卑屈と傲慢のはざまで、中立は難しい …映画「インドへの道」
この映画を見ようと思ったのは、シドニーでのワールドワークで、「イギリスと植民地主義」がグループ全体の中でのサブグループのテーマとなったのが理由だ。
しばらく前に、そのワークについての記事を書きました。
そんな訳で、何かイギリスの植民地主義を描いたいい映画はないかな・・・とネットで探してみたら行き当たったのが、この映画。
見たのは1ヶ月くらい前なので、だいぶ忘れてしまった。
「イギリス」のワークの最後は、インドの方の発言で幕を閉じた。インドという、強烈で独自な個性を持つ国を、植民地化する中で何が起こっていたのか、垣間見てみたかった。
「ガンジー」もいいなと思い、見ていないし、見たかったんだけど、たまたま行きつけのレンタル屋にはガンジーはなかったのだ。
そしてこちらはVHSで置いてあった、巨匠、デビッド・リーン監督の遺作である「インドへの道」を見ました。
見てないけど有名な「アラビアのロレンス」とか「戦場にかける橋」の監督さんなのですね。
ネットでの感想をチラチラ見てると、他の作品に比べると見劣りする・・・みたいなコメントも多いのですが、僕は満足しましたよ、この映画。
高校で地理を選択したせいで、世界史を履修できなかった僕は、インドの歴史にも疎かった。
「東インド会社=1600年」みたいな中途半端な知識しかないせいで、インドは300年以上イギリうの植民地にされていたような気がしていたのだが、正式に植民地化されたのは19世紀の後半なのですね。
徐々に支配は進行していたとは言え。
映画をきっかけにインドの歴史を知る事ができた。ありがたい。
300年も植民地化されたら、インドの人もすっかり植民地である事に適応してしまうのでは・・・そんな予断が僕にはあった。
この映画の主人公も、そんな卑屈なまでにイギリス人に過剰にサービスするインド人男性だ。
映画の舞台は1920年代らしいので、何世代にも渡る植民地化のせいで、こんなに過剰なまでに適応してしまったのか?と思ってみていたんだけど、それは勘違いだったんだね。
それにしても見栄っ張りなのか、これでもかと、イギリス人に対してサービスする。
サービスする相手は、傲慢なイギリス人が多い中、珍しく、インドに理解を示す友好的なイギリス人たちなので、そんなに過剰にサービスしなくても・・・と傍目には思うのだが・・・。
そんな過剰なまでのサービスが裏目に出て、まさかのトラブルに巻き込まれる主人公。
主人公に対しては好意的だったはずのイギリス人女性が、特殊な環境で訳のわからないうちに取った行動が、周りのイギリス人の偏見によって、「主人公のせい」にされてしまう。
ここにはジェンダー(男女の社会的性差)の問題もからむ。
現代の男性でも、「痴漢の冤罪」のような事例に巻き込まれて、ひどい目にあう事はありうる。
ただ、この映画のストーリーの場合、そこへイギリス人のインド人蔑視がからむ。
インド人の主人公にはまともな弁明の機会も与えられないまま、当事者のイギリス人女性が、周りのイギリス人の「インド人にレイプされそうになったに決まっている」という予断と偏見によって流されてしまい、主人公は圧倒的に不利な情勢に追い込まれてしまう。
この辺の追い込まれ方が、植民/被植民の不均衡な状況をよく現していると思った。
一方主人公はインド人の反英運動のシンボルのようにもなり、植民地である事に適応する面もありながら、反発が強いのも描かれている。
最終的に、被害者とされたイギリス人女性の証言で、主人公は無罪になる。
錯乱して弱っている間に、周りのイギリス人がインド人主人公を犯人だと決め付けるのに流されていた女性だが、最後には流れを止めて、主人公との間に何があったか思えていないことを証言した。
最初からそう言ってくれれば、この騒動は何もなかったわけだが、当の本人が実はよく覚えていないことが、周りの偏見に押し流されてしまうのが恐ろしい所。
中立的なポジションから、両者に理解を示そうとしたイギリス人男性が、イギリス人社会から居場所を失い、かと言ってインド人主人公からも理解をされなかったところが、なんともせつなかった。
対立の溝が深まるほどに、中立な立場にいる存在は大事なはずなのだが、理解されずに、立場を失いかねない難しい立場だ。
植民地支配なんて、えらい無茶しはりましたなぁ・・・
しばらく前に、そのワークについての記事を書きました。
そんな訳で、何かイギリスの植民地主義を描いたいい映画はないかな・・・とネットで探してみたら行き当たったのが、この映画。
見たのは1ヶ月くらい前なので、だいぶ忘れてしまった。
「イギリス」のワークの最後は、インドの方の発言で幕を閉じた。インドという、強烈で独自な個性を持つ国を、植民地化する中で何が起こっていたのか、垣間見てみたかった。
「ガンジー」もいいなと思い、見ていないし、見たかったんだけど、たまたま行きつけのレンタル屋にはガンジーはなかったのだ。
そしてこちらはVHSで置いてあった、巨匠、デビッド・リーン監督の遺作である「インドへの道」を見ました。
見てないけど有名な「アラビアのロレンス」とか「戦場にかける橋」の監督さんなのですね。
ネットでの感想をチラチラ見てると、他の作品に比べると見劣りする・・・みたいなコメントも多いのですが、僕は満足しましたよ、この映画。
高校で地理を選択したせいで、世界史を履修できなかった僕は、インドの歴史にも疎かった。
「東インド会社=1600年」みたいな中途半端な知識しかないせいで、インドは300年以上イギリうの植民地にされていたような気がしていたのだが、正式に植民地化されたのは19世紀の後半なのですね。
徐々に支配は進行していたとは言え。
映画をきっかけにインドの歴史を知る事ができた。ありがたい。
300年も植民地化されたら、インドの人もすっかり植民地である事に適応してしまうのでは・・・そんな予断が僕にはあった。
この映画の主人公も、そんな卑屈なまでにイギリス人に過剰にサービスするインド人男性だ。
映画の舞台は1920年代らしいので、何世代にも渡る植民地化のせいで、こんなに過剰なまでに適応してしまったのか?と思ってみていたんだけど、それは勘違いだったんだね。
それにしても見栄っ張りなのか、これでもかと、イギリス人に対してサービスする。
サービスする相手は、傲慢なイギリス人が多い中、珍しく、インドに理解を示す友好的なイギリス人たちなので、そんなに過剰にサービスしなくても・・・と傍目には思うのだが・・・。
そんな過剰なまでのサービスが裏目に出て、まさかのトラブルに巻き込まれる主人公。
主人公に対しては好意的だったはずのイギリス人女性が、特殊な環境で訳のわからないうちに取った行動が、周りのイギリス人の偏見によって、「主人公のせい」にされてしまう。
ここにはジェンダー(男女の社会的性差)の問題もからむ。
現代の男性でも、「痴漢の冤罪」のような事例に巻き込まれて、ひどい目にあう事はありうる。
ただ、この映画のストーリーの場合、そこへイギリス人のインド人蔑視がからむ。
インド人の主人公にはまともな弁明の機会も与えられないまま、当事者のイギリス人女性が、周りのイギリス人の「インド人にレイプされそうになったに決まっている」という予断と偏見によって流されてしまい、主人公は圧倒的に不利な情勢に追い込まれてしまう。
この辺の追い込まれ方が、植民/被植民の不均衡な状況をよく現していると思った。
一方主人公はインド人の反英運動のシンボルのようにもなり、植民地である事に適応する面もありながら、反発が強いのも描かれている。
最終的に、被害者とされたイギリス人女性の証言で、主人公は無罪になる。
錯乱して弱っている間に、周りのイギリス人がインド人主人公を犯人だと決め付けるのに流されていた女性だが、最後には流れを止めて、主人公との間に何があったか思えていないことを証言した。
最初からそう言ってくれれば、この騒動は何もなかったわけだが、当の本人が実はよく覚えていないことが、周りの偏見に押し流されてしまうのが恐ろしい所。
中立的なポジションから、両者に理解を示そうとしたイギリス人男性が、イギリス人社会から居場所を失い、かと言ってインド人主人公からも理解をされなかったところが、なんともせつなかった。
対立の溝が深まるほどに、中立な立場にいる存在は大事なはずなのだが、理解されずに、立場を失いかねない難しい立場だ。
植民地支配なんて、えらい無茶しはりましたなぁ・・・
by matsuzoh2002
| 2006-07-29 12:27
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