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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

<   2006年 03月 ( 63 )   > この月の画像一覧

西の空に細い月が綺麗。

ちょうどひと月ほど前にも同じような月を見て、「何かの受け皿みたい」と思ったのを、思い出した。
何を受け止めてくれるのだろう?

三日月よりも細いので二日月かな?

・・・って思ったら、おとついが中東で皆既日食の日だったのを思い出した。

間違いなく新月から2日目。二日月だ。


「二日月」って言葉は、あるのかな?と思って検索したら、確かにあるようだ。

そして、二日月や三日月のころに、月の影の部分がぼんやり見える
地球照という現象に遭遇。

太陽の光が地球に反射して、月の影の部分にあたることで、影の部分もぼんやり見えるのだそうだ。
地球が照り返してるから、地球照か。なるほど。

上のリンクはGoogleイメージの「地球照」の検索結果。
綺麗な写真たちがいっぱいだ!

我が家の窓から見る二日月の地球照は、ぼんやり過ぎて、あるようなないような・・・

都会の空は明るすぎだなぁ・・・。

いつか写真のようにくっきりな地球照を観たい・・・。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-31 19:21 | つぶやき
・・・というタイトルでホームページをリニューアルしようと思います。

リニューアルしたいなぁ・・・という思いは前からあったのですが、なかなか動き出せませんでした。

「ロールプレイ屋」という自称が、自分なりになじんできたこともあり、「ロールプレイ」ということばは使っていこうと思った。

「演劇」は、いわゆる「演劇」の勉強を積んでないので使いづらい。

「からだでしゃべる」とか「からだで語り合う」という言葉を使ってきたが、今ひとつイメージされにくい。

「ロールプレイ」は心理学方面やいろんなセミナーなどでも、使われているので、まだイメージされやすいかな・・・という感じがするので、これでいってみようと思います。

けれども、ロールプレイの多くは、「唐突」な導入をされて、ぎこちないものになっているケースが多いように思う。
ロールプレイは、普段の自分の視点を離れることで、効果があがる場合も多いのに、唐突に導入すると、普段の自分を引きずったままになってしまって、効果が薄くなってしまうと思う。

からだを使ったコミュニケーション・ゲームなどを経て、参加者が準備OKという感じになってきてから、初めて導入するものだと思う。
ゲームが、創造性を引き出してくれて、ぎこちないものから、楽しいものへと変化していく。

そこで「創造的ロールプレイ」とつけてみた。
僕のやりたいことは、「ロールプレイ」と「演劇」の間くらいだと思う。
演劇は一般の人には敷居が高い。
かと言って、ぎこちないロールプレイは面白くない。
クリエイティブに、楽しくいきたい。

そして、目指すは「変革」。
それも「楽しい変革」。

自分を変えるだけでなく、自分の身の周りも変えていこうとする。
身の周りを変えていくことの先には、社会全体・世界全体を変えていこうということを視野に入れている。

アウグスト・ボアールの「被抑圧者の演劇」
は、演劇を通して、社会を変えていこうという実践だ。
僕の実践もそこを下地にしている。

でも、あくまで楽しい実践だ。
「からだを使ったコミュニケーション・ゲーム」は、どれも楽しいものばかりだ。
その楽しさを活用して、自分を、自分の身の周りを、そして社会/世界を、どう変えていくか、楽しく探っていく実践だ。

今勉強中のプロセスワーク/ワールドワークとも矛盾しない。
両者の融合を目指して、自分なりの実践を重ねて生きたいと思う。

・・・と宣言した上で、ホームページの組み立てを考える作業へと向かう。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-31 16:31 | 「ロールプレイ屋」とは
Salyuのアルバム「landmark」を聴いていた。

去年の夏、DVDで「リリイ・シュシュのすべて」を観て、その声にハマり、ちょうどその頃ぐらいからラジオで流れていたSalyuがリリイ・シュシュだと知り、つながった。

すぐにでもアルバムを聴きたかったが、当時住んでる所の近所のレンタル屋には置いてなかったのだ。
引っ越して、今度の近所の店には置いてあったので、ようやくレンタル。
レンタル屋に左右されてる自分が若干情けないですが・・・(^^ゞ

声がいいよなぁ・・・と思いながら聴きつつ、HPを見てみる。

大阪ではFM802の隔週のレギュラー番組もあって、たまに耳にしているし、すでに親しみやすさを感じていたのだが、ある日の日記に、
初期の客席はガラガラだったわけで。
10人に満たないこともあった。

それでも私は いつの時も
自分の歌声を誰よりも愛してきたし
信じてきたつもりだ。

これは今言うと
少しかっこいいけれど
物凄くかっこ悪かった時もあった。
  
ひそかに
自分自身がみじめになる時がね。

しかしそこで得た痛みは
切実なほどあとでおいしいことも知った。

いま痛い人ほど後でおいしい。
いたみはまず後で必ず人の役に立つ。

だからこそ自身の夢の肥やしになっていく。

いま このような言葉づかいで
自分自身の人生を振り返ることが
できているのは物凄く幸せなことだと思う。
・・・って書いてあるのを見て、わたしゃ、泣きそうになってしまったよ。

僕も今は人生の過渡期にあって、痛いことも起こる。
けど、それを「おいしい」と言える・・・すげぇなぁ、と思った。

「夢の肥やし」っていうのもいい言葉だね。

僕のほうがだいぶ年は食っているが、Salyu師匠と呼びたくなった。

Salyuちゃん、今後も要注目だ。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-31 10:01 | 歌とつぶやき
「フライ、ダディ、フライ」で、堤真一演じるお父さんが、この映画の中に出てくる詩を引用する。

なかなか渋い詩だし、ポーランド映画の古典としてこの映画の名前は聞いていたので、ここらで1つ見てみようかと思った。

<以下、ネタバレあり>

その詩や映画についてはこちらに詳しい。

で、僕としてはやや肩透かしに終わった感じがしています。

「フライ、ダディ、フライ」が「戦い」がメインの映画だったので、てっきりこちらもそうかと思ったら、「戦い」と、「恋」に象徴されるそうでない人生のはざまで葛藤する物語でした。

そこでまず肩透かし。

そして、その「恋」が、どうもついていけなかった。

ヒロインに対する主人公の接近のしかたが、「それじゃダメだろ」としか思えないウザいやりかただったのに、クールなヒロインはなぜか乗ってくる・・・という時点で、僕としては引いてしまいました。

ここで二重の肩透かし。

ひょっとしたら、時代設定である1945年や、映画の作られた1958年のポーランドでは、そんなウザいやり方が「あり」なのかもしれないけど・・・どうもそう思えない。

ポーランドの社会状況がよくわかっていなかったので、特に前半部分で、主人公たちが何を目指しているのかなど、今ひとつ状況がよく飲み込めていなかったのも辛かったです。

上記のサイトで、「ワルシャワ蜂起」について知り、ポートランドの歴史に翻弄された複雑な状況を垣間見て、ようやく話が少しつながった。

「戦場のピアニスト」もワルシャワの話だったのですね。
「灰とダイアモンド」にはユダヤ人に関することは出てこないものの、ユダヤ人の蜂起のあとにワルシャワ蜂起が起こり、ワルシャワから人々が散り散りになったあとの物語・・・と言うようにつながって来る訳ですか。

なるべく予備知識なく映画そのものと向き合おうと、最近はしているけれども、今回ばかりは予備知識がなさ過ぎた。

それでもワルシャワ蜂起について、ポーランドの歴史について、多少なりとも知るきっかけになったのはよかったと思う。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-30 23:03 | 見た映画
Yahooのトップニュースで、「皆既日食のネット中継」というのを見かけ、ほんの一時期だけ天文少年だった血が騒ぎ、リンク先を覗いてみる。

リビア、エジプト、トルコからの中継がされているようだが、リビア、エジプトはすでに皆既日食は終了。
残すトルコは、これから。

ライブ映像がストリーミングされてきた。
かなり細い太陽。

これだけ見てても、それほど感動はない。
が、ダイアモンドリング現象とか見れるのであれば、それは画像だけでも感動しそうだ。わくわく。

映像だけかと思っていたら、現地で実況してくれている人の声が入った。

「相当暗くなってきました。気温もはっきりと下がっているのが分かります」

・・・なんて感じで、臨場感を伝えてくれる。

太陽の「どアップ」以外にも、全体の風景が変わっていく様子も味わいたいなぁ。
ぜひ生で味わいたい。死ぬまでに1度。

しかしまぁ、えらい時代になりましたわよ。
昔は、突然太陽が欠け出して、真っ暗になってしまう場面にたまたま出くわしたら、どれほどビックリしただろう?
太陽と月の動きが精密に計算されて、いつどこで起こるか分かるようになったのは、かなり最近のことだろうね。
そして、家にいながらネット中継が見られるとは。

実況の方は、これから見られるであろう、黒点から出るコロナなど、見どころを語ってくれている。
「皆既日食まで後3分です」・・・

・・・おお~、わくわくしてきた。

画像だけでも生はうれしい・・・

・・・そう思っていたら、画像が消えた。
再接続を試みるが、つながらない。

ガ~ン!

そうこうしているうちに、皆既日食開始予定時間。
皆既の継続は3~4分らしい。
その時間、むなしく経過・・・

orz

あぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うちだけ見れなかったのか、全体的に見れなかったのか、わかりませんが、がっくしです。
そのうちみたいなぁ・・・。

日本では2009年に鹿児島のトカラ列島で見られるそうです。
生で見れたらいいなぁ・・・
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by matsuzoh2002 | 2006-03-29 21:03 | ニュースとつぶやき
昨日は朝から派遣のバイト。

TVでもCMして爽やかなイメージを振りまく、バイト派遣会社。
しかし、その実態はかなりヤバい。

ここの会社を通してのバイトは、昨日で5回目だが、昨日は過去最悪のお粗末なトラブルが・・・。

集合時間が9時15分という連絡を受けていたので、その時間に間に合うように、駅の改札で待つ。

「派遣人数1人」という連絡は受けていたが、前にも「3人」と言われながら、現地に行ってみたら、10人以上いたこともあったので、今回もそんなものかも知れんと思っていた。
正味1人なら、現場への行き方などを教えてくれて当然だと思ったからね。

改札で9時15分まで待っても、誰が来るでもない様子。
バイト派遣会社の登録支店に電話してみる。

「そこからバスで行ってください」とのこと。
「え?9時30分勤務開始なんですよね?明らかに遅刻するんですけどいいんですか?」としか言いようがない。

そうなのだ。
9時30分勤務開始になっていたのだ。
それにしては、集合時間が遅いな、とはちょっと思っていたが。まだ5回目だし、いろんなケースがあるんだな・・・程度にしか思っていなかった。

よほど現場が駅から近いのか・・・くらいに、電話で依頼があった当初は思っていた。
が、メールで現場の住所が送られてくると、遠そうだった。
だから、送迎の車でも来るんだろう・・・くらいに思っていた。

しかし・・・

なんだかなぁ・・・

なともお粗末なミスだ。

9時15分は現地入りすべき時間だろう。
明らかにおかしな集合時間を教えられた。
そもそも1人なんだから、集合などいらぬではないか。
事前に場所と行きかたを教えてくれれば、済む話だ。

派遣会社の担当が、明らかに慣れてない人だったのだろうと思う。

先週、別の現場の話を電話で伝えてきたのも、おそらく同じ人だったと思う。
その人は、「枚方(ひらかた)市」という、関西では常識的な地名を、「まつかたし」と読んで、「どこですか、それ?」と目が点になったもんだ。
「まいかた」とか、「牧」と間違えて、「まきかた」は、関西に慣れてない方には、よくある間違いだが、「まつかた」にはビックリした。

おそらく、その同じ人の大チョンボ。

9時15分過ぎに、こちらから支店に電話した段階では、別の人が対応してくれたが、全く有効な対応策を示してくれず、「どのバスに乗るかは、駅の人とかに聞いてください」・・・という感じ。
僕からの電話があってビックリ・・・という部分もあったかな。
派遣先にも連絡が必要だろうし、ご苦労様でした。

ただ、慣れない人のチョンボを、トラブル発生した後に、後手に回って対応しているのは、ミスした本人にとどまらない、この支店・この会社の構造的な問題だろうな。

今までも、その構造的な問題は、見えつつあったのだが、今回、あまりに決定的に現れた。

「はぁ~、もうこんなアホな会社のバイトを引き受けるのもこれで最後かな?」と思った。

「アホらしいし、今日はもう帰ろうか?」という思いも浮かんできたが、遅刻の顛末がどうなっていくのか興味もあって、向かってみることにした。

普段、どこぞに行く時は、事前にネットなどで調べて、バスの乗継なども準備万端でいく僕ですが、突如、人に聞いて、行き当たりバッタリで向かうサバイバルモードに・・・

バス会社の窓口で聞いて見ると、「そっち方面に向かうバスはここから出てないよ・・・」とのこと。
別の電鉄の別の駅からしか、バスは出てないと言う。

「はぁ?」と思う僕。そもそも、集合場所自体がまちがっていたのか?

窓口の方は「途中まで行くバスはあるから、そこからその住所までどれくらい距離があるか見てみようか」と地図か何かで調べようとする。

そこへ、僕の後ろに並んでたお客さんが「そこだったら、別の会社のバスが1本で行く」と教えてくれた。
おー、一見頼りになりそうな人が頼りにならず、答えは意外なところから返ってきた。
その人からすれば、「僕で窓口が手間取ってるヒマがあったら、早く自分の用事を済ませたい!」という思いもあったろうけど、結果的に助かった。
この人がいなければ、途中まで行くバスから、えらい歩く羽目になったかも。

こういうのが行き当たりバッタリの、サバイバルモードの醍醐味かもしれないね。
ちょっと楽しくなってきた。

言われたバスは確かにそれらしい方面へ向かうようだ。
運転手さんに聞いて、大体それらしい所へ行くバス停を聞く。

支店に電話してみる。
派遣先と連絡を取って、最寄りのバス停を教えてもらっていたらしく、運転手さんの情報とは違っていた。
派遣先の情報がやはり確かだろう。

バス停にたどり着く。支店に電話する。
「これが見えるはず」と言われるものが見えない。
いろいろ他に見えるものを言いながら、言われた方に歩き出す。
そして、言われた場所の前で電話してみると、「そこではなくて、近くに同じ会社の別の倉庫があって、そっち」と言われ、もと来た道を戻り、正しい場所へ。

振り回されてるなぁ・・・

こちらから携帯をやたらかけざるを得なかった。通話料が、多分30分の時給くらいにはなっていて、馬鹿にならない。

結局約1時間遅刻。

「こんなに遅れるようなら、もう要らん!帰ってくれ!」って言われたら・・・
「いえ、悪いのは僕ではなく、派遣会社です。僕としてもここまで来て帰りたくはありません。派遣会社との契約は破棄して、そこで支払うはずだったはずのお金を、僕に直接ください」

・・・なんて言おうかな、などと、色んな妄想を思い浮かべながら待っていたら、そんなこともなく、あっさり普通に迎え入れられ、作業に入っていきました(^^ゞ

すでに、派遣会社とは長いつきあいの現場のようで。
でももし、これが初めてとかいうのであれば、「もうここの会社にはバイトの派遣頼むやめよう」・・・ってなるでしょうね。

それほど、なんともお粗末な派遣会社ですわ。
こんなんでも、世の中渡っていけるんだ・・・みたいな。

昨日を最後に見限ろうかと思ってた。
けど、話のネタにはなるし、もう少し観察してみても面白いかもしれない。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-29 10:41 | つぶやき
今朝見た夢



シュワルツェネガー的な人が運転する車で、僕も含めて、計6人くらいで逃げている。
何か見つかったらやばいものを積んでいるのか、僕は緊張感でいっぱいだ。
いつも旅行の時に使う、緑のバックパックを持っている。

車で逃げる前は、包丁が出てくるシーンがあった。
どうやら、バックパックの中には、包丁があるらしい。

検問に差し掛かる。
どうする?強行突破か?

シュワルツェネガー的な人は止まらずに進んでいく。
かと言って、強行突破というような強引さはない。

ゆるゆると突破していく。
検問の人たちも、ゆるゆるついて来るが、強引に止める風でもない。

そんなに進んでもないようだが、いつの間にか検問は突破したらしく、車を置いて逃げることに。

歩いて逃げる。
公園の外周を歩いて回るみたいなコースがある。
おばちゃんたちが、いつものコースなのか、普通に歩いていく。
険しいがけみたいになってるかと思いきや、意外と低くて、あっさり降りる。
すでに僕だけ体力の消耗が激しいらしく、後の5人から置いていかれ気味・・・。



というあたりで目覚めた。

あのゆるい検問はなんだったのか?

シュワルツェネガー的な人がいたから、ゆるく感じたのかもしれない。

僕自身は、緊張感あふれる感じもあったのだが、場全体としては、落ち着き払った感じで進んでいったような気がする。

自分の中にシュワルツェネガー的な人を育てていったら、もっと落ち着き払ったように進めていいのかも・・・そんな気がした。
体力も要るかな?シュワルツェネガーに今からなれるとは思えないが・・・
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by matsuzoh2002 | 2006-03-28 07:29 | 見た夢・目覚めの気づき
昨日は午後から、4時間のワークショップのファシリテーターをしました。

「コミュニケーション」についての連続講座を修了して、自主グループとして活動されている方々からのお招きです。

「からだでしゃべり場!」ワークショップは、からだで表現しながら、テーマを決めて話し合うって、考える・・という方向性で進める場合もあるのですが、今回は、テーマについて考えるよりもゲームを中心にコミュニケーションを深めたい・・・というリクエストがあったので、それに沿って、ほぼゲーム一色で進めてみました。

4時間でゲーム一色だと、普段は時間の都合でなかなかできないことも出来て、よかったです。

参加者はグループの方と、そのグループの企画に参加経験のある方中心。

お2人、最近ダンスの講座を受けたときに、チラシを見た・・・という方の参加があったのですが、1時間受けた時点で、「期待してたのと、違うかった・・・」ということで、退席されました。

「ヨガみたいのものを期待していた」とのこと・・・。

それは、ちょっと残念ながら期待に添えそうにありません・・・(^^ゞ

「身体を動かせば コミュニケーションが楽しくなる」というタイトルは僕が考え、チラシはグループの拠点施設の職員の方が作ってくださったようです。
「身体を使ったコミュニケーション」という表現などから、自分の身体と対話するようなイメージをもたれたのかもしれませんが・・・なかなか伝えていくのは難しいものです。

お2人は、身体で表現することにかなり慣れた方かもしれません。

今回のメインターゲットは、「慣れてない方」だったので、その辺のギャップを感じられたのかも。

僕のワークショップでは、無理に身体を動かすのに参加することない・・・というのを、いつも強調しています。
見学も自由・・・と。

そうすることで、むしろ気楽に参加できた・・・という感想もよく聞かれます。(今回もありました)
そして、今回途中で帰られた方も、途中で見学にまわるのOK、抜けるのOKと僕がいっていたので、途中で帰りやすかったような気もします。帰るのもOK・・・なんですよ。

僕自身も、こういうワークショップに初めて参加した時は、「あんまり自分に合わないことをさせられるようなら、途中で帰ってしまおう」と思いながら、参加したのを思い出します。

その初心は今も忘れることなくやってます。

メインターゲットは「慣れてない方」。演劇とか、身体で表現することなんか、自分には出来ないと思っている人に、それが以下に楽しくて、新しい可能性を引き出してくれるか、伝えていきたい・・・そんな原点を再発見した気がします。
「慣れてる方」の評判は・・・必ずしもよくないんですね。

結局、見学されるという方は誰もいないまま、進められました。
(高校の授業を担当させていただいた時は、同じように見学OKって言ったら、半分以上見学だった時は、つらかったですが・・・
 しかも、単位取りたいから、帰ってもくれない!という・・・)

今回、僕は初めて会う方や、初めてワークショップを受けていただく方が多かったのですが、グループの中では、お互いすでに知っている人も当然多いので、「いつもと違う面が見れた」というような感想が聞けました。
これが、初めて顔を合わせる人ばかりのワークショップではなかなか聞かれない、元々あったグループならではの感想なんですよね。

僕から見ると、元々「こういう人(たち)か」と思っていたら、実は、「あの人の、こんな面ははじめてみた」とか、「こんな話題が出たのは今日初めて」みたいなこともあるので、面白いです。

2時間や3時間のワークショップも多い中で、4時間あると普段できないことがいろいろ出来ます。
最初は硬い感じもした場の空気も最後には、めっきり和やかになりました。
まるで春の訪れのように。

「身体でコミュニケーションゲーム」の力は、あらためてすごいな・・・と思います。
その場の雰囲気がどんどん変わっていくのは、何度見ても心地いいものです。

5時前にワークは終了し、5時から飲み会に混ぜてもらったのですが、あっという間に9時!
ワークも4時間でしたが、2次会も4時間。楽しく終わりました。

それにしても、僕、2ヶ月ほど前のワークショップがきっかけで、あふれるように言葉が、降ってきたり、湧いてきたりするのを、このブログで1日平均2本くらいのぺースで書き連ねるようになって以来、書くほうだけではなく、しゃべる方も、どんどん滑らかになってきているような気がします。

元々無口な方ですからね。

参加者同士で盛り上がって、ファシリテーターはやや追いてかれ気味・・・そんなワークショップ後の飲み会は、今まで何度もありました(^_^;)

でも、昨日の飲み会ではかなりしゃべるキャラになってました。
無口だといっても信用してもらえないほどに・・・。

もちろん、周りにもっとしゃべる人がいれば、自然とそれに負けてしまうんでしょうけどね。

周りの雰囲気に助けていただいたのはあると思います。

9年ほどこういうワークショップに関わってきて、徐々に高まってきていた表現力が、ことばの面でも最近ようやく爆発したのかな?・・・という気がしています。

自分の幅が広がってきている感じがします。
よいことです。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-27 16:10 | ファシリテーターとして
昨日、「believe」つながりの2曲が目覚めに思い浮かんだと思ったら、今朝はまた別の2曲が。

まず、



I believe 変わりゆくあなたでも I believe 変わらないものがある

(中略)

I believe 変わりゆく世界でも I believe 変わらないものがある

「BELIEVE」 by Misia



あなたは変わる。でもあなたの中にも、変わらないものがある。

世界は変わる。でも変わる世界の中にも、変わらないものがある。
この歌の中で言えば「あなたへの思い」ということになるのでしょうね。

その変わらないものを信じる・・・そういう歌だと受け止めました。

変わっていくものは信じらないのかな?さぁ・・・

そしてもう1曲

**
  
  ひとつのサヨナラにキミは臆病にならないで
  いつものキミになれるまで自由に生きることさ
  夢を夢のままでは終わらせないでいて
  人は違う痛みに胸しめつけられて
  この河の流れを越えてゆく

  よく似た瞳をした恋人は淋しさかかえてる
  凍えそうに響くクラクション 流されたくないよ

  恋の行方はいつもわからないから
  今を信じていたい 言葉じゃなくて
  シグナルが変わったら
  街も人も動き出すよ My love

「BELIEVE」 by 渡辺美里

**

今日の2曲はどちらも「さよなら」の歌。

Misiaは、遠く離れることになっても思い続ける歌。
渡辺美里は、サヨナラされたけどそれを乗り越えていく歌。

どちらも恋の歌ではあるが、美里の方はあまりそういうイメージがなかった。
生き方を応援してくれている歌・・・という印象が強い。
そういう点では、昨日書いた絢香の歌に近い。

自分を信じる。

と、

今を信じる。

近いものがあるけど、ほとんど自分しか出てこない絢香の詩に対して、美里の詩の方が、自分に閉じこもりすぎず、開いている感じがする。



「信じる」ことがテーマになってくるのは、「信じたい」のに「信じられない」ことにたびたび遭遇するから・・・でしょうか。

「信じられない」部分に遭遇しても、その人、その事のすべてを「信じない」ようになるのも、もったいないので、「信じられる」部分をより分けて、冷静に眺めていくことが大事なような気がします。

いろいろ、その人、その事に対して、「幻想」を抱いてしまうんですよね。
そして幻想なのに、信じてしまったりすると、事実と幻想が食い違った時に、「裏切られた!」なんて思ったりして・・・。

事実と幻想、信じられる部分と信じられない部分、その辺のもつれを、ほどいていけるようになっていきたいものです。

そうこうしているうちに、人も世界も変わっていくから、さらにもつれていくかもしれず、何を信じていいのやら、ホントに難しいですが、それでも、やっぱり、自分を信じて、今を信じて、自分以外のものを信じて、信じられない部分を見極めて・・・・あぁ、大変だ!

でも、もつれを、ほどいていけるようになっていきたいものです。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-26 09:04 | ニュースとつぶやき
日々の半身浴のお供に、引き続き、わが敬愛する、「被抑圧者の演劇」の創始者、アウグスト・ボアールの自伝、Hamlet and the Baker's Son: My Life in Theatre and Politics を読んでいます。

今日は、ブラジル音楽界の巨匠たち、カエターノ・ベローゾ、ジルベルト・ジル、エドゥ・ロボらと、ボアールが1960年代に一緒に仕事をしていたのを知って、ぶっ飛びました。

ブラジル音楽のCDを一時期集めていて、カエターノ・ベローゾも持ってます。渋いっす。

確かにボアールはブラジル人だけど、演劇界の人だし、今は演劇界の主流というよりも、社会変革のための演劇などしているから、ものすごくマイナーな存在かと思いこんでいて、音楽界のメジャーな存在とは無縁かと思っていたのです。

しかし、カエターノ・ベローゾらも、ボアール同様、一時期、ヨーロッパへの亡命を余儀なくされるなどしたわけで、軍事独裁の60年代ブラジルでは社会的に主流だったわけではないんですよね。

しかし、たまたまブラジルなだけで、別々の物かと思っていた両者がつながったのは、読んでてウソ!と思わず言いたくなるような、今日の意外な収穫でした。

**

あと、今日読んでいて、思わず笑ってしまった部分について書きます。



ボアールがドイツで芝居の演出をしていた時のこと。

舞台のセットとして置いてあったテーブルの位置を、当初の位置から変えたくなって、ボアールは自分で動かした後、演出するために客席に戻った。

ところが客席に戻って見てみると、位置が変わっているように見えない。

あらためてテーブルの位置をさらに大きく動かし、客席に戻ると、明らかにテーブルの位置は元に戻っている。

ボアールはあらためてテーブルの位置を変えて、今度は客席に戻るときに、舞台に背を向けずに、舞台に目を向けたまま戻った。

すると、舞台のセット担当者が、テーブルの位置を元に戻すのが見えた。

当然ボアールは文句を言う。

セット担当者の答えが、通訳を通して帰ってきた。
「あなたは演出家かもしれないが、私に対する支持は舞台監督を通して出してくれ。
 テーブルの位置を変えたかったら、通訳を通して、あなたのアシスタントに指示を出して、、アシスタントが舞台監督に伝えて、舞台監督の指示で私がテーブルを動かすんだ」

(同書p.163-164)



あぁ、なんて融通が利かないんだ!

時間の無駄を省いて、単刀直入にいこうとすると、私の領域にむやみに侵入するな、って?手続きを踏んでやれ、って?

結局、ボアールも、手続きを踏んで、テーブルを数cm動かしたということです。

面倒でも規則は規則。手続き踏むべし・・・ということですか。

しかし、こういう人いるよねぇ。お役所的というか・・・。
演劇みたいなクリエイティブなはずのところで、このお役所的・・・

ここまでいくと、客観的には笑えるけど、当事者になってしまうとなかなか笑えないよなぁ・・・

ドイツらしい?日本も負けてない所あるよなぁ・・・。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-25 21:31 | 最近読んだ本