ブログトップ

身体で思いを形にするワークショップblog

karadaws.exblog.jp

「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

カテゴリ:プロセスワークの参加体験( 88 )

1泊3日、往復バスでの東京行きは、若干疲れが残りましたが、なんとか風邪など引いたりもせずに、生きてます。
今は、明日のワークショップを、どんな感じで進めていこうか、アイデアを出そうとしつつ、他ごとに逃避したりしながら過ごしています。

せっかく東京に行ってきたので、レポートしておきましょうか。

東京に行って来たのは、大学院のクラスメイトがやる「擬似オープンフォーラム」に参加するためでした。

オープンフォーラムというのは、プロセスワークのグループワークのやり方の一つで、テーマをめぐって存在する様々な「声」を、対立する両極端な声も含めて耳を傾け、対話を促していこう…というものです。

プロセスワークのグループワークの手法の中でも、グループプロセス(ワールドワーク)は、ロールプレイなどを活用して、現実世界以外のレベル=夢の世界や無意識の世界も視野に入れながら進めるため、慣れてない人にとっては「ついて行きにくい」かも知れ、ません。
オープンフォーラムは、比較的に現実の世界でも受け容れられやすい「討論会」的な形式を取り、慣れてない人でもついて行きやすいように工夫されたものです。かと言って、夢の世界・無意識の世界を無視するのではなく、ファシリテーターはそれを意識しながら、現実の世界にも受け容れられやすいようにそれを持ち込む…という形になります。

・・・そんなことを書いている僕ですが、オープンフォーラムに参加するのは初めてだった僕ですが・・・。

オープンフォーラムは、可能な限り、対立する両極端な意見を持つ人々を、ゲストスピーカーに招くのが一般的です。
できれば、その意見を代表するような団体の、責任者的な立場にある方を招ければ、より望ましいです。
今回は、ゲストスピーカーを招くところまでは至らず、そのような本格的なオープンフォーラムに向けての下準備ということで、「擬似」オープンフォーラムなのです。

「擬似」ファシリテーターを務めるクラスメイト2人に、準備の段階で、部分的に混ぜてもらったこともあり、東京まで出向いて参加することになったのでした。

準備の段階では、「いじめ反対!」という人がきっと多いだろうから、「いじめられる側の声」が多く語られて、「いじめる側」の声が出にくくなるのでは・・・という予想をしてました。
なので僕は、「様々な声に耳を傾ける」という場にするために、「サクラ」というわけでもないですが、「いじめる側の声」を意識的に出していったらいいね・・・というような話を事前にしてました。

いざ擬似オープンフォーラム当日には、意外と「いじめる側」の声が、僕が言わなくても複数出てきました。
むしろ「いじめられる側」の声が出にくかったくらいでした。

僕としても、そんな派手にいじめた経験はないものの、いじめた体験を語りました。ロールプレイというわけでもなく、実体験です。
あるいは、明確にいじめの対象になったことはないものの、「いじめられる恐れ」を常に抱いていた・・・という話もした。

話の流れの中で、「男子は学校でうんこをするといじめられる。だから学校でうんこはしない」という話題に。
現在36歳の僕が小学校の頃には確実にこれは「常識」になっていた。おかげで僕は、その常識を忠実に守るあまり、トイレでうんこを出来ずに、教室でうんこを漏らしたことがある・・・。
にもかかわらず、決定的にいじめられなかった・・・というのはほとんど奇跡的なような気もする。今振り返ってみれば・・・。
それにしても、トイレでうんこするくらいならもらした方がマシ・・・というのも、まともじゃない選択だよなぁ。子どもの常識おそるべし。

ところが10も年が上じゃないだろうという人から、「え、学校でうんこをしたらいじめられるって?」と驚かれた。

わずか10年ほどの間に、そんな常識が急激に広まったのだろうか?何とも不思議。

女子は小でも大でも個室に入るので、大でも分からない・・・という性差の問題は大きい。
同時代でも、女子は、男子のこの問題には気づいていなかったのかも知れない。

僕が小学校低学年だったのは70年代後半。その前10年くらいの間に何かあったのか?

「学校 うんこ」でググって見ると、なぜ学校のトイレでウンコしないのかという興味深い文章はあったものの、なぜしなくなったのかは、謎のままだった。

・・・いずれにしても、いじめた体験や、うんこちびった体験という、普段あまり語らない体験を語ることが出来て、どこかすっきりした。
僕にとってはそんな擬似オープンフォーラムでした。

今月23日にまた行なわれるということで、また行って来ようと思います。

今度はただ行くだけではなく、自分のワークショップも24日におこなう予定!
詳細はまた後日発表します。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-11-02 16:28 | プロセスワークの参加体験
パリの友達の家に泊めてもらってます。

今日は雨降りだし、夕方に到着したパリですが、バタバタすることなく、家でのんびり過ごしてます。

空港から家までの道すがら友達と話したこと・・・。

エルサレムでのワールドワークでは、イスラエル人から「自爆テロはどこで誰が起こすか分からないのか恐怖だ・・・。」という声を聞きました。
確かにそうでしょう。

背景には、努力しても失業・貧困で報われにくい、パレスチナ社会の絶望があり、「家族の面倒は見るから」「これは聖戦だ」などとけしかける、武力的な活動を続ける組織の関与もあるようです。

しかし、「誰が起こすか分からない」という点で言えば、日本で今年はやたら多く報じられてる気がする、通り魔的な犯罪も、負けてないな・・・とも思うのでした。
件数で言えば、イスラエルで起きる自爆テロよりも多いのかもしれない。

その背景には絶望もあると思う。
でも、大義はない。個人的な、しかも理解されにくい動機があるだけだ。
殺される側からすれば、どちらもたまらない。

このたまらない事態を、なくす対策は?
イスラエルは、占領地のパレスチナ人地区を壁で囲む。
自爆テロは減っているようだ。しかし壁によって、移動の自由が悲劇的に制限され、絶望は高まるだろう。絶望が煮詰まって、次なるテロへと向かうエネルギーが、どこかで蓄積してしまうだろう。

日本では・・・?
通り魔予備軍たちの、孤独な魂に、どうすればいい?
もっとも声を届けたい所にはなかなか声は届かず、手のうちにくい問題だなぁ・・・。
「殺す」方面にエネルギーが向かわないで、コミュニケーションを通してエネルギーが外に出せればいいのだけれど・・・
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-05-21 06:35 | プロセスワークの参加体験
今日はプロセスワークの個人セッション、受けてきました。

関係性を入り口に、自分の持てる力を再認識するワークになりました。

自分の中でみなぎる力を味わうポーズ・・・これが見つかったのが大事ですね。

風邪引いて、声が出なくなって、出鼻くじかれたっぽいスタートだった2007年ですが、めげてる場合じゃござんせん。

自分の中にみなぎる力を精一杯活用していきたいと思います。

さし当たっては風邪治さなきゃ。明日の派遣のお仕事は休みにしてもらいました。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-01-13 00:04 | プロセスワークの参加体験
日曜日のプロセスワークの話の続きです。

身体症状についてのエクササイズの2つ目も、オーストラリアの女性と組んでやりました。

今度は、肩の症状について。

左肩が、骨がどうにかなったのか、歩いたりする時、間接で鈍い音がするのです。ポキポキというよりガシンガシン…というイメージ。腕を後ろから前に振る時、鳴る感じです。
歩いてると、規則正しく鳴る感じ。

ガシンガシンという語感は、オーストラリア人の彼女には、今ひとつピンと来ないようやけど、ガシンガシンと言いながら、腕を振り続け、肩が規則正しく鳴るのを聞いていると、自分が機械にでもなったような気分になる。
肩を振るだけでなく、全身で動くようにしてみると、ロボットになったような気がしてくる。
ロボットとして歩く。
ガシンガシンいうのは、重厚なロボットのような気がする。
だんだん意識がトランス状態に…
ふと思う。このロボットは戦闘タイプだ!惑星を守るために、敵と闘うのだ!
オーストラリア人の彼女と、バーチャル戦闘。

ふと、問い掛けられる。
「そのロボットから、普段の自分を見たら、どう見える?」

惑星を守るロボットはでかい!ので、人間はとてもちっちゃい。
知らずに踏ん付けても、いちいち構ってられない。惑星全体を守るためには、多少の犠牲も仕方ない…そんな思いが沸いてきた。

しかし、このロボットは人間たちからすれば、ヒーローなのだ。彼女が、ヒーローを慕い、応援してくれる子供のロール(立場)を取る。

「踏ん付けても知らない…なんて言わないでよ!ロボットは、ヒーローなんだから、みんなを守ってくれると思ったのに、ショックだよ。僕のことも、守ってよ!」

ロボットロールにいる僕の心も揺らぐけど、立場上、出てくる言葉は…「君のことを守りたいのは、やまやまだけど、惑星全体を守らなきゃいけないから、君だけを特別に守ることはできないんだ」

「そんなこと言わないでよ!僕はロボットが大好きなんだ。応援してるんだ。だから、僕を特別に守って!僕を踏ん付けないで!」

こんなこと直接言われたら、心動くよねぇ…。応援してもらうのは、闘うモチベーションを上げてくれるし。

「わかったよ。君は特別だし、みんなも特別だ。みんな特別に守るし、君のことも特別に守るよ。人間はちっちゃいから、踏ん付けちゃいそうになるけど、踏ん付けないように気をつけるよ」

エクササイズの最後は、身体症状のワークから出てきたものと、普段の自分がチームを組んだら、日常的な問題にどう取り組めるか・・・という問い掛け。

普段の、すぐ踏ん付けられそうな、ちっぽけな自分と、強大な力を持つ戦闘ロボット。
強大な力を持ちながらも、人を、そしてちっぽけな自分を、踏みつけないような繊細さを大事にしていけば、強く優しく、生きていけるだろうな・・・と思った。

それにしても、無邪気さを取り戻す・・・って話が個人セッションで出てきたと思ったら、男の子の無邪気な遊びみたいなのが、すぐ次の日のエクササイズで出てきたのは面白いと思った。

実際のところテレビのヒーローものとかほとんど見てないし、それを真似するような遊びもほとんどしてないし。
そういうのも、やり直してみるのも、ちょっと面白いのかもな・・・とちょっと思った。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2006-11-14 23:17 | プロセスワークの参加体験
今日はプロセスワークのワークショップを受けに、再び京都へ。
テーマは「身体症状」。

会場に着いてみると、なんとビックリ、シドニーのワールドワークで会ったオーストラリアの女性がいるではないか。
思わぬ再会。顔は覚えてたけど、名前は覚えてない。

けど、彼女はワールドワークの合間に僕がファシリテーターをしたワークショップに参加してくれてた・・・ということでした。
うれしいね。

他に英語が出来る!と、名乗りをあげる人もいなかったので、ワーク中の2回のエクササイズでは彼女とペアを組むことに。

彼女は動作チャンネルを良く使う・・・つまり良く動く人で、遊び心もいっぱい。
だから、めちゃ楽しいワークになりました。

最初のエクササイズでは、偏頭痛のようなもの・・・に取り組んでみました。
便宜上、「頭痛」と書いてはみたものの、ホントは全然痛くない。
左後頭部の上の方がなんかぼんやりとした違和感がある。
外側から軽く優しく引っ張られて、それが、その「ぼんやり」を生んでいる感じ。

プロセスワークでは「自分じゃない立場」に、立ち位置を移して、そこの立場に存在するものになってみる・・・なんていうことをしてみたりします。
身体症状に関しては、「症状の創り手」をイメージして、それになってみたりするわけです。

そんなわけで、僕が症状の創り手になってみる。症状を創り出すために、彼女のお身体をちょっと使わせていただいて・・・。
頭を軽く優しく引っ張ってみようと思ったら、彼女はゴムで髪を束ねている。それ、何となくイメージに近い。

ただし、彼女は真ん中で束ねている(普通そうだわな)。
僕の症状は左側なので、そこを軽く優しく引っ張る。

結構気持ちいいらしい。
引っ張り続けていると、この創り手は「マッサージ師」だなぁ・・・という気がしてきた。
髪の毛以外のところも、優しくマッサージしてみたりする。
彼女の反応が気持ちよさげなので、こちらも気分がいい。
部屋の片隅の、狭いところでワークしていて、姿勢に無理があったので、ちょっと彼女の身体を乗り越えて、反対側に移動しようとする。
予期せず、彼女の身体にひっかかって軽くつまずいてしまう。

「今、私の上に乗っかったのは、わざと?」と聞かれて、「いや、アクシデントだ」と答える。
「その、『ぶつかる』のも取り入れてみたら」という提案をもらった。

「それも面白そう」・・・と、その提案に乗っかってみる。

そうしたら、「手荒なマッサージ師」になった。
こちらも気分がいい。

そしてふと思う。
優しくいくもよし、手荒にいくもよし。
両方のやり方を身につけておけば、相手の状態に自在に合わせていくことができる、スーパーなマッサージ師になれる。

僕はマッサージ師を目指してるわけでないけれど、セラピストは心のマッサージ師みたいなものだし、ファシリテーターは、場のマッサージ師かな・・・と思えたら、もの凄く腑に落ちた。

もう1つのエクササイズも、とても楽しかったので書きたいけれど、今日はお眠。
またそのうちに(^^)
[PR]
by matsuzoh2002 | 2006-11-12 23:21 | プロセスワークの参加体験
もう1つ、プロセスワークの個人セッションの話の続き。

今日は1時間ちょっとの間に、ギュッと凝縮された感じの、良いセッションでした。

疎遠になりそうな人に連絡を取ろう!というところで一段落しつつ、話の流れは「人見知り」するから、ゲームのようにすいすいと、新しい世界に飛び込んでいけないんですよ・・・というところに。

「人見知り」しているようには見えないといわれる。

確かに、最近は人見知りを乗り越えて、自由な感じで振る舞えているときも多いので、そういうのを見てる人は僕が人見知りには見えないだろう。

けれども、人見知りは消えたわけでも何でもなく、僕の中にでんと居座っている。

物陰に隠れて、様子を伺うような僕がいる・・・と話したら、実際にやってみようということに。

ふすまで仕切られた部屋だったので、ふすまの陰からのぞきこんで、セラピストさんを見る。

かなりの人見知りっぷりである。

人見知りをするロール(立場・この場合は「自分の中の一部」って感じ)の、深いところにあるものを味わってみる。

2つのことが思い出される。

1つは幼稚園入園時。

なぜか、日本の慣習からはみ出て、9月(多分そう)に入園したのである(ここでツッコミたい方は、「欧米か!」でお願いします(笑))

教室に入るときの、他の子ども達の、異質なものを見る冷たい視線・・・これを何となく覚えているのだ。
その後、今ひとつ人となじめないまま、2年半の幼稚園生活を送った。
それを象徴する、一番最初の、冷たい雰囲気。
人見知りの根っこにある体験の1つだろう。

そしてもう1つ。
小学校1年生の時。
昼休み(名古屋では「昼放課」と読んでいた。授業と授業の間の休み時間を「放課」と呼ぶのだ。以上蛇足)のこと。

上級生がトイレ掃除をしている。1年生は裏庭で遊んでた。
無邪気な僕は、掃除をしてるからトイレには入れないと思い込んでた。
だから何の疑いもなく立ちションをした。多分、親父か誰かにどこかで立ちションを教えられたのだろう。悪い事とは思ってなかったと思う。
そんなに隠れてたわけでもないので、見てる子もいたはずだ。誰かが、先生に言いつけたらしい。
先生は直接来ないで、他の子どもに連れてくるように言ったようだ。
僕は悪い事をしたつもりもないので、抵抗する。
周りを取り囲まれ、力ずくで連れて行こうとする子どもたち。抵抗して1人の子を蹴った。
しかし多勢に無勢、連行された。

外のコンクリートの所に正座させられた。
チャイムが鳴って、授業時間になったので、教室に戻った。
先生は言った、「松田、お前はどういう悪い事をしたんだ。言ってみろ」

僕は答える「立ちションをしたことと、○○君を蹴ったこと」

先生「それだけなことあるか!お前は10も20も悪い事しとるわ!」

10も20も?幼い僕にも、他に何が悪いのかさっぱりわからなかっただろう。今の僕にもわからない。
返す言葉もなかった。それはそうだろう。

このことをワークした。

些細な出来事だが、今振り返っても痛い出来事だった。

今なら言える。
「立ちションは悪い事だと思っていませんでした。トイレが掃除していて使えないから、仕方ないと思っていたんです。でも悪い事だわかったので、もうしません。
 蹴ったのは悪かったと思います。大勢の子たちに囲まれて、怖かったんです。
 2つは悪かったと思います。でも10も20も悪いんですか?僕はそんなに悪いんですか?全部悪いんですか?」

支配的なタイプの人が苦手だという話をつい最近も書きましたが、その辺につながるようなエピソードだ。

些細なことではあるが、セラピストさんは、このことを「虐待」と位置づけてくれた。確かにそうだと思う。

かなり無邪気な所もあった僕が、相当おとなしい方へと、針が振れたような気がする。

失われた無邪気さを、今も取り戻し続けてる・・・そんな気もするな、最近の生き方って。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2006-11-11 23:59 | プロセスワークの参加体験
プロセスワークの個人セッションの話の続きです。

実施したワークのスーパービジョンに限らず、進みたいように進めていけばいい・・・という話だったので、個人的な話をしてみた。

ワークを進めていく上で、個人的に抱えている問題も、当然関わってくるしね・・・。

というわけで、日頃から陥りがちなゲーム中毒について取り組んでみました。
以前にもチラッと書いたのですが、バイトやら派遣社員の仕事があるからといって、それ以外の時間を、勉強やらワークの準備やら、ホームページの更新やらに充てたい気持ちがあるのに、ついパソコンに向かうとゲームをやりたくなってしまう・・・というわかっちゃいるけど、やめられない傾向が、僕にはあります。

ゲームに走ってしまう時、僕の中では何が起こっているのか・・・探ってみました。

ゲームは確かに楽しい。いいゲームはその独自の世界にハマりこませてくれる。

いいゲームはバランスがいい。反応がいい。

ホームページの更新やらは、確かにそんなに反応が良くない。

けれどもどれだけゲームの反応がよくても、それは本当に望んでいるものではない。

新しい人にワールドワークを売り込んでいく・・・必要な事だが、ハードルが高い。必ずしも反応はよくない。だからゲームに逃げ込んでしまう・・・。

でもハードルが高い所ばかりではないぞ。
まずは、最近疎遠になりがちな人に、最近こんなんやってます・・・と話をしてみる。
そういうところから始めてみよう・・・ということになった。

確かにそれはやってみたい。
バイトや派遣社員の忙しさにかまけていてはもったいない。

・・・という思いをこめて、先ほどの記事に書いたNPOへとメールを書きましたとさ。

セッションの成果は即実行。いい感じ♪
[PR]
by matsuzoh2002 | 2006-11-11 21:55 | プロセスワークの参加体験
今日はプロセスワークの対面・個人セッションを受けに京都へ。

もう1本早い電車に乗るつもりがのんびり構えて間に合わず、約束の時間にギリギリになってしまいつつ到着。

一応、スーパービジョンという枠なので、まずはワークの実践をしていく場(インターンシップ)が確保できたことを話して、その場にどんな人が集まっているかなどを話す。

インターンシップの場はもう1つ必要なので、どんな事を考えているのか聞かれ、まだ漠然としてるけど「世代間交流」についてやりたい・・・と答える。

それは面白そうだねぇ・・・とセラピストさんからも、いい反応。

「世代間交流」というキーワードは、以前からおつきあいのあるNPOが団塊の世代をターゲットに行なう事業のテーマになっているのを見て、自分がやりたいことはこれだ!と思った。

フリーター/引きこもり/ニートなど、若者の問題も世代間の無理解・交流不足による所が大きいような気がする。
団塊の世代の大量退職ももうすぐ。いろいろな問題が起こりそう。このNPOの企画も当然それに合わせたものだし。
NPO方面の話では、会社を退職された方が、NPOやボランティア活動、あるいは地域活動に関わろうとする時、会社時代の行動パターン・コミュニケーションパターンをそのまま持ち込むことで摩擦が生じやすい・・・という話も聞いたことがある。

世代が異なる人たちが、お互いの声に耳を傾け、交流を深める事で、そういった問題が緩和し、解決の糸口が見つかるといいなぁ・・・と。

そんな事を思いながら、さっき、連絡しようしようと思っていたそのNPOにメールを書いた。

さて、どんな展開が生まれるか・・・楽しみだ。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2006-11-11 21:28 | プロセスワークの参加体験
今朝は、大学院のオンライン(チャット)クラス、第4週目。

日本時間午前10時の部はこれで最後。
あとは午前1時の部があって、これがホントに最後。

午前10時の部は、「独裁者」ロール(役割・立場)が話題の中心になりました。

この話題になったのは、このブログでも書いたこの事例で体験した事を、まとめて提出したことで、

「今後ファシリテーターとして活動していこうというのであれば、このようにランクの高い方、ものすごい存在感のある方とも、うまく接していけるようにならなくては・・・というのは課題ですね。」

・・・という部分に、クラスメイトの1人が反応してくれた事がきっかけ。

なかなか面白いクラスでした。

立場が高くて強い人が、その強大な力を使って、他者を思い通りにしようとする・・・。

自分の強さ、立場(ランク)の高さを有効に使うのは難しいよねぇ・・・という話が展開されました。
有効に使ういいモデルはなかなかないという話でした。

僕の中では「コーチング」的な関わりでリーダーシップをとるのがよいのでは・・・というのが思い浮かんでいましたが、発言するまでには至りませんでした。
コーチングって何か、英語で説明するのがめんどくさそうだったので・・・

けれども、自分の意見を押し付けるのではなく、質問を通して相手(部下とか)の自発性を引き出し、行動を促していく・・・と言うコミュニケーションスタイルは、あらためてよいなぁ・・・と思いました。

プロセスワークはあらゆるタイプのセラピーを統合していくような志向性もあるので、コーチングも含まれている・・・みたいな考え方を以前はしていたのですが、どうもそうでもないんだな・・・と最近は気づきます。
コーチングを学ぶ中で身につけたスキルや考え方は、必ずしもプロセスワークを学ぶ中では身に着かないものも少なからずある。その中には、プロセスワークと相容れない部分もあるが、プロセスワークをより豊かにするものも含まれているのだなぁ・・・ということに最近気づかされています。

例えば、感じた・気づいた事をダイレクトに相手に伝えていくよりも、まず、相手がどう感じているか・何に気づいているのか、まず質問してから、自分の考えを伝えていく・・・という流れの方が押し付けがましくない(独裁的にならない)だろうな・・・と思います。そういう時コーチングの質問の仕方などは有効なはず。

せっかく勉強したコーチングだし、再評価!

あるいは、気づいた事・感じた事を伝える時に、「あなたはこうだ!」というような言い方をするより、「あなたがこう言うのは、私には・・・というように聞こえる」というな、私を主語に言う方が押し付けがましくならないはず。そういうアサーティブな言い方も心がけていきたいものです。

アサーティブトレーニングは、そんなにちゃんとトレーニングは受けてませんが、とても参考になるなぁ・・・と感じています。

この辺のコミュニケーションスキルが、高いランクに自分が身を置いても、押し付けがましい独裁者に陥らないようにする、助けになるような気がします。

・・・というような話は、今日のチャットクラスの流れから派生して僕が考えた事です。

チャットクラスで面白かったのは、「独裁者は話題になってるけど、誰も独裁者のロールで発言しないから、誰かやってみよう!」ということになり、1人がやってみたら、途端に、独裁者以外の何人かが、ものすごい勢いで反発しはじめたこと。
それを客観視していた人が、「このグループはリーダーがいっぱいだ」・・・って。

そう、普通にやったら、反発がいっぱい出てきて、独裁なんて出来ない。周りを取り巻きで固めて小さくまとまって、反発するものを排除していくことにエネルギーを注いでいく・・・独裁者にはそんなイメージもあるよなぁ・・・。

そして、「誰もが独裁者だ!」という結論に落ち着いていった。

そりゃ僕の中にも独裁者なところはある。思い通りに行かないと、めんどくさい気分になる。

少し前に「自分の中のテロリスト」という記事を書いたけど、この2つはかなり似てるしね。

自分が弱い立場にいて、強い立場に反発すれば、テロリストになるし、強い立場にいて、弱い立場を抑えつければ、独裁者になるし・・・。

いずれにしても、力をうまく使えるようにならねば・・・というところです。
独裁者的なところがあるのを自覚しつつ、力をうまく使わなくては。

コーチングとアサーティブに関しては、再評価です。
プロセスワークは万能にあらず。いろんなもので補強していきましょう。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2006-10-27 23:30 | プロセスワークの参加体験
今日は天気が良い中、測量補助のバイトは屋外で暑い暑い。

いつもより精度の高い測量の機械を使用・・・ということで、その機械用の標尺(機械からレーザー光線当てて読み取る「的(まと)」になるもの)には温度計がついていた。
温度によって、多少延び縮みするせいでついてるんでしょうね、きっと。

で、12時頃、直射日光があたると、温度計は最高33度を記録!
暑いっす!


でも、今日はバイトは早く終了。

おかげで、昨日の記事で書いた「宿題」に取り組む時間が取れました。

お昼ごはん。測量会社の社員さんは弁当持参・・・ということで、僕1人ファミレスへ。

店員さんまかせで案内された席は、隣がサラリーマン2人組。
自分のご飯を食べながらも、しっかり観察。

1人は終始敬語。
明らかに上下関係のある2人。

「下」の人が、かたくなり過ぎないように、出来る限りリラックスしつつ、敬語を使い、気も使う様子。非言語的にも、身体の向きとか、いろいろ読み取れて面白かったです。
特に「下」の人がわざわざ90度以上振り返って、TV画面の方を何度も見ていたのが印象的でした。話題を探してるようなところもあったし、沈黙を恐れて、TVに助けを求めてるようにも見えました。

バイトあがって、会社近くのカフェで2人組の初老の男性2人組を観察。

1人がリラックスしてよくしゃべる。それでも表現しきれない何かがあるのか、妙な手の動きをおそらく無意識にしている。
もう1人はわりと聞き役。とてもマジメそうな方。でも、時折、機会を見ては、逆襲するかのように、そちらの方もしゃべる。

明確な上下関係はなさそうだけれど、どこか張り合ってるような感じもある。
男は競争的になってしまう傾向がある人が、やっぱり多いのかなぁ・・・。

夜、家の近所のファミレスっぽい所で食事。

4人以上のグループを観察・・・というのをこなそうと目論んでいたのだが、意外と4人以上のグループはいない。

家族4人のテーブルが見えるところに陣取ったのだけれど、すぐに食べ終わって、出て行っちゃった。

そこから3人組は見えるけど、3人組は今回の課題では対象外なんだよなぁ。

4人家族がいたテーブルに、男女カップルが座る。
僕もまだ食べ終わってなかったので、そのまま食べつつ、観察。

子どももいないし、そんなに年もいってないし、まだ結婚間もない?もしくはつきあいが長くて落ち着いた感じ?
そんな感じに見える。
なんかクールな2人。口数もそんなに多くない感じ。
あんまり盛り上がってない淡々とした空気。

でも時折親密な空気を感じる行動が出てくる。
女性の方が何となく強そうな印象。でも食べ終わったら、男性もそれに張り合うような雰囲気をかもし出す。

こちらもやっぱり競争的ですか?

2人組はそろそろおなかいっぱい。課題としては、1組でも観察すればOK・・・ってことだし。

場所をマクドに移して、もう1つの課題、4人以上のグループの観察をしてみる。

10代後半~20代前半の男4人組。

花札に興じはじめた。

「姿勢」に注目し、姿勢の多数派/少数派を観察する・・・という課題。

なんか、3人でやるゲームに興じているらしく、負けたら次の回は1回休み・・・という流れでやってるらしい。

ゲームの勝ち負けによる多数派/少数派は生じているが、姿勢の多数派/少数派ははっきり見えてこない。
負けて抜けてる回にどうしてるかには、個性が表れて面白い。・・・課題の本筋とは違うけど。

1人が貧乏揺すりをしているのが気になる。ゲームだけではおさまらないエネルギーが底にあるような・・・。
1人しかしていなかった貧乏ゆすりを、他の2人もするようになってきた。

なんだろう?と思ったら、席が空くのを待ってたようで禁煙席から喫煙席へと移動していった。
それでいらいらしてたわけか?



・・・なんかいろいろ、あるねぇ~。

でも、観察するだけって、なんかもどかしい気もするね。

直接ご本人たちと話をしていろいろ聴いてみたい気もしてくるのだが、そもそも一方的に観察してしまっているので、話しかけて根掘り葉掘りきくものでもないし。

こんな取りとめもない観察をどうまとめたらいいんだろう。
しかも英語で。
なんか散漫な観察だったような気もしてしまうなぁ。そんなもんだろうけど。

明日はなんとかまとめる方向で。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2006-10-04 01:02 | プロセスワークの参加体験