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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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大晦日、家に居てもヒマなので散歩に出かける。
名古屋駅を越えて久々に名古屋城を見てみたくなる。さらに名古屋城を越えて、市役所&県庁ヘ。

この、あからさまに名古屋城を意識した市役所(写真手前)と県庁(奥)、好きだなあ。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-31 16:49
今日は大学の同級生と飲み会~♪卒業以来十うん年ぶりの人もいて、懐かしくって、楽しかった~

明日は早朝から実家の名古屋に帰省します。
二日には大阪に戻る予定
blogは多分帰省中も更新しそうだなあ
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by matsuzoh2002 | 2007-12-30 00:05
大掃除中に昔の資料を見ていると、ふと懐かしいゲームを思い出しました。ワークショップでやるゲームです。

せっかく思い出したので、ここに書きとめて置こうっと。

からだであそび場!報告・その3 =やったゲームの一覧表と、ふりかえりで書いたように、先日の東京のワークショップでは「目をつぶってやるゲーム」をいくつかやりました。

機会があればまたやりたいなぁ・・・と思うのですが、その中でもほとんど忘れかけていたゲームを今日資料の中で見つけたのでした。

「プルイー」。

8,9年前にやったゲームかな。
これはいいゲームだ。

説明はややこしいのでここでは書きません。僕が覚えていれば、それでいい。

1月のFTCでやってみようかな?あそこならサクッと出来そうな気がする。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-28 23:43 | ファシリテーターとして
いつも聴いてるFM802の今月のヘビーローテーションは「NICO Touches the Walls」の「image training」という、なかなかかっちょいい曲でした。

大掃除しながら聴いていると、「イメージトレーニング」って自分のワークショップのタイトルにいいかも!って思うのでした。

実際カナダでワークを受けたときは、最初にイメージトレーニングをすることで、結果がよくなる・・・みたいなワークからはじまったし。

こうなったらいいな!っていう状態をイメージして形にする(人間彫刻で表現する)。
 ↓
現実を見つめなおし、こうなったらいいな!っていう状態を実現するためにどういたらいいか、イメージして形にする。

・・・っていうことをするんだから、それってイメージトレーニングと呼んでもいいとおもった。

「からだでイメージトレーニング」・・・結構いい感じかも。

・幸せを形にする!からだでイメージトレーニング

・夢を形にする!からだでイメージトレーニング

・・・どっちがいいかな。

場合によっては

・問題解決の道を探る、からだでイメージトレーニング

・・・でもいいし。

個人の幸せの追求や、個人の問題解決にとどまらず、幸せな世の中の実現、社会的な問題解決も視野に入れて活動していきますよ。

「個人的なことと社会的なことはつながっている」という精神は、変わらず継承していきます。

これで、僕のワークショップの3本柱のネーミングは

・からだであそび場!

・からだでイメージトレーニング!

・ドラマチックしゃべり場!

・・・で確定かな?

「からだでイメージトレーニング」は「被抑圧者の演劇」をベースにしたワーク。問題解決/目標達成指向(望ましい方向をイメージして進んでいく)。

「ドラマチックしゃべり場」はプロセスワークをベースにした、ロールプレイを含んだ話し合いのワーク。紛争の緩和を目指しつつもプロセス指向(その場で起こっていることにしたがっていく)。

両者はそんなに明確に分かれてはいなくて、補完しあうものだと思うけど、まずは別物ということで。

「からだであそび場」は、他の2つのウォーミングアップにもなるし、それだけも有意義なもの。
短時間でも出来るから、需要は幅広くあると思うし。

ドラマチックしゃべり場は月1ペースで継続していきますが、

それとは別に、「ブラジル生まれのワークショップ 幸せを形にする!からだでイメージトレーニング」・・・という形で、来年の3月か4月くらいから、被抑圧者の演劇の方も、定期的にワークを行なっていきたいなぁ・・・と思ってます。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-28 23:04 | ファシリテーターとして
レンタル屋の陳列棚で見かけて、そのうち観てみようと思ってたのですが、先日のFTCで価値観の違いがクローズアップされたり、イスラムについて本を読んだりということもあり、何となく観るなら今かな・・・という気がして、観てみた。

イギリスのパキスタン人一家の物語。といっても、妻はイギリス人なので、子ども達はハーフ。
夫はパキスタンに第一夫人がいるらしいけど・・・。

父親はイスラムの伝統に従って生き、子ども達にも当然のようにそれを押し付ける。子ども達の幸せを思いながら。子どもは6男1女で、息子達のスタンスはさまざま。最初は人数が多すぎて戸惑ったけど、キャラが立ってるので、どんどん見分けがついていった。
従順な子から、激しく反発する子まで、様々。

僕としてはやっぱり反発する方に感情移入してたなぁ。
そりゃ結婚相手まで親の言いなりではかなわん。

自分はイギリス人と結婚しながら、パキスタン人との縁談を進めるのも、説得力ないし。

・・・僕自身、割と親には放任されて育った方ですが、この映画は、そんな風に、普遍的な親との対立を描いた映画で、イスラムを背景にしなくても成り立つけど、イギリスの(それもパキスタン人街でない所の)イスラム教徒=多数派の中で暮らす少数派という設定で描くことで分かりやすくなった。

結構感情移入しながら、コミカルなタッチで、面白かったです。

最後、たまたま相手方が高飛車な風を吹かしたので、母親がキレて、ああいう展開になったけど、そういう相手方でなかったら、父親の独裁的な態度がそのまままかり通ってしまったのでは・・・と思うと、ややご都合主義な展開かな・・・と思ったけどね。
ま、でも、あそこでの母親は素敵でしたけどね。

僕が言おうとしたことは、結構ここで書かれていました。

・父親役はインド人の俳優が演じている。日本人役を中国人が演じたりするいい加減さが、南アジア方面でも起こってる?
・監督はアイルランド人。どうりで、イスラム文化を色濃く描いてはいない感じになった・・・ということ?
・でも原作・脚本は自伝的な内容だということで、イスラムについてそんなにひどい描き方ではないのでは・・・という気はする。

・DVDには未公開シーンがあって、そこには差別なども色濃く描かれている。よりパキスタン系移民の社会はドラマの色が濃くなっただろうけど、カットしたことで、普遍的な家族の問題の映画になったっぽい。
こうしてDVDでそのシーンを観れてよかった。けど、カットするのもわかる。ありだと思う。

・パキスタン人の反応はどうだったのか?というのが気になったけど、リンクの記事によるとやはり不評とか。ここにもそんな記事が。

・・・ま、何はともあれ、移民の中に当然起こる母国と居住国のはざまで生きる葛藤と、移民の中に生じる多様性を楽しめる映画でした。

「パキスタン系」と一くくりにすると、見えなくなってしまい、そこからこぼれてしまうドラマがいっぱいある。
カナダ留学中から移民に興味を持つようになって、まだその興味は持ち続けていることを改めて確認した映画でした。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-28 00:22 | 見た映画
このブログには過去のワークショップの記録や報告を書き残しているのですが、いつの記録がどこにあるのか、たどるのが結構面倒なので、ホームページの方からこのブログにリンクを貼る形でまとめてみました。こちらです。

まだあまり過去にさかのぼる所までいけてませんが、順次リンクを整理していく予定です。

ブログは手軽に書けるのが利点ですが、時系列でどんどん過去に流れていってしまうので、ブログに書いたものをホームページでまとめ直す・・・という形で、ホームページも充実させていきたいと思います。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-27 01:49 | ファシリテーターとして
換気扇を取り外して掃除したら、下の部分に油がねっちょり・・・。

蒸留して濃縮されたかのようなこってり油・・・。見えないところでこんなに溜まっていたとは・・・。

予想より手こずってしまった。

普段ほとんど掃除しないのに、やりだすと完璧すぎが顔を出して、とことんまでやろうとしてしまう。
普段から小まめにやっといたらいいのに、とこういうときには思うのだが、出来ないんだよなぁ・・・。

まぁ、ぼちぼちいきまひょ~。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-26 23:56 | つぶやき
12月20日の午前中のFTCは、ある参加者の方が、近々、とある面接を受けるのにちょっと不安がある・・・ということなので、そのことについてワークしてみました。

自分が「こうしたい」と思い描いているイメージと、面接する側の求めているイメージがどうなのか・・・ということについてワークを深めていきました。

このことについてワークする時間が、かなり短めにしか取れなかったので、駆け足のワークになってしまいましたが、「自分がこうしたい」というイメージを前面に出したほうがいいのか、それとも相手が求めているイメージにあわせたほうがいいのか、自分がこうしたいというイメージが相手から見たらどう映るのか・・・など、いろいろな視点から見つめなおしてみるワークになりました。

さて、そんなワークを受けて、実際の面接に臨んだ結果・・・見事、合格されたそうです!

パチパチパチ!

ワークが力になれたようで何よりです。

元々、ボアールの「被抑圧者の演劇」には、「現実のリハーサル」みたいな側面がありますし。

今回のワークは、直接面接のリハーサルをしたわけではないですが、面接を取り巻くいろいろな声の存在を意識することで、心の準備にはなったようですね。

めでたしめでたし(^^♪
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by matsuzoh2002 | 2007-12-25 23:37 | ファシリテーターとして
先週木曜は、宝塚フォーラムシアタークラブでした。

午後は、参加者の中に独特な価値観を持っている方がいて、価値観の違いが大きいなあ…と感じるプロセスになりました。

ファシリテーターとしての僕は、その方の価値観の側をサポートできればよかったのだけれど、あまりの価値観の違いゆえにか、それは出来なかった。自分の側に偏ってしまった。
ただ価値観が違うだけでなく、こちらの価値観が理解出来ないと言われ、こちらが大事にしてることを否定されたように感じたので、偏るのもやむを得なかったかな…とは思うのですが…。

それでも、プロセスワーク的なファシリテーションとしては、自分の側に別の参加者に入ってもらうなどして(実際、この場の参加者の多くは、こちら側だったはず)、ファシリテーターはこちら側から離れてファシリテートをするのが望ましかったと思う。
終わってから冷静に振り返れば、わかるのだけれど、現場でそれに気づくのは、なかなか難しい。

そんなことを思いながら、金曜の朝、電話でスーパービジョンを受けました。

まず見えてきたのは、相手のスピリチュアル・ランクの高さ。「スピリチュアルランクが高い」とは、自分を超越した存在(神とか)を信じていたりすることから来る力があること。
僕はそういう存在を興味深く思うことはあっても、特に信じてはいないので、あることを信じ、それを当たり前のように思っている人の発言は、時に僕をいらつかせる。

スピリチュアルなもの全般に対して、僕はそんな風なんですよね。面白がることはあっても、信じることはない。面白がるのも、珍獣を眺めるような面白がり方になってしまってる時も多い。ホントに面白いと思えたら、ただ面白がるだけじゃなく、自分の中に取り入れていこうと思うんでしょうけど・・・。

こうしてみると、僕は自分の経験・体験を大事にしながら生きてるんだな・・・と思います。経験から来る力はどっちかというと「心理的なランク」の高さ。「スピリチュアル・ランク」との違いはとてもくっきり飲み込めた。プロセスワークで概念として違いは習ったその2つのランクだけど、今回体験的に違いが分かった。(体験ということばは使っても「神秘体験」はまた別の話でしょうけどね)

スピリチュアルなものに、両足つっこむ気にはなれない自分。
プロセスワークがスピリチュアルな側面が強いとしても、両足まではつっこまない。

ノリながら、どこかで醒めている。醒めながら、どこかでノッている。

そんな自分の立ち位置を改めて確認した。

そこにいれば乗っかったらどんな気持ちになるか味わうことも出来るし、醒め切ったらどんな気持ちになるのかも味わうことができる。自由に行ったり来たりしながら、巧みに視点を切り替えて、もつれをほどくファシリテーター・・・その辺が自分の目指す方向性らしい。

スーパーバイザーとのセッションの中では、その片足だけ突っ込んでる立ち位置から、「思いっきり醒めてみたら?」と促されて、それに乗っかってみた。

醒めに醒め、距離を取れるだけ取ってみると、イメージの中で冥王星辺りまで撤退してるイメージになった。そこで冥王星人の気分を味わうことに。

冥王星は太陽から遠く寒い。
人口は少ない。
地球なんて暑くて、人がゴミゴミしすぎていて住めたものではない。

地球人からはなかなか理解されにくい、特異な環境で、特異な暮らしを送る冥王星人の気分を味わってみる。
自分の中になかなか理解されないというマイノリティ性があるのが感じられる。

それはランクが高いがゆえに、周りに理解されにくい・・・ということもあるだろう。
誰しも何らかの強みはある。つまりは何らかのランクは高いということだ。

その強みを生かして生きていくとしても、その強みゆえの孤独感はあるかも知れない。
それは弱みにもなりうる。
もちろんひたすら弱いと思っている部分もある。そこも何かの拍子に強みになりうる。

自分の中の強みと弱み。
自分の中のマジョリティな部分とマイノリティな部分。

いろいろあるので、ファシリテーターとして偏る場面も当然出てくるが、冥王星人の気分になったり、地球人の気分になったり、自由に行き来できると、とっても柔軟でいい感じになるのだろうな。

乗ったり醒めたり、冥王星から地球を自在に行き来する。そんなファシリテーターでありたい。そう思います。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-25 18:33 | ファシリテーターとして
今さらながら、日曜はM-1グランプリでしたね。

毎年欠かさず、見れないときはビデオで見てるわけですが、今年はサンドウィッチマンが初の敗者復活からの優勝ということでしたが、う~ん、個人的にはあんまりツボにはまる笑いでなかったですね。サンドウィッチマンもそれ以外も。

個人的にはハリセンボンが結構好きでしたけど。

サンドウィッチマンも結構面白かったんですけど、そんなに意表をついたボケとか少なかったんで、僕はやっぱりそういうの好きなんだな、と。
去年のチュートリアル、おととしのブラマヨに比べると今年はそんなには面白くなかったなぁ、と。

サンドウィッチマンを観るのもまったく初めてではなかったですからね。去年の敗者復活戦のネタは、YouTubeで見たと思います。多分おととしのも。
著作権の関係でもう消されてますけどね。

去年の敗者復活戦のつかみがツッコミが「半ボッキしてま~す」というので、なんだこいつら本気で敗者復活する気ないのかよ!と思ったものでしたが、今年の敗者復活も、YouTubeで見かけたら、ボケがキンタ○掻きながら出てきて、ツッコまれて、「キンタ漫才」とか言ってた(笑)。
下ネタのなかでも下品極まりない感じですが、それでも敗者復活するもんですね。
さすがに決勝では言ってなかったし(笑)。

個人的なツボではなかったとは言え、あの中で一番面白かったと思うので、優勝には納得です。

で、ネットをいろいろ見て回ってると、準決勝でサンドウィッチマンが落ちてたのはおかしい・・・という声多数のようですね。

ま、準決勝でサンドウィッチマンの出来が悪かったかというとそうでもなかったようで、でも紙一重の中から8組選ぶ作業は大変でしょうから、8組から漏れた中から、1組の敗者復活が優勝をさらうという、今回のようなこともあっても面白いとは思うものの、でも、敗者復活に紙一重で落ちたところもあって、そこも決勝でいい勝負をしたのでは?と思うと、なんかもったいない気はする。

そもそも準決勝で敗れたメンバーが、たった1つの敗者復活のイスをめぐって争う・・・っていうのがなんか2度手間のような気がする。

準決勝は審査員による審査で、敗者復活が審査員+観客の審査だということで、準決勝の審査員に対する批判も、いろいろ噴出してるようですね。
それは確かにわかる気はする。決勝進出者が吉本に偏ってるという疑問が出るのも当然だと思うし。

・・・そうなってみると、準決勝は審査員+観客の審査で一発勝負にして、そこで9組選んだらいいような気がする。
今の準決勝は東京と大阪で分かれて開催しているようだけど、結局敗者復活ではほぼ全員東京に集まってきてるんだから、準決勝も1箇所で1度に開催すればいいのでは?東京でも大阪でも、持ち回りでも何でもいいと思うけど・・・。

今の敗者復活のように、準決勝を決勝の前に行なって、1日に一気に決めるのもよし。
テレビ的に、事前に決勝進出者を確定して盛り上げたいなら、今の準決勝同様に事前にやるのもよし。

偏った好みの観客が、偏った選出をする恐れはあるけどね。
1年目の決勝は吉本びいきの観客でだいぶ点数が偏ったし。

でも敗者復活の審査は観客を交えても、割と納得の選出が行なわれてきてるようなので、それを1組ではなく9組に拡大しても結構機能しそうな気がるんだけど、どうでしょ?
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by matsuzoh2002 | 2007-12-25 17:59 | つぶやき