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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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村上龍氏発行のJMMというメルマガがありまして、見出しを見ては読んだり読まなかったりしてますが、比較的読むことが多いのが、冷泉彰彦氏のアメリカ・レポート

先週8月25日に配信されたのは「伊良部と朝青龍の悲劇」と題した記事でした。
(9月中旬以降に、上記リンク先にその記事もアップされるはずです)

伊良部・・・ほとんど忘れてました。NYヤンキースでの成績はそんなに悪くなかったのに、悪役扱いされた状況が、朝青龍とダブる・・・という主旨です。

「問題は、コミュニケーションだと思います。」と、氏の指摘。

納得です。

以下引用。 
白衣を着た「モンゴル語のできない」日本人医師が、ドルゴルスレン・ダグワドルジという26歳のモンゴル人と日本語で面談して、一体何になるのでしょう。いくら17歳から日本の高校に留学しているとか、相撲部屋で日本語漬けになり、流暢に日本語を話すといっても、それはあくまで「相撲というビジネス日本語」が上手なだけであって、人生の危機にあって、その波及効果を計算しながら自分の心の中を語ってゆくというのは、母国語であるモンゴル語では可能でも、日本語では難しいと思います。


・・・朝青龍の日本語が一見流暢でも、心の奥底の微妙な所を語るのは、そりゃ日本語ではしんどいだろうなぁ・・・と納得です。

 特に、日本語での会話を強いる中で、それが精神疾患の診察だというのは私には全
く信じられません。その結果として「何も話してくれない」とか「話が途中で止まっ
てしまう」という状況が起きて、それに対してもっともらしい診断が下るというのは、
大変失礼ではありますが、まともな話ではないのではないでしょうか。その会談に際
して、朝青龍関が不自然に黙り込んだり、話の脈絡が途切れたりするのであっても、
それは、自分の気持ちを正直に表現できる日本語の言い方が見つからないというの
が90%であって、残りはそのために疲れたということだと思います。

 そう言えば、日本からアメリカに来たばかりの子供が、英語ができないために小学
校などで「聴力障害では?」とか「発達面の検査をしましょう」などと言われること
が良くあります。朝青龍関と日本語でコミュニケーションができないだけで「混迷状
態」だとか「解離」だとか言っている精神科の医師は「全く悪意がない」ことを含め
て、これと同じだと思います。


日本からアメリカに来た子どもが・・・という話は聞いたことありましたが、朝青龍にも同じことを当てはめるのを忘れてました。この文章は目からウロコでした。

初対面の精神科医相手に外国語でことばが見つからなければ、何も話さなかったり、話が途中で止まってしまうのは当然でしょう。

僕も信頼するアメリカ人の先生に対してでさえ、ことばが見つからず、話が途中で止まってしまったり、ことばが見つかった別の話題へと話がスライドしてしまったり、あえいでいます。

そこが、大学院辞めようかな・・・という大きな一因ではある。

信頼する相手でもそうなるのがしょっちゅう。信頼していいのか分からないような相手なら、ことばが見つからなければ、すぐあきらめてしまうことでしょう。

異文化の土地であえいでいた朝青龍が急に身近に思えてきた。

同じ理由で、協会ないしメディアが希望している本人の会見も、優秀な(日本語と
モンゴル語のバイリンガル、バイカルチュアル)通訳を介して、本人はモンゴル語で
行うべきでしょう。そうでなくては、表面的、儀式的なものに終わるでしょうし、フ
ァンと本人の心はいつまでたってもうち解けないと思います。相撲は国技なので、あ
くまで日本語での会見が「筋」であり、そこではあくまで恭順と謝罪しか許されない、
モンゴルに帰って母国語で何か言っても、それはまともにはとりあわない、仮に協会
側がそんな心づもりでいるのなら、そうした「会見」を拒否するのは至極当然に思い
ます。


同感です。
日本の国技である相撲の横綱だから、日本語で話すべし・・・という暗黙の風潮は、何とも不思議に思います。
結局、郷に入っては郷に従わんかい、ボケ~と、一方的にバッシングしてるようにしか思えません。

そりゃまぁ、朝青龍にやんちゃすぎる所があるのかもしれないけど、もう少し異文化から来た人に対して、配慮があってしかるべきではないかと思います。相撲協会も、マスメディアも。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-31 15:42 | つぶやき
午後3時からの第3部、参加者は2人増えて、9人に。

グループでのワークの前に、「最近ニュースやフィクション・物語の中で、気になった人やことやもの」と人間彫刻でワークする・・・というのをやってみました。
もうちょっと工夫するとよりよいものになったかもしれないけど、「FTCの場では、個人的な話題が出やすくて、社会的な話題が出にくい」という傾向があるので、社会的な話題が出やすいようにする・・・という思惑からすると、効果はありました、

グループワークの話題は、1時~3時に出てきた「追い込まれる」というキーワードからつながって、「格差社会で追い込まれて、ヤケクソになる人」というようなことになった。

どうも、テレビで、「どうせ格差なんか解消しそうもないし、自分の苦境は変わりそうにないんだから、いっそ戦争になれば誰も平等に苦しむ」というような意見を言う人がいた・・・ということが話の糸口になりました。

「ボロは着てても心は錦」という心持ちでいられる人と、「ボロを着るようになったら心もボロボロ・ヤケクソ」になってしまう」人・・・。

「戦争賛成」とは別のベクトルで、犯罪の背景にもこの「ヤケクソ」は多いような気がします。

しかし僕個人としてもこの「ヤケクソ」な部分はまったくないわけではないのは自覚があります。

ヤケクソな人を「ロール」(役)として登場させたのですが、「ボロは着てても心は錦」という人をロールとして明確にしてやり取りすればよかったような気がします。

「ヤケクソな人」がロールとしてしゃべり、それ以外の人がどんなロールから発言しているのか不明確だったので、対立軸がちょっと不明確でした。

そこに絞れなかったのは、もう1つヤケクソになる人を追い込むロールを登場させて、そちらとのやり取りも面白いかな・・・と思ったからですね。どっちつかずになってしまった感じ。

いろんな人がいろんな立場から活発に発言して議論が盛り上がるのは、無理やり整理する必要はないんですけどね。
どうも自分の中に整理欲求が強いらしい。

個人的には「追い込まれてもヤケクソにならずにウマくやれる人」も少なからずいる中で、「どうにも救われずやっぱりヤケクソになる人」をどうにかできないものか・・・という思いがあるのを再確認できました。ここが一番難しいんですよね~。こういうワークショップにもなかなか来てくれないだろうしなぁ・・・。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-29 20:56 | ファシリテーターとして
午後からは参加者がちょっと増えて、6人+1人(途中から)。

テーマとしては、つらいときでも「明るく楽しく!」とか「がんばれ!」とか周りに言われても、「その場ではなんとか明るくできても、後でどっと疲れる」とか、「でもこんなつらいときに、そんな風にできない!」とかいうことについて・・・になりました。

具体的には、お子さんとの関係の中で、あまり思わしくない状態にあるお子さんに対して、ついつい追い込んでしまうような言動をしてしまう・・・という母子関係に焦点が絞られました。

結果的に、ちょっとその母子関係に絞って進めてしまった気がする。

最初のテーマからすると、そのお母さんに対して、「つらいときこそ、落ち込んでてどうするの!」というような人も、場にもっと積極的に持ち込むべきだったと思う。

というのも、母子関係に話を絞っていくと、母親がお子さんを心配するあまり、追い込んでいるのが見えてきて、「追い込んでいる」のを「イスが子どもの座っているところに迫ってくる」事で表したのだが、同様に母親も「追い込まれている」ところを取り組んだ方がよかった。
場もそのテーマを選んだんだし、ちょっとそこからずれてしまった。今振り返って気づくのだけれど。

母親に、子どもの立場へと移動してもらうというアイデアは、頭の中にはあったけれども、どこか不自然な気がして実行に移さなかった。
けれども、「子どもの立場」ではなく、「追い込まれる立場」へと身を置いてもらうことは、きっと意味があったと思う。

「母」と「子」の立場は置き換え不能な点も多い。息子なら、なおさら置き換えにくい。

けれども、「追い込まれる立場」を共有していることを気づくことで、何か変化が生まれたかも知れない。

無理やり立場を入れ替わるロールプレイは必ずしもうまくいかないことも多いが、自然にその場で起こっている立場の入れ替えは、自然とすくい上げておいた方がいい。無理に起こさなくたって、すでにそこで起こっているんだから。

ついつい母子関係に絞りすぎてしまった。

うまくいかないときは、ちょっと距離を置けば、ホワイトボードを見直して元のテーマに戻れたかも知れない。
つかず離れず・・・やっぱそれが大事だよな。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-29 20:06 | ファシリテーターとして
毎月恒例ですが、今月は個人的な話よりも社会的な話が多い展開に。

午前中は、参加者3人で、小じんまりとスタート。

チラリと話を聞いてみると、なんと3人中2人が、最近の落雷で、電化製品が故障したりの被害があった!という。もう1人も被害はなくても、雷雨の様子は体験してたので、その夜の雷のことについてワークしてみました。

そのワークが呼び水になったのか、グループプロセスのテーマは「危険だとわかっていながら、便利なもの」という入り口から、環境問題がらみに。

電磁波の問題や、原発の問題が語られ、危険性は分かっているけど、便利だから手放せない・・・という展開に。

その場にはいないけれども影響を与えている声(ゴーストロール)として「アメリカ」に象徴される、「今の便利さを手放す必要などない」という声が浮上。

その一方で、「最近の若い人は環境を勉強する人も多くて、きっと環境問題を解決できる人が出て来る」という声も出て、「救世主」というゴーストロールも浮上。その手前には「ゴア氏」がいる感じ。

ゴーストロールの浮上で、場は整理されたけれど、あまり盛り上がった感じではなかったかな・・・。

もっと環境保護に熱心な参加者がいたりすると、もっと白熱したかも知れないけれど、そこまでの人はいなかったし、かと言って、「環境のことなんか知らねぇ・・・」と開き直る人もおらず、「危険なのはわかっちゃいるけど、便利だから手放せない」という葛藤は、最初から最後まで変わらない感じでした。
やはりそれが「今」のリアルなんだなぁと思いました。

個人的には、雷の被害も今と昔では違うんだよなぁ・・・という辺りに思いをはせることができたので興味深かったです。
パソコンなどの電源を抜いておく・・・というのが現代的な備え。おへそとられないように「クワバラクワバラ」なんて、今はあるわけないもんなぁ。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-29 19:13 | ファシリテーターとして
個人的にかなりハマった「シティ・オブ・ゴッド」の監督ということで、楽しみに見た。

テンポや音楽のよさはさすが。

前作で描いたブラジルのファベイラ(スラム)の様子と、ナイロビのスラムの様子がダブって見える。やはりこういうところを描かせたら得意なのかも?

公式ページによると「ブラジルよりずっとひどい」らしい。

公式ページを見て他に興味深かったのは、ケニア政府が撮影に協力したというところ。

確かにケニア政府の描かれ方はひどいもんな。原作の小説の段階では酷評だったらしいのですが、映画では一転、協力することで、拒否することによる悪評を避けた・・・というのは、なんとも複雑ですね。

そうなると、この映画で描かれる新薬の「人体実験」のようなことも、どこまでリアルなのかよくわからなくなる。物語上のリアリティはすごくあったんだけど。

謀殺されてしまった、主人公の妻のキャラクターが無謀なまでに「まっすぐ」な社会活動家すぎて、レビューサイトではそれについていけなかったという声多数。評価の分かれ目ですね。

僕としては、確かにあそこまで曲がったことが大っ嫌いの度が強烈過ぎるとちょっと・・・とは思いつつ、確かに魅力的でもあるよなぁ・・・と思う。実際にいたらちょっと引くだろうけど・・・。
それに、あれくらい真っ直ぐでエネルギーがないと巨大な悪を暴くのは難しいだろうな・・・と思う。

謎の死を遂げてしまった妻のために、夫が迫っていくのですが、怖い怖い。
普通ならあきらめそうな怖さだが、妻との思い出のシーンがフラッシュバックして、妻の死後、むしろ思いが強まる主人公にの感情は、感情移入しないまでも、なんか分かる気がした。

結局、妻の死の真相に迫るのは、陰謀を明らかにしたいというよりも、妻への愛がゆえに・・・というラブストーリーなのでした。

原題は「誠実な庭師」らしい。主人公は職業庭師ではなくて、庭いじりの好きな外交官なんだけど、そんな誠実な彼が、妻の死後、妻の影響を受けて、妻っぽいキャラがだんだん発露していくのも、興味深かった、

ラストもまた、レビューサイトでは賛否両論なのですが、これまた、感情移入しないまでも、理解できる気がしました。

しかし、国連が飛行機から支援の食料をバラまくところとか、アフリカの現状の描かれ方は結構ショッキングな部分もありました。

アフリカの風景を味わい、重くもある現状を知り、ストーリーも楽しめる、よい映画でした。

ところで、主人公の妻(レイチェル・ワイズ)の妊婦姿のヌードシーンがあり、どうやって撮ったの?CG?特殊メイク?と思って調べてみたら、「実際に妊娠中に撮影した」みたいに書いてあるブログがあって、え~っと思ったが、他のサイトを見る限り、実際に妊娠したようだけど、それはどうやら撮影後なので、それは勘違いでしょう。
しかし、よくできてたなぁ~。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-29 18:18 | 見た映画
毎月1回、宝塚でワークショップをさせてもらってるのは、基本的にはうまくいってると思う。

せっかく大学院のコースに入っていて、宝塚での実践はそこでの「インターン」の一環ということにしようとしているのだが、実際の実践の様子をスーパーバイズしてもらう機会が今のところまったくないというのは非常にもどかしい。

ビデオは撮ってるし、それを見せることも可能だが、それとて、そう頻繁にできるものでもない。

ビデオファイルってメールで送れるもんですか?あんまりと長いと大容量になりすぎて無理だろうね。だからまだそんなに気軽に見てもらえるもんでもない。
そもそも1時間や2時間のワークを未編集で見せられても、見るほうも大変だろうし。ビデオを見せてスーパーバイズしてもらうというのもまだ実際にやったことないので、満足いくものになるのかわからない。

結局のところ、ワークのスーパーバイズに関しては、この大学院コースの中でまったく不満な部分ですね。実際に見てもらう機会がほとんどないというのは、あらかじめわかっていたことだけど、実際にコースが進んでいく中で、今非常に不満感が高まり、コース自体を続けていくかというのを考える上で、ポイントになっている。

そもそも言葉では説明しきれないことをやろうとしているわけで、それを見てもらえない・・・というのは致命的に物足りない感じがする。

電話セッションでは、伝わりきれない部分がある。
それはまるで、祭りとか、ダンスとかを、ラジオで実況しているかのようだ。
うん、僕がやろうとしてるワークは、そういう言葉では伝わりきらん部分を、いかに浮上させていくか・・・ということが「キモ」だと思うのに、それをいったいどれだけ伝えられるやら・・・というと、絶望的に少しだけ・・・ということになると思う。

それがだんだん浮き彫りになってくると、このコースをやめる大きな理由にはなってくる。

現地で授業を受けに行って、学べる部分は多く、それを失うのは惜しいのだが、満足できない部分の比重が今後は増すだろうから、やめることを視野に入れながら、もう少し続けることに、やはりなるのかなぁ・・・と。

次の渡米は2週間後に迫っているので、それは行くし、心変わりするかもしれないけど、どうもやめたほうがスッキリするかな・・・という気分が高まっているのは間違いないなぁ~。

・・・ここまで書いたところで、外は急に大雨になってきた。夕立ち?朝4時前の雨は、夕立ちっていうのかな?

プロセスワーク/ワールドワークそのものよりも、それを取り入れた発展形をやっていきたくて、それは他に誰もやってないことであるからには、最終的には1人でやっていくことだからな。
合わないなら無理に続けることはない。
大雨の中、無理にそこにとどまることはない。

アドバイザー氏とのセッションは楽しいから、必要があれば、今後も続けてもいいのかもしれない。
そんな風に必要な部分だけ、カスタマイズして、自分なりに学んでいければ、それでいいんだからなぁ。
学費高いからなぁ・・・
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by matsuzoh2002 | 2007-08-23 03:57 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
久方ぶりにホームページ更新しました。

それだけ、自分のやりたいことの方向性が固まってきた・・・ということだと思います。

「ワールドワーク」(グループプロセス)を、「人間彫刻」を取り入れて、非言語の部分を豊かにしていく・・・という方向性が。

ここで案内したりしなかったりしていた、宝塚フォーラムシアター(FTC)のページも作りました。

次回FTCは8月27日(月)開催です。その次は10月4日(木)です。

このブログにいろいろ書いたことも、ホームページからたどりやすいようにできたらいいかなと思います。
ホムペをブログと連動させて、蓄積を分かりやすくできたらな・・・と思います。

まだまだ工事中のところが多いですが、今までもやもやしてた部分がスッキリしてきたので進みそうな気がします。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-22 04:00 | ファシリテーターとして
たまたま旗を揚げただけ。その写真がやたら有名になり。それで英雄扱い。

一番印象に残ったのは、そんな英雄扱いされた先住民の存在。

ベトナム戦争辺りから、戦争とPTSDの問題がクローズアップされたのだと思うけれど、彼はまさにそれだと思う。

日本ではそういう問題って・・・きっとあったんだろうけど、社会問題化はされなかったんだろうな。

戦場では人種の違いを超えて公平な扱い・・・というのが曲がりなりにもあっただろうが、英雄扱いされても、「インディアンには酒は出さない」と酒場で接客拒否される・・・。そりゃ暴れるわ。

イス持って暴れてる姿が、「硫黄島からの手紙」の方で、米兵相手に暴れる二宮君の役の姿とダブった。

それにしても当時の日本に比べれば段違いに金があるアメリカが戦費調達で苦労していて、そのキャンペーンに硫黄島の「英雄」たちを駆り出していた・・・というのはまったく知らなかったし、戦場から急遽帰国させて、1週間もしないうちから駆り出されていたとは、そりゃあまりの世界の違いに適応できないのも無理はない、無茶な話だと思った。

張りぼての山を登らされても、いろんな光景がフラッシュバックするのも当然だし、旗を掲げる写真をケーキにして、そこにストロベリーソースをかけるのは血に見えて唖然とした。現場の悲惨さを知らないと、同じ国でも無邪気なものだ。

英雄扱いも一瞬で、戦費調達に使えるだけ使って、使い捨てみたいな印象。

そういう側面が知れてよかった。そういう映画でした。

最後戦闘の合間?に海で遊ぶ米兵達の姿が、なんだかよかった。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-21 15:10 | 見た映画
今日は午後1時40分からアドバイザー氏と電話セッションの予定が、時間になっても氏のスカイプはオフラインのままでつながらない。

15分くらいの遅刻は今までもあったので、待っているが、待てども音沙汰なし。

メールも送ったが、そちらにも反応なし。

ただ僕自身のスカイプもずっとオンラインにしているはずが、しょっちゅう「接続中」の表示に勝手になってしまう。スカイプ不安定なの?

やがて、時は過ぎ、アメリカ西海岸は深夜に入る・・・。何かPCのトラブルか、回線のトラブルか、ご本人のトラブルか・・・何も分からないまま。

もうアメリカ西海岸も朝も迎える。メールは相変わらず来ない。

スカイプは?と思い、立ち上げようとしたら、いつまでも「接続中」がぐるぐる回り、いつまで経ってもつながらない。

スカイプのトラブル?と思って、スカイプのサイトを見たら、どうもトラブル発生らしい。

日本語ブログをみると復旧中だそうで。

ううむ、僕個人のPCで言えば、復旧どころか、明らかに悪化してるけどなぁ・・・。

そんなこんなで、メールが来ないので、アドバイザー氏自身がどういう状況なんだかよくわかりませんが、それを置いといても、スカイプのせいで今日のセッションの実施は困難だったっぽいですね。

しかし無料サービスにタダ乗りさせてもらってるだけなので、客として強くクレームをつける筋合いのものでもなく、ただただがんばって早く直してね(はーと)くらいのことしか言えませんね。

便利だけど依存すると、いざと言うときに困りますね。

・・・と、ここまで書いたところで、朝を迎えた西海岸から、メールが来ました。

アドバイザー氏も、1時間かけようと努力してくれてたようです。

お~、やっぱりスカイプのせいか!

他に無料通話サービスってないんでしょうか?

どなたか知りません?
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by matsuzoh2002 | 2007-08-18 00:54 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
たまには今朝見た夢のお話。

何かの帰りで京阪に乗って千林駅から帰る事に。
・・・と思ってはいるけど、知ってる千林駅とは似ても似つかない駅から、京阪電車とは似ても似つかない電車に乗車。

電車はぐんぐんすっ飛ばしていく。京阪の普通電車とは明らかに違う。新幹線並みのぶっ飛ばしっぷり。

誰かが、「電車の進行は社会的に重要事項なんだから、進行を邪魔するヤツはどんどん排除して構わないんだ。」と、僕じゃない誰かに言っている。

ふと気づくと僕は、列車の先頭部分にある出っ張りの上に座っている。京阪電車にそんな出っ張りなどある訳なくて、新幹線の先っちょみたいな感じ?

そして電車は、柵のない平地を走っていたのが、180度Uターンして柵のある高架に入ろうとしている。イメージとしては一般道から高速に乗る感じ。電車だっつうのに、なんだこれ?
そして高架の入り口の所がバリケードらしきものが築かれている。
うわ!通れんやん!と思っていたら、意外と電車はバリケードを突っ切って、高架に乗っていく。

と、今度は女性が現れて、京阪電車の不祥事に対して、猛烈に非難の言葉を浴びせかける。夢だから何の不祥事やら分からんが、『あ、あのことね』とどこかで納得している僕。
女性は1人ではなくて、他にも、社会的に地位の高いらしい女性も加わって、複数でその不祥事を追求する動きがあるらしく、走る去ろうとする電車に対して、非難の言葉があちこちから飛ぶ。

非難されてるのは京阪電車で、僕は関係ないのだが、先頭の出っ張りに座っているせいで、まるで自分が非難されてるようで、バツが悪い。

しかも、ホントはこの辺のタイミングで出っ張りから降りようか・・・と思っていたのに、降りるタイミグを失ってしまった。

電車がスピードを上げて、駅へと向かう。

出っ張りに座っているのが駅の人から見られそうなのが無性に恥ずかしい。

誰かに注意されそうでビクビクしながら、電車は駅へ減速し始めた・・・

・・・ところで目が覚めた。

バツの悪い夢でした。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-18 00:21 | 見た夢・目覚めの気づき