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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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心ひらくドラマセラピー 自分を表現すればコミュニケーションはもっとうまくいく! 読了。

著者の尾上明代さんは、米国で公認資格を取った日本で初のドラマセラピスト。
数年来のお知り合いです。

ぼんやりとしかわかってなかった、ドラマセラピーのことが、この本のおかげでかなりわかってきました。

何年か前に、東京でコラボレーション的な企画を一緒にさせていただいて、1日だけドラマセラピーのワークショップを体験して、「自分じゃない役を演じる中で、癒される・成長する」というのはなんとなくわかってました。

臨機応変で進めるから、一言で言い表すのは難しいんだろうな・・・という印象も持ってました。
今回具体的な進め方に触れて、あぁ、面白いなぁ、この間口の広さは自分のやりたいことにかなり近いなぁ・・・と思います。

僕がもともとやってきた、「被抑圧者の演劇」は社会変革のために演劇を活用・・・というあたりが原点ですが、個人の内面の抑圧などの問題にもスポットを当てることも多いので、セラピーとの境目はあまりないような実践です。

基本的に、自分(たち)のことを自分(たち)で演じながら、現実的な問題の解決策を探っていく・・・というような方向性が、「被抑圧者の演劇」にはあり、その点は「サイコドラマ」も近いですね。
僕が最近実践してきているワークショップは「被抑圧者の演劇」と「サイコドラマ」のミックスみたいになっています。

ドラマセラピーは現実とは少し距離を置きながら進める・・・というのを基本にしつつ、でもこの本で紹介されている「心の障害物を乗り越えるドラマ」などは、現実に沿うよな話でも、現実から距離をおいたような話でもどちらでも出来ると思うので、必要に応じて、現実との距離を取ったり取らなかったりしながら、進めていけると思いました。

そういう点では、こういう進め方もあるのか・・・という自分の幅を広げてくれる可能性を感じる本でした。目指すところは結構重なっていると思います。

今は、演劇と少し離れたアプローチのファシリテーションを勉強中なわけですが(ロールプレイなども含まれるのでかなり近いですが)、やはり演劇の力は今後も活用していきたいなと思います。
そう思わせてくれる、元気をもらった本です。

実際に、ドラマセラピストを目指そうとなると、お金も時間もかかって、ちょっとそれどころではないのですが・・・。

尾上さん自身が、ドラマセラピ―と出会い、それを勉強して、セラピストを目指していく過程も、出会う前の部分を含めて、面白いですね。

いつかこういう本を書きたいな・・・という思いも湧いてきました。
いろんな面で参考になりました。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-31 18:35 | 最近読んだ本
年末は読書の時間をたっぷりと。

ADD/ADHDという才能という本を読了。

先日おじゃました、とあるところで、「おー、おもしれぇ!」と思い、借りてきたものです。

僕自身ADD/ADHD(注意欠陥(多動性)障害)ではないと思います。
子どもの頃そんなに落ち着きなくあちこち動き回るような傾向はほとんどない子でした。

でも、大人になってから、特に演劇のワークショップに関わるようになってから、身振り手振りの多い人になり、またファシリテーターとしては、直感的・即興的にワークショップを進めることも、楽しくなってきました。

なんとなく、「大人になってから、多動的な傾向も自分の中にあるのが発掘されてきた」・・・という気がしてたのです。

そこでこの本に出会って、ADD/ADHD=ハンター、そうでない人=ファーマーという見立てに妙に納得。

ファーマーに必要な粘り強さ・集中力に対して、ハンターに必要な、注意力を分散してあらゆる方向に瞬間的に飛びつく対応力。

狩猟採集社会から、農耕社会に移行し、さらにはそこをベースに産業社会が発展する中で、狩猟採集社会で必要だった能力は軽視されているが、もともとの人間のベースが違うんだから、ハンター的な才能が必要とされている部分もあるし、教育の仕方もそれに対応する物を提供すれば、ハンターも伸び伸びと才能を発揮できる!ADD/ADHDは障害ではない・・・

・・・根本的な発想の転換で面白いですよね。

人間がはっきり二分されるわけではなく、両方を併せ持つ人が多いわけで、ファーマー社会にそこそこ対応できた僕も、それだけでは気詰まりを感じて、ハンター的な面にも目ざめた・・・というふうに見立てれば、納得です。

瞬間的なひらめき、創造性もハンターの領域というのは納得です。

ファーマーとハンターの共存共栄が世の中を面白くする・・・というのが著者の考え方。
賛成です。

どっちも持ってる人は、両者の橋渡しができるよな・・・と書いて、以前こんな詩を書いてたのを思い出す。

ファーマーとハンターの橋渡しは必要だね。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-31 12:08 | 最近読んだ本
実家でもネット簡単にできるようになってる。
ので、してる。

甥っ子姪っ子と遊ぶのは楽しい。子どもたちはフルパワーで遊んでるが、こちらは余裕で楽しませることが出来る。
日頃のファシリテーター体験や演劇のワークショップでの演技力が生きてる?

子どもたちはTVのヒーローたちの世界とともに生きているので、戦いごっこみたいになるけど、本気で取り組むとしんどいので、やられる演技などしてたら、妙にウケる。

幸い直接殴る蹴るしてこない(それ受け止めるのはしんどい)で、離れたところから「技」を繰り出したりしてくれてるから、楽しめてる。

ええ感じやわ。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-29 22:09 | つぶやき
今から実家に帰省します。

2日に派遣社員の仕事があるので、1日には戻ります。

昨日アドバイザーとスカイプでセッションしてたら、ファシリテーターとしての課題と、母親との関係における課題が重なってるのに気づき、面白かった。

というわけで、実生活で「ワーク」してきます。

携帯から更新するような気はしますが、とりあえず、良いお年を。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-29 13:05 | ファシリテーターとして
今日も昨日に続き、派遣のお仕事。

予想通り、今日の客足はおとなしい。

そりゃそうだわ。

昨日は開業初日。しかも正午開通で、イベントは午後だけ、どっと混んだ。しかも日曜。
さらにはピ○チュウの着ぐるみ登場で、余計に混む。
さんざん集客をあおっておいて・・・そんな日に整理券でゲームに参加できる人数を制限。
当然のクレーム続出。

今日は二日目。朝からイベント、客の時間帯は分散。そして月曜。普通に仕事に行ってる親御さんが多いだろう。
客の総数も昨日より少ないだろうなぁ。
クレーム特になし。

次のイベントは、年明けだが、客足はどんどん減るんちゃうかな?

そもそも、地下鉄はガラガラらしい。自転車で通ってるからまだ乗ってないけど・・・。

予想通りだわ。需要が大してあるように思えない路線だもん。

今勤めている会場=駅は、他の地下鉄線や私鉄の駅も徒歩圏内だから、中心部に出たいなら、そっちに乗るもんね。今度の路線は、乗り換えないと都心部に行けない路線。そりゃたいした需要ないわ。

その開業を盛り上げるためのポ○モン頼み・・・。
2度とこの路線に乗らないような親子連れもいっぱい来てることだろう。

はぁ~。年々赤字が積みあがっていくであろう路線を、最初に少しだけ需要増やしたところでなぁ・・・。

なんか無駄な悪あがきのような気がする。

そこで小銭を稼がしてもらっとるわけですが・・・
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by matsuzoh2002 | 2006-12-25 23:25 | つぶやき
思わぬミーティングで帰りが遅くなったが、なんとかM-1に間に合った。

チュートリアルは面白かった。YouTubeで2本とも見てしまったネタだったのに、それでも笑えた。すげぇ。

他が今ひとつ過ぎたか。

フットボールアワーは、なんで岩尾が怒鳴り倒すようなネタを2本並べたんだろう?他にもいろいろパターンあるんだろうし、淡々とボケるほうが僕は好きかな。

麒麟は、そこそこ面白いけど、どこか突き抜けないなぁ。万年3位でおわってしまいそうな。

笑い飯も同じく。そこそこ面白いけど・・・、パターンが決まってるから新鮮味がないなぁ。「うがらい」が笑えなかったのに、それを引っ張ったし・・・

変ホ長調は笑ったけど、やっぱりネタのチョイス勝負で、芸としては弱いのかも。
誰かが書いてたけど、だいたひかるのネタを2人でやっているような・・・という表現がなるほどなと思った。

ライセンスも面白かったけど、最後のアメリカンコメディがどうも今ひとつで、それで終わりというのは、どうも勢いが落ちた感じがした。

プラン9も面白かったけど、5人だと切れ味が弱い感じがやっぱりするような・・・。

トータルテンボスの審査員受けが良かったのは結構不思議。あんまり笑えなかった。

ポイズンガールバンド、マグロはくのは面白かったが、靴にマヨネーズをあんなに引っ張るのはどうかと思った。ここ結構期待してたんだけど・・・

全体的にあんまり新鮮味がなかったなぁ・・・。
チュートリアルを脅かすような新鮮味のあるコンビがいれば・・・。

っていうか、来年はここが強そう・・・っていうのが全く感じられない結末に。いいのか、これで?
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by matsuzoh2002 | 2006-12-24 22:55 | つぶやき
今日は派遣のお仕事で、某地下鉄開業イベントのお手伝い。

ポ○モン効果で人は集まる。

僕自身がどうしようもないことで、子ども連れの親御さんよりクレーム多数。

そりゃそうだわな。事前の宣伝配布物に書かれていることと、現実の運営で、食い違ってる部分があって、親の立場からすれば、怒って当然だと思う。
景品の数に限りがあるから、と整理券の発行を抑え、結局、参加するつもりで来たゲームが出来ず、もらえるつもりで来た参加賞がもらえなかった親子連れ続出・・・だから、罪な事だ。

「僕は今日たまたま雇われたんだから、そんなん知らんやん!」と思いつつ、「申し訳ございません」と何度頭を下げた事か・・・。

結局今日の仕事の大半はクレームを聞くことだった感じ。

親御さんの立場からすれば、僕が今日だけ雇われた人何だか、企画から関わっている人なんだか、わかるはずもなく、当然こちらにクレームは来るわけですが・・・。
(こういう体験をすると、「昔の事なんで、戦争責任なんかない!」と言い張ろうにも、相手方からすれば、「お前らがやったんだろうが!責任取れ」と言いたくなる気持ちもあるだろうなぁ・・・ということに思いが至る・・・)

全く責任を感じていないので、心の中では涼しい気分でしたが・・・。

そして、今日終了後、ミーティングがあるというので、「聞いてねぇぞ」と思いつつ、出ることに。

今日さんざん頭を下げた内容について、あっさり方針転換があり、明日からは配布物に書いてある通りの運営にすると言う。整理券の発行をやめて、参加賞はどんどん渡す、品物がなくなったら、代替品にする・・・という方向へ。

明日からは頭下げなくていいなぁ・・・と思いつつ、そんなにあっさり覆るなら、今日も最初からそうしとけよ・・・と思う。

今日が開業日で、人の数は確実に一番多かったろうに。
そこで少なからず反感を買うようなことを、無自覚にしたもんだなぁ。トライアンドエラーで、やってみないとわからない部分も大きかったとは思うが、初日だから大盤振る舞いでも良かったのに。明日以降客は減って、最終的に景品余るのでは?という予感もある。

しかしまぁ、気分は社会見学・・・なところもあるので、なんだか、面白いもん見せてもらったわぁ・・・という気もしている。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-24 22:52 | つぶやき
ネット上に僕に対する感謝の言葉が記されていた。
僕がいつ見るともわからない、ほったらかしにしてあるところで、ぺんぺん草でも生えそうな、そんな場所だ。
感謝の中身も、こちらからするとほとんどどうでもいいような事に関する感謝だ。

ちっとも、ありがたく思えなかった。

「感謝されてるんだから、ありがたく受け取らなきゃ」という声が自分の中にあるのも感じつつ、そう受け取らせない「何か」の方が、自分の中では優勢だということに気付く。

その「何か」とは…?

しばらくして浮かび上がって来た言葉は、「ほかに言うことあるだろうが!」…だった。

しばらく前に、この人の言葉に対して、僕が「傷ついた」と感じることがあった。

「傷ついた」と感じるのは、受け取る僕の側にも、何らかの問題があるのかもしれないが、この人に対して快く思っていないのは間違いない。

僕は「傷ついた」こと「不快に感じた」ことを表明し、抗議した。

それに対して、この人は、直接的には、何の反応も示してきていない。無視である。

表立ったいないところで、漏れ伝わってきたのは、「感情的で攻撃的だ」と僕の抗議を受け取っているらしい事。・・・こんな反応は前にもあったので、これを知ったときには、なんだか呆れて、笑えた。

傷ついていて、それを表明しているので感情的なのは当たり前。
攻撃的?相手を責めるつもりは含まれているから、そう受け取られても仕方ないだろうな。

しかし、それを無視である。

こちらが快く思ってないままなのは、明らかだと思うのだが・・・。

そんな僕に対して、そのことに対して全く触れないまま、どうでもいいことに対する感謝。

・・・ズレている。ひどくズレている。
「ほかに言うことあるだろうが!」・・・心からそう思う。

こんなに、むなしい感謝も珍しい。
まだ直接伝えられるならまだしも・・・

慇懃無礼とはこういうことか・・・と、妙に腑に落ちる

相手の状況・心境を分かってない状態で感謝を述べても、こんなにむなしい結果しか引き起こさないのか・・・と勉強になる。
気をつけよう。

こうして、人と人の関係はこじれていくのか・・・時には冷静に、時には感情的に、それを眺めている。

とりあえず、そのほとんどどうでもいいような事に対する感謝はありがたく受け取っておこう。
どういたしまして。

はぁ~。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-23 18:15
その5の続きです。

その5では話を聴けてないなぁ・・・ということを書きましたが、そのことを、アドバイザーと電話セッションしたときのこと。

「自分のビデオを見て、話を聴けてないなぁ・・・と思った」と話すと。
アドバイザー氏は、「確かに話を聴くのは難しい。話が聴けてない時は、もう1度聴き直せばいい。」と。

・・・全くその通り!
けどその聴きなおすにちょっと抵抗が生じてしまったりするんだわね。

「聴けてない」という自分をついつい出さずに進めてしまう。
え~かっこし~だわねぇ。

でも、出してしまえばいいのだ。出してしまった方がいいのだ。

いろんなことに気を取られて、話を聴けてない自分がいる。
それは当然。
何度も聴きなおして、じっくり進んでいけばよいのではないか。
わかっちゃいるけど難しい所だが、わかっておかないと、また同じことを繰り返してしまう。
繰り返す前に、早めに対処しておきましょう。

話を聴きながら、話の内容以外にも注意を向ける・・・などという高度な事をしているんだから、聞けない部分が出てきて当然よ。
聴けないのは恥ではない。
さらけ出しながら進もう。

昨日ビデオの続きを見ていたら、ワークの最後に、参加者の1人が話の中身を聞き損ねていて、それ今頃気づいたの・・・みたいな発言をした。
場はどっと沸いた。
ビデオの中の僕も笑っていたし、ビデオを見ている僕も笑った。

しかし笑われているのは自分でもあった。
そう。
笑われればええやん。笑わせればええやん。

聴けてないのは僕だけではない。

他の事に気を取られたり、話の流れが早くなったり、意味がつかめなかったりしたら、聴きなおす。
話の流れをスローダウンする。
シンプルだけど大事な事。
今はまだ基本練習の段階です。
かっこよく魔法みたいなファシリテーションをしてやろう・・・みたいな野心も悪くはないけど。あんまカッコつけんな・・・っつうこと。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-23 00:39 | ファシリテーターとして
4月に科学のふりしたニセ科学にゃ、だまされないぞ!という記事を書いてます。

そこでも紹介したのが大阪大学、菊池誠教授のブログ

その菊池教授が最近NHKに出演して話した「まん延するニセ科学」の動画が、YouTubeにアップされて、かなり話題になっているようです。

科学じゃないものが科学っぽい顔をして、信じられているのは、日頃から苦々しく思っているので、これが広く見られるのはいい事だと思い、リンクしておきます。

科学で割り切れないものはあり、最近はむしろそっちの勉強をしているわけですが、科学でないものは、やはり科学ではないんだよ・・・とはっきり区別しながら活動すべきだと思ってます。

セラピーや、ファシリテーションは僕にとってはアートだな・・・と思います。

映画、音楽、小説、演劇、などなどで心動かされるのに、科学的説明など不要。
それらについて研究しても、究極のところ、アートがなぜ心を動かすのかは、仮説以上のものにはならないと思うし、それでいいと思う。

科学的に割り切れるものは割り切ってもらったらいいが、とても科学的には割り切れない「ゲームをやると脳が壊れる」(ゲーム脳)や、「水に『ありがとう』と声を掛けるときれいな結晶ができる」(水からの伝言)は、科学の顔をするのはやめてもらおう。

そういう物語を信じたくなる人の気持ちはわからないではないが、それはあくまで物語。

アートはアートの世界で勝負しましょうや。

そう思いながら、コミュニケーションを通してのアート、ファシリテーションを学んでいるところです。
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by matsuzoh2002 | 2006-12-22 17:44 | つぶやき