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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

カテゴリ:ニュースとつぶやき( 19 )

つい先日紹介した映画「幸福のスイッチ」には、親父が過去に自分がダメだったことを語ることで、それまでかたくなだった娘が、自分と重なるものを感じ、心が動くきっかけになった・・・ということをチラッと書いたのですが、書いた直後に届いたメールマガジンに同じようなことが書いてあったので、紹介しましょう。

「JMM」(村上龍責任編集)のfrom 911/USAレポート / 冷泉彰彦の1月12日号に「ニューハンプシャーの示したもの」ということで、アメリカの大統領選の予備選挙の話が書いてありました。(リンク先は先月までのバックナンバーしかありませんので、この記事は読めません)

ヒラリーがニューハンプシャー州を制したのは、例の「涙」が女性票を動かしたようなのです。(以下引用)

ですが、とにかく結果的にこの「涙」はヒラリーに取って圧倒的にプラスになりま
した。ニューハンプシャーの投票結果を分析した報道によりますと、アイオワの敗戦
の際と比較すると、まず「50歳以上の女性の投票率が非常に高かった」つまり、自
分たちのアイデンティティを投影する対象としてのヒラリーが危機に陥っている、し
かも初めて人間味を感じさせてくれたということで「大変だから行かなくちゃ」とい
う投票行動になったというのです。

 更にアイオワではオバマ支持だった40歳代の女性票も「冷たいヒラリーよりは、
イケメンのオバマだけど、そのヒラリーが人間味を見せてくれたので、やっぱりヒラ
リー」というような心理からヒラリー支持に回ったのだと言います。そのヒラリーは
勝利集会では、再び「国母の威厳」「鉄の女」という風情で大演説をぶっています。
「涙」で勝ったとはいえ、復活した以上は「強い政治家」というイメージに戻してゆ
こうというわけです。

(引用終わり)

40代50代女性は、ヒラリーが自分を重ねる対象になってもおかしくないのに、「冷たい」と自分を重ねられない、支持できない・・・となってしまう。
そこへ涙を見せて、人間味を感じられたことで、自分を重ねられる存在になり、支持が急速に高まった・・・ということのようです。

強いだけでは共感が得られないけれど、弱さを見せることで一気に共感が広がる・・・というのは興味深いですね。もちろん弱いばっかりでは支持を得られないでしょうけど、強いだけでもダメなんですよね。

もちろん共感しない人もいっぱいいたんでしょうけど、女性票には有効だった・・・というのは結果が示しているようです。
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by matsuzoh2002 | 2008-01-13 23:25 | ニュースとつぶやき
アメリカで銃の乱射事件とのニュース。

もはや珍しくもないニュースだけど・・・。

「ネブラスカ州」と聞いて、反応する。
僕が西海岸以外で唯一行った事があるアメリカの州ではないか。

TVでは州の名前しか行ってなかったので、ネットにあたってヤフーで発見。

オマハ。僕の行った所だ。
中心部に滞在して、そこからほとんど動かなかったので、現場となったショッピングモールは郊外らしいし、おそらく行っていない。

とは言え、めったに行かないような街だし、今後2度と行くような気もしないので、こんな形でニュースに出会うだけでも、軽い衝撃だ。

Wikipediaでオマハをチェック。
ネブラスカ州最大の都市。人口41万で、都市圏人口100万弱・・・というのだけど、中心部に高層ビルもあんまりなく、そんなにいるのかな?という印象だった。

そんな小さな町だった。

そんな小さな町になんで行ったかというと、「被抑圧者の演劇」の創始者アウグスト・ボアールがブラジルからやってくるというので、ワークショップを受けに行ったのだ。

前の仕事を辞めてすぐ、2004年4月のこと。

「被抑圧者の演劇&教育学」の年に1度の大会がアメリカ国内持ち回りで行なわれていて、その年はたまたまオマハが会場だった。(来年またオマハが会場らしいけど)

ボアールは毎年のようにこのイベントのためにアメリカに来ているようだったので、事前に調べをつけておいて、満を持して会いに行ったのでした。

3日間のワークショップでフォーラムシアターを創る・・・というのがメインで、英語が分からないなりに何とか日本人留学生役として作品に加わって、4グループのうち2グループしか上演されないところで、上演される方に選ばれて、「出演」してきましたよ。

「授業の中で日本の戯曲の一節を披露する」という設定で、日本人が他にまったくいなかったのをいいことに、でたらめなセリフをそれらしく演じて遊んでた。

あるいは、その大会が10周年記念だということでパーティがあったので、日本語でラップを作って披露したりもした。アメリカ人を中心とした人たちから拍手喝采をもらったのは今までの人生の中でも最高に気持ちよかった瞬間の1つ。

・・・オマハにはそんな楽しい思い出があるんですけどね。

それを思い出させてくれたのが、乱射事件というのが何とも複雑ですわ。
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by matsuzoh2002 | 2007-12-06 23:49 | ニュースとつぶやき
イスラエル/パレスチナのワールドワークに参加して以来、関連のニュースはたまにチェックするようにしています。

今日チェックして、何とも言いがたい気持ちになってしまったニュース。

イスラエル 軍の作戦で全身不随 パレスチナ少女窮地に

イスラエル軍の「暗殺作戦」 (パレスチナの「危険分子」の暗殺)
 ↓
パレスチナ人少女、巻き込まれ全身不随に
 ↓
イスラエルの病院での治療 (国防省は月額約35万円の入院費などを「善意で」負担)
 ↓
治療打ち切りを通告・ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ラマラの病院に移送する方針

・同国の法律は「交戦」の巻き添え被害者に対する補償責任はないと定めており、最高裁も「暗殺作戦」は合法との立場

・病院は退院可能と判断。

・ボランティアで世話をするイスラエル放送記者は「ラマラに十分な設備や専門家がいないのは明らか」
(イスラエル国防省は医療スタッフをラマラへ派遣し現地スタッフを指導するという)

・パレスチナ武装勢力の自爆テロなどを警戒するイスラエル世論からも「巻き添え被害者を見捨ててはいけない」との同情的な声が上がっている

・少女らは8月、イスラエルでの治療継続とともに、永住権取得を最高裁に訴えた。永住権があれば、イスラエルの社会・医療保険などを受けることができ、父親も仕事に就けるようになるからだ。
(父親は病院に泊まり込んで面倒を見ている。暗殺に巻き込まれた際、少女の祖母と母、兄、おじの4人は死亡。父と弟が重傷)

少女の状況(8月時点)はP-navi info「人工呼吸器をつけて生きていくパレスチナ少女」にレポートされています

・00年の第2次インティファーダ(反イスラエル抵抗闘争)発生以降、少なくとも339人のパレスチナ人が暗殺作戦で殺害されたが、3分の1以上の129人は巻き添えになった一般市民だった。例外を除き、こうした犠牲者がイスラエル政府から補償を受ける道は断たれているのが実態



巻き添えになっても何の補償もしない・・・というのは、自ら恨まれるように仕向けているようなもののような気がする。恨みは新たな自爆テロなどの報復に直結すると思うが、イスラエル政府にはそういう感覚はないのか不思議。

イスラエル世論からも同情的な声が上がっているというのは救いだが、もし仮にこの少女や家族が多少それで救われたら、それで世論は沈静化して、それ以外の過去の巻き添えまではきっと補償されないだろうという予感。

ワールドワークに参加して、イスラエルの置かれている立場心情を少しは近く感じるようになったのだが、こういうニュースを聞くと、非常にやりきれない気分になる。

国を守りたい気持ちはわからないでもないが、暗殺作戦自体もどうかと思うが、巻き添えもほったらかしなんてとんでもない!
対話の道が広がるように、微力ながらも関わり続けていきたいと思います。
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by matsuzoh2002 | 2007-10-15 15:40 | ニュースとつぶやき
今週号の雑誌AERAに「中国の『毒』は日本発」という記事。興味深く読んだ。

冒頭、ハチミツの例。怖い抗生物質が中国産に見つかったそうだが(ハチミツをほとんど消費しないし、全然知らなかったけど・・・)、元をたどると、日本が教えたものらしい。

日本の商社のニーズ=質より量

中国の業者=収穫量を増やそうとする

ミツバチ酷使。病気への危険度高まる。

日本の商社・農薬メーカーが抗生物質持ち込む。

・・・という流れで、抗生物質が日本から入ったらしい。もともと中国の養蜂業は抗生物質とは無煙だったらしいのだ。

しかも、日本では抗生物質の副作用が知られて、使用禁止になった頃に中国に持ち込まれて、それがそのまま今でも使われているらしい。

日本では禁止なのに、それを承知で中国に持ち込み、それを日本に輸入する・・・って悪いのはどっちだよ???

しかも、日本の商社は相当安い値段で買い叩いているらしい。だから品質管理もおろそかになり、危険な物質も使用されたままだと・・・。

その安さの恩恵にあずかっているのが、我らが日本の激安スーパーの消費者さんたちですよ。

もはや中国産の食べ物たちがなければ切り詰め生活が破綻しますわよ、わたしゃ。
中国産依存症です。

その背景にはこんなことがあったとは・・・。中国ばっかり迫るのはよそう。いや、わたしゃ依存症だからもともと特に責めてないんだけど。

安さを求める日本のニーズが、毒となって跳ね返ってきた・・・って構図ですね。

私たちは「安全」。「危険」なのはあいつらだ。そうして危険を排除する。
もちろん危険は排除した方がいいのだが、「あいつら」の方を排除するのは危険な考え方なのかも。
危険を産み出したのは、実は「私たち」自身だったりするわけで。
それを私たちと切り離して、あいつらのせいにするのは、なんとも虫のいい話だ。

きっちり品質管理して、きっちりとした対価を払う・・・っていうフェアトレードな感じになると、高くなってしまうのかな?
悩めるところだ。

それでも当分は中国産の食べもの達のお世話になっていくのは確実ですわ。今後とも、よろしゅうに。
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by matsuzoh2002 | 2007-08-03 01:46 | ニュースとつぶやき
去年の10月に関空の2期島で測量のバイトをしてるときにトノサマバッタがかなりいたので黒バッタ舞う島という記事を書きましたが、さらに大量発生したのがニュースになってて、懐かしく思います。

なんか、こういう、「ニュースの現場を知ってる!」っていうのは、テンション上がり↑ますね。

数百万匹・・・当時何匹いたのやら知りませんでしたが、天敵がいないなら増えるのも納得ですね。
ニュース画像をよく見ると分かりますが、バッタ達、黒いです。
滑走路のアスファルトに保護色で適応したかと思われます。

もう今年から供用開始ということで、測量で訪れることもないでしょうけど、次に海外に行くときは、そこから飛ぶかもしれないしその時は、バッタのことを思い出すことでしょう。
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by matsuzoh2002 | 2007-06-14 12:04 | ニュースとつぶやき
Yahooのトップニュースで、「皆既日食のネット中継」というのを見かけ、ほんの一時期だけ天文少年だった血が騒ぎ、リンク先を覗いてみる。

リビア、エジプト、トルコからの中継がされているようだが、リビア、エジプトはすでに皆既日食は終了。
残すトルコは、これから。

ライブ映像がストリーミングされてきた。
かなり細い太陽。

これだけ見てても、それほど感動はない。
が、ダイアモンドリング現象とか見れるのであれば、それは画像だけでも感動しそうだ。わくわく。

映像だけかと思っていたら、現地で実況してくれている人の声が入った。

「相当暗くなってきました。気温もはっきりと下がっているのが分かります」

・・・なんて感じで、臨場感を伝えてくれる。

太陽の「どアップ」以外にも、全体の風景が変わっていく様子も味わいたいなぁ。
ぜひ生で味わいたい。死ぬまでに1度。

しかしまぁ、えらい時代になりましたわよ。
昔は、突然太陽が欠け出して、真っ暗になってしまう場面にたまたま出くわしたら、どれほどビックリしただろう?
太陽と月の動きが精密に計算されて、いつどこで起こるか分かるようになったのは、かなり最近のことだろうね。
そして、家にいながらネット中継が見られるとは。

実況の方は、これから見られるであろう、黒点から出るコロナなど、見どころを語ってくれている。
「皆既日食まで後3分です」・・・

・・・おお~、わくわくしてきた。

画像だけでも生はうれしい・・・

・・・そう思っていたら、画像が消えた。
再接続を試みるが、つながらない。

ガ~ン!

そうこうしているうちに、皆既日食開始予定時間。
皆既の継続は3~4分らしい。
その時間、むなしく経過・・・

orz

あぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うちだけ見れなかったのか、全体的に見れなかったのか、わかりませんが、がっくしです。
そのうちみたいなぁ・・・。

日本では2009年に鹿児島のトカラ列島で見られるそうです。
生で見れたらいいなぁ・・・
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by matsuzoh2002 | 2006-03-29 21:03 | ニュースとつぶやき
昨日、「believe」つながりの2曲が目覚めに思い浮かんだと思ったら、今朝はまた別の2曲が。

まず、



I believe 変わりゆくあなたでも I believe 変わらないものがある

(中略)

I believe 変わりゆく世界でも I believe 変わらないものがある

「BELIEVE」 by Misia



あなたは変わる。でもあなたの中にも、変わらないものがある。

世界は変わる。でも変わる世界の中にも、変わらないものがある。
この歌の中で言えば「あなたへの思い」ということになるのでしょうね。

その変わらないものを信じる・・・そういう歌だと受け止めました。

変わっていくものは信じらないのかな?さぁ・・・

そしてもう1曲

**
  
  ひとつのサヨナラにキミは臆病にならないで
  いつものキミになれるまで自由に生きることさ
  夢を夢のままでは終わらせないでいて
  人は違う痛みに胸しめつけられて
  この河の流れを越えてゆく

  よく似た瞳をした恋人は淋しさかかえてる
  凍えそうに響くクラクション 流されたくないよ

  恋の行方はいつもわからないから
  今を信じていたい 言葉じゃなくて
  シグナルが変わったら
  街も人も動き出すよ My love

「BELIEVE」 by 渡辺美里

**

今日の2曲はどちらも「さよなら」の歌。

Misiaは、遠く離れることになっても思い続ける歌。
渡辺美里は、サヨナラされたけどそれを乗り越えていく歌。

どちらも恋の歌ではあるが、美里の方はあまりそういうイメージがなかった。
生き方を応援してくれている歌・・・という印象が強い。
そういう点では、昨日書いた絢香の歌に近い。

自分を信じる。

と、

今を信じる。

近いものがあるけど、ほとんど自分しか出てこない絢香の詩に対して、美里の詩の方が、自分に閉じこもりすぎず、開いている感じがする。



「信じる」ことがテーマになってくるのは、「信じたい」のに「信じられない」ことにたびたび遭遇するから・・・でしょうか。

「信じられない」部分に遭遇しても、その人、その事のすべてを「信じない」ようになるのも、もったいないので、「信じられる」部分をより分けて、冷静に眺めていくことが大事なような気がします。

いろいろ、その人、その事に対して、「幻想」を抱いてしまうんですよね。
そして幻想なのに、信じてしまったりすると、事実と幻想が食い違った時に、「裏切られた!」なんて思ったりして・・・。

事実と幻想、信じられる部分と信じられない部分、その辺のもつれを、ほどいていけるようになっていきたいものです。

そうこうしているうちに、人も世界も変わっていくから、さらにもつれていくかもしれず、何を信じていいのやら、ホントに難しいですが、それでも、やっぱり、自分を信じて、今を信じて、自分以外のものを信じて、信じられない部分を見極めて・・・・あぁ、大変だ!

でも、もつれを、ほどいていけるようになっていきたいものです。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-26 09:04 | ニュースとつぶやき
mixiで市長選:合併ラッシュで4月23日、32市長選というニュースを見かけ、「市町村合併を語る」というコミュニティを発見。

一見マジメそうだが、地図好き、地理オタクな僕としては、なんとなく覗いてみる。

すると・・・

面白いなぁ・・・市町村合併!
それを観察して楽しんでいる人たちの存在に、なんだかうれしくなった。

大阪では最近の合併はほとんどないのだが、都道府県によっては、激震が走っていることでしょう。

合併協議に加わったけど、結局回避した市町村などによって、飛び地が発生したり、変な形の市町村が誕生したり、全国的に面白い現象が・・・

そこで見つけた、面白サイト。

市町村変遷パラパラ地図

都道府県ごとに、合併の結果、市町村がどんな風に変わっていったか、時系列に沿って見ることが出来る。
左フレームに合併年月日が順番にあって、右に地図。
左フレームにマウスを滑らせていくと、市町村再編の様子が、地図上でパラパラ漫画のように楽しめるのです。

ハマるわ、これ。

県によっては、「えらい、すっきりしてもーたな~」というところも多い。

耳慣れない市の名前がやたら増えている一方で、「あ、その市町村の名前、消えちゃったの」・・・というところも多数。

周りが合併していくのを、1人孤高を保つかのように残っている町村を見ると、なんだか「カッコいい」なんて気もしてくる。

そこにはいろんなドラマがあったんだろうねぇ。

今まで政令指定都市から離れたことがないし、合併とは無縁だった僕ですが、いろいろ思いを馳せるのでした。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-23 09:23 | ニュースとつぶやき
ちょっとさすがに、ここ数日の書き疲れが生じてきました。スローダウン体制に入ってきています。

ブログ外の場所でも、スローダウンを告げる出来事が、自分でまいた種ながら、起こってしまいました。昨日はブログ完全オフでした。久々です。

1度、信じてもらうのが難しい行動が、表に出てしまうと、あらためて信じてもうのって相当難しいよなぁ・・・と、あらためて感じます。

M党の国会議員N氏をめぐる、あるメールをめぐるニュースと、僕自身が「あるメーリングリスト」で起こしてしまった行動に、僕は、今日になって、奇妙な共通点があるのに気づき、愕然としました。

N議員さん本人にが「メールがウソだ」と認めたことなどにより、1つの「大きな区切り」がついたようだというのを僕は今週1週間をまとめようとするような、お昼前のニュースバラエティ番組の映像でみました。

N議員はニュースが出てきた当初、勢いづいて登場したように見えました。
N議員の勢いは束の間で、「そのメールが本当なのか怪しい」ということが話題の中心になると、やがて客観的に見て、どちらがホントか分からないという情報が錯綜した状況がしばらく続き、
N議員・M党の勢いは衰え、J党が逆に勢いづく・・・というようなことがおきてきました。

結局N議員は、「ウソだった」と認めることで、場は次の段階へ向かっているようですが、いったん収まるかにも見えますが、N議員・M党はなかなか辛い立場に追いやられておりますが、そもそもが「うかつ」だっとも言え、厳しい状況に追いやられているのは当然だという声が強いようです。

しかしこのニュースを振り返っていると、僕も、「うかつだったし」、「厳しい状況に追いやられてもいたしかたない」・・・という気持ちも生まれてきて、なんとも穴があったら入りたい・・・という思いに駆られている自分がいます。

最初は勢いづき、
やがて、勢いを失い、
うかつさが取りざたされ、
人間的な「信用」さえもを失いかねないところまでいってしまう・・・
という点が、何だか他人事とは思えなくて、重なって見えてしまうところがあります。

国会の場とMLの場と、全然違うレベルのことが、僕にはシンクロしているかのようにとらえられています。

僕のできごとは小さな世界の出来事といってしまえばそうですが、そのMLはその場にいる人々にかなりの影響力を及ぼしています。
僕はN議員のようにまだ人間的な信用までは失ってしない・・・はずですが、少なくとも、そこで言葉を発するのは難しくなっています。でも、それは、自分が招いた部分が多分にあるんですよね。

僕自身が所属する「あるメーリングリスト(ML)」での話です。
僕には、しばらく前から、ものすごい勢いの書くエネルギーが生じてしまっており、このブログを中心に放出してきました。
しかし、ブログとMLの特性の違いは結構わかっていたはずなのに、その勢いをMLへも持ち込むという、少し無理なことをしでかしてしまいました。うかつでした。
そして、僕のMLでの勢いは、一部では受け入れられつつも、その他の多数の方、特に管理の責務を負われた方に、負担となり、だんだん管理の方から「勢いを抑えるように」と、さまざまな提案をいただくようになりました。

今振り返れば、管理の方からの提案は至極まともなものだったのですが、僕はどういうわけだか、勢いを止めないことを選ぼうとし、周囲が見えなくなって、周囲を騒がせ、あるいは沈黙させてしまいました。

細かいことまでは書けませんが、結局勢いを止めるどころか、ついには自分を窮地に追い込んで、なんとも我れながら複雑な事態を迎えているように感じています。まだその場から放逐されていないのが、ありがたい・・・そういう状況です。

振り返れば、僕のこの行動には何らかの必然性があったのも感じます。
うかつな始まりであったのは確かですが、このプロセスを経たからこそ気づいたこともあるのを実感しています。

N議員は何に気づかれたのでしょうか?
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by matsuzoh2002 | 2006-03-04 13:44 | ニュースとつぶやき
ホンマな部分もあるとは思うが、どこまでホンマなん?って思う。

日本の高校生は希望無く、悩みも無く…=成績や異性交遊、米中韓と比較-青少年研


まず調査自体が、どこまでホンマなん?って思う。

「あなたには悩みがありますか? はい・いいえ」

・・・質問の仕方がどうだったかはわからないので、わからない部分もあるが、ここで「いいえ」と答えたら、悩みはないってことにしてしまって、ホントにいいのか?

「はい」って答えた所で、それ以上その悩みにつっこまれることがないとわかってはいても、「はい」とは答えにくい人もいっぱいいるだろう。

もちろん調査されている方も、そういう疑問は持ちながらされているのかもしれないのだが・・・。

しかし、「こういう質問をした結果、こういう答えをした人が×%」というような、報道ならまだしも、「日本人の高校生の×%は悩みがない」みたいなところに落とし込まれると・・・何だか居心地が悪い。

事実のみを伝えてほしいのにな。ほとんど無理だけど。

そして、そのデータに対して調査元の日本青少年研究所は

同研究所は「日本の高校生の意欲の低さと勉強離れの傾向が出ている。ゆとり教育との関係なども分析したい」としている。

・・・というような方向性をお持ちのようだ。

なぜにここで、ゆとり教育が取りざたされる?

学習意欲の低下 ⇒ ゆとり教育が悪い!

なのかな?僕の読み方が偏ってるか?

僕としては、好きなものを見つけて、それに向かう意欲と、学習意欲をリンクさせられたらいいと思うな。

そのためには、好きなものを見つけた人たちに、いっぱい出会う環境が、豊富にあればいいと思う。

学習意欲を高めたい! ⇒ ゆとり教育を生かして、そんな人たちといっぱい出会う場を創る!

というような分析の方向性にしていただければ幸いです。

でも、そんな方向性の議論をあまり見聞きしない気がして、不安です。
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by matsuzoh2002 | 2006-03-02 06:59 | ニュースとつぶやき