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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

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(2014.4.14追記あり)

ワークショップでよく使うゲームで、「マルマルマル」というのがあります。

輪になって座って、歌のリズムに合わせて、

自分のひざ→右隣の人のひざ→自分のひざ→左の人のひざ→自分→右・・・・・

と手でたたいていくのです。

規則正しくひざをたたいてる途中で、たまに自分の手をたたくところがあって、その前後でリズムが狂ったりするので、なかなかうまくできない・・・そのうまくできなさ具合を楽しむゲームです。

歌はこんな歌詞です。

●マルマルマル  ダンケナワマル
 シュライゲニンテ マルゲラワ● (●~●2回くりかえし)

★シュライゲニン☆ シュライゲニン☆
 シュライゲニンテ マルゲラワ★ (★~★2回くりかえし ☆のところで手をたたく)

スリランカの歌らしいというのは聞いてましたが、「雨乞いの歌らしい」 というあやしげな説は聞いたものの、どういう意味の歌詞なのかは知らないまま使ってました。

最初に教わったのは、K大学のK先生からだったと思います。

しかし、先日「マルマルマル」を体験してもらった人から、「スリランカの人を知っているので、聞いてみます!」ということになり、今日ついに、メールが返ってきました!

まず、タイトルが「マルマルマル」ではないし、歌詞がちょっと違うみたいです。ここに原語(シンハラ語)の歌詞が出ています。
このページの一番下には、英語の訳も出ています。

・「マルマルマル」の部分はくりかえし出てくるが、基本的に、前後逆になってる。

正しい歌詞をカナで書くと、

スランガニ スランガニ
スランガニタ マル ゲナワ

マルマルマル ダン ゲナプ マル
スランガニタ マル ゲナワ

・・・こんな感じ。結構間違ってた(^^ゞ

意味は
スランガニ=女性の名前
マル=魚

スランガニよ、 スランガニよ
あなたに あげる ために魚を持って来たよ。

持って来た魚は、今、獲ったばかりだよ。
あなたに あげる ために魚を持って来たよ。

・・・だそうです。やっぱり雨乞いじゃなかった(^v^)

ここ
で歌が聴けます。(2014.4.14追記 ←聴けなくなってますが You Tubeで聴けますこちら 「Surangani」がタイトル)

で、歌詞は続きがあって、英語訳から日本語に訳すと


こんな道ばたで泣くのは恥ずかしくないかい?
泣くのを、あっちでもこっちでも、人が見てるよ
そんなに泣いたら目が赤くなるよ。
それを見ると私も泣きたくなってしまうよ。

私には、あなたがなんで魚を受け取ってくれないのか、わからないよ。
あなたはまるで怒ってるみたいに見えるよ。
あなたは、魚なんか欲しくないって言って、魚を持ってきたことで私に怒鳴るから、
魚は私の身体の上で、踊ってるよ(私は困ってるよ)


・・・せっかく、魚を持ってなぐさめに来たのに、スランガニに逆ギレされてしまった、哀れな男。

でも、日本のセンスじゃ、魚はないだろう(笑)
獲れたての魚持ってっても、なぁ・・・。

スリランカ的にはどうなの?やっぱりこの歌みたいにダメですか?

とにかく、雨乞いの儀式でもなんでもない、コミカルな歌でした。
一応ラブソングなのか?男女のすれ違いを描いた(笑)?

次回からは、「正しい」歌詞で歌ってみようかな?
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by matsuzoh2002 | 2005-07-26 01:12 | ファシリテーターとして
山口・福岡の旅から戻ってきました。

土曜日は光市でワークショップ。
山口県は大学生で韓国旅行に行った時に、下関でフェリーに乗って以来、2度目。でもあの時は通過するだけだったから、実質初上陸。

大阪から徳山まで「のぞみ」で行って、3駅戻ると光駅。

駅から300メートルで海水浴場・・・という表示。近いなぁ。うらやまし~。

ただ、お話を聞いてみると、かつては、休みになれば、子どもたちだけでも出かけていって、海で遊んでいたのが、最近はそうもいかない・・・ということで、なんだかもったいない気もします。

また、「この後、福岡に行くんですよ」という話をしていたら、山口は、中国地方の一員という意識があまりないし、かといって九州でもないし・・・という中途半端な位置にある・・・という話もお聞きしました。
来てみないとわからないことって、やっぱありますねぇ。

ワークショップは40名ほどの参加だったでしょうか。僕にとっては結構多めの人数でした。

全員と握手してあいさつするというオープニングのゲームは、ちょっとダレた感じになってしまったところもありました。「名前を呼び合って握手する」という指示を越えて、他にもちょっとしゃべってたり、マイペースな人も多い感じでした。しかしまぁ、そんなマイペースな人もあえて急かすことはせず、そのペースを尊重して、そのまま進めました。
次にこれくらいの人数でやるときは、こうすればダレずに済むかな・・・というアイデアも、その後思いついたので、これはこれでよかった。

2時間のワークはあっという間です。予定の内容は、人数の多さもあって、思うようにはこなせず(それも見込んではいたが)相当削って、それでも参加者のみなさんにはかなり満足していただいた様子で、ワーク終了です。

県内某市の方が、見学に来られていて、もちろん見学だけでなく、参加してもらいました。
好評いただいたので、今回を皮切りに、山口県で第2弾ワークショップができるといいなぁ。できるのを、祈りましょう。

終了後、福岡行きのバスが出るまでに時間があったので、見晴らしのいいところや、海水浴場へ、車で案内していただきました。残念ながら、それはかすみがかかっていて、あまりいい写真も撮れませんでしたが、a0035574_15515915.jpg夏の暑さがなければ、しばらくボーっとしていたいようないい場所でした。

そんなに時間もなかったので、瀬戸内海の水には手しかつけられませんでしたが、やっぱり海はいいなぁ。内海だけあって、穏やかな海でした。

滞在時間5時間くらいの光市でしたが、ゆったりと時を過ごせました。
また来ることはあるかなぁ?
また仕事で呼んでいただかないと、なかなか来ないかもしれませんが・・・
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by matsuzoh2002 | 2005-07-25 15:57 | ファシリテーターとして
2時間のワークショップ。
身体で遊んでいただきます。

その後福岡まで足を伸ばしてみます。
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by matsuzoh2002 | 2005-07-23 07:04 | ファシリテーターとして
母親から電話がかかってくる。

キチンと大学とかに行くなら援助するよ、とか。

アメリカの大学院に行くのは、キチンとしてないらしい。

結局その後安定した職に就けるかどうかが基準らしい。

どこの誰は30過ぎても医学部に通ってる・・・とか関係ない話を出す。

今さら医者なんか目指すかよ。

まして動機が「安定してるから」だったらアホや。

プロセスワークやら、被抑圧者の演劇の話をしてもそう簡単には通じそうもないので、「心理学」を勉強してるような話はしてあるが、母親の手にかかると「精神科」とかそういうものを目指してるようなイメージになるらしい。

今さら精神科医なんて目指さないって。

新しいものを勉強しようと思ったら、大学の枠なんかはみ出しちまう。

その辺のところが母親にはわからないらしい。・・・無理もないけどね。

時代の変化は早いから、ホントに新しいことを勉強しようと思ったら、大学のような保守的なところにいってたらダメなのよ。時間の無駄なのよ。
そこをわかっておっかさん。
説明できないおいらも悪いのよ。

親にどう説明するか・・・課題ですなぁ。
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by matsuzoh2002 | 2005-07-21 00:26 | プロセスワークの参加体験
金・日・月曜と、プロセスワークの自主勉強会やセミナーがあった。

トレーニングとして、セラピスト役とクライアント役を決めてセッションする状況で、何度か、セラピストとクライアントが入れ替わって、クライアント役のはずなのにセラピストのように相手にかかわり、セラピスト役の人がクライアントのようになってしまうこような局面があって面白かった。

実際にもセラピストがセラピスト役を背負い込んでしまって、自由度を失うことで、セラピーの場面が硬直することはあるようで、セラピスト役を手放して、時には立場を逆転してもいい・・・というような自由度は、いいなぁ・・・と思った。

実際、僕がクライアント役をやっているときに、セラピストにつっこむことで、場が深まることがあった。

セラピスト役をやると、つい相手に合わせすぎてしまう傾向がある僕としては、そのような「ツッコミ心」を生かす局面はもっとありそうだ。
「クライアントは自分のペースで進めればよい」という気軽さがあるからこそ、そういうツッコミが出たんだろうな。
むやみにつっこむセラピストも困りもので、決め付けたり、押し付けたりするのはご法度だが、そうならないように配慮しながら、つっこむ場面も必要なのだろう。

あの時のツッコミを生かしていこう。
つっこめる相手には、普段は結構からつっこんでるしなぁ。セラピストになったからって、あんまり相手にあわせすぎることない。そうすることで、自分の全体性を発揮し、相手の全体性を引き出せるはず。
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by matsuzoh2002 | 2005-07-19 23:50 | プロセスワークの参加体験
「リリイシュシュ」は14歳の少年の物語だったけど、これは12歳の少年の物語。

そのつながりを全く意識してなかったわけではないけど、こうして続けて観てみると、時代の違い・お国柄の違いが出てて、面白かった。

「マレーナ」は第2次大戦中のイタリア・シチリア島が舞台。「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督の同じ舞台での物語。
今度の少年は映画にハマるのではなく、美しい大人の女性「マレーナ」にハマる。

「リリイシュシュ」の少年は、リリイシュシュのビジュアルよりもむしろ、音楽・歌詞の精神性にハマったっぽい。マレーナは、もろビジュアル、それと性的魅力にハマる。
現代日本だって、性的魅力にハマることはもちろんあるだろうけど、大戦中のイタリアでは、それは考えにくい気もするなぁ。

マレーナの少年は現代的に言えばストーカー。当時そんなことばはなかっただろうけどね。
少年は直接的にはマレーナからは気づかれないままに話は進んでしまうんだけど、旦那に居場所を探すヒントを与えたところなどは、マレーナを救ってもいる。

リリイシュシュのように受け身の崇拝ではないんだね。もっともリリイシュシュの少年もファンサイトは作ってるわけだけど・・・。ファンの交流は生まれるけど、本人を救うわけではないわね。まぁ、リリイシュシュは、少年のことなど知るはずもないし、救われるべき存在でもないけど。

リリイシュシュの少年は、身近にいる女の子達も、やはり救えない。その無力さは切ない。

どちらの少年もかなりの暴走をするわけだが、無力感も共通している。

マレーナの少年は1人だからどこか微笑ましい。親父のキレぶりも笑えるけど、息子に対するツッコミとして機能してるな。

リリイシュシュの少年は、強いやつに巻き込まれてしまってるけど、誰もつっこめないので、集団暴走が痛い。

どちらの映画も、女の醜さを描いてる点は共通。
マレーナに対する嫉妬の嵐は凄まじい。リリイシュシュも女子の醜さ炸裂だったが、マレーナは大人同士。
けどマレーナのほうが嫉妬がオープンだな。リリイシュシュは陰湿だ。それが現代日本女子なのか?そういう面もなくはないだろうね。それがすべてのはずはないけど。

戦争があってもイタリアはどこか陽気♪
醜い部分、不幸な出来事もあるけど、ファシズムすらふっ飛ばしちゃう・・・みたいな。
今の日本の閉塞感は、ファシズムや戦争以上か?
なんだかなぁ・・・
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by matsuzoh2002 | 2005-07-19 23:34 | 見た映画
エドワード・ヤンの「ヤンヤン 夏の想い出」を最近見て、HPを見たら岩井俊二氏がコメントを寄せていた。「リリイ・シュシュ」のことも、当時公開間近ということで紹介してあった。

そんなご縁もあって、少し身近に感じているところへ、最近ある方と話していたら、「リリイ・シュシュ」のことが話題に。

何となく見るタイミングかなと思って、見てみた。

冒頭から、聞き覚えのある声。これがどうも「リリイ・シュシュ」らしいが・・・

あとで確かめてみると、最近FMラジオでよく耳にして、結構いいなと思ってるsalyuの声だった。この声にも導かれてこのタイミングで見ることになったような気も・・・

映画は・・・痛い。

中学生だったのは20年くらい前だが、当時、そんなにひどい被害はあわなかったものの、間近をすり抜けていって、おびえ、ビビッていた、いじめの風景が・・・痛い。

被害にあわないために、被害者が加害者に回る・・・そういう構図の中で、被害者に固定されてしまうと・・・痛い。

20年も経ってから見ると、距離を置いて見れるから、受け入れられるのかも。
ネット上での感想は賛否両論で、受け入れられない人も多数いる模様。

久野さん役の伊藤歩には役者魂を感じるなぁ。スワロウテイルでは濡れ場ではないとは言え、脱いでたし。
今回も、口数は少なく、強烈な体験を耐え忍ぶ役で。彼女が屈せずに乗り越えられたのは、自ら音楽をつむぎ出せたからではないかな、という気がする。

音楽を聴くだけでは、一時的な逃避しかできない。リリイシュシュは救ってはくれない。
蒼井優が演じた子も、学校じゃなくカイトの方に道を求めればよかったのに・・・と思う。
でも、真っ只中にいると、他に出口があるなんて思えなもんだよなぁ、中学生。

そして、僕の中の一部は、いまだに中学生なんだと思う。
だから、距離は置きつつも、やっぱり・・・痛い。
いじめに対するおびえは、全くないとも言い切れない。

そうじゃない世の中のあり方をどう広げていくか、いじめなんてくっだらねぇ~という生き方を、子どもの時から誰もが普通にできるように・・・そんな世の中にしていきたいものだが・・・。

あらためて、そう思うのでありました。
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by matsuzoh2002 | 2005-07-12 14:55 | 見た映画
日本ファシリテーション協会関西支部の合宿企画で京都市右京区の山奥深くの、京北山国の家に行ってきました。

野外を目隠し歩きしてもらったり、会場にあわせたプログラムも用意して、雨の予報にもかかわらず、うまいこと晴れて、好評でした。

7m×7mのデカイ紙に絵を描くという企画も、なかなか「実験」としては面白かったですよ~。
絵の具の上を歩き回るという感覚は、今までになくって、足の裏の感触は若干気持ち悪くもあれ、いい体験でした。

ホントに実験的に行なったので、人数と、紙の大きさと、描く道具のバランスをうまくとらないと、思うような結果は生まれてこないなぁ~という、貴重な学びの機会でした。
「ローラーで絵の具をぬりたくる」ろいうのを活かすんであれば、15m×15mくらいでもよかったんちゃうかな?

今日は疲れた~。
自分のレパートリーの中では「ど真ん中」ではない内容だったものの、評判良くてよかったぁ。いい仕事したぁ~。
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by matsuzoh2002 | 2005-07-10 20:04 | ファシリテーターとして
9月の入学に向けて準備を進めてきた、アメリカのプロセスワークセンターでの「葛藤解決ファシリテーション」修士コースですが、申込者が足りず、9月からは開講されないということに・・・。

人数が集まり次第、来年以降、3月か9月に開講・・・という予定だそうですが、先のことはわかりませんねぇ。気長に待ちましょう。

開講されるかわからないから、渡航準備も進められない・・・という中途半端な状態から解放されてほっとしている、というのが正直なところです。

今はまだ時期ではないと言うことでしょう。そう受け止めて、今やるべきことを探っていきます。

というわけで、当分浪人生活です。
当面はバイトをして貯金を減らさないように、しのいでいかねばなりません。

いいバイトないかなぁ?
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by matsuzoh2002 | 2005-07-09 06:55 | つぶやき
雑誌「日経エンタテインメント」でダウンタウンの間っちゃんの評価が高かったので、そのうち見ようと思ってて、ようやく見れました。

前半は、ユーモラスな展開で、そのまま行くかと思いきや・・・

戦時中の中国の村と日本軍の物語。
立場でころころキャラの変わる日本兵。

公式ページ
_____鬼が来た!の監督インタビューと、日本人の主演、
INTERVIEW! 「鬼が来た!」香川照之さんインタビューをあわせて読むと、撮影現場で起きていた異文化コミュニケーションギャップが面白い。

香川さんはそのギャップをしんどがりつつも、またやりたいと言ってる。たくましいなぁ。

でも、そんなギャップは戦時中は、そんなにたくましくは受け止められなかったようで。

冒頭から謎の「私」の正体がわからないことが、疑心暗鬼を呼び、悲劇が引き起こされる。

助けてもらった恩も、上官への無礼くらいで、吹っ飛ぶ。

あんまり詳しくは書きませんが、後半は、戦争ってあんまりだよぉ~という皮肉な現実が続いていく。

前半がユーモラスなだけに、それはただただやり切れない。
日本軍も残虐なだけの存在として描かれてるわけじゃない。
ただ、ほんの些細なきっかけで、臨界点を越え、理不尽な暴力の封印が解かれる。
それはのんびりした日常と、隣り合わせにある。それがリアルだった。

おすすめです。
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by matsuzoh2002 | 2005-07-05 22:47 | 見た映画