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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

カテゴリ:見た夢・目覚めの気づき( 11 )

今朝は久しぶりに感情的にズシンとくる夢を見ました。



何やら足を検査されている。
検査官の指示が何やらわかりにくくて、どうしたらいいのかわからない。
どうしたらいいかわからないせいで、どうやら何かができないとみなされて失格の烙印を押されてしまった。
「説明のしかたが悪いから出来ないのだ。ちゃんと説明してくれればわかるはずだ」とこちらは主張するのだが、それに対する検査官の返答も理解不能なものでどうしようもない。
けれども、何かに失格させられたのは確かなようで何ともやるせない気持ちが胸にズシンと残りながら目が覚めた。



足に関する夢になったのは、先週MBTシューズを買ったせいのような気がする。
確かに「今までの歩き方ではダメだ!」とMBTシューズには言われたような気がしてるけど、おかげで、1週間経って、かなりいい感じで歩けるようになってきた。靴擦れはまだあるんだけどね。

履いてて足が痛くなったのは「失格の烙印」のような気も確かにしてたけど、いい感じになってきたのだから、この夢はMBTシューズのことだけではない。

理不尽な説明不足による、失格の烙印。
失格させられた感覚は、本気で気分が悪い。
しかも、努力しても無駄といわれた気分なのだ。MBTシューズは慣れたらいい感じになってきたのだから、無駄ではない。

これが何なのか探ってみたくて、自分が味わった失格者の視点から離れて、「検査官」の立場へ意識を移動させてみる。

「私が基準だ。私の指示する検査方法の通りに出来ないヤツは、みんな失格だ。意義は認めない。私の指示がわかりにくい?そんなの分からないやつが悪いんだ」

・・・こんなことを検査官は言っている。

超強気。相手の意向など抹殺している。自分の落ち度も認めないし。

けれどもバシバシと相手を裁いていくのは、どこか気持ちいいところもある。その気持ちよさを味わうことも時には必要かも。

けれども、裁かれる方はたまらない。
裁かれた方の気持ちも、生々しく残っている以上、そんな風には裁きたくないと思う。

何らかの基準で合格・失格を分けざるを得ない立場に、立たざるを得ないこともあるだろうけど、特に失格を告げられるものの気持ちにも配慮しながら進めたいものです。

失格者には被害者意識が起こりやすいけど、検査官には加害者意識がない。そこのギャップにも気づくことが出来たなぁ。加害者になる可能性を自覚することで、検査官の姿勢も変わってくることでしょう。

ふとあることを思い出した。

小学校のとき色覚異常の検査があって、赤地の丸の中に緑で数字が書いてあって、それを読む・・・というようなことをさせられた。

数字を、問題なくいくつも読めた後、数字ではなく、赤地に緑の模様が入っているものが出てきた。
今までのように読めなかったけど、「読めませ。ん・・・ねぇ~・・・」と答えた
だって読めないんだもん。「ん・・・ねぇ~・・・」の辺りには、「これは読めるわけないでしょう???」という含みを持たせていたと思う。
けれども、検査官(校医?)は、そんな含みをおそらく読み取れなかったのでしょう、僕はどうやら色覚異常が疑われる児童リストへと入れられて、後日再検査となった。

再検査には少なからぬ生徒達がいた。それも男子ばっかり。
wikipediaで調べたら、男性20人に1人、女性500人に1人くらいあるそうだ。男子ばっかりが少なからずいたというのもうなずける。

僕は再検査では何の問題もなく、すぐに帰らされた。

再検査というセーフティネットがあったから、烙印までは押されなかったのだが、あのときの検査官は明らかにコミュニケーションに問題があったと思う。

それにしても、20人に1人は少なくないよなぁ・・・と思う。日本人全体では300万人近くになるという。

色覚異常にもいろいろある中、赤と緑が区別しにくいののが、最も一般的らしい。

逆に区別しにくい人が当たり前で、区別できる人が少数派という世の中が、ふと夢想された。
赤と緑の違いが区別できる人が「色覚異常」とされる。「区別できる人もいるらしい」というのは何となく知れ渡ってはいるが、区別できないのが前提で、世の中のいろんなものは彩色されている。
赤と緑がくっきり区別できる人は、その違いに美しさを感じても、それが伝えられなくて、もどかしい思いをすることもあるだろうな。

・・・そんな夢想をしていると、同じように普通の人なら気づかないような差異に気づいてしまって、もどかしい思いをしている人は、そんな夢想をしなくてもいっぱいいることに気づく。
僕にもそういう部分はなくはない。

そして、そういう差異に気づかずにいられることが幸せ(プロセスワーク的に言えばランクが高い)ということもよくある。

結局はそれが多数派/少数派であることが最も強く影響するんだよなぁ。
多数派/少数派の力学は強力だから、気の持ちようでそこからある程度は抜け出せるけれど、完全に自由になるのは、なかなかに難しいことだ。
多数派は、多数派であることの持つ力になかなか気づかないからなぁ・・・。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-09 11:41 | 見た夢・目覚めの気づき
たまには今朝見た夢のお話。

何かの帰りで京阪に乗って千林駅から帰る事に。
・・・と思ってはいるけど、知ってる千林駅とは似ても似つかない駅から、京阪電車とは似ても似つかない電車に乗車。

電車はぐんぐんすっ飛ばしていく。京阪の普通電車とは明らかに違う。新幹線並みのぶっ飛ばしっぷり。

誰かが、「電車の進行は社会的に重要事項なんだから、進行を邪魔するヤツはどんどん排除して構わないんだ。」と、僕じゃない誰かに言っている。

ふと気づくと僕は、列車の先頭部分にある出っ張りの上に座っている。京阪電車にそんな出っ張りなどある訳なくて、新幹線の先っちょみたいな感じ?

そして電車は、柵のない平地を走っていたのが、180度Uターンして柵のある高架に入ろうとしている。イメージとしては一般道から高速に乗る感じ。電車だっつうのに、なんだこれ?
そして高架の入り口の所がバリケードらしきものが築かれている。
うわ!通れんやん!と思っていたら、意外と電車はバリケードを突っ切って、高架に乗っていく。

と、今度は女性が現れて、京阪電車の不祥事に対して、猛烈に非難の言葉を浴びせかける。夢だから何の不祥事やら分からんが、『あ、あのことね』とどこかで納得している僕。
女性は1人ではなくて、他にも、社会的に地位の高いらしい女性も加わって、複数でその不祥事を追求する動きがあるらしく、走る去ろうとする電車に対して、非難の言葉があちこちから飛ぶ。

非難されてるのは京阪電車で、僕は関係ないのだが、先頭の出っ張りに座っているせいで、まるで自分が非難されてるようで、バツが悪い。

しかも、ホントはこの辺のタイミングで出っ張りから降りようか・・・と思っていたのに、降りるタイミグを失ってしまった。

電車がスピードを上げて、駅へと向かう。

出っ張りに座っているのが駅の人から見られそうなのが無性に恥ずかしい。

誰かに注意されそうでビクビクしながら、電車は駅へ減速し始めた・・・

・・・ところで目が覚めた。

バツの悪い夢でした。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-18 00:21 | 見た夢・目覚めの気づき
9月14日朝の夢:その1:

近所で男が暴れている。

女の人に殴りかかろうとしている。

周囲の男がそれを止めようとしているが、殴られて止められない。

肉弾戦の生々しさはなくて、ゲームみたいでどこかコミカルな感じもする殴り合い。

それでも僕は怖い。

自分の力では止められないと思う。

警察を呼ぼうとする。

そこで声がささやく。

「『力』では止められないかもしれない。でも、他に手はないのか?」

その声を聞いてひらめく。(この辺りで、一応夢からは醒めている。まだ夢うつつだけど。)

こう声をかけてみてはどうか?

「怒ってるんだね。何に怒ってるのかわからないけど、怒ってるのはわかるよ。誰かに傷つけられて、怒ってるのかな?それは、その女の人と関係あるのかな?」

でも怖いな。

怖いのも伝えればいいのかな?

でもそれでうまくいくのかどうか、さっぱり自信がないな・・・。



なんか昨日のグループプロセスとダイレクトにつながってる感じ・・・。



夢その2:

部屋で1人、素っ裸でいる。

玄関の戸が開く。

見知らぬ男の子が水着姿で入ってくる。

素っ裸の僕を見て、当然、男の子はビックリして、ドアを閉めると思った。

・・・けど、彼は何事もないかのように、そのまま入ってくる。

さらに、男の子に続いて、母親なのか、結構若い女の人が、水着姿で入ってくる。

今度こそ、ビックリして出て行くと思ったのに、やっぱりツカツカ入ってくる。

僕は叫ぶ。

「誰や?」

・・・目が醒める。ホントに叫んだらしい。

・・・8人部屋のドーミトリーですが(笑)



昨日、クラスメートから、夜、温泉みたいなところに行かないと誘われた。

素っ裸で混浴らしい。

とても興味があったのだが、同時に、恥ずかしいので止めておいた。

身体があらぬ反応(謎)をしてしまいそうで・・・。

それもまた自然なことだとは思うのだが、やっぱり恥ずかしい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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by matsuzoh2002 | 2006-09-15 01:06 | 見た夢・目覚めの気づき
9月8日朝、ヤハッツにて

ニュースを聞いた。

少女が焼け死んだ。
大事なおもちゃが燃えるのを、守ろうとして。
このおもちゃがなかったら生きていても仕方がないと・・・

ニュース映像は、焼け焦げて灰になったところだけ。

思う。
周りの人たちは、おもちゃのために死ぬなんて・・・と哀れむだろう。

けれども、少女は、このおもちゃしかないと思い込んで死ねたから、ある意味幸せかもしれない。

ちょうどヤハッツでのワークショップでは、「(ファシリテーターが)一方に偏ること」がテーマになっていた。

おもちゃ一辺倒になると、死ぬ・・・と?
しかし、偏ったまま死ぬのも、悪くない気がする。

ファシリテーターにとって必要なのは、偏らないことではなくて(それは無理!)、偏りを自覚することだという。

偏ることも大いに結構。

それで死ぬのはやはりどうかなぁ・・・。

死なない程度に偏ろう!



9月11日朝の夢

なぜか東京に親父(?)といる。

なぜか池袋(?)に向かっていて、駅の反対側の電気屋(?)に向かっている。

駅の反対側に行こうと地下に下りる。

なぜかそこは、大崎(?)の駅。

様子が変。

けれども、新聞の記事にでていたことを思い出し、「ああ、そういうことか!」と、駅の中に入っていく。

すると案の定・・・

「おめでとうございます。あなたが33万人目の来場者です!」

と、祝福された。

・・・振り返ってみると、謎だらけ。

大崎なんて行ったこともないし。

33万人って・・・たいしたことないし(^_^)

山手線の駅なら、1日1万とか行き来しそう。なのに、33万なんて、あっという間だし。

33億ならまだしも。

しかも、33万って中途半端な。

この夢は謎・・・(^_^)



9月12日朝の夢

ニュースで「新庄が誘拐された」って、言ってた。

謎!
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by matsuzoh2002 | 2006-09-14 01:16 | 見た夢・目覚めの気づき
今朝見た夢の中では、ごちゃ~っと散乱したものを、せっせと整理していた。
そして、現実には知らないけど夢に出てきた何だか魅力的な人たちと、家族やら、前から知っている人たちが、あれよあれよつながっていったりしていた。

昨日愚痴を聞いてもらって、スーッとしたせいか、何か新しいステージへ入ったような気がする夢だった。

散乱が最初「産卵」って変換された。
なんか生まれるのかもしれない
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by matsuzoh2002 | 2006-04-13 07:48 | 見た夢・目覚めの気づき
今朝見た夢



シュワルツェネガー的な人が運転する車で、僕も含めて、計6人くらいで逃げている。
何か見つかったらやばいものを積んでいるのか、僕は緊張感でいっぱいだ。
いつも旅行の時に使う、緑のバックパックを持っている。

車で逃げる前は、包丁が出てくるシーンがあった。
どうやら、バックパックの中には、包丁があるらしい。

検問に差し掛かる。
どうする?強行突破か?

シュワルツェネガー的な人は止まらずに進んでいく。
かと言って、強行突破というような強引さはない。

ゆるゆると突破していく。
検問の人たちも、ゆるゆるついて来るが、強引に止める風でもない。

そんなに進んでもないようだが、いつの間にか検問は突破したらしく、車を置いて逃げることに。

歩いて逃げる。
公園の外周を歩いて回るみたいなコースがある。
おばちゃんたちが、いつものコースなのか、普通に歩いていく。
険しいがけみたいになってるかと思いきや、意外と低くて、あっさり降りる。
すでに僕だけ体力の消耗が激しいらしく、後の5人から置いていかれ気味・・・。



というあたりで目覚めた。

あのゆるい検問はなんだったのか?

シュワルツェネガー的な人がいたから、ゆるく感じたのかもしれない。

僕自身は、緊張感あふれる感じもあったのだが、場全体としては、落ち着き払った感じで進んでいったような気がする。

自分の中にシュワルツェネガー的な人を育てていったら、もっと落ち着き払ったように進めていいのかも・・・そんな気がした。
体力も要るかな?シュワルツェネガーに今からなれるとは思えないが・・・
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by matsuzoh2002 | 2006-03-28 07:29 | 見た夢・目覚めの気づき
朝、目覚めとともに、asian kung-fu generationの「ワールドアパート」が、頭の中で鳴り響く。

ワールドアパート。
隔たった世界。

ちょうど、あまり折り合いのよくないある人との関係を思い浮かべながら、この曲は鳴り響いていた。
その人との世界との間に、歴然とある隔たりが、この曲を呼び覚ましたのか?

最近アルバムがリリースされたから、そのうちレンタルしようと思うが、今手元にこの曲は聴ける状態にない。

お金を出せば、この曲だけダウンロードできるだろう。

しかし、それはなんか違う気もする。

そこで、日頃愛聴しているFM802にリクエストしてみた。

「目覚めとともに、曲が脳内ヘビーローテーションになってることありませんか?聴くと落ち着くと思うので、お願いします・・・」

・・・みたいな感じで。

しかしラジオのリクエストって、してからどれくらいのタイミングでかかるものなんだろう?
わからない。

かと言って、あなたのリクエストはボツになりました・・・って教えてくれるわけでもない。
いつまで待ったらいいのかわからない。

・・・そんな訳で、6時台にリクエストしたが、もう9時台。
10時までの番組なので、もうダメっぽい。

もちろん、ただひたすら待っているわけでもなく、いろいろこなしながら待っていたのだが、それでもやはりどっかすっきりしない感じが残る。
そして、ラジオを聴きながら同時並行でできる以外のことは、後回しにしている自分もいる。

そして思う。

他人に期待して、他人がそれに応えてくれるのはうれしい。
けれども応えてくれるとは限らない。
それでも僕は、他人に期待してしまう時はあり、いろいろ投げかけながら、ほどよい距離感を探っていくしかないのだ。

隔たった世界と折り合いをつけていくには、そうするしかない。

リクエストは受け入れられることもあれば、受け入れられないいこともある。

そんな当たり前だが、大事なことを再確認する。

802に期待するのをあきらめ、asian kung-fu generationの公式ページ経由でPVを視聴したり、歌詞を検索したりして、少し満たされる。

さぁ、802を消して、次へ進もう。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-14 09:32 | 見た夢・目覚めの気づき
知ってる人が出てきたりして、内容的にはここには書きたくないのだけれど、ものすごくクリアな夢を見た。

今の僕には、非常に大きな意味のある夢だった。

迷っていることがあったけど、そのことに対する答えは見えつつあった。
そこへ、今の夢を見たおかげで、完全に答えは出た。

迷いの霧は晴れた。

具体的には何も伝わらない話ですみません。

今後の僕の行動を確実に左右していくポイントになる夢なので、何となく書いておきたかったんです。

今日は宝塚でワークショップのファシリテーターをする日です。
おっかなびっくり、自分のことを語りつつ、進んでいくといたしましょう。
新しいことを試そうともしています。

このワークショップと「迷い」に直接の関係はないけど、間接的にいい影響が出るような気はする。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-09 05:45 | 見た夢・目覚めの気づき
最近、夢がいい仕事をしてくれてるのを感じる。

どんな夢を見たのか全く覚えていないのだが、目覚めがすっきりな上に、「気づき」とともに目覚めることが多いというのが、何より大助かりだ。
朝イチ、気づきを書き留めることから始まる一日は、なかなか気持ちがいい。

昨日・今日はバイトで、昨日の疲れのせいか、今日は目覚ましに起こされた。目覚めの瞬間の気づきは、今朝はなかった。
それも、また良し、だ。
日ごろの目覚めの気づきに感謝して、それを書き留める日に、今日は、なった。

今日も素晴らしい一日だ。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-07 06:59 | 見た夢・目覚めの気づき
今朝見た夢。

いつの間にか、「プロセス指向のコーチング」という講座だかセミナーだかの講師をすることになっている。

「え、俺そんなんするなんて、言ってないよ」って思っているのに、もう、やるのは明日だったりする。
でも、全然やる気になってない。
何をするかなんてもちろん決まってないし、決める気もない。

認定プロセスワーカー(プロセスワーク=プロセス指向心理学を実践する人)の某氏がそばにいて、「どうするの、まっちゃん?」って、言ったような言わないような・・・。

どうやら、講座は、「目標指向のコーチング」というのが前半にあって、後半が僕、という2本立てのようで、いつの間にか、すでに当日になったらしく、前半の講師の方(僕の知らない人)はすでに到着された模様。

でも、「あれぇ、俺、何するんだろう?」と相変わらず、他人事みたい。
しかし、さすがに当日なので、焦る。

・・・という焦りとともに、目が醒める。

目が醒めつつある途中で、「プロセス指向のコーチング」じゃなくて、「プロセス指向  コーチング」ならしゃべれるわ!・・・ということに気づく。

何だかスッキリした。

そして、「コーチングへのレクイエム」という言葉が浮かぶ。

何かが腑に落ちる。

確かに。「プロセス指向のコーチング」だと、自分はコーチングをする人だ・・・という感覚がないとしゃべれない。
「プロセス指向とコーチング」だと、コーチングと距離を置きながら、しゃべれる。

自分の立ち位置は、今、そういうところにある。

コーチングを学ぶ中で、得たものは多い。
コーチングと出会わなければ、プロセスワークを学び始めるのが、もっと遅くなっていた。
僕の流れの中では、コーチングと出会うことが、プロセスワークへの橋渡しになった。

コーチングを広めるべく、進んでいる方々には、そのままがんばってほしい。

僕個人としては、コーチングでは拾えない「何か」が気に係り、その何かが、プロセスワークなら拾える・・・という感覚を得て、そちらへとシフトしてきた。

目標を決めて、そこへ向かうために、試行錯誤を繰り返す・・・僕の中でのコーチングのイメージ。

それも大事と思う。
でも、どこかしっくり来ない所もあった。

目標を決めてもいいが、必ずしもそれにこだわらず、その時その時で意図しないで起こってくることも大事にしながら、進んでいく。
・・・そんなプロセス指向の考え方に、強く惹かれ、その道を歩むことにした。

僕の中では、コーチングとはお別れ。

いろいろありがとうよ、コーチング。
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by matsuzoh2002 | 2006-02-19 07:04 | 見た夢・目覚めの気づき