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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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「そっか 足りないのは
空だった
置き去りにしたのは
空だった」

…矢井田瞳「空の作り方」
この前の文章を打ちながら、頭の中で響きだしたのがこの歌でした。

僕にとって足りなかったのは宇宙。(それに気づかせてくれたプロセスワークが、この歌に出てくる「ブランコ」に当たるのかな。)

思えば小学五年生の頃に天文学にはまり、名古屋市科学館友の会会員になったりしてたものでした。宇宙の神秘に魅せられて、将来は天文学者になろうなんて思ってた。

…そんな下地があったからこそ、ワークの中でビッグバンが登場したことに、妙にテンションが上がったんだろう。

プロセスワークを一緒に勉強している人たちは、スピリチュアルなものに関心を示す人が多い。けれども僕は、精神世界的なものには今一つ馴染めないことの方が多い。

方向性が違ったのだな、どうやら。
「スピリチュアルなもの、永遠なるものとのつながりを感じることは、心の安定をもたらす」というようなことが、プロセスワークの本には書いてあるのだが、正直、今までピンと来てなかった。

けれども、今回、宇宙とのつながりを感じたことは、僕にとっては心の安定につながりそうだ。
プロセスワークでいうところの、「スピリチュアルランク」が上がっちゃったのかも?
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by matsuzoh2002 | 2006-01-31 22:06 | 歌とつぶやき
日曜日以来、なんだか宇宙づいております。何があって、何に気づいたのか書いておきたくなりました。

日曜日のプロセスワークのワークショップでは、「今年の夢」を扱いました。
僕の今年の夢は、昨年末のブログにも書いたのですが、「ワールドワーク/プロセスワーク」を人に伝えていく/広めていく…ということで取り組んでみました。

ワークの中で、「誰なら、その夢を実現できる?」という問い掛けがありました。
「誰」とは、自分以外の誰かかも知れないし、自分の中に既にある「部分」かも知れない。

その時僕に浮かんできた「誰」は、「トップセールスマン」という存在でした。
押しが強い存在ではなく、顧客のニーズを的確に汲み取って、それに合わせた提案ができる。
それも、ありとあらゆるタイプの顧客に変幻自在に対応できる。…そんな存在。

ワールドワークとは何なのか、説明しあぐねている僕にとって、そんな存在がいてくれれば、とても頼もしい
そしてワークの中では、そのトップセールスマンの「エッセンス」をイメージしてみました。
プロセスワークでいう「エッセンス」とは、例えば、「花」にとっての「種」のような存在。つまり、花が花になる前はなんだったのか…というもの。

現実の世界とは別のレベルで「エッセンスのレベル」というものが、プロセスワークでは想定されていて、現実世界が現実世界になる前のあらゆるものが混然一体と一つになっているような、そんな世界としてとらえられている。

なぜそんなものをイメージするのか?というと、現実のレベルを離れることで、現実に起こっていることが、違った見え方をすることがあるからだ。
例えば、現実世界では自分のことをトップセールスマンだとは思っていない人でも、現実のレベルを離れてエッセンスのレベルヘ降りてみると、自分の中にトップセールスマンの「かけら」が見つけられるかも知れない。
そうなると、トップセールスマンはもはや遠い存在ではなく、自分の中にある「かけら」を育てていけば、無理なくだんだん近づいていける存在になっているのです。

エッセンスをイメージする時は、頭で考えるのではなく、直感的に浮かんでくるものを、そのまま展開させていくのがよいです。
頭で考え出すと、現実レベルからなかなか離れられません。

僕がトップセールスマンのエッセンスをイメージしようとすると、なぜか「太陽と地球の位置関係」ということが思い浮かんできました。
地球が太陽から絶妙の距離だったために、生命が誕生したという事実…そんなことに思いをはせつつ、でも、それはトップセールスマンのエッセンスとしては、ピンと来ないものでした。

地球と太陽のエッセンスってなんだろう?というところに思いが至ると、「地球も太陽も、元は同じだ。すべてはビッグバンから生まれたんだ」という言葉が浮上してきた。

これが腑に落ちた。
「究極のトップセールスマンが、どんな相手にも変幻自在に合わせていけるのは、相手も自分も元が同じだからじゃないか!
地球と太陽みたいなドデカいものでも元が同じなんだから、同じ地球に暮らす人間なんて、どんなに違って見えても似た者同士。
合わせるなんて、訳ないって!」

なんだか突き抜けてしまったような気分です。
宇宙のあらゆるものとつながっているという一体感。
生まれてこの方味わったことのない感覚。

この感覚をもってすれば、今年の夢の実現は、ぐっと近くなるような気がします。
ワークの終わりは、自分の脳の中でビッグバンが起こったイメージでした。
そのイメージの勢いは、これだけの長い文章を苦もなく書けてる(しかも、ケータイで)ことからしても、今もはっきりと持続しているのがわかります。
この勢いは、このイメージを思い出すことで、キープしていけるような気がします。

いいぞ!この調子だぁ!
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by matsuzoh2002 | 2006-01-31 20:57 | プロセスワークの参加体験
今日のバイトの現場は某原発。特に危ないことなど何もなかったんですが、「放射能って五感では察知不能なんだよな」ということを実感します。火事とかあったら風上に逃げろ、とのこと。
今朝人類の探究心を讃えたところですが、核分裂に関しては、ちょっと素直に讃えられないなぁ、と思いますね。ホントにそれを制御しきれるのか、人間たちよ?そして制御しきれたとしても長らく残る廃棄物。ヤバイよなぁ…
そのヤバさを知らない訳でもないのに、それを止められてなくて、見なかったことにして遠ざけつつ、その電力に依存しているのが大阪での都会暮らしなんだよなぁ。そしてここに来てみると多くの人に仕事を提供している存在なのもよく分かる。
やはり今後もこのまま依存していくんだよなぁ。どうかご無事で、このままで…って祈るしかないのか??…ううむ(´~`;)
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by matsuzoh2002 | 2006-01-30 21:16 | つぶやき
朝から頭の中で回ってる曲、MonkeyMajikの「FLY」がバイトの若狭の現場への車中一曲目。
空を飛んでみたい願望は今でもある。でも昨日のワークで実感した宇宙の視点から見たら、飛ぶなんてちっちゃいな。簡単に飛べる。肉体は無理だけど、意識なら簡単。
雲を超え、大気圏を超え、太陽系を超え、銀河系を超え、宇宙の中心(どこ?(笑))から眺めてみる。
そこで気付く、人間たちの探究心の素晴らしさ。
だって、この地球を離れられない、せいぜい月くらいしか行けてない、このちっぽけな人間たちが、銀河系の存在に気付いちゃって、さらに宇宙全体には銀河系みたいなのがいっぱいあるって、気付いちゃったんだもんなぁ。
すげぇよ。俺たち、人間たち、すげぇよ。

探究心、バンザイ!
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by matsuzoh2002 | 2006-01-30 08:20 | つぶやき
今日のプロセスワークのワークショップでは、自分が宇宙の一部だと実感するような体験をしました。

文字で書くと馬鹿みたい・・・と自分のなかの合理的な部分は申しておりますが、その体験は、非常に鮮烈なものでした。自分の中で何かではじけました。

自分がビッグバンの末裔だと言うような感覚・・・。
そして自分の中でビッグバンが起こったような感覚・・・。

今日は旧暦の新年だそうでございます。何かが始まる日です。
あけましておめでとうございます。

「新年」って打とうとしたら、nが足りなくて、「深遠」になりました。
いやぁ、深遠な体験ですよ。

深遠かつ、新しい何かが始まったような感覚です。

夜からは、関西のプロセスワークコミュニティの第1回ミーティングでした。

宇宙の片隅で、1つの自分の居場所が、今日産声を上げた・・・そんな気がしています。

どこかに所属していると、なかなか実感できなかった僕が、所属できると思えるような何か・・・そんな何かが確かに生まれたような、そんな気がしています。

めでたいなぁ。
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by matsuzoh2002 | 2006-01-29 23:16 | プロセスワークの参加体験
今日の午前は、先週に引き続いて、親子ワークショップの2回目。

午後からは、プロセスワークのトレーニングクラスでした。

午前のワークショップで、ちょっと来週への課題が残った部分を感じたので、午後にプロセスワーク的に、何が起こっているのか、スーパーバイズしてもらいました。

その結果、親子を対象にファシリテーターをしながら、僕自身が、子ども時代に親との関係の中で満たされなかった部分を、無意識のうちに感じているのに気づきました。

この発見は大きいです。

自分の中でこのことを見つめて、しっかりと自覚しながら、来週の最終回のワークショップに臨めるということは、無自覚なままに、自分の親との問題を抱えたまま、そこに臨むのとは大違いです。

無意識のうちに、自分の親に対して持っている感情を、そこに持ち込んでしまっては、事をいたずらにややこしくしてしまうだけですからね。

人と向き合う仕事は、いやおうなしに自分と向き合うことが必要になります。

トラブルを未然に防ぐためにも、プロセスワークと出会えてよかったなぁと思います。

さて来週の親子ワークショップはどうなるかな・・・。

プロセスワークのワークショップは明日もあります。明日は「夢」がテーマです。
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by matsuzoh2002 | 2006-01-28 23:10 | プロセスワークの参加体験
大阪市立南方青少年会館主催の困った人間関係を乗り越えるための1日セミナー
というのの講師(ファシリテーター)を務めます。詳細は↑をクリック。

まだあまり宣伝をしてないうちから、かなりの申込があるようです。抽選になるかもしれません。

「15歳~30歳の方、優先」となっておりますが、それ以外の方も抽選に残る可能性は十分にあります。

ぜひ、お申込を。

☆ミ★彡☆ミ★彡☆ミ★彡☆ミ★彡☆ミ★彡☆ミ★彡☆ミ★彡☆ミ★彡

内容:「どうしたらええんやろう?」と人間関係で悩むことはありませんか?この講座では、実際に困った場面を再現ドラマのように作って、みんなで解決方法を考えます。

日時:2006年2月25日(土)10:00~17:00

会場:大阪市立南方青少年会館 施設情報はこちら

対象:どなたでも(15歳~30歳の方、優先)

定員:20名(多数抽選)

費用:無料

申込:こちらから可能です

申込・問合先TEL: 大阪市立南方青少年会館 06-6322-0216

申込期間:2006年2月15日(水)まで
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by matsuzoh2002 | 2006-01-27 23:30 | ワークショップ開催のお知らせ
今日キャベツをまるごと1つ買ってきた。

週末はプロセスワークのワークショップに出るので、あんまり料理してるヒマないけど、来週はバイトが1日しかない予定だし、じっくりさばいていこうと思っていたら・・・

バイト先から電話があって、月曜から木曜まで、3泊4日入ってくれへんか・・・という打診が。

特に予定もないのでOKしたけど、キャベツはどうしよう?・・・と思ったけど、ネットで調べてみたら、切って冷凍すればOKみたいね。

な~んだ。

じっくりいただくとしましょう。
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by matsuzoh2002 | 2006-01-26 23:00 | つぶやき
引っ越してからDVDをレンタルする習慣がちょっと途切れてしまっていて、久々の映画です。

在日コリアンのことは、卒論のテーマにしたくらいで、とっても興味があります。
この映画も見ねば!と思いました。

カナダに留学中に、様々な移民を目の当たりにして、興味を持ち、そこの日本語の本もある図書館で、在日朝鮮人の生活世界という本に出会い、「強制連行」という暗いイメージでしか見れなかった在日コリアンの存在が、たくましく生き抜いてきた「移民」という捉えられるようになった、目からウロコの本でした。
この本に限らず、原尻英樹さんのその後の本も面白いです。

移民の生き方・・・そこにはドラマを感じる。
日本人でもないが、本国の韓国人とも北朝鮮人とももちろん違う、2つ(あるいはそれ以上の)文化のはざまを生きる存在。

僕自身も、どこかにどっぷり所属するという意識をほとんど持ったことがない。

日本は好きでも嫌いでもあり、かと言ってほかの国の文化にどっぷりはまることもない。

男の文化からははみ出しているような気がするけど、かと言って女性の文化にひたれるわけでもない。

どこか、はざまを生きているような気がする。勉強中のプロセスワークも、合理的な世界と、非合理な世界の、はざまをつなぐようなジャンルだし。

そのせいか、移民の物語に惹かれる。

日本人でも在日コリアンにほれれば、はざまに立たされる。そんな主人公の気持ちは、ちょっとわかる。

でもヒロインが主人公をなんで好きになっていったのが、劇的な描かれ方がされていないので今ひとつよくわからなかった。
そこがうまく描いてもらえれば、大絶賛!だと思うけど、ちょいマイナス。

暴力は多かったけど、映画ならまぁ見れる(格闘技が見れない(・_・;))

暴力はダメだから、音楽で・・っていう主人公のアプローチもうなずける。

在日コリアンのことは多少詳しいせいか、この街中でも高校生が朝鮮語で会話してるのって、時代的にほんまかぁ?という部分もあったけど、詳しくなったのは、大学入ってからだからねぇ。
高校までは、名古屋におったから、ちっとも身近な存在じゃなかったし、これがこの時代にリアルなことなのか、よくわからない。

何はともあれ、楽しめました。

もうすぐ韓国で公開するんだってね。どういう評価されるんだろ?
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by matsuzoh2002 | 2006-01-26 22:54 | 見た映画
プロセスワークの創始者、アーノルド・ミンデルの本をせっせと読み進めているのですが、グループのファシリテーションについての本、The Deep Democracy of Open Forumsに「無力感」について書かれているところがあります。

「俺1人が何かしたって、世の中何も変わらない」という思いは、確かに僕の中にも存在してしまっている。
そういう思いと表裏一体な物として、「政府が悪い」というような思いもある。

「1人1人の言うことまで、聞いてられるか!」というような政府のセリフが自分の中に内面化されるせいで、無力感が生じているのかもしれない・・・

・・・そんな思いから、1人、余ったポスターの裏紙を広げて、書き込みながらロールプレイ的なことをしてみました。

自分の中にある「政府」に語らせてみる。
「お前1人の力なんか、たいしたことないわ!」と浮かんできた。
書いてみる。言ってみる。

それを自分に対して言われた・・・と考えて、味わってみると・・・反発する思いが出てきて、こう言った。
「俺にだって、力はある。少しずつでも、世の中変えていくために、今は勉強しとるんじゃ!」

これは、「運動家」のロールかもしれない。

政府は言う「国全体を回すのに、1人1人の言うことまで、聞いてられるか!」

運動家は言う「全体を見てるようなこと言うな!誰も望んでないようなこと、お前らするやんけ!」

政府「そりゃ、全体の声が聞けるもんなら、聞くわ!でも、お前ら、選挙も投票せーへんし、たいして声を上げへんやんけ!」

運動家も、声を上げない人の多さに虚しさを感じる。
変に声をあげると、政府からにらまれるだけでなく、一般の人からも浮く・・・そこに生きづらさを感じた。

政府にも、実はこの生きづらさがあった。世間のイメージは悪い。むくわれない・・・というおもいもある。

政府と運動家・・・実は両者は似たもの同士なのでは?

この似たもの同士と対立しているものがあるのかも?

政府≒運動家 ⇔ ?

「政治とか、社会変革とか、そんなものに関わらない方が楽チン」・・・そんなロールが出てきた。

「快楽主義者」ってとこか?

確かに楽チンでいいや・・・そう思う。現にそうして生きている時間帯も多い。

でもそれだけでもいられない・・・そう思う。

楽しい運動・・・「PETA」の演劇ワークショップや、ボアールの「被抑圧者の演劇」に出会った時に出てきた、こういう楽しい運動ならぜひやりたい・・・いう思い。

やはり、ここに還っていくのだな。ここ数年の自分の原点だ。

楽しい運動が進めば、政府さえも楽しい存在になるのかも。

ぜひ、そうしていきたい。

・・・1人ロールプレイ、いいっすね。余ったポスターの裏紙も見事に有効活用されてるし。
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by matsuzoh2002 | 2006-01-25 22:33 | プロセスワークの紹介