「ほっ」と。キャンペーン
ブログトップ

身体で思いを形にするワークショップblog

karadaws.exblog.jp

「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

<   2005年 02月 ( 17 )   > この月の画像一覧

いよいよあと4時間で帰国便が出発です。

こちらに来てから3回目の風邪を引きかけです。睡眠薬的に風邪薬を飲んで、機内では眠っていたいところです。

今朝は早起きしたら、窓から見える朝焼けが綺麗でした。
こちらに来る前にも、伊丹空港の窓から朝日が綺麗だったのを思い出しました。

今回のたびを振り返って、テーマソングはミスチルの「蘇生」という曲だったと思いました。
MDに入れていたので、こちらでも何度も、時には踊りながら、聞きました



叶いもしない夢を見るのは
もう止めにすることにしたんだから
今度はこのさえない現実を
夢みたいに塗り替えればいいさ
そう思ってんだ
変えていくんだ
きっと出来るんだ

そう何度でも 何度でも
僕は生まれ変わって行ける
そしていつか捨ててきた夢の続きを
暗闇から僕を呼ぶ
明日の声に耳を澄ませる
今も心に虹があるんだ
何度でも 何度でも
僕は生まれ変わって行ける
そうだ まだやりかけの未来がある



変えて生きたいと思います。自分の未来を。現実を。
待ってろよ、ニッポン!今から行くからな!
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-28 01:21 | 歌とつぶやき
5週間のコースも昨日で終了。
明日の正午過ぎの便で帰国。

身体はまだ疲れているのに、なぜか目覚めた、土曜日の朝5時。

荷物が増えたので、安物でいいからかばんを買わないと。
それ探しているうちに、今日は終わるかも。

とてもセンチメンタルな気分です。
昨日まで毎日のように、当たり前のように、顔を合わせていた人たちと会えない。
いい出会いがいくつもありました。

昨日最後のクロージング・セッションで、「自分はムーブメント(動作)で飛べることを知った。re-birthした(生まれ変わった)」という言葉を発して締めました。

この生まれ変わりを日本へ持って帰ります。
ここで生まれた確かな絆とともに。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-26 22:18 | つぶやき
いよいよ帰国まであと5日。
今日最後の洗濯を済ませました。

大学院進学に心は決まりつつあるので、多分また9月に来るのですが、慣れ親しんできたこの地ともしばしお別れになります。
大学院といっても、年に2回・2週間ずつ×3年、来ればいいので、しばらく通うことになりそうですが。

誰かが言ってくれたように、「今回の経験を経て、日本でオーラを増したファシリテーターになれる」のかな?

生身のまつぞうをご存知の方は、変身ぶりをお楽しみに????
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-23 16:02 | つぶやき
2月7日(月)午後。「体験的プロセスワーク」のお時間。

前週からはじまったこのクラス。
実は、講師があまり好きでなかったのですよね。しゃべり方や質問のしかたがてきぱきしすぎていて、「間がなさ過ぎる」と感じていたのです。

3回目になるこの日のクラスも、あんまりちゃんと聞いてませんでした。

何かのエクササイズがはじまるようです。誰か1人が真ん中に出てきて、その人に起こるプロセスをいろいろ観察しながら、学ぶようです。
ボーっとしているので、あまりちゃんと聞いていない僕・・・

「誰か、真ん中に出てワークしてみたい人はいませんか??」
講師が問いかけます。

「ゲホゲホ、ゲッホイ!」
なぜかその瞬間に合わせたように、ちょっと派手目に咳が出ました。

たくさんの笑い声。
みんながこっちを見ます。
「今の咳で、オレに決まりっていうこと?」

まるで、咳に選ばれたような感じです。
出ようという意志はまったくなかったのですが(なんてったって、そんなに好きじゃない先生だし)・・・。
あとで思えば、咳は雷の神様の仕業のような気もします。
治りきってなかった風邪が、思わぬ悪戯をしてきやがって・・・

出ようという意志はまったくなかったものの、「起こってしまったことには、面白がって乗っかってしまえ!」という気持ちから、面白い!真ん中に出てやろう!ということになりました。
「でもワークするって、何するんだ?」とよくわからないまま・・・

観察されることはわかっているけど、特に何か考えたい悩み事があるでなし、さて何を話すことになるのかな?と思いつつ、真ん中に出る。
「観察されるのって、緊張するなぁ」・・・と思いつつ、場の雰囲気に慣れようと思って、扇形に並んでこっちを見ている、クラスメイトたちの方を見まわしてみる。

・・・後で言われるまで全く気づかなかったのですが、真ん中に出てきて、こういう風に受講生と向き合って立つクライアントの人は珍しいらしい。
普通は、セラピストの方を向くだろう、と言われた。

なるほどねぇ。
しかし僕は、何か話したいことがあって出てきたなら、きっと講師=セラピスト役のほうを向いただろうけれども、特に何もなかったのだし・・・
加えて、その講師があまり好きではなかった(今は結構好きですよ。見方は変わるものです)・・・
さらに、日頃からファシリテーターをやっていることから、こういう大勢の人と向き合って立つのには慣れている・・・
そんなことが重なって、無自覚なうちに、珍しい行動をとってしまったようです。
珍しかったんだ。全然違和感なかったんですけど・・・。

そんなわけで、講師は、僕がグループとの関係(プロセスワーク用語でいう「世界チャンネル」)に何か課題があるのだな、という見立ててでワークを進めていったようです。
僕はただ聞かれたことに答えたり、自分の感じたことを言ってただけですけど。

ワークは進んで、僕が「みんなに見られている」という状態を受け入れにくいという壁(プロセスワーク用語で言う「エッジ」)があることがわかりました。

「見られていることを受け入れるには、どうしたらいいの?」と講師。

「みんなに受け入れられているという感覚があればいい」と僕。

「じゃぁ、受け入れてくれるかどうかみんなに聞いてみれば?」と講師。

へぇ~、こういう展開になるんだ、と思いつつ聞いてみました。
「Do you accepet me?(僕を受け入れてくれる?)」

「Yeah!」とみなさん、威勢のいい返事。
なかなか気持ちがよい。

「もう1回聞いてみてもいいんじゃない」と講師。

乗せられて悪い気はしない僕。
さっきより派手目にアクションをつけて「Do you accepet me?」

「Yeahhh!」さらにノリがよくなってきましたよ。

より一層調子に乗って、「Do you accepet me?」

「Yeahhhhhhhhhhhhh!」もう拍手喝采です。
アメリカ人(だけじゃないけど)の拍手喝采は気持ちいい!

なんだかよくわからないまま、咳に導かれてはじまったワークは、とっても気持ちよく終わりました。
場にも一体感が生まれた感じ。

終わってからの帰り道、つぼみから花へ で「この5週間の間に花開いてスターになる時が来るんじゃないの?」と言われたことを思い出しました。

あのときは「まさか」と思ったのに、それからたった2週間。
「このことか!」って思える、スターっぽい状況が訪れました。

雷神に感謝!
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-22 16:57 | プロセスワークの参加体験
以前に起こったことが、後で起こることの伏線になっていたのが、後でわかることも、プロセスワークを継続的に受けていると、よくあります。

なので、また時系列がぐちゃぐちゃですが、ちょっと前の話を書きます。

1月24日(月)、前日の夜のオープニングセッションに続いての、実質的な初日です。

この日の担当はアーニー&エイミー・ミンデル夫妻。5週間の中では出番が少ないお2人ですが、かもし出す雰囲気はやはりすばらしいものがあります。

この日の午後「動作(ムーブメント)」のワークをしました。

「歩きながら、自分の中で『歩いていない部分』を見つけて、そこを展開させていく」というワークです。

僕が歩いてみると、それまで全く気になっていなかったのに、ベルトがきつく感じるのに気づきました。
その「きつさ」に焦点を当てて、きつさを増幅させたら、どんな感じがするか、味わってみることになりました。

味わってみると、体がねじれていくような動作になりました。
しばらくねじれるがままにしておくと、体がしんどくなってくるので、今度は逆に、ねじれを緩めるような動作がでてきました。
緩むがままに身をまかせてみると、体が開いていって、両手を横に広げながら、天を仰ぐような動作になりました。

「わかった!これは、ねじれたような花のつぼみが、花開いていくという動きだ!」と、腑に落ちました。

天を仰いで見ると、ちょうどそこには、天井からぶら下がる大きなファンがありました。
「花開いたら、そこにはファンが待っていてくれるんだ!」と思いました。

天井のファンは、他にも2つ、計3つ。1人じゃない、大勢のファンが・・・。

ワークをサポートしてくれたパートナーに、「これは、まだ花開いていない僕だけど、やがて日本で花開いて、スターのような存在になって、大勢のファンに囲まれる日が来る・・・ということを表しているんだと思う」という話をしました。

するとパートナーは「日本じゃなくて、この5週間の間に花開いてスターになる時が来るんじゃないの?」と、言ってくれました。

「え、そうかな?」と答えたつつ、「言葉の壁もあるし、溶け込めるかどうかもわからないのに、スターなんてとてもとても・・・」と、内心では思っていました。

でも、このワークは、あとにつながる伏線だったのです。
今思えば、5週間の幕開けにふさわしい、印象深いワークでした。

続きは、またあらためて。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-17 16:52 | プロセスワークの参加体験
2月4日金曜日、夕方。2週間目の締めくくり
この世の始まりから飛び続ける虫で紹介したのに続いて、2回目のアーニー(アーノルド・ミンデル)の講義とワーク。

この日のワークは、両手を動かしながら、「最近気になること」についてインナーワークをして、そこから浮かんできたキーワードを生かしていく・・・というものでした。

この日ワークのパートナーになってくださった方は、とっても感じのいい方で、楽しい時間を過ごすことができました。

両手を動かしながら、「最近気になること」についてインナーワークをしてみると、まず浮かんできたのは、2週間の間に芽生えてきた、からだで表現すれば、英語の環境でも自己アピールできる!という自分の力への自信でした。言葉にすると・・・

・・・ポテンシャル(potential)ということになりました。

次に、でも今この環境だからこそ自身を持って自己表現できるけれども、果たして、日本に帰ってもこの力は生かせるんだろうか?抑えつけられてしまうんじゃないだろうか?という気持ちでした。

・・・抑圧(oppression)。

「被抑圧者の演劇」に関わってきた僕には、なじみの深い言葉です。

さらに、手の動きにしたがってみると、何の意識もしていないのに、左手が閉じようとしています。閉じることで何かを守ろうとしている・・・。そんな気がして、

・・・保護(protection)

という言葉になりました。

たまたま出てきた3つの言葉。ところが、パートナーさんは「頭文字がPOPだ!」と指摘してくれました。

プロセスワークの別名は「プロセス指向心理学(process oriented psychology)」。頭文字をとって「POP」とも呼ばれています。
なんという偶然!

それぞれのキーワードについて、体験しながら味わってみるというのが次のステップ。

ポテンシャルを味わうのは、とても楽しい体験です。

しかし抑圧は、きつい。

日本での生活。ともすると縮こまってしまいそうな気分に陥ります。
「縮こまる」という気分を、体験的に味わうと、なんだか「コンクリートで固められてるみたい」という表現のしかたがしっくりきます。

「コンクリートで固められてる」というのを言葉にした時、ふと日本の川のことが思い浮かんできました。

はるか昔の学生の頃、地理の時間か、地学の時間か、定かでないのですが、川は本来、洪水を繰り返しながら、蛇行して、流路を変えながらながれていくもの・・・それを知りました。
けれども、人間の都合により、洪水が起こらないように、川はコンクリートで固められている。
もちろん人間の立場からすれば、洪水が起こらないのはいいことだけれど、川の立場からすれば窮屈だろうな・・・そんなことを思っていました。

・・・そんな記憶がよみがえってきました。

今は自分が川の気分。
蛇行したくてもできない。(「虫→蛇→雷神→大地」の蛇も出てきましたよ!)
流れたいように流れたいのに、固められてしまって、身動きが取れない。
ポテンシャルが生かせないで、抑えつけられてしまう・・・

そんな自分を「保護してくれるもの」。なんだろう?
それは間違ってもコンクリートではない。
その答えは、時間が足りなくて、このワークの間では出ませんでした。

持ち越された答えは、やがて出てきます。
それはまた、日をあらためて。

ちなみに、プロセスワークは、川の流れにもよく例えられます。
川は、高きから低きに流れる。
自然の流れに沿うことが重要視されるのです。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-16 17:37 | プロセスワークの参加体験
時系列がぐちゃぐちゃなのですが、2月2日(水)午後のこと。

この時間は「グループ・プロセス」(ワールド・ワーク)でした。

テーマは「グローバリゼーション」に決まりました。

僕はいつもどおりバランス・ボールの上に座っていたのですが、テーマが決まった途端、ボールが地球に思えてきました。

「こんな象徴的なものを、1人で独占していてはいかん」と思い、場の中心に置いてみました。

そしてグループプロセスの始まり。

グループプロセスとは、ロール(役)を決めて行なう、即興劇のようなものです。
進行役(ファシリテーター)は流れを見ながら、場に存在するさまざまなロールの表現を助けていきます。

誰かが、地球に見立てたボールを、「土地は要らないか?売るよ!」と自分のもののように売り買いしようとしています。

「せっかくみんなのものとして、真ん中に置いたのに、勝手に売られちゃたまらない」と思って、僕は反論します。
「誰があんたに、売る権利を与えたの?みんなのもんでしょうが!」

言ってはみたものの、議論はどんどん英語で進行!
速くてついていけん!

めんどくさくなって、場の真ん中で、横になりました。
「オレは何者だ?」とぼんやり考えながら。
「英語でグローバリゼーションの議論をされてもついていけない、非英語圏の人かなぁ・・・」などとぼんやりしながら横を見ると、そこにはボールが・・・
「ひょっとすると、オレは地球そのものになったのかも・・・」

いつしか、横たわる僕の周りを、丸く取り囲むように立っている人の間で、議論が進行しています。
僕の周りに同じように横たわる人も何人か現れました。
やはり、「地球そのもの」のロールに、いつの間にかなっていました。全然そんなつもりなかったんですけど・・・

議論している人たちは、「地球を独占的に開発しようとする資本家=独裁者」のロールと、それに反対する「1つの地球派」に分かれているようです。
でもね、地球本体には議論は耳に入りませ~ん。
たとて英語が聞き取れたとしても、表現手段がありません。
「聴こえても表現手段がないのは、昏睡状態みたい」という思いがよぎります。
(昏睡状態の人とコミュニケーションを取る「コーマワーク」はプロセスワークの重要な手法の1つです)

火山とか地震とかを表現してはいたものの、物言わぬ地球に飽きてきて、「ちょっと事態を客観的に見てみよう」と思って、「1つの地球派」の方に移動してみました。
グループプロセスの重要なポイントの1つは、参加しているうちに気持ちが動いたら、どんどん違うロールにスイッチしてもかまわないということです。
時には、新しいロールが出現して、事態が大きく転換することもあります。
客観的に見てみると人が丸く取り囲んでいるので、ほんとに地球みたいに見えます。

僕に代わって地球のロールに入った人は「物言う地球」になったようです。
曰く、「人間が出てきてからだんだんひどい場所になってきたなぁ。今思えば、サルしかいない時代はよかったなぁ。」
その発言に僕の気持ちもちょっと動いて、一瞬地球に戻ります「そうだよ。人間なんていなくたって、俺はかまわないんだから」
地球が物言えるなら、人間はこれを言われても仕方ないでしょう。

途中の議論がよくわかってないので、英語のやり取りにはついていけません。
「でもついていけない人もいるよね。そういう人の声も反映させたいなぁ。それは、非英語圏の国の人かそれとも・・・」

そう考えているうちに、「資本家」「1つの地球派」の両者の考えをつなぐような意見を。1人の女性が出あいているようです。これも聞き取れないのだがなぁ・・・

「聞き取れなくても参加できるなら、このロールだ!」と思って、その女性の発言の終わったところに入っていきました。
「ママ、ママ!みんな何を話しているの?僕はただ外で遊びたいだけなのに・・・。みんなケンカしてるの?なんか気分が悪いよ」

「その女性の発言で、ひと段落」という空気は何となく感じ取ってはいたのですが、「よくわかってない人もいるんだよ」という、ただまとめればいいってもんでもない空気も出せたと思います。

「それにしてもホントは子どもじゃなく、ちゃんと意見を言いたいもんだよ」と思いつつ、ある程度は参加・貢献できたかな・・・と思います。

それにしても、虫と蛇と雷神と大地の後で、すでに虫と雷神にはなったところへ、さらに大地=地球になる機会も出てくるとは。
因果はめぐっている感じです。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-15 15:50 | プロセスワークの参加体験
1度治したと思った風邪が、再びやってきています。

土曜日1日寝て過ごし、今日は海岸まで車に乗っけてもらって、海風に当たってリフレッシュしてきたので、きっとよくなってると思います。
まだ夜の10時だけど、これ書いたら、寝るつもりだし。

5週間のインテンシブ(集中)コース。先週木曜日は、33人の参加者のうち、10人以上欠席。小学校なら学級閉鎖だよ。風邪まで集中しております。

土曜日は寝たり起きたりしながら、1人、インナーワークをしてました。

水をやらないと砂漠のように乾いてしまう、慢性的に腫れ気味の僕の扁桃腺は、「苔」みたいなものです。

苔はフィルターの役割をして、雑菌やらウィルスやらをそこで食い止めてくれている・・・そういうイメージです。
(先々週の日曜日、ハイキングに出かけた先では、木々を一面に覆う、黄緑色の苔が綺麗でした)

のどに関してはさらにいろいろなイメージが浮かんできてるのですが、今日はここまで。
書けたら、またあらためて書きましょう。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-14 15:10 | つぶやき
雷神降臨の続き。

1月31日(月)、午後。
「インナーワーク」、つまり1人1人でワークする時間。

瞑想も1人でするワークだけど、プロセスワークの場合は、静かに自分の心に意識を向けるだけでなく、音が浮かんできたら、それを声に出してもかまわないし、動作したいと思ったら、動いてもかまわない、という思いのままに振舞いながら、学んでいくものです。

この日は「自分を悩ませるもの・わずらわせるもの」についてワークするということでした。

「悩ませるもの・わずらわせるもの」という意味の単語として使われていたのが、「bug」。
またしても「bug」=虫の登場!アーニーのレクチャーで使われていたから・・・ということでしたが。

ここで僕がbugとして取り上げたのが「風邪」でした。

午前中はあえて風邪についてワークはしなかったのですが、「何についてワークしようかな」と考える時点で、「『風邪の創り手』も雷神だ!」というひらめきが、その時点であったのです。 
そんなわけで、風邪についてのインナーワークは雷神をイメージした動きからはじまりました。
せきや咳払いは、雷そのものでしょう。鼻水はそれに伴う雷雨。

イメージは、風邪とは別にずっと悩まされている、慢性的なのどの痛みへと、移っていきました。
「これも雷神のしわざか?」などと考えていると、

ふと 記憶に残る最初の夢=干からびて死ぬ を思い出した。

慢性的なのどの痛みは、「干からびて死ぬ夢」とリンクしているのは前々から感じていた。
水分補強しないと死んでしまうのだ。
日々ミネラルウォーターだけは切らさないようにと、気を遣う毎日。

だから慢性的なのどの痛みから、この夢を思い出すのは、自然な流れだ。

しかし、干からびて死ぬのは、雷のしわざか?
どうも違う気がする。
雷の神様ではないな。
なんだ?

風邪の創り手・・・風邪の神様!
思わず改源!を思い出す。
風邪の神様!・・・つまり風の神様?
風神!

風神雷神のそろい踏み!
ってことは風神雷神のコラボレーションで、僕の風邪は創られてるってことですか。
これは面白いね。

干からびて死ぬ夢も、風神なら、関係あるのが分かる。
砂漠に吹く、乾いた風は、干からびるのを加速してしまうだろう。
雷雨がもたらす雨嵐なら、干からびにとっては、恵みの雨だ。

「乾いた風」=せきは要注意だが、「湿った風」=くしゃみはむしろ歓迎だ。
鼻が乾いていない証拠だから。

大学生時代、ひと冬ずーっと、のどの痛みがおさまらず、めちゃめちゃ悩んだ。
それが解消されたのは、「鼻うがい」を日課にしてからだ。
塩水・ぬるま湯なら、鼻から水を入れても、痛くない。
今も洗面所に塩は常備してある。

それにしても風神雷神!
去年の5月、東京でアーニー&エイミー・ミンデル夫妻のワークショップを受けたのは、浅草・雷門の近くだった。
雷門の左右には・・・風神雷神!

こうしてポートランドの地で再び風神雷神に出くわすとは・・・やっぱり、プロセスワーク、面白い!
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-08 15:43 | プロセスワークの参加体験
プロセスワークってなんじゃらほい?と思いながら読んでいる方もいらっしゃるかと思いますので、僕なりに説明したいと思います。

僕自身は、お酒はほとんど飲めないのですが、人は、酔っ払うと、無意識のうちにいろいろ不思議なことを言ったり、やったりしますよね。
無意識だからこそ、普段はしないような、場合によっては普段は抑えているような、その人の本音の部分が出てくることも、少なからずあると思います。

ところが、当の本人は何をしたか覚えていなくて、周りの人に何をしでかしたか聞いてまわったり、迷惑をかけたことを恥じて、謝り歩いたり・・・ということが多いかと思います。
「え、私そんなこと言ってましたか?酒の席でのことなので、忘れてください」と、必死に打ち消したりもするでしょう。

お酒が入っていると、意識が多少、変になって、普段意識していないけれども、自分の中に持っている部分がいろいろ出てくるんですよね。

では、その「普段意識していないけれども、自分の中に持っている部分」と、自覚的に持ち出して、展開させていったらどうなるんでしょう?
自分について、より深く学ぶことができるのではないでしょうか?

僕は、プロセスワークは、「自覚的に、酔っ払うかのような、いつもとは少し違う意識になってみて、そこから学んでいく」ようなものだと思っています。

「酔っ払うかのような、いつもとは少し違う意識」になるのに、お酒の力を借りる必要はありません。

ちょっと、瞑想するかのように、目を閉じて、ぼんやりとしてみてください。
自分で意識的に何かしようと思わなくても、自然に浮かんでくるものが、何かありませんか?

今朝見た夢の一部だったり、昔聴いた歌のフレーズだったり、なぜだかわからないけど、胸の辺りがもやもやするのを感じたり・・・そういったものが浮かんでくるかもしれません。

普段は気にしないで無視してしまうような、そんな一見ささいなことに焦点をあてて、じっくり味わってみると、何か思いがけない発見があるかもしれません。

自分の新たな一面や、日頃頭を悩ましている問題の意外な解決のヒントが、思いがけずに見つかるかもしれません。

僕が最近このブログに書いているプロセスワーク、こんな説明で少しは分かっていただけるでしょうか?
[PR]
by matsuzoh2002 | 2005-02-08 14:30 | プロセスワークの参加体験