「合法的に誘拐」されたアボリジニの物語 …映画「裸足の1500マイル」
オーストラリアに行く前から、アボリジニの本を読んだり、ずっと気にしてたのだが、この映画のことはつい先週くらいまで知らなかった。
いや、実は、ワールドワーク参加前にオーストラリアから送ってもらった資料の中に、「オーストラリアの歴史と社会」の参考になるものとして、この映画も含めていくつか上げられていたのだが、「『プリシラ』以外聞いたことないし、日本では未公開だったりして、どうせ見れないっしょ」と思いこんでいたのだ。
ところが、先週「クジラの島の少女」を見たあと、マオリとアボリジニを比べて考えたくて、wikipediaの「アボリジニ」の項目を見ると、この映画を紹介するページへリンクされてたのだ。
そこのリンクは、ソウルフラワーユニオンの中川敬さんのページで、さすがは中川さん、イギリス系白人とアボリジニのもんだいだけではなく、日本人とアイヌのことも視野に入れて、紹介している。
先住民の問題は世界的に共通している。
公式サイト
この映画の舞台は1931年
イギリス系白人の入植は進んでいる。白人側からすると「未開」の土地へは、男性単独での入植も多いだろうし、たとえ家族連れで行ったとしても、男性の性欲の結果、父親不明のアボリジニとの混血児は、アボリジニの村々に増える。
アボリジニを「未開」の人々としか思っていない、優生思想真っ盛りの白人オーストラリア社会は、アボリジニと白人の「混血」の子ども達が、アボリジニの村で暮らし、やがてはアボリジニ同士で結婚して、子孫を残していく事で白人の血がアボリジニの中に消滅していってしまうことを、大真面目に危惧して、混血児たちを合法的に誘拐していく。
・・・「合法的誘拐」。
すでにこのブログでも紹介したように、本で読んで、そして現地で話を聞いたり、ドキュメンタリーのビデオを見ることで、知っていた事だったが、この映画で誘拐の現場や、その背景を映像でみることで、よりずしりと、理解が深まった。
親元にいる子どもを連れ去るのに、だましうちみたいなこともあったりと、いろんなパターンがあったようだが、実話に基づくこの映画では、母親と一緒にいるところから、強制的に連れ去る・・・というパターン。
実に強引だが、連れ去る側からすると「合法的」で正当な行為なのだ。
「これは命令だ」と、捜査令状や逮捕状みたいに書類をかざして、正義をかざして、連れ去るのだ。
「合法的」ということが、ことばの上での理解しかしていなかったが、「そういうことか」と腑に落ちる感じがした。
「善かれ」と思ってやっているのだ。・・・現代的な感覚から考えると理解しがたいのだが。
ナチスドイツに対しては、イギリスは、ユダヤ人の逃亡先にもなって、相対的に「いいやつ」に見えてしまったりもするが、同じ頃、とんでもないことを善かれと思ってやっていた。
それは日本も同様。善かれというタテマエは怖いコワイ。
そして親元から離されて、保護・教育施設に収容された子どもたちが、1500マイル歩いて家に帰る物語。
1500マイル。
2400キロ。
札幌ー那覇が2250キロだそうだ。さらにもうちょい。
子ども達8歳~14歳っていうからすごいよ。
原題は"Rabbit Proof Fence"
「ウサギ除けの柵」。
この柵が、西部オーストラリアを、北の果ての海から、南の果ての海まで、縦断して設置されてたようだ。
。
よほど農作物の被害に苦労したようですねぇ・・・。大陸縦断って。
英語版wikipediaのこの映画のページに柵の地図がある。
<ここまでは、バレるとかそういうことのない話のはずだが、以下、ちょっとだけネタバレ>
地図には子ども達が歩いたルートもあわせて書いてある。
90日くらいで歩いたらしい。
途中で、白人、アボリジニ、いろいろな人に助けられながら、そして追われながら、最後まで歩きぬいた。
すげぇ。
しかも、昔の物語かと思いきや、最後には映画製作時点ご存命だった、ご本人登場。
すげぇ。1931年時点で14歳でも、2002年で84歳。まだご存命だったんだ。
2006年になると、もう90歳近い。まだご存命かなと調べてみたら、
2004年1月13日に亡くなられたそうです。合掌。
この物語は、娘さんがまとめられたそうです。
原作本も読もうと思う。
監督は、てっきりオーストラリア・ローカルの人かと思っていたら、全然知らなかったのだが、オーストラリア人のフィリップ・ノイスという人だった。「パトリオット・ゲーム」とか撮ってるから、随分前からハリウッドのメジャーではないか。一本も見たことないけど。
実話だから、ひねりはないけど、最後までひきつけられるいい映画だった。
おすすめ!
いや、実は、ワールドワーク参加前にオーストラリアから送ってもらった資料の中に、「オーストラリアの歴史と社会」の参考になるものとして、この映画も含めていくつか上げられていたのだが、「『プリシラ』以外聞いたことないし、日本では未公開だったりして、どうせ見れないっしょ」と思いこんでいたのだ。
ところが、先週「クジラの島の少女」を見たあと、マオリとアボリジニを比べて考えたくて、wikipediaの「アボリジニ」の項目を見ると、この映画を紹介するページへリンクされてたのだ。
そこのリンクは、ソウルフラワーユニオンの中川敬さんのページで、さすがは中川さん、イギリス系白人とアボリジニのもんだいだけではなく、日本人とアイヌのことも視野に入れて、紹介している。
先住民の問題は世界的に共通している。
公式サイト
この映画の舞台は1931年
イギリス系白人の入植は進んでいる。白人側からすると「未開」の土地へは、男性単独での入植も多いだろうし、たとえ家族連れで行ったとしても、男性の性欲の結果、父親不明のアボリジニとの混血児は、アボリジニの村々に増える。
アボリジニを「未開」の人々としか思っていない、優生思想真っ盛りの白人オーストラリア社会は、アボリジニと白人の「混血」の子ども達が、アボリジニの村で暮らし、やがてはアボリジニ同士で結婚して、子孫を残していく事で白人の血がアボリジニの中に消滅していってしまうことを、大真面目に危惧して、混血児たちを合法的に誘拐していく。
・・・「合法的誘拐」。
すでにこのブログでも紹介したように、本で読んで、そして現地で話を聞いたり、ドキュメンタリーのビデオを見ることで、知っていた事だったが、この映画で誘拐の現場や、その背景を映像でみることで、よりずしりと、理解が深まった。
親元にいる子どもを連れ去るのに、だましうちみたいなこともあったりと、いろんなパターンがあったようだが、実話に基づくこの映画では、母親と一緒にいるところから、強制的に連れ去る・・・というパターン。
実に強引だが、連れ去る側からすると「合法的」で正当な行為なのだ。
「これは命令だ」と、捜査令状や逮捕状みたいに書類をかざして、正義をかざして、連れ去るのだ。
「合法的」ということが、ことばの上での理解しかしていなかったが、「そういうことか」と腑に落ちる感じがした。
「善かれ」と思ってやっているのだ。・・・現代的な感覚から考えると理解しがたいのだが。
ナチスドイツに対しては、イギリスは、ユダヤ人の逃亡先にもなって、相対的に「いいやつ」に見えてしまったりもするが、同じ頃、とんでもないことを善かれと思ってやっていた。
それは日本も同様。善かれというタテマエは怖いコワイ。
そして親元から離されて、保護・教育施設に収容された子どもたちが、1500マイル歩いて家に帰る物語。
1500マイル。
2400キロ。
札幌ー那覇が2250キロだそうだ。さらにもうちょい。
子ども達8歳~14歳っていうからすごいよ。
原題は"Rabbit Proof Fence"
「ウサギ除けの柵」。
この柵が、西部オーストラリアを、北の果ての海から、南の果ての海まで、縦断して設置されてたようだ。
。
よほど農作物の被害に苦労したようですねぇ・・・。大陸縦断って。
英語版wikipediaのこの映画のページに柵の地図がある。
<ここまでは、バレるとかそういうことのない話のはずだが、以下、ちょっとだけネタバレ>
地図には子ども達が歩いたルートもあわせて書いてある。
90日くらいで歩いたらしい。
途中で、白人、アボリジニ、いろいろな人に助けられながら、そして追われながら、最後まで歩きぬいた。
すげぇ。
しかも、昔の物語かと思いきや、最後には映画製作時点ご存命だった、ご本人登場。
すげぇ。1931年時点で14歳でも、2002年で84歳。まだご存命だったんだ。
2006年になると、もう90歳近い。まだご存命かなと調べてみたら、
2004年1月13日に亡くなられたそうです。合掌。
この物語は、娘さんがまとめられたそうです。
原作本も読もうと思う。
監督は、てっきりオーストラリア・ローカルの人かと思っていたら、全然知らなかったのだが、オーストラリア人のフィリップ・ノイスという人だった。「パトリオット・ゲーム」とか撮ってるから、随分前からハリウッドのメジャーではないか。一本も見たことないけど。
実話だから、ひねりはないけど、最後までひきつけられるいい映画だった。
おすすめ!
by matsuzoh2002
| 2006-06-16 10:32
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