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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

カテゴリ:ワールドワーク@シドニー'06( 24 )

シドニーのワールドワークからはや五か月。

細々と報告を続けてきましたが、ようやく完結となります。

(気が向けば、その後四日ほどのシドニー旅行記を書くかも知れませんが、気が向くかな?)

ワールドワーク最終日、七日目。
午後の小グループも当然、最後。一週間を振り返るインナーワークをやったと思うが、それより印章に残ってるのは、いろんな人とハグしたこと。
いろいろと個人的に支えてくれたなぁ…と思える人も何人か居て、今も思い出せる。時間的な制約と、言葉の壁のせいか、グループ全体の一体感を感じるところまでは、たどり着いた感じはしなかったけど…

夕方の大グループ。
今日はワークはなくて、一週間を振り返りながら、この場を支えてくれた人達に感謝したりするセレモニー。
今回、お子さん連れの参加者も何人かいて、普段のワークの時には託児ボランティアが別室で面倒を見てくれていた。

最後だけは…ということで、子供たちも一緒。いつの間にか練習してくれてた、「一週間みんな一緒に過ごしたねぇ…」って歌詞のイエローサブマリンの替え歌をみんなで合唱したりしてた。サビの歌詞なんかは、未だに覚えてるもんな。替え歌っていうのは、記憶に残る凄いパワーを持つ時があるよ。

また、二百五十人が一斉に拍手すると、ちっちゃい子供がびっくりするから…ということで、拍手の代わりに、両手を挙げてヒラヒラさせてたのが印象に残ってる。輪になってたので、向かいの人達が一斉にヒラヒラさせてるのは、結構壮観だった。
1人でヒラヒラさせても、インパクトないけど、人間、束になるとすごい!

この晩、泊まっていく人が大半な中、さまざまな都合で人はじわじわと帰っていく。
すでに小グループの中には前日帰る人もいたし、この日も夕食後の余興を待たずに帰る人もいる。
特に、アーニー&ミンデル夫妻が、中1日で東京でセミナーを行うので、それを追っかけていく日本人は多い。
っていうか、僕のルームメート4人は追っかけて帰る・・・ということで、5人部屋だったのが、今夜は一気に1人寝の夜。

寂しいではないですか。

ワーク終了後のシドニー滞在も、250人一緒にいたのが、1人になった・・・という不思議な寂しさを抱えながらの滞在をすることになったのでした。

・・・話を最終日の晩に戻すと、余興として、いろいろ発表したい人が発表する・・・という時間がありました。

僕としては、前日の夜に「被抑圧者の演劇」のワークショップのファシリテーターをやり切ったことで、満たされた感じがあったので、特に何もせず。
表現欲求にあふれていたら、自作のラップでも用意して披露していたかもしれないけどね。
ただただ観てました。

1週間の疲れが出てきたせいか、どんどん眠くなってきた。
このあとには、ダンス・パーティの時間が用意されているはずだ。部屋に帰っても1人だ。最後の夜にそれでいいのか・・・。それにしても眠い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うとうとしながら、その場で時間をやり過ごす。
そして、ダンス・パーティの時間到来。

こんなに眠いのに踊って大丈夫なのか?と自問自答。
身体の声に従って眠ってしまった方がいいのでは・・・?・・・自分の一部は眠たがる。
いや、うとうとしたから大丈夫!・・・自分の一部は踊りたがる。

そうこうしているうちに、スタッフさんたちが場を踊る雰囲気へと変えていこうとする。

スタッフさんの1人は前日の僕のワークショップに出てくれていて、雰囲気づくりに僕を引っ張り出す。
引っ張り出されて出ない理由はない。
前日にもやったシアターゲームの一種、「鏡」(リンク先の「てんとう虫」をクリックすると、「鏡」の説明が見られます)を仕掛けてくる。

いつの間にやら、みんなの真ん中で、同じ動きをしている2人=スタッフさんと僕。

すっかり巻き込まれている。眠気もどこかへ吹き飛んだ。

いざ踊り始めてみれば、十分元気。

去年のプロセスワークの5週間コースで、人と一緒に踊ることに抵抗がなくなりつつあるきっかけをつかんでいたので、この夜は、いろんな人に踊りを仕掛けていって、楽しく踊れた。
人と絡んで踊る楽しみを知ると、1人で踊るなんてつまらない。

5週間コースあたりで、手の動きを多用するオリジナルの踊りが確立されてきた。

自分が楽しいからやっているだけで、必ずしも、受けがいいわけでもないことは自覚している。

けれどもこの夜、その動きが痛く気に入ったらしい女の子出現。
女の子と呼ぶのがふさわしいと思われる、おそらくティーンエージャー。
僕の手の動きに「魅了されている」のがこちらから観てもわかった。

おー、この娘と踊ったら楽しそうだなぁ・・・と思ったのだが、横でボーイフレンドと思われる少年が嫌な目でこっちを見てる。・・・あぁ、残念。僕の踊りのファンなんてめったにいないのにね。

気を取り直して、いろんな人と踊る。

後に、9月のファシリテーションの修士課程で再会する南アフリカの女性との踊りもここで満喫した。
僕のワークショップに来てくれた人や、意図していない歌と踊りの宴 …ワールドワーク報告その9…で一緒に踊った人と、また踊る。
そして、英語/非英語よりも、個人的にはむしろ… …ワールドワーク報告12…で、大グループの真ん中で一緒に踊った女性と、また踊る。

やはり、ここには、言葉で表現するよりも踊りの方がいい!というような人が集まっているような期がする。
名前も出身もしらないまま、一緒に踊る。何も知らないけれど、何かが伝わる。そんなひと時。

ふと見ると、さっきのティーンエイジャーの女の子が、ボーイフレンドはどこかへ行ったのか1人踊っている。
また、僕が手の動きを繰り出すと、再び魅了されてる感じ。
じゃぁ、と一緒に踊りだす。
楽しかったなぁ。
自分は好きに動いているだけ。
それを無条件で気に入ってくれる人がいる。

・・・幸せなひと時でした。
曲の終わりには、彼女の方からハグしてきた感じ・・・。

ボーイフレンドがどこかにいるのでは・・・と気を使い、何の話もしていない。
名前も知らない。
今思えば、ちょっともったいない気もするけど、あの瞬間を最高にエンジョイした。
自分の踊りにも自信を持てた。

ワーク本編、ワーク以外のいろんな場を通して、いろんな出会いがあった。

ワーク中にもいろんな動きをしていたら、気に入ってくれて、「You are my favorite man!」といってくれた人。

「僕の第1言語は身体です!」と言ったら、「私もそうよ!」と言ってくれた人。

その出会いを支えてくれたのは、英語が十分に操れない分、身体・動作を活用したことによるところが大きい。

身体だって十分に操れてはいないんだけれど、言葉が足りない部分を補ってくれる。

身体という頼れる相棒を、しっかりと見つけた感じだ。

これからもよろしくね、身体!



ダラダラと続けてまいりました、「ワールドワーク報告」以上で完結・・・です。

「ワールドワーク@シドニー'06」というカテゴリ(ページの←左側参照)にまとめてあります。興味があれば、ごゆるりとご覧ください。
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by matsuzoh2002 | 2006-09-29 23:04 | ワールドワーク@シドニー'06
ワールドワーク7日目、昼休み。
個人セッションをお願いしました。

これはプログラムに含まれているのとは別に、個人的にお願いしたものです。

個人的に何とかしておきたい懸案を抱えていたのでお願いしたのですが、その懸案は、個人セッションを受ける前に、それとは別に、ある程度の解決を見たのでした。

なので、この個人セッションは、ここまでのワールドワークを振り返る時間になりました。

ワールドワーク@シドニーの満足度、高かったです。

それはやっぱり、前日の晩、自分でワークショプを企画して、成功したというのが大きい。

・・・けど、一番満足した部分って、言わば「課外活動」なのか。

あとは、大きな山場と言えば、「言語がテーマのはずなのに、英語だけで話が進んでいて、どうなってるんだ?」と日本語で叫んだ大グループでのワーク。

しかし、その後、自分にとって問題だったのは、「英語/非英語」の問題よりもむしろ、「言語/非言語」の問題だと気づく。

あそこで叫びたかったのは、「英語だけで話を進めるな!」ではなく「言語だけで表現するな!」ということだった・・・というのが、この個人セッションでの気づきだった。

そこでキーワードになったのが「橋を渡す」ということ。

僕自身、フィリピン教育演劇協会(PETA)に出会って身体で表現することの面白さ、大切さを知ったのは、ほんの9年前。

それと出会ってから、生き方全体が変わってきた。

もともとが「非言語」重視の側にいたわけではない。

だから「言語」重視な人たちとの間に橋が渡せるはずだ。

6月に「橋を渡す」という詩を、このブログに書いた。

それは、主に、この個人セッションを振り返って生まれたものだ。

当時は、ワールドワーク報告の完結をほぼあきらめかけていて、せめて、全体のまとめとして書き残さねば・・・と思っていたところへ、言葉が降りてきて、詩になった。

その先にあるものは、言語中心に進んでしまうワールドワークと、応用演劇の融合・・・。

きっと面白いものができる!

そう信じて、ポートランドへ行こう。
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by matsuzoh2002 | 2006-09-01 00:27 | ワールドワーク@シドニー'06
もう、シドニーでのワールドワークから4ヶ月経ちますねぇ~。

だいぶ忘れてきましたが、まだ完結させようという気が自分の中で残っているので、もうちょっと書いてみます。

ワーク最終日、7日目。5月3日(水)

午前中の大グループのワークも、もちろん、これで最後。

選ばれたテーマは「戦争」だった。

たしか、もう1つ「環境」がテーマとして最後までどちらが選ばれてもおかしくなような接戦で、残ってたような、かすかな記憶。

さすが、最終日となると、テーマがでかいぜ!・・・と思った。

ただ、個人的には、前日の夜に「被抑圧者の演劇」入門ワークショップを成功させたことで、もう「おなかいっぱい」という感じがしていたのも確か。

あまり心ひきつけられるテーマ・・・という感じは正直なくて、見守っていよう・・・という気分だった。

ノートもあまりとってない。

最初の頃は原爆が話題の中心になっていた。

父親(?)が、第2次大戦中に原爆を作るプロジェクトに関わっていた・・・というような人がいて、へぇ~、と思う。

・・・ノートを見直しても、まとまった文章にできるのはそれくらい。

いろいろなロール(役、役割)、いろいろな声が登場して、やり取りが展開していくのをただ眺めていた。

ふと近くにいた白人女性が折り鶴を持っているのに気がついた。

折り鶴・・・前日の夜、ワークショップが終わった後、踊ったりしながらその場に残っていたら、どういうわけか、折り鶴を折りはじめた白人男性がいて、でも、その折り方が、日本で標準的なのとちょっと違ったので、「僕らが知ってるのは、こうだよ」という感じで折った。そしてそれがその場に残っていた・・・

その折り鶴を、その女性が持っていた。

折り鶴の意味するところを、その女性は知っている・・・と思った。

そして、一緒に折ろう・・・と、誘おうと思って、折れる紙がある場所へ、紙を取りに行った。

特に平和を祈って折ろうとかいう意図はなく、ただ、なぜか折り鶴を持っていたこの人と、一緒に折りたかった。

そうしたら、その紙のところに、その女性も来ていた。
彼女も折ろうと思っていたのだ。

そして元いた場所に戻り、鶴を折り始めた。

特に言葉は交わさなかった。

黙々と鶴を折り始める。

周りにいた数人の日本人が、「それもらってもいい?」と、一緒に折り始めた。

黙々と鶴を折る数人。

それとは関係なく、場の中心のやり取りは進んでいく。

鶴折り人たちは、中心からは少し外れたところで折っている。

周りには気づいている人もいれば、気づいていない人もいるだろう。

ファシリテーターたちは、気づいていたのだろうか?

それはわからないが、ともかく、ファシリテーターたちは一言も我々の行動には触れないまま、ワークは終了した。

特に何かアピールしようと思ってやっていたわけではないが、「触れてほしい」という気持ちはなくはなかったので、ちょっとさびしい終わり。

まぁ、ある時は、踊ってても無視されたわけで、結局、声に出さないと、場の注目を集めることってないんだよなぁ、どうも。

大きな声を出すか、感極まって大きく泣くか・・・などしないと、場はそちらには向かない・・・ということがほとんどだ。

結局、ワークが、どういう締めになったのか、さっぱり覚えていない。

終わってから鶴を持っていた女性に聞いてみると、20数年前、高校生のときにイギリスから原爆の日の広島に行ったことがあったそうだ。

なるほど、それで知ってたわけか。

また、遠くで見てた人から、「これって、Origamiでしょ?」と声をかけられたので、「日本では、平和とかいろんな願いをこめて、鶴を折ることがあって、原爆の日の広島や長崎には全国から数え切れないほどの鶴が持ち込まれるんです・・・」みたいなことを説明して、ささやかな交流が生まれた。

全体には取り上げられなかったけど、見てる人は見てた。

それだけでよかった。
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by matsuzoh2002 | 2006-08-31 02:04 | ワールドワーク@シドニー'06
確か5日目だったような気がするけれど、はっきり覚えがないが、午後の小グループでの事。

その日に限って、アボリジニの年配の女性がグループに加わっていた。歴史に耳を傾ける ・・・ワールドワーク報告15・・・で紹介した、自分史を語ってくれた人だ。

ワールドワークの初めの頃から非常に存在感のある人だった。

「ゲスト」的な位置づけの人なので、一般の参加者とは違って、普段、小グループには特に加わってなかったのだろう。この日もグループに「ゲスト」というような感じで加わっていた。

この日、小グループでどんな話し合いが進んでいたのか、さっぱり覚えがない。
ノートも全くとっていない。

どんな流れの中か、さっぱり覚えがないのだが、そのアボリジニの女性は、僕に向かって、「同じ有色人種として、日本人には親近感がある」というようなことを言われた・・・ような気がした。

彼女の英語はとても聞き取りにくい。
10%くらいしか聞き取れない気がする。だから、聴くのをあきらめてしまっている。

なので、ホントにそう言ったかどうかわからない。全くの勘違いかもしれない。

けれども、僕はそう受け取った。

そして、複雑な思いに駆られた。

複雑な思いに駆られるような記述が、すでに僕の中に引っかかっていたせいだと思う。

記述その1
「もっと知りたいアボリジニ ― アボリジニ学への招待」青山 晴美著
1942年、シンガポール陥落後の日本軍は、北部のダーウィンとブルームを爆撃した。(中略)日本軍の侵略への恐怖が高まる中、アボリジニたちの間には、日本が白人から自分たちを解放してくれるのではないかとの期待が高まり、集会があちこちのアボリジニコミュニティで開かれるようになった。


・・・ううむ。
日本軍のオーストラリア空爆自体も、今回この本を読むまで知らなかった事で、ちょっと驚きましたが、それ以上に、アボリジニが日本に解放されるのを期待していたのが驚き。

万が一、日本がオーストラリアを一時的にでも占領するようなことがあっても、アボリジニにどれだけ理解を示したか・・・。ちょっと考えにくい。

「白人に対する反発心」みたいなものは共有されているかもしれないのだが、だからと言って、「有色人種同士の連帯」みたいなものが、成り立った試しは、ほとんどない。
少なくとも誇れるような歴史は、ない。

だから、3ヶ月以上経っても、どこか引っかかってるんだよなぁ・・・。
そんな1コマでした。
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by matsuzoh2002 | 2006-08-15 04:29 | ワールドワーク@シドニー'06
5月2日。ワールドワーク6日目の夜。

ワールドワークが始まって2日目あたりにやろうと思い立ち、いつがいいかと狙いを定め、宣伝用のポスターを創り、何人かたまたま食事で同席した人たちなどには直接宣伝し、満を持して、行なうワークショップ。

「被抑圧者の演劇(theater of the oppressed)」入門ワークショップ!

ワールドワークの中では、"oppression"(抑圧)、"oppressor/oppressed"(抑圧する人/される人)という言葉が飛び交っていた。
言葉としては、この場では、非常になじみのあるものになっているはずだ。

当日の朝、ファシリテーター・チームの人たちに「宣伝したい事がある」と伝えて、直接宣伝するつもりだったが、「時間がないから」、とオーガナイザーさんにまかせることになってしまった。

結果的に英語と日本語の両方で宣伝する当てが外れた。
多言語戦略は、時間に限りがあると、はしょられてしまいがちである。

結果的に日本人参加者さんたちにはほとんどアピールできてなかったなぁ。

もともと同時間帯に、「今日何があったか日本語で共有する時間」が予定されていたので、あまり来てくれないだろうとは思ったが、チラリと覗いてるなぁ・・・と言う人は何人もいたけど、フルで参加してくれたのは1人だけだった。
残念・・・。

それでも、世界各国の30人くらいの人たちが参加してくれましたよ!
大感謝!
250人くらいの参加者のうちの30人というのは、1割以上!
社会的なことに意識の高い人の集まりとは言え、良くぞこんなに集まってくださいました。

直接宣伝した人もほとんど来てくれている。感謝感謝。

さてさて、1時間で簡単なレクチャーと、いくつかのアクティビティで、「被抑圧者の演劇」のさわりを体感してもらおうといく段取りだが、日本では2時間はほしいところ。1時間でできるだろうか?・・・と結構不安でした。

けれども、去年の2月にアメリカでプロセスワークの5週間コースに参加したときに、同じような事をしたので、まぁ、なんとかなるかな・・・という感触はありました。

まずは、レクチャー。
言いたいことは、ほとんどホワイトボードに順序だてて書いておいて、それをなぞる。

英語の説明は怪しいのだが、身振り手振りも含めて、何とか伝わっているようだ。

フォーラムシアターや法律制定演劇の説明。

観客(spectator)を、観るだけじゃなく行動する人(spect-actor)にするのが、フォーラムシアターだ!という説明は、とても受けが良かった。

そして、イメージシアター(人間彫刻)の説明をして、今度はみなさんが話を聴くだけじゃなくて、行動する番だよ・・・ということで、ゲーム/アクティビティに移っていった。

ゲームの説明は、実際に見せればいいので、レクチャーよりはるかに楽。

「身体であいさつ」「手のひら催眠術」「鏡」「形のしりとり」・・・順調に進んでいく。

参加者のノリはいい(^∀^)
日本よりもいい感じ。
ワールドワークという場を共有してきたがゆえの、ある種の一体感がプラスに働いたのかもしれない。

そして、「人間彫刻」のデモンストレーション。

ほんとは、1人1人彫刻を創ってもらうのを味わってもらいたかったが、そこはあえてはしょり、僕が「抑圧されている状態」「ホントはこうなりたい状態」を創って、参加者のみなさんに、「どうすれば、こうなりたい状態に向かっていけるのか・・・その過程にある状態」を、創ってもらおうという趣向を用意した。

ところが説明がうまく伝わりきらず、だんだんこうなりたい状態に向かう過程を少しずつアニメーションしていく・・・みたいなことになった。

けれどもこれはこれでなかなか面白かった。結果オーライ!
これもありだなぁ・・・とやりながら思った。

1時間のワークショップ無事終了。
参加者のみなさんからは・・・絶賛の嵐!

とてもいい気分でした。
「言葉を超えて、それ以上の何かが伝わった」みたいな感触があった。

「妹が劇団をしているから、またオーストラリアでワークショップをやってほしい。できるか?」というホントに実現するなら素晴らしいお話もいただいた。

素晴らしい夜でした。
何となく、流れでその場に残り、踊りまくってた。
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by matsuzoh2002 | 2006-08-02 00:10 | ワールドワーク@シドニー'06
ワールドワーク@シドニー、6日目午後。

大グループの中で行なうサブグループのワーク。
翌日、最終日はクロージングセレモニーを行なうということで、サブグループのワークはこれが最後。

いくつかのグループがワークをしたいと名乗り出て、ペンを回して選ばれたのは・・・

「LGBT(ゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダーなど性的少数者)で子どもがいる人、または親がLGBTだったり、子どもがそうだ」という人たち。

そういう人もいるのは分かっていたが、そういう人たちがグループになるほどいる・・・というのがまず僕にとっては驚きだった。

250人くらいの大グループの中から、当てはまる(と思っている)人が、自ら輪の中に出てくる。
これが20人とか、けっこうな人数だった。

その中では「子どもがいる」という人が多いようだが、親がそうだという人もいた。

カミングアウトできないまま、男女での結婚をして、その後LGBTとして生きるようになった人もいれば、LGBTとしてカミングアウトした後で、何らかの方法で子どもを持つようになった人もいる。

なるほどなぁ~と思う場面もいろいろあったと思うのだが、ノートがほとんど取れていないし、記憶もほとんどない。

個人的には、この日の夜「被抑圧者の演劇」入門ワークショップをやる事にしていて、そちらがメインイベントだったので、あまり聞けてなかったのかもしれない。

そんな中でも、印象に残って、メモに取ったことを2つほど。

レズビアンで子どもを授かった女性・・・

 「妊娠途中で男の子だと分かった。自分もパートナーも、この子が生きるうえで、モデルになれない。どう受け止めたらいいんだろう・・・と、インナーワーク(瞑想など、自分の内面で行なうワーク)してみた結果、『これで、男性の社会運動にも積極的に関われる!』ということに気づいた。それが大きかった」

これまたレズビアンの女性。

 「自分の息子は、保育園で『うちにはママが2人いる』と公言している。それを聞いた女の子が、別の女の子に『結婚しよう』って言った。言われた子は『女同士じゃ無理よ』。『でも○○君の家はお母さん同士がカップルだよ』『え?そうなの?じゃぁ結婚しよう』(^^)」

・・・こんな会話は楽しいね。

基本的に多様性を認める方向性で大賛成!

結婚制度って、どうも窮屈だし。

午前中の話よりも、子どもがからむことによって、話に広がりで出てきたようなところもあったと思う。
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by matsuzoh2002 | 2006-07-30 23:11 | ワールドワーク@シドニー'06
Tall poppyと「内なる抑圧」のレクチャーを受けての、大グループでのワーク。

テーマとして選ばれたのは「ホモフォビア」だった。

ホモフォビア・・・日本語に訳せば「同性愛嫌悪」「同性愛恐怖」となるのだろうが、日本語としては、まだそんなに一般的な言葉とはいえないだろう。

それでも「ホモフォビア」でググってみると41,200件ヒット。

「フォビア」は「一般的に『恐怖症』」という意味でよいのかな?「アラクノフォビア」っていう蜘蛛パニックの映画があったな、観てないけど。

なんとなく「生理的に受け付けない」っていうニュアンスがあるような気がする。「~フォビア」ってこんなにあるのかぁ!

自分の中にホモフォビアが全くないことはないと思う。
しかしそんなに積極的に恐怖を感じるわけでもない。
自分から積極的に差別する事はまずないはずだが、ただ、周りが冗談めかしたりして、同性愛を悪く扱うときに、それに乗っかってしまったり・・・ということはあると思う。

ただ、普段はあまりこういう話題を深く考える機会はない。

こういうテーマが選ばれる事自体が「この場ならでは」という気がする。

この1週間のワールドワークの、最初の頃から、同性愛に関する話題はテーマとしてあがりながら、選ばれなかった。

確か、この前の機会(前々日?)では、惜しい所で選ばれなかった。

したがって、この日は、満を持して選ばれたという感じだった。

日本では、このテーマが選ばれる事に遭遇した事はないなぁ。
最初からそういうテーマで集まる催しだと、自分から行こうという気にはならないかもしれない。かと言って、日本で、最初からそういうテーマで集まる催しでないのに、結果的に同性愛がテーマになる・・・ということは、果たしてあるだろうか?

シドニーがサンフランシスコについて世界第2位のゲイ・コミュニティの街ということが、このテーマを呼び込んだ・・・という面もあるかもしれない。

そういえば、サンフランシスコでボアールの「被抑圧者の演劇」のワークを受けにいったときも、ゲイ/レズビアンの参加者が多かったね。少数者にやさしいイベントは、性的少数者も参加しやすいのだろう。結局、「普通のショッピングセンターの婦人服売り場で男性がブラジャーを試着しようとすると何が起こるのか」・・・という「見えない演劇」をやったりしたのですが・・・。

ちょっと脱線しましたが、街自体がゲイを受け入れる空気にあり、ワールドワークというイベント自体が、ゲイを受け入れる空気にある・・・ということで、僕もその場に居合わせさせていただくことが出来た・・・という気がするのだ。

・・・何となくゲイという言葉を使ってきたが、英語ではレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字をとって"LGTB"と呼ぶそうだ。

GLTBという呼び方もあるらしい。まぁ、僕的にはどっちゃでもいい。

検索していたらこんな記事を発見。アメリカでは、消費者グループとして、GLBTが、マーケティングの対象として注目されているんだそうです。
「子供がいないことが多いので、可処分所得も多い」・・・なんて、なるほどねぇ。

さて、ワークの中身自体は、もはやほとんど記憶がないっす。

ノートを頼りに、印象に残った事などを少しだけ。

最もホットスポット(場の空気が緊迫したり、苦笑したり、大きく変わる瞬間)だった1つは、あるゲイの男性が「(周囲の『ヘテロ[異性愛者]』を)殺してやろうか、と思いながら日々生きている」と発言し、彼の友人の「ヘテロ」の男性が、「友達なのに、ひどいじゃないか」と反応した瞬間だった。

もっとも、そのヘテロの男性が、そのちょっと前に「自分のパートナーへの愛をおおっぴらに表現できないのは、抑圧されているように感じる」という発言をしていたので、ホントは「異性のカップルでも、同姓のカップルでも大っぴらに表現できないことがあるのは同じ」という趣旨の発言だったようなのだが、僕はその人がゲイだと早合点してしまい、その誤解を持ったままホットスポットに遭遇しても、なかなか何が起こっているのを理解できず、混乱した。

明らかにゲイだな、という人もいれば、そうでない人もいるので、何かと難しいときもある。

よくわからない言葉も多く「ながめている」という感じの時間帯は多かった。

日本で僕がいる地点からだと、自分から望んでそういう情報に首をつっこまない限りは、触れないような場だ。ながめられただけでも良かったような気がする。

そのように、触れないようになっている事自体が、日本にある「何か」なんだろうけど。
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by matsuzoh2002 | 2006-07-29 23:28 | ワールドワーク@シドニー'06
ワールドワーク@シドニー6日目。5月2日(火)

この日は午前中のレクチャーで、オーストラリアの一面を表す言葉として「Tall Poppy Syndrom」が紹介された。

Poppyはケシのことで、日本では栽培するとヤバいわけですが、それは置いといて、成功したり、有名になったりした人を、引きずり下ろそうとする傾向の事だそうだ。

日本では「出る杭は打たれる」というのが、まんま当てはまる。

もちろんこれは、オーストラリアや日本にだけ当てはまる傾向として紹介されたのではなく、多かれ少なかれ、どんな社会・文化にも当てはまるという紹介のされ方だった。

(もう3ヶ月前の事なので、記憶よりも、主にノートと資料を基に書いています)

他人よりも何かをよく知っていたとして、その知識をうまく活用しないと、知識のない人を傷つけ、嫉妬や復讐心から「高いケシ」だと見られて「切られ」かねない。

そんな風に、「他人を切る」人も、自分が切られたことから、そういう復讐心が生まれたのかもしれない。

やがては、「人より高い所にいてはダメなんだ」と自らを抑圧しながら生きていくことになりかねない。そういう面は、誰しもありうるわねぇ~。

「他人を切る」ロール 「切られる」ロール 「切られないように、自分で自分を切る」ロール・・・自分の内側と外側でいろいろな事が起こる・・・

そういうのは日本だけの事ではない・・・というのがオーストラリアで再確認できたのでした。

確かにオーストラリアは、アメリカの自己主張の強い社会とはどこか違う印象。

成功を求めて移民が集まったアメリカと、もともと流刑された人たちから始まったオーストラリアの違いが、こういうところに現れているという話も、資料に紹介されている。

軽微な罪で島流しと言う抑圧にあい、抑圧された人々が、抑圧者に転じて、高いケシを切りあう・・・。
それが平等主義的な社会を生む基盤になっているという説もあり、必ずしも悪いとは言えない・・・という説も紹介されている。それもそうかも知れんが・・・。

けれども、切りあうよりも、「高さ」を生かして開花させていく世の中の方がやっぱりいいと思うよねぇ~
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by matsuzoh2002 | 2006-07-29 15:40 | ワールドワーク@シドニー'06
忘れた頃に、ワールドワーク報告を続けてみましょう。

5日目。

午前中の大グループでは、「歴史」がテーマになり、ファシリテーターの2人のレクチャーだけでなく、2人の女性が「自分の歴史を語る」時間が取られた。

1人はオーストラリアのアボリジニ。
もう1人はユダヤ人で、第2次大戦までドイツ在住だったが、その後オーストラリアへ移民。

こちらには、ワールドワークの写真が、ファシリテーターたちの顔写真を中心に載っています。

この日お話してくれた2人の顔写真もあります。

アボリジニの女性の英語は聴き取りにくい・・・。

けれども、この日は、前日に言語についての委員会が話し合った成果を受けて、英語に関して、サポートの必要な人は、有志のサポートを受けられるようにと、ファシリテーターからアナウンスがあって、僕の隣にも、サポートしてくれる人がついてくれて、話をノートにとって見せてくれる・・・という作業をしてくれた。

実にありがたい!

「あぁ。わかりやすいなぁ」と思いながら、ノートを見させていただいた。

その時はわかったのに、今は話をほとんど忘れてしまった・・・。

でも、1か所、非常に印象が残っているのは、「親元から引き離されれて、白人・キリスト教の教育を受けさせられているときに、白人から『かつてアボリジニが、白人を殺した』と教えられ、アボリジニである自分の家族が怖くなってしまった」という部分だ。

この親元から引き離す「合法的誘拐」はホントに大きな傷として残る歴史だ。
引き離すだけでも罪なのに、加害者意識をすり込む・・・ひどいと思った。

もう1人、ユダヤ人のお話は、英語がなまっていたけれど、聞き取りやすかった。
それでもサポートの方は一生懸命ノートに取ってくれていたが、ほとんど見なくてもわかった。

わかったけど、やはり細かい部分は忘れてしまった。

ユダヤ人排斥が強まる前に、彼女の家族は脱出を決意するのだが、事情により父親だけが合流できずに、母親と彼女ときょうだいは西へ、父親は東へ・・・ということになってしまった。

イギリスへの脱出がすんなり行かず、ビザの発給のために別の都市までの移動を余儀なくされたり・・・という危険と背中合わせの脱出行の体験談は、収容・虐殺と紙一重の緊張感が伝わってきた。

結局、父親はソ連へと向かい、中央アジアのカザフスタンかどこかで暮らし、家族が再会できたのは、大戦後数十年後だったという。

内容のディテールは忘れてしまったが、そんな歴史を体験した人と、空間を共有できている事自体が、何か言葉では言い表せない貴重な体験だったと思う。



帰国後、近所のレンタルビデオ屋に、大戦中のユダヤ人少年の実話を元にした映画「僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ」があるのを発見。今までも、その店でも探していたのに、見つけられなかったのが、いいタイミングで見つかった。

借りて見てみた。
カナダ留学時以来、15年ぶりくらいに見たが、ホントにいい映画だった。
書き出すと長いので、できればあらためて書きたいと思う。
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by matsuzoh2002 | 2006-06-02 23:44 | ワールドワーク@シドニー'06
4日目の夜。

言語の問題をどうするか委員会のみなさんが議論をしているのを横目に見ながら、僕は6日目の夜にやると決めた「被抑圧者の演劇入門ワークショップ」のポスターの完成のために、部屋に戻り、1人、作業を進めた。

2日目くらいから、試行錯誤をしていたのだが、なかなか進まず、3日目に「最終的には英語がネイティブな人に見てもらおう!」と決めてから、気が楽になった。

とは言え、とりあえず叩き台は自分で創らねばならぬ。

日本では「被抑圧者の演劇」という世界的に通っている名前では、あまりに硬いイメージなので、「からだでしゃべり場」という名前をひねり出して使っているが、ワールドワークの場では、レクチャーなどでも「抑圧(oppression)」という言葉は頻繁に使われているので、きっと興味を引くはずだ。

ただ「具体的に何をするか」ということを、ポスターという限られた大きさの中で、表現するのは難しい。
何となく出来たが、自信はない。

4日にもなると、親しくなって、信頼の置ける、ネイティブのスピーカーの顔も何人か浮かぶ。

適当にうろうろしていれば、そのうち誰かと出くわすだろう・・・。

・・・そう思いながら、うろうろしていると、シドニー到着後、会場に来る前のバス停で出会ったスペイン人の彼、「U」が、女性と一緒にいた。

書き忘れていたけれど、今回から、英語圏でも、ファーストネーム「Hiroki」ではなくて、「まっちゃん」でいくことにした。
ただ、「Mat-chan」は覚えにくいらしいので、略して「Mat」と名乗っていた。

「U」が僕に気づいて、声を掛けてきた。

「おーい、Mat、何を探してるんだ?」

え、僕が何かを探してるって、なんでわかったんだ!?
と、かなりビックリした。

でも、Uは英語のネイティブじゃないしなぁ・・・と思いつつ・・・

「実は、英語のネイティブ・スピーカーを探しているんだ。」と僕。

「なら、彼女にやってもらったらいいよ。スコットランド人だもん」

彼女を見かけたことはあったけれど、話したことはなかった。でもUのおかげで、会話を中断してまで、僕の英語のチェックに応じてくれた。

ネイティブなら、アメリカ人、カナダ人、オーストラリア人、ニュージーランド人、イギリス人・・・と思い浮かんではいたけど、イギリス人の中でもスコットランド人は盲点でした。
そもそも「イギリス人」って無意識に「イングランドの人」みたいに思ってるところがあったよなぁ・・・。
世の中は多様だ。
僕も偏見だらけだ。

そして英語をチェックしてもらった。

スコットランド人の彼女以上にスペイン人のUの方が、いい添削をしてくれるような場面もあってなかなか面白かった。

ありがたいお力添えのおかげで、完成!

感謝の気持ちを精一杯述べて、あとはカラフルなペンでポスターを完成させるべく、僕はまた作業へ戻った。



結局、スコットランド人の彼女とは、これ以来話す機会もなかった。
250人もいると、こういうことはざらでしたね。
会う人とは何度でも会うのに、大きなご縁があっても、一度きりだったりもする。

それにしても、彼女と会話していたはずのUに、「僕が何かを探している」というのが、一発でわかったのは不思議だった。
扉を抜けたら、Uがいた・・・という感じだったので、そんな何秒も僕の事を見ていなかったともうのだが・・・。

そんなことを、帰国してからふと思い出していたら、そういえば、Uがプロセスワークと出会ったのは、スコットランド滞在中だと言っていたのを思い出した。

その後、ワールドワークの参加者の名簿を眺めているときに、ふと気になって、スコットランド人の彼女の名前を探してみたら、住所がスピリチュアルな土地として有名な、フィンドホーン

そうか、Uはフィンドホーンでプロセスワークと出会ったのかも知れないな。
多分そうだろうなと思う。

普段、Uと話してて、そんなにスピリチュアルな感じはしなかった。
けれど、この日に限って、直感が妙に鋭いなと思ったのは、このときたまたま、このフィンドホーン在住の彼女と一緒にいたせいだ・・・と思えたら、何だか腑に落ちる。

今のところ、スピリチュアルは「信じる」というよりも、「面白がる」というスタンスの僕なので、フィンドホーンのような、あまりにスピリチュア~~~~~~ルな土地とかには、ちょっと距離を感じてしまうのですが、フィンドホーン、かなり興味が出てきましたよ。
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by matsuzoh2002 | 2006-05-25 01:35 | ワールドワーク@シドニー'06