていこう。

聞き手のキャラは特に設定してないけどね。書いてるうちに固まってくるかも。
とりあえずいきなりQ&Aではじまってるけど、何らかの前置きはいるわな。

A.はファシリテーターとしてのまつぞう。ゆえに「まっちゃん」を名乗っております



Q.本書いてるんだって?どんな本なの?

A.この本は、NPOや市民活動などの世の中をよりよいものにしていこうという動きと、「もう1つの演劇」をつなげることを1つの大きな目的にしているんだ。

Q 「もう1つの演劇」って何?普通の演劇とどう違うの?

A.役者が演じて、観客が観るっていう一方的に「見せる/見る」っていう関係じゃなくって、全員が役者になったり観客になったりしながら、お互い見せあったり、観客に舞台に上がって劇のストーリーを変えてもらったりする、「参加型・双方向型」の演劇のことなんだよ。

Q何の目的でそんなことするの?

A.自分たちの状況を、演劇を通して見直して、どうすれば状況に変化を起こせるか、演劇を手段として活用してアイデアを出し合ってみよう・・・というのが目的なんだ。

Q.だからNPOとか世の中を変えようって動きとつながるわけか。
まっちゃんは、なんでそんなことするようになったの?

A.世の中をよりよくしたい・・・っていう思いは前からあったんだけど、これだ!っていうものがなかなかなくってね~。でも、これだ!と思った

Q.どういうところが「これだ!」って思ったの?

A.やっぱ、楽しいところがハマったんだと思うな~。楽しいのに、それだけじゃなくて、世の中を変えていく力を持っているなぁと思えた。

Q.世の中を変えていく力か~。
どうもピンとこないけど、演劇で世の中を変えていくって、具体的にどうするの?

A.例えば「フォーラムシアター」っていうやり方があってね。

Q.何それ?

A.「フォーラム」って「討論会」みたいなものだよね。「フォーラムシアター」は演劇を使って、みんなで問題の解決策を出し合ってみよう!っていうことをするんだ。

Q.解決策を出し合うっていうことは、劇を見てから話し合うっていうこと?

A.話し合うっていうよりも、私だったらこういう行動をする!っていうのを演じてもらう形で、「討論」をするんだ。

Q,演じるの?

A.そう。「この登場人物の代わりに、私だったらこうする!」っていうアイデアがある人に、舞台に上がってきてもらって、実際にそのアイデアを行動に移してもらうんだ。

Q.へぇ~。舞台に上がるんだ~。
面白そう。でも、難しそ~。いきなり舞台に上がるのは抵抗あるな~。
みなさん抵抗なく舞台に上がってくれるものなの?

A.いや、日本では結構じっくり時間をかけてウォーミングアップをして、ようやく上がってくれる人もいるかな?って感じ。

Q.「日本では」ってことは、海外だと違うの?

A.カナダでやってるのをインターネット中継してるのを見たけど、割と簡単なウォーミングアップで、すぐ観客が舞台に上がって来てたね。

Q.インターネット中継?日本で見たの?

A.うん。バンクーバーの上演を大阪で見てた。もし「私ならこうする」っていうアイデアを思いついたら、現地にいる人とチャットして、伝えることもできたよ。

Q.へ~。そんなこともできるんだ。なんかもっといろいろ聞かせてよ。

A.うん、いろいろと話したいことが出てきそうだから何でも聞いてよ。

*ここまで「はじめに」。ここから第1章

Q.前からそういう演劇をやってたの?

A.いやいや全然。小学校の学芸会以来、演劇なんて全然縁遠かったんだけどね。

Q.そうなんだ。じゃぁなんで、そういう「もう1つの演劇」と関わるようになったの?

A.直接的には1997年にフィリピンの人がやってるワークショップに参加してからだね。

Q.フィリピンの人?

A.そうそう。フィリピン教育演劇協会(PETA)っていう劇団があって、そこの人が日本に何年か在住してて日本各地でワークショップをしててね。その人が大阪でやってるワークショップに参加したんだ。

Q.ワークショップって、たまに聞くけど、いまひとつよく分かってないんだよね。
何だっけ?

A.「参加型学習」とか「参加体験型学習」とか訳されてるよね。講師が一方的に話すレクチャーじゃなくて、参加者同士で話し合ったり、共同で作業をしたりしながら学んでいく形ね。

Q.参加型か~。そういえばさっきの「フォーラムシアター」っていうのも参加型だったね。「もう1つの演劇」自体が「参加型」っていう話だったっけ?

A.そうそう。劇団が一方的に見せる演劇じゃなくて、観客が参加するのがフォーラムシアター。講師が一方的に話す講義じゃなくて、参加型の学びがワークショップ。似てるね。
フォーラムシアターだけじゃなくて、演劇のワークショップも参加型の学びの場だね。

Q.演劇のワークショップね。役者さんとかが参加するの?

A.そういうワークショップもあるね。でも「もう1つの演劇」のワークショップは演劇を学びの手段として活用する感じだし、役者さんみたいに演劇経験がない人にこそ、ぜひ参加してほしい!って感じだけどね。

Q.演劇経験がない人にこそ・・・か。でも、演劇するのって、抵抗あるな~。

A.僕もつい10年ちょっと前まではそうだったからね~。その抵抗感わかるよ。

Q.あれ、そうなの?

A.そうだよ。さっきも言ったけど、小学校の学芸会以来、演劇なんて縁遠かったし。そのワークショップもどんな中身かわからないから、イヤだったら途中で帰ろうか・・・くらいに不安もあった。

Q.そんな不安な中参加したんだ。何で参加しようと思ったの?

A.仕事でワークショップを企画することもあったし、いろいろ体験しようと思ってね。音楽やダンスのワークショップには参加してたから、その延長線上に演劇もやってきた、って感じで。

Q.へ~、仕事でワークショップを企画してたんだ。

A.うん、某自治体で社会教育主事補って仕事をしててね。市民の学習活動を支援する仕事で、市民向けの講座を企画・運営する仕事もあったから、いろんなワークショップを体験して、いろんなファシリテーターと知り合っておきたかったからね。

Q.ファシリテーター?

・・・続く
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by matsuzoh2002 | 2008-11-14 04:19 | ファシリテーターとして
本のために文章を書こうとするけれど、どうも書いてるうちにまとまりが欠けてくる。

やがて集中力を失って、他事をはじめて、戻れなくなる。

どうもよくないなぁ・・・

一方的に話すのがどうも苦手なように、一方的に書き続けるのもどうも苦手かな。

ブログくらいの分量ならいいのかも。

でもブログでも結構書いてる途中でまとまりを欠くことがある。

それより長い文章になればなおさらだわなぁ。

そこで対話形式にしてみてはどうかと思う。

対話型の演劇の本だし。一方的に見せるのではなくて、見せ合う本だし。

自分の中で聞き手と語り手を設定してはどうかと。

市民活動とかに興味があるけど、演劇に興味のない人がターゲットその1で、

従来型の演劇は知ってても、「もう1つの演劇」と呼んでるものは知らない人がターゲットその2なら、

それぞれをインタビュアーに据えて、ファシリテーターとしての僕が答えるという形でどうかと。

自問自答ではあるけれど、自分の中で役割分担をして対話していく。

実際の出版はそういう形でするかどうかは別にして、まずはそうしてみようかなと。

まず、やってみましょうか。

前回の記事から少し変えて現在のタイトル案は

『もう1つの演劇』で楽しく世界を変える
 ~世の中のストーリーを書き換える参加型の学びの場~

です。

そこでQ 「もう1つの演劇」って何?普通の演劇とどう違うの?

A.役者が演じて、観客が観るっていう一方的に「見せる/見る」っていう関係じゃなくって、全員が役者になったり観客になったりしながら、お互い見せあったり、観客に舞台に上がって劇のストーリーを変えてもらったりする、「参加型・双方向型」の演劇のことなんですよ。

Q・何の目的でそんなことするの?

A.自分たちの状況を演劇を通して見直して、どうすれば状況に変化を起こせるか、演劇を手段として活用してアイデアを出し合ってみよう・・・というのが目的なんだ。

Q.演劇で変化を起こすアイデアを出し合うっって、具体的にどうするの?

A.例えば「フォーラムシアター」っていうやり方があってね?

Q.何それ?

A.それはね・・・

・・・と言うようにいけば、結構流れを作りやすいかも。

出版もこの形態にするなら、ボケとツッコミも盛り込めるかも。

仮想インタビュアーのキャラが立てば、楽しく読めるかも、書くのも楽しいかも。

そういうほうがクリエイティブでいいかな~?
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by matsuzoh2002 | 2008-11-13 22:46 | ファシリテーターとして
とりあえずこんな感じかな・・・と、本の全体の概要をまとめてみました。

タイトル未定ですが・・・

「楽しく変化を起こすための『もう1つの演劇』」
~参加型で未来を切り開く実践~」

・・・とかかなぁ?

編集者の方と相談しながら練っていくつもりですが、いろいろと感想をいただければうれしいです。

この言葉の意味が分からんとか、いろいろあると思いますし。



序章 演劇にまるで興味がなかった僕が「もう1つの演劇」にハマるまで

・ワークショップ(参加型学習)との出会い
ファシリテーター(ワークショップを進行する役割) ~受動的な能動性

「楽しく世の中を変えるための手段としてのワークショップ」に惹かれる

・「もう1つの演劇」(=民衆演劇=普通の人のための演劇)との出会い
普通の人が今を見つめなおし、よりよい未来を実現していくための手段として活用する演劇

ワークショップを名乗りながら講師の主張をインプットするための限定的な参加型も多い中、演劇活用型ワークショップはアウトプットすることを通しての学び

第1章 「もう1つの演劇」の特徴
・参加型(ワークショップ/参加型の上演=フォーラムシアター)
・双方向型
・自発性(無理矢理やらせては逆効果かも)
・安心できる空間
・即興性(即興的な集団創作/「人間彫刻」から入るゆるやかな即興)
・楽しさ⇒遊び心、創造性を引き出す
・頭で考えるだけでなく、身体で・心で感じることの重視
・自分の物語を劇にする
・様々な角度から自分の物語を見る 自分として・相手の目線で・第3者の客観的な目線で
・演劇の中で自分の未来を創り変える(未来のリハーサル⇒本当に変化を起こせる可能性を高めるための力を引き出す)

第2章 フィリピン・ブラジル・カナダの実践に学ぶ

・PETAの演劇ワークショップとの出会い
 絵を描いたり、詩を書いたり、替え歌を歌ったり、演劇を中心とした総合的なアートのワークショップ
 取材劇・ドラトラ(詩劇)・などの手法

・日本国内の先達たちとの出会い
 フォーラムシアター/ボアールへの興味

・ボアールの手法
  フォーラムシアター(討論劇)・人間彫刻(イメージシアター)・新聞劇・見えない演劇

 ヨーロッパ亡命後の個人の内面に迫る手法(内面化された抑圧に取り組む)
欲望の虹・頭の中の警官

 ブラジルに戻り、一時市会議員に
法律制定演劇(人々の望んでいることを叶えるためにフォーラムシアターを活用して法律を変える試み)

・ヘッドラインズ・シアター(カナダ)との出会い
 TV/インターネットフォーラムシアター
 抑圧者/被抑圧者の二分法を越えて

第3章 その他の様々な演劇的手法等の体験

・プレイバックシアター
・サイコドラマ(心理劇)
・ドラマセラピー
・インプロ(即興劇)

演劇ではないけれど、影響を受けた手法

・コーチング(目標達成指向)
・プロセスワーク(プロセス指向心理学)/グループプロセス(ワールドワーク)

自分を抑えるファシリテーターから自分の感情も生かすファシリテーターへ

第4章 僕の活動の紹介

・FTC (宝塚フォーラムシアタークラブ=月1回5年以上継続して開催中)
グループでテーマを見つけることの難しさ⇒個人の問題にフォーカスする方向へ
オリジナルの自分を振り返るワーク

・定番のゲームをいくつか紹介

・ワークショップのプログラム例
⇒短期の場合(いくつかの例)
⇒長期の場合(1回6時間×6回でフォーラムシアターを創るワークショップ)

・思うように活動が広がらないもどかしさ
 NPOなど「テーマを決めて活動する団体」に近づきたいが、やっていることが伝わりにくいもどかしさ
 短時間のワークショップでは思うように深まらないもどかしさ

・・・この本をきっかけにもっと広まるといいなぁ・・・

未来への序章

演劇を名乗ることへの抵抗感を越えて、
「楽しく変化を起こす 劇的ワークショップ」と名づけて、もっと広める方向へ
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by matsuzoh2002 | 2008-11-11 01:24 | ファシリテーターとして
東京の思い出し日記です。

1週前の日曜は東京でビオダンサでした。

イタリア在住のブラジル人、セルジオ・クルーズ氏がファシリテーター。
本当は金曜の夜と土曜もあったんだが、僕はコロンビアも演劇ワークショップに参加してたので、ビオダンサは日曜日だけだったのだ。

すでに3日目ということで、会場全体には、なんだか一体感・高揚感がある感じだった。朝9時半からと早かったのに。
しかし、コロンビアのワークで僕も僕なりにウォームアップしてたみたいで、知ってる方からは「何か今日はいつもと違うね」と言われ・・・。多分からだが反応しやすい状況になってたんでしょうね。
スペイン語を耳にして、何となくラテンな感じになってたのかも。特にコロンビアの何かを伝授されるようなこともなかったんだけど・・・。

スペイン語を散々聞いた後で、ポルトガル語に触れて、言葉の似てるところと違う所が面白かった。
ポルトガル語はやわらかい響き。スペイン語のほうが硬質。それがよく分かって面白かった。

参加者50人くらいいたんでしょうか。それだけでなんだかすごいよね。

途中とっても独特な体験をしました。
どうもファシリテーターの指示をうまく受け取れなかったみたいで、コミュニケーションギャップが生じた模様。
僕自身もファシリテーターなのでいろいろと今後の参考になるような事例だが、ちょっとまだ整理しきれてないので、細かく書かないことにする。

独特すぎた体験が整理できずにもやとした状態で昼食休憩だったのだけれど、芝生の広場で、秋の太陽を浴びてたら癒されました。太陽は偉大だ。

この日一番うれしかったこと。
2人ペアになって踊ることが何度かあって、この日に限らず、僕は普通に踊ってるだけなのに、僕のお相手になってくれてる人がえらい笑ってくれて楽しそう・・・と言うことがちょくちょくあるんですよね。
この日も何人かそういう反応があって、あとで話を聞いたら、「一緒に踊って楽しかったわ~。実は最初苦手だったんだけど・・・」だった。
苦手だったと聞いて、ちょいとショックemoticon-0107-sweating.gifでもありましたが、それを払拭する何かが僕のダンスの中にはあるらしいんですよね。
誰に対してもどういう力が発揮できる訳ではないけれど、相性がアウトじゃなくて合うと、ぴたっとハマることがある。
最初にそれを感じたのは、シドニーのワールドワークのときだった。現地オーストラリアの女性相手にこのパワーが発動したことが(このときだ。)このパワーは国境を越えるかも。

僕がビオダンサで一番好きなのは、この、2人で踊ってると、僕は普通に踊ってるだけで、相手が喜んでくれるときだね。

1人で踊ると、苦手に見られてるかも・・・。自分では分かってないけどね。
2人で踊ると、自分の楽しさがうまく伝わる感じかな。人とあわすのは苦でないし。
大勢で全員で手つないで踊ったりするのは、それに比べるとどうもあまり好きでないかも。

自分の傾向が分かるよね。
それにしても、自分のパワーを感じられる瞬間というのはいい瞬間だ。
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by matsuzoh2002 | 2008-11-10 01:13 | その他ワークの参加体験
本のターゲットは、

・演劇に興味がある人に ⇒ 演劇を活用することで身の回りから世の中を変えていく可能性がある、そういう手法があることを知ってほしい。

・NPOなど市民活動をしている人に ⇒すでに世の中に変化を起こしていく活動をしている人たちに、演劇を活用した手法を知ってほしい。

という両方ですね。両者の橋渡しになる本を書きたいのです。

「演劇なんて興味がない」という人も大きなターゲットになるわけで、かつては僕自身ももろにそうだったので、そんな自分が何で興味を持つようになったのか?という部分を振り返っておくと、効果的な本が書けそうな気がする。

何で演劇に興味がなかったのか?

・舞台に上がって人に見られるなんて恥ずかしかった =これが一番大きかった。
・「マニアック」というイメージ =学生時代に演劇サークルの看板とか見ても、近寄りがたかった。
・演出家の思い通りに演じないと役者はくそみそに扱われるイメージ =実態がどうだか知りませんが、これも、なんかあまりいいイメージに思えていなかった。

結局、「役者が演じて、観客が観る」という一方通行の演劇のイメージしかなかったですからね。

・参加型・双方向型の「もう1つの演劇」

・・・なるものがあることは全然知らなかった。

そして、ワークショップ(参加型学習)形式で、「安心できる空間」で「参加者同士で見せ合う」形式というのが非常に大きかった。

「見せ合う」というのがとてもよかった。一方的に見せるのではないところが。「お互い様」な感じで。
安心できる空間で見せれば、反応も暖かい。
見せる怖さが相当やわらいでいる。

「もう1つの演劇」のいいところは他にもいっぱいあるけれど、まずはこの「安心できる」空間で、一方的に見せる/見るのではなく、「見せ合う」という「お互い様」感覚なところがよかったですね。

安心できる空間作りのための丁寧な導入。
「もう1つの演劇」との出会いになったPETA(フィリピン演劇教育協会)はそこがうまかった。
それゆえに出会ってから10年以上、ハマっているし、自分でワークショップする際にもそこは大事にしています。

こんな感じで、しばらく本のために大事な所を押さえ直す作業をこのブログも活用してやっていこうと思います。
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by matsuzoh2002 | 2008-11-09 23:19 | ファシリテーターとして