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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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そういえばイスラエル/パレスチナの物語だったな・・・と見てみました。

イスラエルに行って来て、またその前後に色々勉強して、イスラエルの人々の「やっと手に入れた自分たちの国を、何が何でも守らなくては・・・」という思いは、それはそれでよく分かるようになってきました。男女ともに全員兵役があったり、テルアビブとエルサレムの間の道路のど真ん中に、独立戦争時に補給で使った車両が残してあったりしたことが思い出されます。
だからと言って、「国を守るためには、相手を殺さなければならない」というところまでは共感できるはずもなく、感情移入できないままの眺める映画でした。

自分が狙われる立場になって初めて、「こんなことをしても何もならない。殺しても後任が現れて、キリがない」と言うことに気づく主人公。

けれども、このミュンヘンオリンピックから35年、復讐の連鎖は途絶えてない。

連鎖を断ち切るための取り組みに、多少なりとも加わらせてもらったとは言え、依然続く紛争の前に、無力感も感じる。

それでもやっぱり、対話の道を模索するしかないのだろうな。殺された憎しみがあるとそれは難しいのもわかるけど。
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by matsuzoh2002 | 2007-07-29 17:03 | 見た映画
今日は「ココモンクラブ」というワークショップでジャンベ瞑想なるものに参加てきました。毎月、最終金曜にカリフォルニアで行なわれているのと同時開催なのだそうです。

5年来のお知り合いから、お誘いのメールをもらって、面白そうだなと思ってよくよく見てみたら、ファシリテーターは知っている人でした。

よくよく考えたら、誘ってくれたお知り合いも、そのファシリテーターさんも、知り合ったのは同じイベントではないか!大きなイベントだったので、その2人は、そこでは出会ってなかったはずです。なのにこうしてつながってくるとは面白い!ご縁ですね。

どんなもんやろか・・・と思って参加したのですが、輪になって、リズムを合わせてジャンベ叩くのだが、うまく演奏するのが目的ではなく、瞑想する・・・ということでした。

ジャンベの貸し出しはもう数が足りないと聞いて、家から、インドで買ったインディアン・ボンゴを持っていくつもりが、駅までの途中で、家に忘れたのに、気づき取りに帰る。

で、地下鉄に乗ったら、今度は自転車のカゴにボンゴを忘れてきたのに気づき、一駅乗った後で折り返し、とって再び向かう。

そして、電車内で、会場の地図を印刷してたのに持ってくるのを忘れたことに気づく。

なんだか朝からボケボケだ。

それでも、11時集合、11時30分叩き始めと余裕を持った時間設定だったので、11時30分には余裕で間に合った。

そしてそして結局、ジャンベは数が余ってて、僕の分もあった。右往左往したのにボンゴ出番なし(゜Д゜)
ま、いいんだけど(^^)

そして肝心のジャンベ瞑想。

真っ先に感じたのは、自分の中にある「みんなと合わせるのは苦痛だ」という部分。

ファシリテーターがリードするのに合わせて叩くのが、この場のお約束。

やっているうちに「合わせることの喜び」も感じるんだけどね。

それでも、合わせることに対する窮屈さを感じるのは事実。

そっくりそのまま合わせるのではなく、違うことをしているんだけど、全体的には調和が取れている・・・というのが僕にとっては理想的なんだな!と気づく。

それで思い出すのは、演劇系のコミュニケーション・ゲームで「鏡」というのがあるんだけど、それは2人で鏡のように同じ動きをするのが基本。これはこれで面白いし、相手に自分の動きを受け止めてもらい、響きあうことの心地よさがある。
でもそれ以上に、僕も好きだし、やってもらうと好評なのは、そのバリエーションで「指揮者」というゲーム。1人が指揮者になり、もう1人がそれをみて動く。ただし、指揮者は自分が相手の指揮者であることをまったく意識する必要がなくて、ただ自由に動く。もう1人がその自由な動きを、自分なりに解釈して、それに合わせて動く。まったく同じ動きをしようとしてもいいし、しなくてもいい。
「鏡」と比べると「指揮者」の方が、自由度は高い。それゆえの解放感がある。傍で見て動きがあっているとは限らないんだが、少なくとも、指揮される側は自分の中で合わせているつもりで、それでいい。
自由になると困ってしまう人もいるので、指揮者の方が好評とは限らないものの、両方やってみると、指揮者の方が割りと好評な印象がある。

違うことをしてるんだけど、全体的には調和が取れている・・・というのは、この指揮者のイメージに近い。
そういう点では今日の進め方は「鏡」的で、若干窮屈でした。

ま、これは好みの問題だし、僕はわりとリズム感はある方なので、誰もが参加できる形にするには、全員合わせる・・・というのは当然だと思う。

若干の窮屈はありながらも、やはり太鼓を叩くのは気持ちいい。

瞑想だし、と、途中からはほとんど目をつぶってました。

ファシリテーターが3分ごとにリズムを変えていくのですが、目を開けていると、目でファシリテーターの手を見てリズムを確認してしまうのが、目をつぶっていると、リズムが変わった瞬間には気づかずに、じわじわと前のリズムが消えて、新しいリズムが立ち上がってくるのが気持ちよかった。

終了後のランチもおいしゅうございました。

次回は8月25日だそうです。
緊縮財政(^_^;)なので、財布と相談しながら、また行くか考えます。
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by matsuzoh2002 | 2007-07-28 17:25 | その他ワークの参加体験
Nさんの自立支援のバイトが昨日で終了しました。

Nさんは精神障害者の認定を受けているので、それゆえに利用できる公的な制度を活用して、ヘルパーさんが派遣されるようになった・・・ということです。
僕はヘルパーでもなんでもないので、あとはプロに任せて、お役御免です。

ヘルパーでもない僕でしたが、Nさんの様子を、毎日マメに記録をつけておりました。
常識的に見れば、Nさんの生活ぶりや言動はツッコミどころ満載なわけですが、Nさんに常識は通用しないので、記録の中でツッコむのが、自分の精神衛生上必要なことでした。

けど、そこで事細かに記録を取ったのを、精神科の主治医さんの目に留まり、「これは精神疾患だけではないな」ということで、方針が変更されて、MRIで検査がされたようです。

結果としてNさんには脳梗塞があったことがわかったようです。
脳梗塞の結果、脳機能に障害が出ることも多いようなので、なんだか納得しましたね。
そして、軽い脳梗塞は、こんな風にいつ起きたかわからないままに起こるのか・・・と思うとなんとも怖い話です。

あきらかにどこかがおかしかったNさんだが、原因が分かった所で治療法が見つかるわけでもないようで、困った状態のまま生きていかれることでしょう。

先週辺りは、「ハローワークに通って仕事を探す。毎日でも通う」と妙な意欲を見せていました。傍で見てたら、「どうがんばっても、仕事なんか見つかりっこない」というのは丸分かりなのですが、周りが見えてないし、己のことも分かってないNさんは止めようがない。
結果として、適正検査等で現実の厳しさに直面させられてしまったようで、ハローワークを通しての「就職」の夢は軌道修正を余儀なくされたようです。

「もうこのプログラムはやめる」「前入院してた所に戻る」などと非常にネガティブな発言を繰り返すようになり、先週末には実家方面を彷徨う、家出騒ぎ。

僕のお役御免はそういうネガティブな状況と重なり、Nさんの言葉を借りれば「いがみ合い」のまま終了しました。
僕にすれば、必要な注意をしているだけで、それに対してNさんが反発・・・ということなのですが。
昨日もシャワーを浴びない、不潔な状態のまま医者に行こうとするので、待ったをかけてシャワーを浴びさせようとしたら、逆鱗に触れたようで。注意してもそのまま行こうとするので、「臭い状態で人前に出るな」みたいなことを言ったら、「臭い」がお気に召さなかったようで。「侮辱だ」と。

は~。
そこまで言わないと人に迷惑かけても知らん顔だもんな、この人。
やだやだ。

1ヶ月半ほど、かなりの時間、顔を突き合わせてきたけれど、あまりの清潔感のなさに、どんどん生理的に嫌になってきてました。

振り返ってみて、Nさんを通して、「老い」「死」について考えさせられた1ヵ月半だったなと思います。

当たり前にできていたことがどんどんできなくなる。
それを受け入れられずに、自分を過大評価したまま、もがく。・・・その醜さ。

できることは、できるうちにしとかなきゃ。
できないことは、できないことだと、潔く受け入れなきゃ。
受け入れながら、できることをやっていく・・・。それが潔いと思う。

・・・そんな当たり前のことに気づかされました。

Nさん、悪あがきを続けるんだろうな。
愛すべきキャラになってくれることを、願っております。
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by matsuzoh2002 | 2007-07-26 23:26 | つぶやき
「プロセスワークとは何か?どうして関心を持ったのか?」というテーマで原稿をお願いされてます。

タイトルは自分なりに付け直すからいいのです。
どうして関心を持ったかは、自分の経験を書いていけばいいのですらすら書けました。

でも「プロセスワークは何か?」というのはどこから手をつけていいのか困ってしまう、なかなか大きなお話です。

そもそも日本語に訳せないのかな?という気持ちも出てきて、英和辞典でプロセスを調べたりして。

「過程・経過」というのが日本語でも使われるような意味ですわね。
「プロセスに従う」みたいな言い方をプロセスワークでは良くするのですが、「今起こっていることに逆らわずに従っていく」・・・みたいな意味合いですわね。

でもそれだけではない。「逆らわずに従う」だけだったら、「ほったらかし」同然だが、それだけではない。

「プロセス・チーズ」っていうのがありますよね。加工されたチーズってこと。「~された」だから、ホントは「processd」チーズですが。
この場合は「加工」「処理」って意味合いですね。

プロセスワークは「処理作業」?・・・なんか機械的な響きになってしまう。

「自然の流れに従う」ということが強調されるプロセスワークとはどうも合わない。
どちらかというと、「消化」という言葉がしっくり来るような気がする。

食べ物は、自然にまかせておけば、勝手に消化してくれる。普通は。
たまに消化不良が起こる。
そんな時は消化を助ける胃薬の出番?

化学薬品よりは、自然由来の薬品って感じ。

消化できればすっきり。
心理的な消化不良を助けるのがプロセスワーク?
時は身体症状に効く場合もあるし。
人間関係の消化不良もすっきり良好になる場合もあるし。

薬は、化学薬品にせよ、自然由来の生薬にせよ、なんらかの化学反応が起こるんだよね。

プロセスワークも、普通はそこには着目しないだろう・・・っていうようなところに着目して、なんらかの反応が起こるわけですわな。

そうすることで、初めて消化できるようになる。

「処理」や「加工」のように、機械的なものではなく「消化」によって、ちゃんとそこから栄養を吸収することができる。
避けてしまいこと、無視しておきたいことを、ちゃんと消化することによって、そこから意味を学び取ることができる。

・・・そう考えたら、すっきり消化できてきた感じ。

これがそのまま原稿にはならないと思うけど、プロセスワークとは何か・・・ということについて、自分なりの表現ができた気がする。

さて、原稿も消化できるかな?
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by matsuzoh2002 | 2007-07-25 01:09 | プロセスワークの紹介
今日はプロセスワークとの出会いについて原稿に書いたり、電話会議の準備をしたりで、ぼちぼち進展した1日。

そんなわけでレポートの追い込みの合間に見たけど感想書けてなかった映画のお話。



映像的に面白かったなぁ・・と思いました。

ストーリー的には転落していくお話で、描き方次第ではただの悲惨な話になりかねないのに、CGの使い方が独特で、最後まで楽しめました。
主人公の目線からは世界がどう見えてるか・・・を表すためにCGを使ったそうですね。それはありだなぁと思いました。
ただ転落するだけではなく、その間には独特の幸せ感みたいなものも出てて、それはよく表現されてたと思う。だから悲惨にはかんじなかったんだろうな。

個人的には、転落の最後に行き着いた部屋の汚れっぷりなんかが、バイトで関わってるNさんと重なって、切なかったです。そこまでの過程は全然違うかったのですが。

Bonnie PinkとかAIとかは女優の仕事をしたっていうよりも、プロモーションビデオ出演したのと変わらんくらいのお仕事だった感じやね。
全体的にPVみたいだった。その辺が映像的に面白かった・・・というところだよな。
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by matsuzoh2002 | 2007-07-24 00:58 | 見た映画
宿題、土曜の午後に無事提出。

Nさん支援のバイトも、来週の水曜日を残して、お役御免。
公的な制度に則って、ヘルパーさんが派遣するようになったので、素人バイトの出番はもう無いのです。

梅雨もそろそろ明けるだろうし、なんだかいろいろなものから「明けて」いくような気分です



今日ものんびりしつつも、秋から宝塚で行なう3回連続講座のチラシ案をさっくり作成。

2週間後に大学院の講師陣との電話会議が控えているので、そのための資料作成しなくちゃ。

そして、Webマガジン[レアリゼ]というところから、原稿依頼が来ているので、プロセスワークのこと、イスラエルでのワールドワークのこと、被抑圧者の演劇のことなど、ぼちぼち書いていきます。

なんと生まれて初めて原稿料がいただけるお仕事なのです!ありがたいです。

このブログを見ていただいたことも原稿を依頼いただくことにつながった模様。

ブログやっててよかった~。

締め切りは無いので、自分のペースで締め切り設定して書いていきます。

書いて載ったら、こちらでもお知らせします。

楽しみだ!
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by matsuzoh2002 | 2007-07-23 01:10 | つぶやき
寝る前にシャワーだ、と、浴び始めて、びっくり。

多分風呂場のイスの下に隠れていたのであろう虫が飛び出してきた!

一瞬ゴキブリかと思った。ひぃ~。

でもカナブン。

うちの風呂は換気扇もないし、網戸でもないので、入浴後はなどを開けておくので、その間に入ったらしい。

すでにシャンプーを始めた後だったので、途中でやめるのも邪魔臭い。
ゴキブリなら殺すとこだったけど、カナブンなら放置。

カナブンは再びイスの下へと避難していった。

そのまま大人しくしてくれてたらよかったのに、シャワーを止めた隙に、脱出をするつもりだったのであろう、飛び回り始めた。
主に蛍光灯の方目指して飛んでいるのでガッツンガッツンぶつかる。
うちの風呂は広さが一畳強しかないから狭いのだ(風呂桶半畳強+洗い場半畳強)。そんな中で飛び回られたらたまらない。

蛍光灯や壁にガシガシぶつかる音がしてなんとも落ち着かない。
密室だから逃げ場ない、っちゅうのに。

窓は廊下に面してるから、普段は入浴中には開けないのだけれど、夜中だしいいか、と思って開けてみる。

カナブン気づかない。

おい、こら。空気読め。外の空気を感じないか?

止まったスキに、背中をつかむ。暴れて逃げようとするカナブン。
構わず窓の方まで持っていく。

外まで弾き飛ばしてやろうと思ったけれど、手が滑って、窓枠の手前に着地させてしまった。

そこまで来たら、素直に窓から脱出すればいいものを、背中をつかまれた不機嫌になったのか、より一層勢いよく、室内を飛び始めた。

あ~あ。

こちらから見てたら、どっちに行けばいいか、一目瞭然なのに、なぜにお前は気づかない。

やがて飛び疲れたのか、風呂場のふたへ着地。

そのまま大人しくなったので、それ以降のシャワーは落ち着いて普通に浴びれた。

風呂場を出るときには、いつもの通り窓は全開にしておいたので、そのまま帰ってくれるといいのだが。

しかし、せっかく出口を開けてやってるのに、関係ない蛍光灯の方に向かってしまう・・・というようなことを客観的に見ると僕もやってるのかも知れないなぁ・・・などとも思うのでありました。
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by matsuzoh2002 | 2007-07-21 02:39 | つぶやき
さてさて、宿題の〆切まであと14時間。

2000単語以上も書くのは大変だぜぇ・・・と思いながら、ようやくこれで完成かな・・・というところにこぎつけて、単語カウントしてみたら、2571単語。

2500単語以内なのに、超えてもたorz

削らなきゃ。

ここまで来ると削る方が大変。

今日はもうひと寝入りして明日何とかしよう。まずはシャワー。
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by matsuzoh2002 | 2007-07-21 01:52 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
さてさて、レポートの〆切まであと2日。
2000~2500単語指定のところ、1600単語超まできました。
何とかなりそうだ。

内面の葛藤および講師との間で起こっている対立をどうファシリテートするか・・・ということについて書いてますよ。
講師への不満も含めて。
大体前の記事の通りの方向性です。

講師批判も含めたレポートってどう評価されるのやら・・・。

不安もありつつ・・・。

でもこれから書く残りの部分では、ファシリテーターとして批判された体験も盛り込むつもり。

紛争・対立をどうファシリテートしていくか?ということについて書いているわけで、「批判する側」の立場だけに肩入れしてたら、ファシリテートにならない。
「批判される側」にも立たなくては。

ファシリテーターとして批判されたことは2度ほどあって、どちらも「もっとリーダーシップを発揮しろ!」というようなものだった。

でもそれは僕の目指しているスタイルじゃない!んだよな。

多分、今回の講師も同じことをいいそうだ。私には私のやり方があって、君の望む方向性は違う・・・みたいな。

僕の場合はなるべく柔軟にいきたいわけだけど、ピシッとリーダーシップを・・・と求められると、そこまで対応する柔軟性はないわけだ。

無いものねだられても対応できない・・・ちゅうことだよね。

なら、せめて選択の自由があればよかったのにね。

合わないもの同士が無理やり一つの所に押し込められるのは、なんとも不自由でやるせない。

このクラスが必須(っていうか、この大学院コース、すべてが必須。選択肢なし!)なのも問題。

そのことについて文句を言うべきは、講師ではなくて、プロセスワーク研究所・・・ということにもなるね。

そちらはそちらで文句は言おう。

クラスメイトにも結構思いは共有されてるとは思うので、この講師は、今後内容のリニューアルをしない限り、今回限りで3期生以降はなし・・・ということになるのかな。

プロセスワーク研究所には僕の望む柔軟性があると思うので。

この講師にはその柔軟性がないなら、ご退場願いたいよな。

さてこのレポートは吉と出るか凶と出るか?
凶出たら、落第?それは無いと信じてるぞ!
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by matsuzoh2002 | 2007-07-19 01:05 | 大学院(紛争緩和・修士課程)
レポートを書くにあたって、どうも気分的にモヤモヤしている。

「良いレポートを書かなくては」という「良い学生」としての思いと、「でも、自分の書きたいこととテーマが違うやん」という「反逆児」の、内面の対立。

さらに突き詰めてみると、「良い学生」も「反逆児」も「学びへの貪欲さ」は共通していることに気づく。
「学びへの貪欲さ」は「講師への不満」につながる。

その一方で「穏便に済ませたい」「楽して単位さえ取れればいい」という思いも浮上。

「学びに貪欲」+「講師に不満」⇔「穏便」+「楽に単位」が対立。

そして「講師への不満」は、講師に伝えるか・・・という問題が。
「伝えて問題提起すべし」・・・という思いは強い。けどトラブルになっても困る。単位もらえないのが一番困る。

ランク(立場の高低)の問題がからむ。
伝えるかどうかは抵抗感(エッジ)を感じるところだ。

「伝えるにしても、レポートの中に盛り込むことはないやん」という声も聞こえる。確かに。
レポートとは別に授業の感想を1ページで書いて・・・というのもあるので具体的な不満はそっちに盛り込むか。

けど、このレポートをめぐって、自分の中にいろんな声がある・・・というのは紛争のファシリテーションにはこんな風にいろんな立場の声(ロール)があるのを整理するインナーワーク(内面のワーク)が有効だよん・・・もちろん内面以外でもいろんなロールの整理は有効・・・ということを示すために盛り込んでいこうと思う。

できればロールとロールの関係を図示したいな。

まずは言葉で書いてみました。
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by matsuzoh2002 | 2007-07-15 02:05 | 大学院(紛争緩和・修士課程)