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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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あまり夢を覚えていない僕だが、この日の朝はよく覚えていた。

英語の授業を受けていた。高校だろうか?教師の教え方に不満があった僕は、それを教師に伝えていた。
感情をぶちまけるのではなく、自分の心の中ににある感情を冷静に見つめながら、相手の立場を配慮しながら、心をこめて、自信を持って伝えているのだった。「さすが、プロセスワークをしっかり勉強しただけのことはある、いい伝え方だな」・・・と、自分ながらに思っていた。

夢から目覚めて、シャワーを浴びる。
ふと去年のシドニーのワールドワークで、英語で進むプロセスに不満をぶちまけたことを思い出す。
シドニーでは結局、英語中心で進むプロセスの対して不満があった以上に、ことば中心で進んで身体表現などが軽視されることにも不満があったことを思い出す。

あの時も、今朝の夢も、英語に「関して不満を述べる」という点は一緒。
シドニーではぶちまけてしまった。
今朝の夢では、不満を持ちながらも、その不満とは距離を置きながら、冷静に伝えられた。
今ならそんな伝え方ができる・・・夢の中のこととは言え、ふとそんな自信が持てた。

シャワーを浴びた後、朝食を用意するために、ホステルのキッチンに向かう。

クラスメイトに出会う。
彼女は、朝4時に歌うヤツについて、グループ・プロセスの話題として持ち込んできたときに、「メールが送信できない」って話を持ち込んでいた人。
その時も、違う話が「つながってる/つながってない」というくくり方で、1つの話題へとまとめられたのでした。

そして「How are you」と聞かれて、「さっき印象的な夢を見て、それを今朝のグループの話題にしようと思う」と答えたら、「そうなの?私も今朝は話題にしたいことがある。ひょっとしてまたつながりがあるのかな?」とのこと

どんな話題か聞いてみると、「抑圧。それに対する反抗」・・・みたいなことだそうで。

僕の夢やシドニーでの体験も、英語が支配的であるために抑圧されているように感じて、それにたいして不満を述べたり反抗したりするということ・・・。

「抑圧とそれに対する反抗!それは、僕の話とも重なってる!」そう答えて、じゃぁ、詳しくは朝の教室で・・・ということになった。

研究所の教室に向かうと、スーパーバイザーをお願いしていたプロセスワーカーがちっとも来なかった。誰かがその人の電話番号がわかるというので、かけてみると・・・寝てた!

スーパーバイザーは間に合わないけど、せっかくみんな集まったし、スーパーバイザーなしでもやってみようということになった。
われわれのクラスメイト以外で、朝早くかた参加してくれている学生の中で、もうすぐ資格認定試験を受けるというベテランの学生さんがスーパーバイザー役を務めることも決まり、グループプロセススタート。

まずは話題選びだが、この「先生がいない」ということがまずホワイトボードに書き上げられた。
確かにこれは珍しい事態。
「なんだかワクワクする」という声が出れば、「何か手に負えない事態が発生したようなときに、どうしたらいいのか怖い」という声も。そのどちらの声も、わかるよなぁ・・・。

僕も自分の話をしようと手を上げるが、別の人が、「前に(世界規模の)ワールドワークで、こんなことがあった」という話をした。

そこで僕は気がついた、「今この場には先生がいないが、僕の夢には先生が出てきた!しかも夢の後には僕はワールドワークのことを思い出したけど、今この場でも、ワールドワークの話が出てきた!」

かさなるシンクロニシティに、なんだかテンションが上がって、僕は手を上げて、夢の中で先生が出てきた話、そのあとシドニーのワールドワークのことを思い出して、英語中心、ことば中心のプロセスに対する不満を感じたことを話題としてあげた。

僕の伝え方が悪かったのか、先生がいなかったことについてホワイトボードには書かれたが、「英語中心・ことば中心」に対する不満は書き込まれず、また手を上げなきゃと思った。

続いて、今朝キッチンで会った彼女が手を挙げ、仕事の中で「二重の抑圧」を受けて、なんとかしなくては、それに立ち向かわなくては・・・という気持ちがある・・・という話をした。
何が「二重の抑圧」かは、うまく聞き取れなかった。自分の話題の方に気持ちが移ってしまってたせいだと思う。

二重の抑圧!「英語中心」も抑圧だと感じるし、「ことば中心」もそうだ。
再び手を挙げ、ホワイトボードに描き加えてもらう。

そんな流れで、「二重の抑圧」が話題として選ばれ、プロセスは進むことになりました。

長くなったので続く。
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by matsuzoh2002 | 2007-09-29 09:54 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
名古屋の実家にて、昨夜は9時前に寝たら、朝は5時過ぎに目覚めて、何だか健康的?

そんな中、ポートランド滞在を振り返~る。

前の記事にも書いたように、今回は「弱さなどの隠しがちな感情も、その場に正直に持ち込んでいく」ことが自分の中で大事に育てていきたい「長老の心」でした。

授業期間の後半に差し掛かったある日のクラスでは、3人組になって、セラピスト役、クライアント役、オブザーバー役に分かれて、各自の「長老の心」を大事にしながら、セラピスト役をやったり、オブザーバー役としてセラピストにフィードバックを返したり・・・ということをしていました。

まずセラピスト役があたり、相手の話を聞きながら、自分の心の中に湧いてきた繊細な感情を、相手のフィードバックを見ながら投げかけてみると、何だかうまいことセッションが進みました。

オブザーバー役が当たったときにも、英語の聞き取りに苦しみながらも、自分の中の感情を隠すことなくフィードバックを返すことが、他の2人にとっても有効だったようです。

そんな風に、自分の心の中の繊細な部分を大切にするという方向性が、他の2人(このときはたまたまアメリカ人2人)にも響いたようで、1人が「Mat(こう呼ばせている)は、ダライラマみたいだ」と言い出して、もう1人も同調・・・。

たまたまあぐらをかいていたからだろう・・・という気はしないのではないのですが、なかなか悪い気はしないフィードバックでした。

授業期間の後半に差し掛かるにつれ、こんな風に「大きな存在」と自分を重ね合わせることがなんだかいろいろありました。
自分の中にそういう大きな存在のかけらがあると思えると、それはじっくり育てて生きたいと思います。
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by matsuzoh2002 | 2007-09-29 07:20 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
名古屋の実家に戻ってきました。

まだまだ名古屋は蒸し暑~い。

最低10℃最高20℃くらいで推移していたポートランドと比べて、2時ごろ到着時には、30度の名古屋。秋から夏へと逆戻り・・・。

実家のお母たまは、頼んでもないのに梨をむいてくれ、しかもフォークで刺して、顔の近くまで持ってきてくれるという、相変わらずの過剰サービス振りです。

まだうがいもしてないから・・・と丁重にお断り。

最近ばあちゃんは認知症の診断を受けたそうで。正月に、僕を誰かと勘違いしているような発言をしてたし、やっぱりか・・・という感じです。

実家の家族にもじわじわと変化が生じてきてます。家族内の微妙な紛争も発生しているようですが、僕は通りすがりの短期滞在なので何ができるわけではないのですが、どうもばあちゃんが孤立がちのようなので、ちょいと話し相手になってます。

今日1泊して、明日大阪に戻ります。
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by matsuzoh2002 | 2007-09-28 18:08 | つぶやき
今日は実質ポートランド滞在最終日。
午後に、プロセスワークの学生さんのクライアント役を1回と、プロセスワーカーとの個人セッションが1回。

その前に時間があったので、プロセスワーク研究所のライブラリーのビデオを観る時間にする。
過去のワールドワークのビデオが残っているというので興味があったのだ。

1999年のワシントンDCでのビデオが2本あった。
時間も限られていたので、そのうちの1本、アジア人のグループプロセスのビデオを観る。
8年前の、今より若い日本のプロセスワーカーさんたち、多数出演。それだけでも観てて興味深かったし、観る価値あった。
内容的にも、とてもエモーショナル。感動的なプロセスでした。観てよかった。

クライアント役をした際には、このポートランドに次いつ来るかはまったくわからない!ということが一気に意識されてきて、すぐに泣けてきました。ティッシュ大量消費。

でも「次に来る時期が決まっている」という状態からは解放されているわけで、「次に来る時期は自分で選べる!」ということでもあるんです。そう思えたら急に自由な感覚が出てきました。

「自由な感覚」を無意識に動作で表そうとしたら、ティッシュの箱を持ったままの動きになって、笑ってもーた。

結局このワークは、ティッシュは長い友達・・・ということを再確認して終わった感じでした。

そしてプロセスワーカーさんとの個人セッション。
ポートランドで対面で受けられる機会は、次はいつになるのかわからないセッション。
意図したわけではないが、僕の一番好きな先生の1人に当たった。

その部屋にはバランスボールがある。2年前に5週間のインテンシブコースですっかり気に入ったのがバランスボール。日本で買い求めたものは今の僕の部屋で活躍中。研究所に当時あったボールはしぼんでしまって、この部屋にあるのは別のボールだが、いやでも2年前、初めてポートランドに来たときのことが思い出される。
そして僕はまた感傷的になり、涙する。

ここでの体験の素晴らしさ。出会う人々の素晴らしさ。人とのつながり。

大阪ではそんなには素晴らしい人とのつながりが得られていない・・・。
そのせいで泣けてくる・・・ということに気づき、その障害になっているものとワークし、自分がやろうとしていること、大阪を中心に人と人のつながりを深めるワークショップを開催していくこと、その方向性でいいのだ!ということを再確認する場になりました。

それにしても名残惜しい・・・。

ポートランドで受けた授業、セッションの数々。
深い学びを得たワークやファシリテーション体験の数々。
個性豊かな、素晴らしきプロセスワーカー達。
そして世界中から集まった素敵なクラスメイト達。

それらを定期的に味わい、楽しむという機会はしばらく失われることになります。
けれどもそれに負けないくらいの素敵な時間を、大阪を中心に日本で味わい、楽しむべく、新たな道のスタートです。
「道の」と変換する所が、最初「未知の」と出ました。まさしく未知の道ですが、進めばそこに道はできていくはずです。

待ってろよ、日本!
また来るから待ってろよ、ポートランド!

来年のロンドンとイスラエルのワールドワークにも参加予定だし、そこで、ここで出会った人の多くには再会できるはずです。

「待ってろよ」は、思いがけず「舞ってろよ」と変換されました。

舞ってます!
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by matsuzoh2002 | 2007-09-27 11:07 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
今日はグループ・プロセスのファシリテーションをして、スーパーバイズを受けました。

このプロセスワーク研究所で、ファシリテーションをする機会は当分ないだろうな・・・と思います。
なので、個人的には「卒業公演」と名づけて、やってみました。

前回の滞在中にも3度ファシリテーションをやってみて、そのときも「被抑圧者の演劇」と「グループ・プロセス」の融合をしたかったのですが、そのときは、それぞれ1時間しか時間が取れなかったので、時間的に難しく、実現できませんでした。

今回は、1時間半時間を取って、満を持して、融合を試してみました。

前半45分は、ウォーミングアップのゲーム。後半45分が話題を選ぶところから始めて、グループプロセス・・・という流れを設定してみました。

ウォーミングアップのゲームは最初はいい感じで進みました。グループプロセスへのブリッジとして人間彫刻のワークを入れてみました。

人間彫刻のワークはいい感じで進みましたが、各参加者それぞれに感想を求めるところで英語が聞き取りにくく、わかりにくかった。そこできっちり「わからない」と言うべきだったと反省。
この辺でちょっと、英語が聞き取りきれないことに伴って、キャパシティがいっぱいいっぱいになってしまう芽が出て、それを早めに摘み取り損ねました。

あとで、参加者から、それぞれの彫刻がどういうロール(役/立場)なのかを参加者に、名づけてもらえばよかったのでは・・・?というフィードバックをもらって、あぁ、その手があったか!と非常に納得。
英語を自由にしゃべらせてしまうと、聞き取れなくて、キャパシティ・オーバーに陥ってしまう・・・。その代わりに「人間彫刻」を活用してるのだが、それについて説明してもらう段階で英語でしゃべらせてしまっては、同じドツボにはまってしまう・・・。それを避けるためには、自由にしゃベらさずに、「単語」などで規制してしまえ・・・!。
自分が英語の海におぼれないためには、それくらいしてしまってもよいですよね。
やはり参加者からのフィードバックはありがたい!

そして、そうやって「人間彫刻」から「単語」が導き出されたら、ホワイトボードに書き出しておけば、その単語たちが多くの場合「話題選び」にもそのまま活用できて非常に楽になる・・・という流れが形成されて、いい感じに進められそうです。
やはり実際にやっていく中で改善点がみつかっていきますね。

その後の話題選びでは、英語の聞き取りがどんどん辛くなり、かなりアップアップ。

結果的に、「つながりはいいものだと疑わず、それを迫る人」と「その人の勢いから離れる必要がある人」といった2つのロールが浮上して、そこに取り組んでいこうとするのですが、ここのプロセスワーク・コミュニティの人々は、非常に活発な議論に慣れているところがあり、しかも人間彫刻に至るまでのワークで活性化されていて、僕にはついていけない英語のやり取りが展開し、もう僕の頭は完全にキャパシティ・オーバー。
同時に、参加者の中にはついていききれずに、床に横たわる人たちもだんだん出てきていたんですけどね。

やがてキャパシティオーバーした僕の状況は、「勢いから離れる必要がある人」のロールに近いことに気づき、それをその場に持ち込んでみます。
これは前日の準備セッションで、きっと「英語に圧倒されるロール」が出てくるに違いないと思っていたから、わりにとすんなりできました。

自分の中で起こっていることをその場に持ち込んでみて、それがその場の文脈にもハマっていると、すっきりします。
すっきりしたところで、英語が聞き取れずに状況が把握できなくなっている状況に変わりはないので、あまりウマいファシリテーターぶりは発揮できないのですが、少しは場に影響を与えられたようです。

最終的には、「つながりを迫る人」のロールに入っていた人が、キャパシティオーバーに成ってしまった僕に対して、「夢中になって英語をしゃべっていると、(ノン・ネイティブ・スピーカーに)負担をかけてしまうようだから、もっと気をつけていきたい」というような言葉をもらって、一応終わりになりました。

終わってからの参加者からのフィードバックは暖かい・・・。

キャパシティ・オーバーになってしまったことはともかく、新しい試みに対しては大絶賛をもらいました。

またいつか、このプロセスワーク研究所のこの部屋で、より完成した形のものをやりたいと思います。

スーパーバイザーさんとの振り返りは、とても有益。

英語がわからなくなるのであれば、わからなくならないうちに、早めに手を打つ・・・極めて当たり前ながらなかなかできないことの大切さに気づかされます。

そして助けを求めることの大切さ。
これは昨日、事前に別のプロセスワーカーさんから個人セッションを受けたときにも出てきたんですよね。
スーパーバイザーも日本人で、参加者の仲にも日本人がいたので、確かに英語に関して助けを求めようと思えば、できたのです、それを何だか、しなくなってしまうんだよなぁ・・・。

結局、英語がよくわからなくても、何となく必要な流れは聞き取れて、必要なファシリテーションができた経験もあり、そのせいで、よく分からなくても流してしまう・・・ということがあって、でも紙一重のところでわからなくなってしまう・・・というところが問題なんですよね。

流さずに、すべての分からない単語を聞き返したりする必要はない。
けれども流されすぎずに、必要なだけ聞き取る・・・なんていつもできるとは限らない。

流されておぼれてしまうと、せっかくのいい試みも、ウマく流れなくなってしまって、自分の持ち味さえ流されてしまう・・・。

そうならないために、自分の持ち味を生かせる手法を模索してるんだ。
人間彫刻は、そのためにはまだまだいろいろと模索しがいがある手法だ。

そしてプロセスワークを通して学んだ、自分の感情・感覚を場に持ち込んでいくことの有効性。

例えば、「つながりを迫る人」のロールは非常に勢いがあり、僕の一部はその勢いを気に入っている。その一方で、言葉の勢いもすごすぎて、知的な理解派はまったく追いつかない。

そんなときは、ついついその勢いを気に入るあまりに、理解しないままに流してしまう。でも理解が追いついていないから、後でキャパシティオーバーに至ってしまうのだ。

そんなときは、僕の中で同時に起こっていることを両方場に持ち込むのがよいという指摘を受けた。
「僕の中の一部はこのロールの勢いが好きだけど、別の一部は勢いについていけなくて、理解できなくなっている。」・・・というように。

これは面白い試みだなぁ・・・と思うと同時に、今以上にもっとしゃべらなきゃいけない・・・ということでもある。

人には英語をしゃべらせないようにするために人間彫刻を使っているのに、自分は今まで以上にしゃべる必要がある?
何とも皮肉というか、面白い状況ですな。

「英語がわかってない」ということを場に持ち込むのは自分の弱さを見せることでもある。

弱さすらも見せる・・・というのは、今回の滞在中にたびたびでてきたことでもあり、それがあらためて自分のスタイルである・・・と再確認する機会にもなりました。

何だか長いわりには取りとめがない文章になってしまいましたが、それだけいろいろと学ぶことが多すぎるくらいある濃い2時間でした。
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by matsuzoh2002 | 2007-09-26 15:43 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
今回の授業期間の間に学んだことはとても大きいのですが、振り返ってみると、初日に行なったインナーワーク(自分の内面のワーク)が全体を貫く大きなカギになっていたことに気づきます。

初日の午後の授業は自分の中に「長老の心」を育てることがテーマ。

プロセスワークの中でいう「長老(エルダー)」とは、グループやコミュニティ、さらには社会・世界の中にあるさまざまな立場・役割(ロール)に開かれている存在。

さらに長老は「現実」の世界以外に、人々が無意識のうちに抱く「夢」に象徴されるレベルの世界(「ドリームランド」=思い込みや妄想・幻想なども含まれる)や、この世のあらゆる人々や・ものがつながっているようなレベルの世界(「エッセンス」)にも開かれている存在。

長老の心を育てる・・・ということは、自分の視点・立場を離れ、あらゆる人々の立場に開かれていき、力関係の中で起こるあつれきを、様々な立場から理解できるようになっていくためのステップ。

そんな自分の中の長老の心を育てるきっかけをつかむために、「失敗から学ぶ」ワークをしました。

まず、過去に失敗をした場面を思い浮かべてみる。

そして自分の「一番深い自己」はどこにあるのか、身体の中で意識してみて、ここだと思える部分を探してみる。
そしてその身体の部分に深く意識を向けながら、失敗の場面を思い浮かべ、動きや音が自然にわきあがってきたならそれに身をまかせ姿勢を変えていき、その姿勢・動き・音が何者なのかに思いをはせてみる。

僕は、数年前に高校の非常勤講師をさせていただいたときに、「ワークショップに参加しないで見学する生徒を放置するのは許せない」と、僕に対して激怒した生徒を思い出し、それに取り組んでみた。

「一番深い自己」は、お腹のやや左側にあるような気がした。

そこに意識を向けると、なんだか締め付けられるような感覚があり、それにあわせて、身体は下へと沈み込んでいった。

その感覚に身を任せると、自然と床にうずくまり、身体を丸め込むような体勢になった。

それまで音はほとんど発していなかったのだが、身体を丸め込んでみると、「く~ん、く~ん」とか弱い小動物のような声が出た。「子猫」かなと思った。

この何者かが、自分にとっての長老の心の一部。

この出来事を思い返すと、激怒する生徒が非常に怖かったのを思い出す。
しかし「講師」と言う立場上、弱さを見せられなかった。

彼の望むように「見学する生徒を、参加するように指導する」とような教師像は、僕がやろうとしているような「遊びの中から学んでいく」と言うようなファシリテーター像からはなじまない。

とは言え、僕のその場での言動は、怖さを隠し、彼を突っぱねることでしかなかった。

自分の中に生じる、弱さを見せて、怖かったということを伝えてもよかったのではないか。

そのことによって彼がどう変わったかは分からない。

けれども、彼の言動によって怖がる人がいるのだ。大人だろうが、講師だろうが、こわいものはこわいのだと、伝えていくことによって、彼も学ぶことがあったはずだ。

自分の中にある、隠しがちな感情も、その場に正直に持ち込んでいく・・・。その長老の心が、今回の学びの大きなベースになりました。

引き続き、追い追い振り返っていきたいと思います。
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by matsuzoh2002 | 2007-09-24 08:00 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
昨日で中1日休みを挟んでの10日間の授業は終了。帰国はほぼ1週間後になりますが、大きなひと段落がついた感じです。

おとといの夜はクラスメイトの家でパーティ、昨日の夜は今年イスラエルに行ったメンバーが来年に向けての顔合わせ・・・ということで、宿に帰ったら寝るだけ・・・という1日。

しかも、おとといも昨日も朝は8時から自主参加のグループプロセストレーニングクラス。だんだん疲労が蓄積してきている身体を引きずりつつ、欠かさず参加したので、今日久々にゆっくり寝て、ちょっとすっきりしつつも、まだちょっと疲れが残っている感じです。

終盤、いろいろありました。

3日前には「ダライラマ」みたいだと言われ、2日前には「ガンジー」みたいだと言われ、東洋系の偉大な存在のかけらが本当に自分にあらわれているんだか、ただ単に東洋系ゆえにそういうポジティブな投影を受けているんだかよくわかりませんが、言われて悪い気分はしませんね。
むしろせっかく言われたからには、あやかれあやかれ、みたいな気分。

昨日の夜は、自主グループプロセスで、ファシリテーター担当の日で、参加者の1人が深い意識状態(極限意識状態)に陥り、コーマワーク(昏睡状態の人に対する働きかけ)を応用する場面に出くわしたりした、ホントに何だか濃密です。

濃密な日々を終えて、クラスメイト達はじわじわそれぞれ世界各地に帰っていきます。

別れはさびしいですが、僕も少しずつ濃密な日々から、次のステージへ移行していく感じです。

濃密な体験の数々はじわじわここにもアップしていきます。
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by matsuzoh2002 | 2007-09-22 04:05 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
今回のアメリカ滞在自体はあと10日あるのだけれど、授業はあと3日になってしまった。

今日は大きく空気が変わる出来事があり、なんだかクラスメイト達との別れを惜しむモードに急速に入ってきて、何かと涙を流し、教室に持ってきたポケットティッシュがなくなる事態に突入。宿に帰ればまだまだいっぱいあるのだけれどね。鼻炎持ちなので。

クラスメイトと別れるのは本当に惜しいです。続けても2年弱後には別れるわけですが、今回辞めると心を決めてからも、わざわざやってきたのは、いい関係を保ちたいためだし、そのためにはいい別れにしていきたい。そう思い直す1日でした。

ここでは一瞬一瞬が貴重です。そう思える日々は人生の中でもそんなにはないし、日本に戻ってからも、そう思いながら過ごしたいな・・・と思えるのでした。」
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by matsuzoh2002 | 2007-09-18 16:14 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
前の記事の続きです。

13日朝8時。

9時半から始まる正規の授業の前の、ファシリテーション自主練習会。

「自主」と言っても、プロセスワーカーの1人にスーパーバイザーとして入ってもらってるので、ファシリテーターをやれば、単位取得に必要な実践の時間としてカウントされます。

この朝は僕は参加者としての参加。

昨晩の経験、朝4時に大声で歌うヤツの話を、話題として持ち込んでみる。

その他に出ていた話題は、メールを送りたいのに、サーバーがダウンしていて送れない、別の世界とつながりたいのに、つながれない・・・という話。

僕の話も、その話とつなげて考えると、目の前に居るのに、別の世界(iPodの音楽)とつながっちゃって、朝4時なら静かに寝るかどこか別の場所で騒ぐかというのが常識的現実なのに、そことはつながってない・・・という人のお話。

というわけで、まとめて「つながってる/つながってない(connection/disconnection)」という話題について取り組むことになりました。

まずは、メールが送れないという話から。

送れなくてイライラするユーザー。

原因究明に四苦八苦するサーバーの中の人。

両者のやり取りが展開していくが、そこへスーパーバイザーがお助けに入ってきて、「ユーザーはこの状況の被害者だけど、サーバーの中の人も被害者なんじゃないの?」という指摘。

確かに確かに。コンピューターテクノロジーに、こういう不具合はつきもの。

サーバー会社のユーザーに対する責任は確かにあるものの、まったく不具合がないなんてことはどうやら当分ありそうにない。

そういう意味ではサーバーの中の人も被害者。

ではこのトラブルの創り手は誰?という問いがなされる。

それが、この場にまだ登場していないが、この場に大きな影響を与えているもの(ゴーストロール)。

それは何?

コンピュータの不安定さ・・・人間にはまだ制御しきれない何か・・・未知の存在・・・そんなものを象徴する「宇宙の神秘」みたいなロール(役)を取る人が現れた。

宇宙の神秘・・・。
それを前にして、人はちっぽけな存在。
静けさが場を支配する。

場全体を静けさが支配する中、僕の中では違う衝動が生まれるのを感じる。
静けさを破りたい!大声で歌いたい!
これはまさしく、「ヤツ」のエネルギーではないか。

しかし、静けさを急に破ることには抵抗(エッジ)があるので、「大声で歌いたい気持ちが出てきた」とまずはささやき声で言っておく。

やがて、場は、静けさから少しずつ変化してきて「だったら歌ってよ」という声が出てくる。
それをサポートするように手で床を叩いてリズムを刻む人たちが出現。
リズムに乗って、僕は無国籍な歌を歌いだす。
かなりのアップテンポ。
お祭り感たっぷり。火を囲んで歌い踊る先住民の宴が目に浮かぶ。

「踊って」という声も出る。「踊りたいけど、ケガしてるから無理」なんだ。しかし「歌い手」の役を取っていた僕の身体は、踊る体勢には暖まっていない。

しかし僕の歌によって、場に若干の「つながり」が生じた模様。(その素地は、宇宙の神秘の前では誰もがちっぽけな存在、というところでできていたのだが・・・)

たまたま僕とまったく同じ色の靴下をはいてる人が、それを見つけて、足の裏を合わせてきた。そのままその人と、部屋の真ん中で、足の裏を合わせて寝っ転がる。

部屋全体で見ると、それが「つながり」の象徴になったのだろうか?

また床を叩いてリズムが起こりだす。 

「つながりを壊す人」が現れて、足の裏を合わせる2人を無理やり離そうとする。
それはいやだと、またつながりを戻す僕。

逆に「つながりを固定する人」が現れて、足の裏を無理やり合わせたままにしようとする。
それもいや。
そこからは逃げ出したくなる。

自然につながるのがいい。無理やりはいやだぁ~~~~~~。

・・・そんなことを確認しているうちに、部屋全体のリズムがだんだん大きくなる。

僕の身体はだんだん揺れてくる。

やがて「踊れ、Mat(僕の英語圏での呼び名です)!」という人が現れ、僕の身体はそれに反応して全身で踊りだす。

リズムを奏でる人達が取り囲む輪の中を、僕が1人踊る形になる。

もう1人、太極拳のようにゆったりと舞う人が現れ、2人が舞い踊る形になる。

ゆったり舞う人は、何かの「実」を持っていた。偶然なのか、わざとなのか、それが床にこぼれ落ちる。
僕はそれを拾おうとするが、その人が拾いなおし、僕は間に合わずに拾えない。

その人が落とし、僕が拾おうとして拾えないことを何度も繰り返す。

ようやく拾った。

もうかなりの時間踊っていたので、実を拾えたことで、達成感と疲れを感じた。

実をその人に向かって放り返し、僕は動きを緩めて、床に横たわる。

それに合わせてリズムも緩やかに止まる。

僕は踊っていただけでよく分からなかったが、「場が一つにつながった感じがした」というコメントが聞かれた。

「つながりを壊す人」の役を取った人からは、「輪の周りにいたが、つながりを壊せなかった。無理にそうしようという気持ちにならなかった」というコメント。
それほど、そこには、壊しがたいつながりがあった・・・ということでしょうか。



朝4時に歌うヤツは、歌う場所と時間を間違えていたのだ。
こうして、そいつのエネルギーだけを有効に活用すれば、まったく違うことが起こるのに。



その日、13日夜。

朝4時に歌ってたヤツは、ホステルの8人部屋では見かけなかった。
誰かに確かめたわけではないけれど、「追い出されたのかな?」と思った。

ところが14日朝。

そろそろ起きようかな・・・とベッドでボーっとしていると、ヤツが突然現れて、僕の視界に入っている2段ベッドの上にのこのこと上がっていく。

・・・そこは昨夜寝る前に、明らかに違う人が寝てたけど???????????????

わけが分からない。

やがて、本来のそのベッドの主が部屋に戻ってきて、自分のベッドに誰かがいるのに気づく。

しばらくすると、ホステルのフロントの人が、そのベッドに様子を見に来る。

さらにしばらくすると、・・・ポリス登場!

ヤツは逮捕されていきましたとさ。部屋代を払ってなかったりしたようです。
収監するほどではないので、ホステル出入り禁止・・・みたいなことになったようですが、人が逮捕される所を初めて見ましたわ。

エネルギーの使いどころは間違えないようにしなくちゃ、ね!
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by matsuzoh2002 | 2007-09-17 11:55 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
13日、午前3時頃。

ホステルの8人部屋の中。

夢うつつの中で、誰かが「こんなうるさいいびき、聞いたことない」みたいに責めている。
責められているのは俺か?夢うつつの中でよく分からないのだが、どうやらいびきの主は僕らしい。
なるべくいびきをかかないように、横向きに寝るように心がけているのだが、いつもの間にか仰向きになっちゃうから、申し訳ないけど、完全には防ぎようがないから仕方ないよねぇ。

他人のいびきに対処するために、必要に応じて耳栓を使ってます。申し訳ありませんが、それを使ってくださいな。フロントで売ってますから。

13日午前4時頃。

夢うつつから目覚めると、バスルームで大声で歌ってるやつがいる。

4時だぞ!
酔ってるんだか、ラリってるんだか、訳の分からんやつが居るもんだ。

バスルームから出たヤツは、8人部屋のすぐ外の共有スペースで歌っている。

遠ざかったので、歌声は少し小さく聞こえるようになったが、迷惑なヤツだ。

いびきで迷惑をかけるのは申し訳ないが、こいつの迷惑っぷりはそれどころではない。

共有スペースからヤツは、自分のベッドに戻ってきた。

相変わらず大声で歌う。
4時だぞ!完全に頭おかしい。耳にはiPod。ここにいるけど、別世界にいらっしゃる。

なんとかならんのかコイツは。

しかし何もできなかった。
いびきにキレたのがコイツがどうかよくわからないが、どうもそんな気がするし、そうだとしたら、コイツに何か言ったら、余計逆ギレされそうで、怖い。
ウマくコミュニケーションが取れる相手とも思えないし。とりあえず黙っておく。

2段ベッドで僕の上に寝てる人が「黙って寝ろ!」と諭す。

しばらく黙るのだが、すぐにまた歌いだした。

2度目も同じことを繰り返し、3度目にやっと黙った。

その後はヤツも大人しく寝ていて、僕もそれなりに寝て、朝8時からの、ファシリテーター自主練習の場へと向かったのでした。
眠かったけど、その場に話題として、この話を持ち込みたかったのです。

長くなったので続く・・・
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by matsuzoh2002 | 2007-09-15 03:31 | 大学院(紛争緩和・修士課程)