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身体で思いを形にするワークショップblog

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「こうなってほしい!」「そのためには、今どうすればいい?」そんな思いを、「体で感じる」ことを重視しながら表現するワークショップの進行役(ファシリテーター) まつぞうのblog

僕らの視点を離れる …「Worlds end」 by Mr. Children

「Around The World」とともに、昨日の朝、頭の中で回ってたのは、ミスチルの「Worlds end」

歌詞の歌い出しは・・・

  ゆっくり旋回してきた 大型の旅客機が
  僕らの真上で得意気に
  太陽に覆いかぶさった その分厚い雲を
  難なく突き破って消える

  まるで流れ星にするように 僕らは見上げてた
  思い思いの願いを その翼に重ねて

・・・です。

何度も聴いてる曲だけど、「旅客機が得意気に」・・・っていうのが、昨日の朝、ふと面白いと思った。

旅客機は別に、「得意気に」雲を突き破ったりしない。
下にいる人間のことなど、気にも留めず、ただ淡々と、飛んでいるだけだ。

人はいろんな思いを、身の周りの世界のいろんなものに、投影しながら生きている。

そして、ふと、別の思いが交差する。

スマトラ沖地震・津波のときに、これは「地球が人類に怒っているんだ」というようなことばを耳にした。
大きな天災や、異常気象が起こると同じようなことばが出てくるのは珍しくない。

そう言いたくなる気持ちもわからないでもないのだが、同時に強烈な違和感を感じる。

人の視点を離れて、地球の視点に立ってみると・・・

地球は淡々と地球であり続けているだけだ。
上にいる人間のことなど、気にも留めず、ただ淡々と。
なんせ地球は46億年、地球をやってるのだ。
人間なんてせいぜい1万年とか10万年とかそんな若造だ。
ちょっと環境を変えたくらいで、屁でもない

・・・地球は、そんな風に人間を見てるような気がした。

地震を繰り返して、大陸は今の場所までじわじわ動いてきて、今も、これからも動き続ける。

「地球が人類に怒っているんだ」という言葉に対する僕の違和感は、その前提にある「人類が環境を破壊するから・・・」という部分に向かっているのに気づく。

人類が環境に大きな影響を及ぼすようになるはるか前から、地震は繰り返し、氷河期は起こり、恐竜を絶滅させるような何かは起こり、それでも地球は淡々と地球であり続けた。

地球に感情はない。人類がそれを投影しているだけだ。

「地球に優しい」とかいわずに、人類のために環境問題を考えたい。
地球は淡々と地球であり続けて、人類と関係なく氷河期が来たりもするのに、人類の力だけで温暖化が起こっているなんて思うのは、人類の影響力を過大に見積もりすぎた思い上がり。
多少温暖化したくらいで、人類は困っても、地球は困らないし。

地球上で人間が起こしてきた変化は、人間を脅かすようになったが、地球全体としては、びくともしてない。「びくっ」くらいはしたかもしれないが、その程度だろう。

(環境問題への疑問を語りだすと、つい熱くなってしまう!詳しくは「環境問題のウソ」 ~いつの間にかマインドコントロールされてた?にて。)

「Worlds end」の歌詞は、

  「何に縛られるでもなく 僕らはどこへでも行ける
   そう どんな世界の果てへも 気ままに旅して廻って...」

と続く。
視点は、「僕ら」を離れて、「旅客機」へと重なり、僕らは、旅客機のように、どこへでも行けるエネルギーを獲得したかのようだ。

視点を自由に移動させて、世界の果てまで気ままに旅していきたいなぁ!

肉体ごと廻るのは、なかなか大変なので、まずは思いだけでも・・・

p.s.
曲のタイトル、「World's end」と思いこんでて、「世界」の「終わり・果て」っていう意味かと思っていたら、「Worlds end」なのですね。
「世界たち」(複数形)の「終わり・果て」・・・か。なんか深い!
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by matsuzoh2002 | 2006-03-21 17:05 | 歌とつぶやき