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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

カテゴリ:ファシリテーターとして( 218 )

Facebookで発信するようになって以来、ブログは開店休業状態ですが、最近、facebook以外にも発信の場があったほうがいいと思い、新たにホームページを立ち上げました。

身体でイメージを形にするワークショップ

今後のワークショップの予定等はそちらでご確認ください。

facebookでも、こちらで今後の予定は発信しています。

facebook未加入でもどなたでもご覧いただけますので、よろしくお願いします。

そしてこのブログはますます開店休業に・・・
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by matsuzoh2002 | 2015-07-27 15:04 | ファシリテーターとして
昼間は拘束されます。夜は未定。ワークショップをやるわけではないです。不思議なオファーをいただきました。

前後の滞在時期とか未定です。できれば前後の月曜や金曜にワークショップのオファーをくれたりする人がいらっしゃったりするとありがたいですが、まあないでしょうねと思いつつ、一応アピール。

土日がふさがってたら、難しいわな、普通。
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by matsuzoh2002 | 2012-11-02 20:52 | ファシリテーターとして
前からぼんやりとは考えていたことを文章化しておく。

僕のワークショップでは「人間彫刻」という手法を使います。

人間の身体を使って、彫刻のように静止した状態で場面を表現する・・・のが「人間彫刻」です。

たとえば「こんな問題が起こっている」という状況をめぐる様々な人たちを「彫刻」として表現します。
「問題に苦しんでいる人」「問題の原因になっている人」「仲裁しようとしている人」「どちらかに味方しようとしている人」「傍観している人」・・・などが登場するかもしれません。

人間彫刻で表現することのメリットの1つは、問題が視覚化される、「見える化」されるということです。

問題をめぐる「構図」が、目に見える形で表現されることになります。

問題をめぐる人々の「感情」も目に見える形になります。

「見える化」は図や絵で示すこともできます。
人間彫刻ならではのメリットは、その立場にいると人はどう感じるのかということを体感できる、「感じる化」できるということだと思います。

様々な立場で人はどう感じるのか、何を望んでいるのか、擬似的に体験することができます。
自分が普段いる立場を他の人に表現してもらって、自分と対立するような立場に身を置いてみるとどう感じるのか?
自分の立場を離れて状況を客観的に見るとどう感じるのか?
擬似的に「視点/立場を変えて」状況を体感することができます。

演劇的な表現を活用すれば「感じる化」は可能です。
「人間彫刻」はセリフを言ったり動いたりしなくていいので、感じる化の手軽な入り口として有効です。

静止した彫刻からスタートして、その彫刻のポーズをしていると感じることを出発点に、感じていることを言葉にしたり動きにしたりして、発展させていくこともできます。

・・・このことを言葉で表現しても「見える化」「感じる化」されていないので、なかなか理解しにくいと思います。

ぜひ実際にワークショップを体験して、人間彫刻って何なのか、見える化、感じる化してほしいと思います
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by matsuzoh2002 | 2012-10-13 00:18 | ファシリテーターとして
大阪大学のワークショップデザイナー養成講座がスタートし、日曜・月曜と参加してきました。

10数年前にワークショップというものに出会って、それにハマって、ある意味人生をそれに賭けようとしている僕にとっては、こういう講座が成立していること自体が感慨深かったりします。

2日間とも講師=ファシリテーターは平田オリザさん。国内外の様々な場所でワークショップをされているだけに、いろいろと勉強になります。僕のワークショップも演劇ベースですが、どちらかというと、主に身体で感じることを表現することが多いので、今回、そして今後、テキスト(台本)を使ったワークをしていくということで、新鮮に感じます。

と同時に、どこかもやもやする感じも残ります。

一夜明けて、もやもやの正体が多少つかめたので、書き残しておきたいなと。

アクティビティ(活動/作業)の時間とレクチャーの時間が織り交ざっているが、もうちょっと「双方向」の感じがほしいなと、そこが弱いな、と感じている。

もちろん養成講座であるし、「ワークショップとは何ぞや」「ワークショップデザイナーとは何ぞや」ということも、伝えていかねばならないという「伝達」も必要なのはわかるのですが、講師から情報が降りてくる度合いが強くて、対話を通して参加者同士の意見や感想の多様性から学ぶ度合いが弱い印象。

その辺のもやもやがどこから来るのか、一夜明けて今朝くらいから見えてきたのは、何かを「伝えやすくする」ためのワークショップという側面と、「対話をうながす」ためのワークショップという少なくとも2面性があるということ。

平田さんは「伝えやすくする」ワークショップの側面に軸足を置いているという印象を持った。まず自分の演出の方法論を役者たちに伝えるためにワークショップを取り入れ、それを役者以外のひとにやってもいろいろと面白いことになるというようなことをおっしゃってた。
アーティストの技量を伝え、人へとつないでいくためのワークショップ。
もちろんワークショップだから、「俺の演出どおりに動け!」というような一方通行なコミュニケーションではなく、参加者の反応や多様性を大事にしながら進めていくし、参加者の自由な発想・行動に委ねる部分も大きい。
これもワークショップの大事な一側面。

そしてもう1つの側面。ファシリテーターは特に何を伝えるつもりもなく、参加者同士の対話がより進むようにするための黒子に徹する。
ファシリテーターはほとんどレクチャーしない。参加者同士が対話やアクティビティ(さまざまな活動/作業)から学んでいくための仕掛け作りに徹する。

どちらかというと僕はワークショップのこちらの面に惹かれたのだな・・・という事に気づくとだいぶすっきりした。
講師のレクチャー部分よりも、参加者同士で感想をシェアする時間がほしい!と思うのはこのあたりに起因するのだなと。

平田さんとは立脚点が違ったようである。

こちらの記事でも書いたように、「ワークショップをやりたくて、たまたま演劇のワークショップをやるようになった人」と「もともと演劇をやっていて、ワークショップをやっている人」の立ち位置の違いということか。

これに気づけば、意見・感想・質問も出しやすくなりそう。

様々なジャンルの面白そうな方々が集まっているし、今後が楽しみです。
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by matsuzoh2002 | 2012-10-09 17:10 | ファシリテーターとして
昨日はワークショップデザイナー育成プログラムの説明会を受けに阪大・豊中キャンパスへ。
大学のキャンパスに足を踏み入れるのは久しぶり。すれ違う学生を見てると学生気分に戻ったような気になるが、もはや自分はどちらかというと、同じすれ違う人たちの中でも教授みたいなおじ様方の方が近く見えているだろうかな。そとみとなかみが一致しませんemoticon-0110-tongueout.gif

さてワークショップデザイナー育成プログラム。「すでにワークショップを提供する側になっているんだから、受ける必要ある?」という声も自分の中にはある。けれども、それだけで食えるようになっていないからには何か足りないということで、ひょっとしたら足りない何かが補えるかも?という思いとともに説明会に参加した。

この20年ぐらいの間に社会的にある程度定着したワークショップ。
結構早い段階(95年ごろ)でその言葉に触れ、背景にある考え方に共感し、おかげで人生が変わってきた身としては、「ワークショップ」に興味を持つ人たちが集まる場にいたい・・・という思いは強い。
いろんな分野の人が集まるらしい子このプログラムはうってつけかも・・・と。

個人的な第一義はネットワーキング。その先に期待したいのはコラボレーション。

説明を聞きながら、自分の立ち位置があらためて見えてくる。

阪大がワークショップという言葉を説明するにあたってのキーワードは参加型、体験型、双方向型、とのこと。

双方向型・・・こだわりたいところです。

ワークショップと名のつくものは増えたけど、「双方向型」でないものでも結構名乗っているのものが多いので、違和感を感じてしまう。確かに参加・体験してるんだけど、講師が正解を持っていて、その正解の通りにやればいい・・・というのはワークショップは呼びたくない。
けど、この点は世間的にはあまり頓着されてない気がする。

あと先日「演劇やってる人/やってない人」を話題にしたのとも絡むのですが、今回説明していただいた先生が「演劇をやっていて、ワークショップをやっている人」だったこともあり、僕は「ワークショップそのものにまず興味があって、その流れでワークショップをやりたくなった」というのが軸足にあって、ワークショップの中で一番興味引かれているのが「演劇を使ったワークショップ」だったというのを再確認しました。

微妙なところですが、演劇関係の講師陣も結構いらっしゃるということで、自分が何者か整理しておかないと、なんか自己紹介のときなどに、あたふたどぎまぎしそうで。

「ワークショップをやりたくて、たまたま演劇のワークショップをやるようになった人」と「演劇をやっていて、ワークショップをやっている人」の立ち位置の違い、自分的にはすっきりしました。
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by matsuzoh2002 | 2012-08-09 16:23 | ファシリテーターとして
今までやったことないことをワークショップでためしてみたいと、文献にあたってみたら、その本に「創造的になろう。(本などの)情報源が与えてくれるものばかり当てにしないように。自分の力を試してみよう。」と言われたなう。

確かに。
おかげで、その本からエッセンスをいただいて、今までやってきたことをアレンジする方法を思いついた。
本に書いてあったエクササイズをそのまま試すよりも、今までのやり方をアレンジしたものの方が、場の流れには無理なくなじむような気がする。

いろいろ試してみよう!結局ワークショップは現場で起きるんだから。
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by matsuzoh2002 | 2012-07-29 22:29 | ファシリテーターとして
26日のフォーラムシアタークラブ(FTC)でのひとこま。

人間関係ってむずかしいなと思う時は?と問いかけて、そんな瞬間を「人間彫刻」で表現してもらう。

人間彫刻は、複数の人にポーズを取ってもらって、しっくりくる位置関係に並べて、人と人との関係性を表現する方法。
「この人はこういう人で・・・」という説明をいっさいしないで表現してもらうことも可能。
つまり人間彫刻の「作者」以外は、彫刻になっている人も含めて、「この人たちは何者なのか」という言葉での説明を受けないままに、想像しながらワークを進めていくことになる。

そんな人間彫刻を表現してもらうと2人の人物が登場する構図になった。

「人間関係ってむずかしいな、と思う瞬間」に続いて、「こうなってほしくない、という状況」を表現してもらった。

距離を置いて、背を向け合って立つ2人。「断絶」という言葉がふさわしいような状況。

その状況から、ファシリテーターである僕が1回手をたたくごとに「1歩」ずつ、「役としてどう動きたいのか」という、その場の気持ちのままに、動いてもらう。(「1歩」は比ゆ的な表現で、動きたくなければ全く動かなくてもかまわない。動くとしても「1歩ずつ」ということ。)

1回ずつ手をたたいていくと、2人とも振り向いたあと、1人はすぐに背を向けて遠ざかり、もう1人はその背中を見つめる・・・という様な展開になった。
「作者」の説明を聞かないままに、彫刻になった「役者」の想像力にまかせた展開なので、これが作者にとってリアルな展開とは限らない。全く見当違いのありえない展開になることもある。けれども今回は、作者の反応を見ると、どこか意義のある展開になったように見受けられた。

今度は「こうなってほしい状況」を表現してもらう。

意外なことに、さっき「こうなってほしくない」ところから展開したものをほぼそのまま表現された。
1人は相手に背を向けて、もう1人が遠くから相手の背中を見つめてる。
これが「こうなってほしい状況」だと。

あえて作者の言葉による説明を聞かないままワークを進行させ、最後に何を表現して、それが展開されていく中で何を感じたのか聞いてみる。

すると「こうなってほしくない」と思って表現したものが、あとの展開をみると「これでいいんだ」と思えた・・・ということだった。「こうなってほしい」と今思えた、と。

つまりは、「『断絶』した状態にはなってほしくない」と思っていたのが、その後の展開を見て「適度に距離を置いた関係っていいな」と思えた・・・ということでした。

こんなこともあるんですね。
「こうなってほしくない状態」を表現することが「こうなってほしい状態」を見つけるきっかけになるなんて。

頭の中で考えているだけでは、なかなか起きないことだと思います。

頭の中で思い描いていたことを、言葉を超えた表現で外に出してみて、自分の手を離れて展開していく中で、思わぬ発見がある・・・・これも「劇的に動かすワークショップ」の醍醐味の1つだと思います。
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by matsuzoh2002 | 2012-07-28 13:04 | ファシリテーターとして
ドラマセラピー教育研究センター主催、講師:熊谷保宏さんによって行われたフォーラムシアターのワークショップの様子が紹介されています。こちら

ドラマセラピスト尾上明代さんのページより
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by matsuzoh2002 | 2012-07-28 11:44 | ファシリテーターとして
「フォーラムシアター」は観客に問題を提起して、問題に取り組んでもらうための仕掛け。

問題が発生して、困っている人がいる。問題の解決策を思いついた観客は、その困っている(役の)人の代わりに舞台に上がり、解決策の実行を試みる。

そのためには、「困らせる」役の人が重要。その人が急に優しくなったりしたら、せっかく用意した問題が、あっさり解決しすぎてしまう。
しっかりと「困らせてあげる」事も大事。その人が優しくないからこそ問題が起こっているのだから。
逆にあまりにかたくな過ぎて、どんな解決策を試しても何の変化も起きないのも困るので、バランスも大事なのですが、それはまた別のお話。

今日は「フォーラムシアタークラブ@宝塚」の日でしたが、その名前とは裏腹に普段フォーラムシアターをほとんどしてこなかったので、一部のメンバーは「困らせる」役をやることに苦手意識があることが判明。

無理やりやる必要はないものの、困らせる役はフォーラムシアターでは必要な役どころなので、できればできるようになってほしいもの。
困らせる役を演じる力を育てることにつながるようなエクササイズも、そういえばいくつかあったなあと思いつく。
次回はあまりやったことのないそのエクササイズを試してみるときでしょうね。

12月1日(土)にフォーラムシアターのワークショップ「人間関係ってむずかしい? あなたならどうする劇場(仮題)」実施予定。

そのために、今までの平日午後開催に加えて、9月からは土曜日にもフォーラムシアタークラブを開催することに決定!

次回平日は8月30日(木)午後、土曜1回目は9月22日午後の予定。

いろいろ楽しみになってきた!
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by matsuzoh2002 | 2012-07-26 21:19 | ファシリテーターとして
International Workshop Festival 2012ではドラムサークルにも申し込みました。

数年前くらいから興味はあったんですが、当時は多少探してもすぐに受ける機会がなかなか見つからなかった記憶があります。
今回の講師をされるというどんちゃか村の子供たちのサイトを見ると、結構いろいろと活動されているようで、気に入ればまた受ける機会もありそうです。 

まだ未体験なドラムサークルですが、そちらのサイトにもあるようには、 ドラムサークルは、『誰でも参加OK』です!!というところがいいですね。

自分でやってるワークショップも「誰でもOk」ですし、最近行ってないものの、一時期ハマったビオダンサもそうでした。

音楽にせよ、演劇にせよ、ダンスにせよ、誰でもOKなものは個人的にツボなのです。

うまくなくていい。
それよりも大事なのは、体験を通して感じること。どんな体験ができるか楽しみです。
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by matsuzoh2002 | 2012-07-23 13:23 | ファシリテーターとして