ブログトップ

身体で思いを形にするワークショップblog

karadaws.exblog.jp

「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

カテゴリ:ワールドワーク@エルサレム07( 21 )

2007年の5月にイスラエルで、パレスチナ人とイスラエル人とその他の人々が参加する「ワールドワーク」に参加しました。

僕はそれ以来参加していないのですが、ワーク自体は去年も今年も継続しています。
今年は3月末におこなわれたということで、去年も今年も参加した、大学院時代の日本人の同級生DAYAがレポートを書いてくれてます。

【ワールドワークリポート1】子供からの声。「どうか、僕を叩かないで。僕に自由をください。」

【ワールドワークリポート2】「問題」の大きさが持つランク(パワー)。イスラエル人の声。

まだレポートは続くようなので、今後も楽しみです。

レポートを読んで、このワールドワークが回を重ねるごとに、成熟しているな・・・という印象があります。

2年前にも親に連れられた子どもの参加はありましたが、子どもの声がワークの場で中心的ににとりあげられるということはありませんでした。

また、パレスチナと相対すると「加害者」としての側面といやおうなしに向き合うことになってしまうイスラエル側の声も、そう簡単にはでてきません。
それが出てきたのは、このワールドワークの空間の中では機が熟した・・・ということなんだと思います。

しかし、外に眼を向ければ、去年から今年にかけてのガザ地区に対する空爆があったことを、日本で暮らしているとつい、もう忘れてしまいそうになりますが、忘れてはなりません。そんな中での両者が顔をそろえてのワールドワークの開催には相当な困難が伴ったことと思います。

ワールドワークという限られた空間の中での成熟した対話ができる環境。
外の世界へも、その対話が広がってほしいと願います。

なんとか機会を作って、また参加したいなぁ・・・。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2009-04-11 17:46 | ワールドワーク@エルサレム07
何となく最後に個人的まとめを書いてみたくなりました。

イスラエルに行く前は、「イスラエル=抑圧者=悪/パレスチナ=犠牲者」という構図以外の見方をほとんどできていませんでした。

イスラエル=紛争地帯という見方で、そこで「観光をする」ということに対しては「そんなことしてていいの?」という感覚がありました。
これもパレスチナ寄りに偏った見方かもしれませんね。

行く前は相当ビビッてました。気の抜けない毎日が続くのではないか?なんて思ってました。

しかしながら、たどり着いてみれば、最大の都市テルアビブは平和な空気。

川沿いから地中海まで散歩ができる・・・といういい場所にホームステイをさせてもらったこともありましたが、日本とほぼ変わらないくらいのでは?という安全さでの生活がそこにはありました。食費は日本より高めでしたし、ほぼ先進国・・・という生活レベルだったと思います。

この平和な空気を維持するために、イスラエルには兵役があり、街角でも銃を持った兵士を見かける機会は確かにありますが、物々しい雰囲気が漂っていることはありません。
あくまで基本は平和な感じです。
ただ、その平和の影にはパレスチナを支配下に置いていることは頭では分かってました。けれども、テルアビブの街の中でそれを実感することはありませんでした。
テルアビブの街の中にもアラブ人街はあり、コーランが流れているのを聴いたことはありました。けれどもそれが緊張を生んでいたという印象もありませんでした。

ワールドワークの前週にテルアビブでプロセスワークのセミナーに参加する中で、イスラエルの人たちと多少なりとも知り合えたり、いろいろ親切にしてもらったこともあり、徐々に、イスラエルの方に親近感が沸いてきました。

エルサレムに移動して、「パレスチナ人だけどイスラエル国籍」のタクシードライバーに連れられて、パレスチナ占領地のベツレヘムを訪れました。ここで「パレスチナ人だけどイスラエル国籍」という人に出会えたのは興味深い体験でしたが、彼も商売人。ベツレヘムも観光地だし、出会ったのは観光ガイドとお土産物屋の人たちだけ。パレスチナに親近感を感じるには、なかなか至りませんでした。観光ってそういうもんですけどね。

ワールドワークが始まり、パレスチナからの参加者とも数多く出会いましたが、仲を深める・・・というところにはなかなか至りませんでした。
パレスチナからの参加者はイスラエル領内に入るには検問を通過する許可証が必要で、しかも一部の例外的な人を除いて、毎日検問を抜けてパレスチナ占領地へと戻らないといけない。そんな事情もあってか、3日間通しで参加する人も少なく、交流が深めにくかった。

そんなイスラエル当局のルールによって、パレスチナ人は夕食以降会場に残れない。ある意味ワークの時間以上に交流が深められる時間なのに。

僕がファシリテートしたワークショップも、早朝だったので、パレスチナ人はほとんど参加できなかった。とても残念。
ワークショップはとても好評で、参加してくれたイスラエルの人からより一層声をかけられるようになり、交流が深まった。
来年はぜひパレスチナの人にも参加できるように、なんとかしたいなぁ・・・。ワーク本編に組み込んでもらうのが無理でも、朝でも夜でもいいから事前に日程に組み込んでもらって、そこまで含めて許可証を取れるようにしてもらおう。そうしよう。

そしてワーク最終日にはパレスチナ/イスラムの文化・社会・宗教的伝統はどうも好きになれないなぁ・・・というところも多々実感されて(元々知らなかった訳ではないけど)、パレスチナに肩入れする気分はさらにそがれた感じ。
「宗教にとらわれずに自由に生きられる」という雰囲気は、パレスチナよりもイスラエル

ワークを終えてみて、イスラエルの人たちの顔の方が、パレスチナの人たちより、いっぱい思い出せるんですよね。

だからといって、「イスラエル=抑圧者/パレスチナ=犠牲者」という構図は消えたわけではないのですが、イスラエル=ユダヤ人の持つ「ホロコーストという悲惨な歴史」と「その後にやっと手に入れた祖国を、手放してなるものか!」という思いについて、僕も相当、共感的な理解が深まりました。

どちら側の声に偏ることなく、より多角的な見方ができるようになってきた・・・と言えるのかも知れません。
しかしまぁ、イスラエルの抑圧的・支配的な部分や、パレスチナの伝統に対する反発心は消えたた訳ではありません。そういう意味ではまだ偏ってるところもあります。

来年(5月9日~12日の予定)も参加するつもりなので、これは思い出にとどまらず、続いていくお話です。

どんな風に続いていくのか、楽しみです。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-10-10 15:33 | ワールドワーク@エルサレム07
その10の続きです。

2007年5月19日(土)、3日間のワールドワークも大詰めが迫る。
午後のグループ全体でのワーク終了後の小グループのワーク。

グループ全体は4,50人参加者がいるので、まったく発言できない人が多いこともあり、そこで発言できなかったことも含めてフォローする場として、もう少し小さなグループでワークする場が用意されている。

けれども、2日目はスモールグループの時間はカットされてたので、小グループの時間が取られたのは1日目と3日目だけ。

僕ともう1人日本人Mちゃんでファシリテーターチームを組んだ小グループは、1日目はパレスチナ3、イスラエル2、アメリカ1、とわれわれ日本2というグループでした。

でも3日目、パレスチナの参加者は1日ごとの入れ替わりが激しいこともあり、その3人中1人しかいなかったようだ。

そして、イスラエルの参加者2人は、他のイスラエルの参加者達と「水タバコを吸ってくる」と言って、小グループには不参加・・・っていうか独自の小グループを勝手に作ってしまいました。
ちょっと「え~」と思ったけど、よう止めませんでした。気の合う仲間とリラックスしたいのも分かるけど、パレスチナとイスラエルの交流が主旨なのに・・・と思うと少し残念。
こういう時間割でやるよ~と事前にきっちり決まっていたわけでなく、アバウトな進行なので致し方ないのですが・・・(これは今年の運営チーム会議に話しておくか)。

そんなわけで、3日目の小グループは、1日目いたメンバーはパレスチナ1、アメリカ1+日本2が残り、新たに加わった人が思い出せない・・・。イスラエルの人が1人か2人?だったかな?
という5,6人のグループでした(あいまい(^^ゞ・・・なんせ5ヶ月前だし)

1人残ったパレスチナの参加者は1日目に英語→アラビア語の通訳をしてくれた女性。
とてもしっかりしている人だな・・・と思ってたのですが、なんとまだ高校生だということでした。
そしてこの日は他にパレスチナの参加者もいないので、通訳の重荷からは彼女は解放されていました。
1日目は通訳に追われて、さらには男性優位のパレスチナ文化のせいもあってか、彼女自身の意見はあまり聞けなかった・・・という印象がありましたが、この日はゆっくり話してもらえました。

そんな彼女の口から、さっきまでグループ全体でも話題になっていた「伝統」が重くのしかかるお話・・・。

彼女の両親は離婚しているのだそうですが、離婚すると、パレスチナでは親権は原則として父親の方に行くそうなのです。
しかし、父親が暴力をふるったため、例外的に今は母親との同居が認められている・・・という状況なんだそうです。

それはひどい!とその場に居合わせた人たちはみんな彼女の手を取って励ました。

そんな辛い状況について語るときでも、彼女はとてもしっかりしていた。

しかし、ちょっと許せん!と思いましたね。

イスラム=男尊女卑という見方は、検索してみると否定/肯定いろいろあるのですが、親権が原則として父親にいく・・・というのは、女性の立場からすれば納得いかん話だろうなと思います。

そして父親が暴力を振るったから母親との同居OKというのが、あくまで「例外的に」・・・というのも、なんとも納得いかない話です。
女性やこどもに選択権がないのはなんとも不可解です。

個人の自由、という観点からみると、やはりパレスチナ社会/イスラム社会には首を傾げてしまうなぁ・・・という話でした。
彼女が前向きなのが救いだと感じました。
抑圧的な伝統に立ち向かってほしいなと思います。(他人事ではなく、自分にも返ってくる言葉です)
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-10-10 00:56 | ワールドワーク@エルサレム07
その9の続きです。忘れた頃に続く報告です。

とびとびに書いてた記事をまとめて読めるように、「ワールドワーク@エルサレム07」というカテゴリを作りました。さかのぼって読まれたい方は、そちらをどうぞ。

さてさて、エルサレムワールドワーク3日目=最終日、2007年5月19日(土)午後。

パレスチナの人の声を主に聞いていこうという流れの中で、ある発言があった。

どんな流れで出てきたのか覚えがない。突然出てきたと言う印象。

それはあるパレスチナの参加者への非難のようなものだった。

パレスチナ・イスラエル以外のある参加者(女性)と、そのパレスチナの参加者(男性)が、結婚もしていないのに公然と「いちゃいちゃ」しているのはけしからん!というのだ。

確かに僕もその場面は、ワークの合間に見かけていた。

「へ~、仲いいんだ」とは思っていたけど、個人的には「まぁ、大胆だね~」とは思えど、「けしからん」とは思わなかった。
しかしイスラムって、男女の関係に関して厳しいんだよな・・・ということは漠然と知ってはいたので、「けしからん」という反応があるのもわかる気はした。

持ち出されてくるのは「伝統」だ。
「人前でのいちゃいちゃ」のみならず、「交際」自体が問題視されている。

「社会が危機にあるときには、文化的・宗教的伝統が心のよりどころになり、それを守ることが重視されることはよくあることだ」とそれをサポートする声が上がる。

なるほど、と思う。
パレスチナが危機にあるのは確かだ。しかし、そんな時に文化的・宗教的な伝統を重視する声・・・いわゆる原理主義ですか。

日本でもモラルやら秩序やらの乱れを嘆いて、戦前を懐かしんだりする声はあるよね。

そういう声があるのは、僕も知的には理解できる部分はあるが、感覚的にはそんな時代遅れのものを持ち出されてもねぇ・・・。われわれの意識や感覚はもうそこには戻れないんだよ!」と思う。
・・・日本の状況に対しては、そう言える。
しかし、イスラム社会、パレスチナ社会は異文化・異社会なので、口は出しにくい。

ただ伝統を持ち出されるのは窮屈だなぁ・・・と思う。
イスラムの女性に惚れた経験はないけど、将来そんな機会がもしあっても、そういう伝統の存在は障害になるだろう。それゆえにあきらめないとも限らない。

伝統を押し付けられることに対するやりきれなさ・・・それに対して、非難を受けた当事者以外の、別の非イスラエル/パレスチナ以外の参加者からも強い反応が現れ、「伝統を押し付けられることで、自分らしく生きることが認められない辛さ」が語られた。それは、イスラエル/パレスチナの対立を越えて、世界各地で起こっている普遍的な問題だと思う。
イスラエルのセクシュアル・マイノリティからもいくつか発言があった。
パレスチナのセクシュアル・マイノリティ・・・そういう傾向もないことはないだろうに、なかなか表には出てきにくいようなことになっているんだろうな・・・きっと。

ジェンダーやセクシュアリティに関しては、非常に抑圧的な「伝統」は多い。時代の変化によって、自分のあり方・生き方を肯定できるようになっているのに、時代遅れの伝統を持ち出されるのはホントに勘弁してほしいと思う。

ワークは、パレスチナの男性が、皆の前で、その女性に対して「愛している」と公然と語る展開となった。
異なる宗教・文化の間での恋愛・結婚には大きな困難だ付きまとうけど、幸あれ・・・と全体的にサポートする雰囲気ができて、終わっていった・・・と思う。もう5ヶ月前だから忘れかけているけど。

パレスチナとイスラエルの人の間にロマンスはありうるのだろうか?と、ふと今思った。

接触する機会がほとんどないから、ロマンスもほとんどないのかもしれない。

今回話題になったのはパレスチナと非イスラエル/パレスチナの2人の間の恋のお話だった(2人はこのワールドワーク以前に知り合ってた)けど、イスラエルとパレスチナの参加者の間に恋が生まれて、ワークの中で話題として取り上げられるほどに、両者の接触が密になるくらいこのワールドワークが続いていくと面白いな・・・とふと思った。


来年のエルサレムワールドワークも5月9日~12日で日程が確定したようです。
多分来年も行きます。

今年のワークの報告はもう少しだけ続きます。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-10-08 00:29 | ワールドワーク@エルサレム07
忘れた頃に続く報告。その8の続きです。

ワークの最中に取っていたノートは、日本に置いてきてしまったけれど、過去のことを振り返るに、今はちょうどいい時間が取れるので、覚えていることを頼りに書き進めます。

エルサレムワールドワーク3日目。2007年5月19日(土)午後。

いよいよグループでワークをする時間も最後ということに。

昨日の午後はイスラエルからの参加者にスポットが当たったこともあり、この日はパレスチナの参加者の声を聞こうという空気に。

何人かのパレスチナの参加者が発言する中で一番印象に残った話・・・。

イスラエルの独立宣言の後の戦争で、家を失ったパレスチナ人は多い。

参加者のおばあちゃんもその1人。

パレスチナ占領地からイスラエル領内に入る機会がなかなかない中、その機会を得たおばあちゃんは、久しぶりに自分がかつて生まれ育った家を訪ねた。

家はそこにあった。けれども、そこには見知らぬイスラエル人家族が住んでいた。

おばあちゃんは、その家の門を叩き、ここはかつて私の家だったと語った。涙ながらに。

その家に住む家族はその話を聞いて・・・泣いていたそうだ。

聞けば、その家族も、モロッコからイスラエルへの移民で、モロッコに残してきた家のことを思い出し、泣けてきたという。

モロッコもアラブ諸国の1つだが、古くからユダヤ人が居住していたらしい。けれども、イスラエル建国後、ユダヤ人排斥運動が起こったということ(僕も詳しくは知りませんでしたが、ここに記述あり。しかし、ここはそれ以外の記述まで読むと、実に奥が深く考えさせられました)で、モロッコから追われるようにイスラエルへ脱出する人も多かったという。
この家族もそんな風に、追われるように脱出したのかも知れない。

パレスチナ人もユダヤ人も家を失った悲しみに泣いている。
なんとも複雑で印象に残る話だった。

民族紛争が起こり、共存していた異民族が追いやられ、家を失う・・・。

同じような話は、今回の参加者が撮影したキプロスのビデオにもあった。

日本ではあまり知られてないのですが、ギリシャ系の(南)キプロスと、トルコ系の北キプロスに分断されていて、北キプロスはトルコ以外世界中のどの国からも承認されていないという状態で、分断された際に、それまで混住したいたのが、南北に真っ二つに分かれてしまったので、家を失った人が相当いるということです。
北にあった家を失って、南に移り住まざるを得なかった人が、北の家を訪ねる(南と北が逆だったかも)・・・というビデオ、ことばの問題もあってよくわからない部分もあったが、これまら何とも複雑だと思った。

共存できずに家を失う・・・。哀しいことだ。

共存できないものなのかな。
厳しい現実はあるけれども、多様性を尊重して共存できる道を探っていきたいものだなと思います。いろんな面で。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-09-08 01:23 | ワールドワーク@エルサレム07
2日目の夜は、参加者の両親が歌手だということで、ミニコンサートがあったり、その流れで、「歌の夕べ」みたいな場になって、「イスラエル人、歌好きだなぁ」と思いました。宗教的な歌なのか、世代を超えてみんなで歌えるような歌がいっぱいあるのがうらやましいと思った。

その後は、何となく「水タバコ」の集いへ参加。宿まで水タバコマシーンを持ち込んでる人がいて、社交の手段としては相当メジャーだということがよくわかります。
日頃タバコ吸わない僕も、一応加わってみたが、紙巻タバコほどキツくはないので、咳き込んだりもしなかったが、いったい何がいいのか分からなかった。イスラエルについてから痛めっぱなしののどにはいいことないだろうし、早めに退散。水タバコを囲んで過ごす夜・・・の雰囲気はよかった。けど、この日は朝ファシリテーターをするところから始まってるので、眠い眠い・・・。

そんなこんなで3日目午前。

イスラエルの女性から、「昨日僕の人間彫刻のワークショップで「夢」を表現したとき、自分でも何を表現したのかよくわからなかったけれど、昨夜見た夢で、その意味が分かった」・・・という何ともミステリアスなフィードバックをもらった。
そういうこともあるんだなぁ~。よく分からないまま「夢」を表現した・・・という時点でこの人の感性はすごい面白いと思う。それが夜見た夢で意味が分かるなんて素敵過ぎる。夢を重視するのはユング心理学の流れを汲むプロセスワークの面白いところで、演劇系のワークショップとプロセスワークを組み合わせていくと、こういうミステリアスなことがどんどん起こっていきそうな楽しい予感。

さてさて昨日に続いて午前中は、アートのワーク。

昨日は2人組で絵を描くワークだったが、今日は5人で絵を「夢」を描くとのこと。

僕のワークでも人間彫刻で「夢」を表現したわけで、「かぶってるやん!」とも思ったけど、夢を表現するのは何度やってもいいものです。5人で描けば、またいろいろな展開をするだろうし。

近所に座ってたイスラエル人女性3人とベルギーの女性と5人組ができて、どこで描いてもいいというので、クレヨンを持って外に出ることに、いい感じのテーブルとイスがあって、ちょっとずらせば木陰にいい感じで収まった。

さて描こう、というところで、ひらめいて「全員黙ってかくのはどうだろう?」と提案。みなの反応もよく、それでいくことに。

僕は絵心がないので、あまりアイデアも浮かんでこず。他のみなさんが結構サクサクと描き進めるのに、たまにチョコチョコ乗っかる感じで加わってました。

できた作品はこちら。a0035574_038319.jpg

僕はこの絵の「右下」にあたる所に座っていたので、こっちが上でいいのだが、3人は逆側に座っていたので、逆の状態を見ながら描いてたことになる・・・そういう絵です。

外で描いていたせいか、自然あふれる感じの絵にいつの間にかなっていて、誰かが魚を描いて、口から吐く息がハートの連なりになった。

ふと、この自然の中に人間がいてもええやん!という気が起きてきて、どこかに登場させたくなった。
魚の上にあるハートを見て、ここだ!と思って、魚にまたがらせてみました。

僕が描いた代表的なところはそこですわ。
あとはほとんど、他のみなさんが描いてくれました。

木陰で、黙々とピースフルな絵ができあがっていくのは、何だか至福のときでした。

描き終った後は、会場に戻って、他のグループとシェアリング。

にぎやかな絵からシンプルな絵からいろいろありました。
a0035574_0532658.jpg
右の絵は「イスラエルとパレスチナの国境が自由に行き来できますように」という願いが描かれてます。

次の絵はパレスチナの子ども達が描いた絵で・・・
a0035574_055247.jpg
建物には「OPEN」という札が掛かってます。

僕はてっきり、こっちも、イスラエルとパレスチナの境界検問所が「OPEN」ということなんだと思い込んだのですが、これは病院なのだそうです。

どうもパレスチナは医療事情もあまりよくないらしく、病院も満足に開いていない・・・という状況があるようです。
それでも子どもたちは「看護婦になりたい」って夢を語ってたっけ。
夢が叶い、病院が開いてるという当たり前の状況が現実になるように・・・。そう祈ってます。

パレスチナとイスラエルの両者が集まったグループもあって、シェアリングの時間も和やかな雰囲気でした。

共同作業をするというのはやっぱりいいよな・・・と、あらためて思いました。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-08-05 01:11 | ワールドワーク@エルサレム07
その6の続きです。

1ヶ月も報告の間が空いてしまいました。このブログとは別に、原稿を依頼されていることもあり、いろいろ思い出す意味でも書いておこうと思います。



エルサレムワールドワーク、2日目、午後。

もう2ヵ月半経つので、かなり忘れてます。

昼食時から、元パレスチナゲリラで、元イスラエル兵と一緒になって「Combatants for peace(平和のための戦闘員)」という活動をしている男性が合流。
午後の冒頭はその人の話から始まった。

・・・というのはノートを見て思い出したところ。話の中身はほとんど覚えていないが、ゲリラ・兵士以外にもメンバーを広げて、パレスチナ・イスラエル以外でも活動を広げていきたい。そのためには「戦闘員」という名前は変えた方がいいのかも・・・ということだった。

先週「ミュンヘン」を見た今思えば、ゲリラとして活動した経験があるからこその平和への思いがあるのかもしれない・・・と思う。彼らのサイト(英語)を発見。

こういう、対立を超えた平和への取り組みがあるのは、希望が持てることだと思う。



そして、テーマを決めてワークをする時間へ。

1日目はテーマを思いつくまま出し尽くして、その中から選んでいく・・・という「順序立てた」テーマの決め方だったので、今日は、すでに浮上しかかっているテーマをそのまま取り上げよう・・・という「順序立ってない」決め方で決めることに。

この日の午前、2人組で絵を描くワークの後のシェアリングで、「全然描けなかった」というイスラエルの男性がいた。その後の発言が頭に入ってこなかったのだが、どうもパレスチナの男性との間で感情的もつれがあった模様。

昨日は最終的に2人の女性が中央に残った。今日は男性2人が中央へ。

うろ覚えだが、ノートを見る限り、パレスチナの男性が、自分たちのことをわかってもらうために自爆テロに向かってしまう背景を語ったが、それがイスラエルの男性には受け入れがたかった・・・ということがあったようだ。

かなりの距離を置いて、向き合う2人。

話の流れの中で「水タバコ」が出てきた。中東では、1台の水タバコを回し吸いするのが、親交を深める大きな手段の1つなので、ファシリテーターは「2人で水タバコ、やるか?」と水を向けるが、2人の答えはNO.
イスの距離が表すように、2人の距離は遠い。

ファシリテーターが、民族を超えて男性には一般的な「感情を見せることへのエッジ(抵抗感)」「助けを求めることへのエッジ」を指摘。

するとパレスチナの男性が立ち上がり、イスを持って、グッと距離を縮める所へ座り直した。

場の空気は一気に変わった。

ファシリテーターはイスラエルの男性に水を向ける。「パレスチナの彼は、エッジを越えて、行動を起こした。今度は君がエッジを越える番かもしれないね。どうだろう?」

ワークの焦点はイスラエルの男性へと移った。

自爆テロへの恐怖感が語られた。
どこで誰に殺されるか分からない恐怖。兵士として、相手の兵士と戦闘を交えるのとは、わけが違う恐怖。

そして、その恐怖はホロコーストの記憶へとつながる。
彼は家族・親戚を何十人もホロコーストで亡くしている。自爆テロの恐怖は、再び身近な人を亡くすのではないかという恐怖だ。
その恐怖が、パレスチナの人々に対して心開けない・・・ということにつながる。

そこで、この男性の恐怖感ついて、深い意識状態にはいって、ワークをすることに。1人のワークを周囲で支える・・・という形になった。

主に動作/身体感覚を通したワークになった。
場を緊張感が包む。
どんな動きをしてもいいように、周囲を人が取り囲む。
恐怖感からか、落ち着かない動きが続く。
床に倒れようとするので、周りの人々が受け止めながら、ゆっくり動く。

動きの中から、何が生まれてくるのか、行方の見えないワークだった。
再び立ち上がったところで、ファシリテーターが彼の耳元に何かをささやいた。
彼は落ち着きを取り戻すような反応を見せた。

その反応を見てファシリテーターは場全体に向けて言った。
「今言ったのは、『人は歴史に左右される存在だけれど、それだけではない。そこから自由にもなれるんだ』ということだ。」

僕もその瞬間、その言葉は響いた。
他の場所でも聞いたことがあるような言葉ではあるが、その瞬間に言えるのがすごいと思った。

あとで振り返ってみると、ちょっと力技のファシリテーションっぷりだったな・・・という気もしないでもないが、確かにその瞬間の彼には響いたし、僕も含めて場の少なからぬ部分には響いたと思う。

相手の反応(フィードバック)を見ながら進めるというのはありだし、ファシリテーターの中に浮かんできた感情・言葉を活用するのもあり。
しかし、耳元にささやくというのが、ちょっと意表をつかれた。
でもそれもありなんだな。

いろんなファシリテーションのしかたがあるなと勉強になりました。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-08-03 18:12 | ワールドワーク@エルサレム07
その5の続きです。

僕がファシリテートした「人間彫刻」のワーク終了後、午前中の正規のプログラムは「絵」を描きました。
パレスチナの女性ファシリテーターはアートを取り入れたワークショップもよくおこなっているということです。

2人一組で、大き目の紙に、クレヨンで絵を描くということでした。
僕はパレスチナの女性と組みました。頭にベールをかぶった、見るからにイスラム教徒という女性。

まず真ん中で紙を一直線に2つに区切り、それぞれ自分のエリアで思うように絵を描く・・・という指示でした。

さて、何を描こうかと、目を閉じて、浮かんできたイメージは、光でした。闇をバックにきらめく光。

イメージは明確。これが紙に表現しようとすると、どうしていいのやら困る。
花火みたいな絵を描いてみるが、違う。こうじゃない。赤・黄・オレンジなどで花火っぽい光を描けば描くほど。違う。闇をバックに、白くまばゆい光。バックを黒く塗り、真ん中を白く残せばうまく描けた?いや、どうも、今思い浮かべてもうまく描けたような気がしない。

そんなモヤモヤした気持ちのまま、次の指示をもらった。

2人で交代して、今まで、自分とペアだった人が描いていた絵に、描き加えていってください・・・とのこと。

そういう趣旨だったのか。自分の絵を描くことに集中しようとしながら、なかなかうまくいかないのにとらわれ、そういう意図があるのにまったく気づかなかった。

a0035574_13172630.jpg僕とペアを組んだパレスチナの女性が描いていたのは、大雑把に描くと、こんな絵だった。

自由に描き加えていいというので、僕はぼんやりしながら、この絵にどう描き加えていきたいか、イメージを探った。

浮かんできたのは、赤い顔をして、けばけばしい模様のある、毛虫というか青虫というか、蝶や蛾の幼虫だった。

で、自分の絵を描いたときと同じようにイメージは鮮明なのだが、それを表現する絵心がない。

何とか頭の中のイメージに近づくように描こうと努力したのだけれど、程遠いものしかできなくて、こんな感じになってしまいました。
a0035574_061730.jpgもちろん、実際には画用紙にクレヨンで描いているので、このまんまではないにせよ、かなり似た感じのものだったなぁ。

思い通りに描けなかったので、あまりいい気分ではないままにワーク終了。

2人でシェアリングをすることに。

そこでパートナーの女性に聞いてわかったことは、彼女が描こうとしていたのは、パレスチナの旗だったということ。(パレスチナが独立国になっていれば、「国旗」と呼べるのだろうけど・・・。)

a0035574_0142265.gifあとで調べて分かった、パレスチナの旗は左の通り。彼女も描き慣れていないせいか、うろ覚えなのか、左右が逆だったり、時間が足りなかったのか、緑の部分は描かれてなかったりした。
そのせいもあってか、僕には旗には見えなかった。

彼女は僕の絵を「いい」とは言ってくれたものの、僕の中では「パレスチナの旗に、こんなことしてよかったのかな?」という気持ちも生まれてしまった。「毛虫」だし。

「パレスチナもこれからきれいな蝶になって羽ばたけるといいですね」みたいなセリフも頭の中に浮かんでは来たが、現状が毛虫では、なんだか後ろめたい気もして、言えなかった。

自由に描いていいワークとは言え、なんだか複雑な気持ちになってしまったのも事実だ。

参加者全体でのシェアリングも行なわれていたけど、朝にファシリテーターをしたのが響いて、どんどん眠くなって、全然覚えてない・・・。

絵のワークって、どうも苦手なんだよなぁ・・・。好き嫌い、向き不向きと言うのはどうしてもあるもので・・・。

後で、とても絵のうまいイスラエルの人と話をしていて、「僕は頭の中にイメージが浮かんでいるのに、どうしても、それをうまく描けない」って言ったら、「私は何もイメージを持たずに描き始める。まず描き始めた上で、だんだんイメージができてくる」と言われて、なるほど・・・と思った。

しっかし、僕の場合には先にイメージが浮かんでしまうんだよな。そしてそれが表現できずもどかしい。「イメージする力」と「表現する力」って別もんなんだよなぁ・・・。

あぁ、もどかしい。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-07-03 13:20 | ワールドワーク@エルサレム07
どちら側の声を聞いても泣けてくるで書き損ねたことを思い出しました。

ワールドワーク期間中に書いていた日記があったのをすっかり忘れていたのですが、読み返したら、そこにワークの中で僕が何に泣いたのか書いてあったのでした。

それは、イスラエルの参加者が、平和を願う気持ちがありながらも、どうしていいのかわからない、平和のために何かができる気がしない・・・という無力感を訴えたときでした。

確かに、イスラエル・パレスチナ問題は、こじれにこじれた絶望的な状況で、そう簡単に解決しそうには思えない。

少し勉強しただけの僕のような第三者にも、その深刻さはよくわかる。

イスラエルに暮らす人なら、その平和の影にパレスチナの占領があることを、パレスチナの人々を目の前にして、感じないわけにはいかないだろう。

その心情を思うと、泣けてきた。当日に書いた日記によれば、これが一番泣けた瞬間だったようだ。

状況は違えども、日本にいたって、無力感は折に触れて感じるものだ。

無力感は消すことは出来ない。

ワールドワークはそんな絶望的な状況の中に差す一筋の光。

無力感を抱えつつも、ちっぽけな自分にも出来ることを探っていけばいい。そう思う。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-07-02 01:04 | ワールドワーク@エルサレム07
1日目のワーク終了後は、夕食とオプションのプログラム。

パレスチナの参加者はごく一部の例外的に許可をもらえる人を除いて、終了後に帰ってしまう。移動の自由がないことが実感させられる。

オプションのプログラムは、ビデオ上映1時間+僕のファシリテートによる「被抑圧者の演劇」ワークショップの2本立ての予定・・・だったのが、ビデオ上映でほとんどの人は疲れてしまい、ワークショップは延期にしよう・・・という意見が続出。確かに雰囲気的にお疲れ~な感じが漂っている。
さてどうしよう?ということになった。

明日の夜は、参加者の両親がミュージシャンだということで、ミニ・コンサートが予定されている。だから今日しかないと思ったのだが・・・。

「明日の朝やればいいよ」という声が出てきた。ワールドワーク本体は9時半の予定だから、8時半にやればいい、朝食はそれまでに済ませて・・・。ということにまとまった。

朝は想定外だったけど、確かにできないこともない。というわけで、2日目の朝にやることに。



2日目。朝8時半。
途中からじわじわ参加者が増えて、最終的には25人参加。
それにしても、パレスチナからの参加者が少なかったのは残念。遅れてきた人も含めて4、5人くらい?交流が深まるワークだから、ぜひパレスチナの人たちにも参加してほしかったなぁ・・・。

簡単な趣旨説明のあと、ワーク突入。なんせ1時間しかないので、簡潔なのが大事。

最初はゲーム「手のひら催眠術」から。a0035574_2213789.jpg

AさんがBさんの顔の前15センチくらいの所に手のひらを差し出す。
Aさんは手のひらを前後左右上下に動かす。手のひらだけ動かすのではなくて、前進・後退・しゃがみながら、背伸びしながら、なんでもあり。Bさんはその手のひらの動きに顔でついていく。
適当な時間で「動かす人」と「ついていく人」が交代する。

・・・シンプルですが、評判のいいゲーム。あちこちで笑いがこぼれる。

この雰囲気ならと、予定していたゲームを飛ばして、次に進む。

「形のしりとり」

a0035574_22293973.jpg
1、Aが何かポーズを取る。

2、Bがそれに別のポーズをして加わる。Bは思いついたままに加わればいい。2人のポーズで何かの場面のように見えたり見えなかったり。意味のある場面にしようと、考えすぎる必要はない。

3、AとBの2人で数秒間ポーズを取った後、Aは抜ける。Bはその場に残る。

4、BのポーズにCが加わる。

5、数秒間ポーズを取った後、Bが抜けて、Cは残る

6、以下、適当なところまで続ける。

・・・これがめちゃめちゃ盛り上がりました。

朝から笑い声があふれる場になりました。

参加者みんな積極的だし。

日本だと、このゲームにたどり着くまでに、かなり時間をかけるし、それでもまだぎこちなかったりするのですが、イスラエル人参加者がほとんどというこの場は、めちゃめちゃノリがいい。

最初のポーズを取るのは、誰もやらなければ僕がやる場合も多いのですが、抵抗なく名乗り出てくれる人がいました。

そのポーズに加わるのも、わりとためらいなく出てきました。

あとはもう、僕が何もしなくてもどんどん盛り上がっていきました。

ファシリテーターとしては、楽でいい。最高の参加者さんたちです。

それでも20人以上も参加者がいると、輪の真ん中に出て、しりとりに加われる人も限られている・・・ということで、2人組での形のしりとりに移行しました。

2人組の場合は、Cが加わる所に、もう1度Aが加わっていくんですね。1人が抜けては、すぐ別の形で加わり・・という形を繰り返します。

部屋中に10組以上が形のしりとりを繰り広げ、どの組も楽しそう。開始30分くらいで、良くぞここまで盛り上がってるな、という感じ。朝の9時なんですけど(^_^;)

そしてメインイベント「人間彫刻」へ。

時間があれば

1.「問題が起こっている場面」

2.「問題が解決した、理想的な場面」

3.「解決に向かう途中の場面」

の3つの場面を作ってもらうんですが・・・という簡単な説明を、ワークの冒頭にしたのを繰り返し、でも時間もないので、2.の理想的な場面だけを作ってもらう・・・という流れです。

「あなたにとって、こうなったらいいなという理想的な夢の場面を作ってください」

夢の人生、夢の家族、夢の仕事、夢の社会、夢の世界、夢の宇宙、どんなレベルの夢でもいいということで。

まずは、僕がデモンストレーションをして、それを参考に作ってもらう。

5人ずつ5グループに分かれて、1人ずつ、自分の夢を創作。

グループメンバーの身体を借りて、5人の身体で、彫刻のように静止した場面を表現する。

全員完成したところで、1人1人発表してもらいました。

どんな場面か説明する時間はまったくとらなかったのですが、どの彫刻もポジティブな雰囲気にあふれていました。やっぱり夢を表現してもらうのはいいですね。

25の作品を表現し終わると、ちょうど終了時刻でした。

いろんな人にお褒めの言葉をいただきました。ありがたやありがたや。

シドニーに続いて参加してくれた人からは、あのときからグッと進歩したね、と、うれしい一言。

海外でこのワークをするのは、ポートランド、シドニーに続いて3回目ですが、自己評価でも、今回が一番よかったです。前2回はレクチャーの時間をとりすぎたけど、今回はバッサリ、カットしたのも大きいですが、やはり参加者のノリがよかったのがもっと大きい。

だからこそ、パレスチナの人にも参加してほしかったなぁ・・・。

来年はパレスチナ自治区内、ベツレヘムでワークをやりたい・・・という声もあったので、実現すれば、許可証が出ないせいで夜や朝に会場に来れない・・・という点がクリアされるので、なんとか実現してほしいです。
[PR]
by matsuzoh2002 | 2007-07-01 22:58 | ワールドワーク@エルサレム07